第52話 デレデレ
「父は……もともと、ここの生まれですが……。成人してのち、ここより北西の地、イマルにて、そこの領主、今は筆頭宮廷魔術師となっているシャイア様に仕えるようになったそうです……。シャイア様は戦いの神、リューン様の信奉者でいらっしゃいまして……私の父も、信仰を同じくするようになったようです」
「それ、前から不思議だったんだけどさ」
俺は言った。
「もともと、この国の王家ってのは、女神テネス様の子孫なんだろ? 戦いの神リューン様ってのはテネス様より広く信仰を集めているとかなのか?」
その問いに、シュリアが答えてくれる。
「神話によると、リューン様はテネス様の叔父にあたる神様よ。神の軍団を率いて数々の悪魔を打ち倒したという話があるわ。とても好戦的な神様で、粗野で乱暴なんだけど、姪のテネス様のことはなによりもかわいがっていてデレデレしているとか……」
「デレデレって」
思わず突っ込んでしまった。
「でも聖典に書いてあるリューン様って、本当に姪っ子大好き神様だし。テネス様も戦の強い叔父のことは頼りに思っていらっしゃる、と神話にも聖典にも書いてあるの。この二人への信仰は本来、どちらかを愛せばもう一方は敵、みたいな排他的な関係にはないのよ。王家は祖先であるテネス様はもちろん、その叔父であるリューン様への信仰も深い」
「それにしてはあのガルアドとか、それにこのじいさんも、テネス様を馬鹿にしたような言葉があったような……」
シュリアは大きなため息をつく。
「どこにでも先鋭的な信者はいるものなのよ……。本来、テネス様とリューン様は敵対する関係にはないはずなのにね」
なるほどなあ。
まあ、宗教ってやつは古今東西、いろいろな派閥ができて複雑に絡み合っていくものだからなあ。
「で、ガルアドとあのじいさんの関係なんだけど」
俺が聞くと、ミハルタは困惑した顔で言う。
「私が知る限り、個人的な関係はなかったはずです」
「それがなんでガルアドの敵だってだけであのじいさんは俺を襲ってきたんだ?」
「もともと、ガルアド様の武勇は十年以上前から知られていました。とんでもない強さを誇る奴隷がいると。ガルアド様の名声が決定的になったのは、2年前、ルニエスタの闘いで、100人以上の奴隷を引き連れたガルアド様が、魔王軍の幹部クラスであるモンスターを二匹も打ち倒したことでした。戦いはわが王国の圧倒的勝利に終わり、王家はガルアド様をリューン様が遣わした伝説の勇者として認めたのです。私の父もリューン様の信奉者。直接は会ったこともないはずですが、父は、ガルアド様を大変尊敬していたようです……」
「それでガルアドと闘ったことのある俺を襲ったってわけか……。狂信者ってやつかな。それにしては強かったけどな」
「父は引退前、筆頭宮廷魔術師シャイア様の警護長まで務めましたので……」
「そのシャイア閣下ってのは今いくつくらいなんだ?」
「御年70にもなられると思いますが……」
まあ、話を聞くと今回の襲撃は、ガルアドの指示などによるものなどではなく、狂信者の単独犯行ってことでいいのかな?
しかしまあ、まじで強かったぜじいさん……。
「さて、それはいいとして。銀等級の貴族でいらっしゃる姫様に刃を向けた罪だが」
ガルニが低い声で言った。
少し、脅しのニュアンスも入っている。
「ひぃっ……! はい、どのような処罰でも……」
「うむ。だが、話を聞く限り、お前らが結託していたわけでもなく、あの老人の個人的判断んによる凶行のようだな。庶民が貴族に襲いかかるなど、本来ならば8親等以内の親族すべて処刑なのだが……」
「うう……お許しを……」
「いいわ。ガルニ、許してあげましょう。このようすだと、本当にあの老人一人の犯行だったみたいだし」
シュリアの言葉に、ガルニは頷いて、
「わかりました。姫様がそうおっしゃるならば、この者と家族たちは不問にいたしましょう。ただし、主人」
「は、はい」
「このことは必ず内密にすること。もし外に漏れたならば、そのときは……」
「わ、わかりました」
ミハルタは震えながらコクコクと首を縦に振った。
よし、これでこの一件は落着ということにしよう。
あと残っている問題としては……。
さっきから、シュリアが俺と目を合わそうとしていない。
好感度が下がりきっているんだよな……。




