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第46話 貴族令嬢の恋

 宿の浴場、更衣室。

 メイドのニッキーに服を脱がされながら、シュリアは思った。

 ――私は貴族の令嬢。あの子たちとは違う世界の住人……。


 入浴の手伝いをしてくれるときに限って言えば、ニッキーはメイド服ではなく、動きやすい服装になる。

 濡れてもいいような、半袖のシャツとハーフパンツだ。

 そのシャツの袖をまくっていて、ニッキーの肩が露わになっている。

 メイドの女性とは思えぬほど鍛え抜かれた三角筋だった。

 そこから伸びる腕も、筋肉が美しい曲線を描いていた。

 見事な二頭筋と三頭筋。

 そして、ハーフパンツから見える太ももは、長い年月の鍛錬に耐えてきたのが一目でわかるほどの大腿四頭筋、そしてハムストリングス。

 あいかわらず修行を怠ってないのね、とシュリアは思った。

 メイドの仕事が終わったあと、いつもガルニ相手に訓練をしているのだ。


 相変わらずの体力馬鹿ね、この子。

 そう思ったが、そんな努力家だからこそシュリアはこのメイドに全幅の信頼を置いているのだ。


 そのニッキーの手によって一糸まとわぬ姿になると、ニッキーは、


「さあ、こちらへ」


 とシュリアの手を取る。

 ニッキーの案内のまま浴場に入る。

 とても大きな浴槽があった。

 この宿の名物らしく、天然の石を積み重ねてつくられた浴槽で、すこし高いところから源泉がちょろちょろと流れ出ている。

 甘くやわらかい独特の香りが漂っていた。

 銀等級の貴族であるシュリアのために、この浴場は貸し切りとなっている。


「さあ、お身体を洗いますよ」


 シュリアは、一人で入浴したことがない。

 物心ついたときにはすでにこうして使用人にお世話をしてもらうのが当然だった。

 泡立てたタオルで、ニッキーがその筋肉に似つかわしくないほど優しくシュリアの身体をこする。

 ふと、シュリアは言った。


「ね、あの子たちもこのお風呂に入るのよね?」


「そうですね。奴隷たちはいつもは水浴びさせているのですが……。トモキ様が温泉に入れてやれ、と強くおっしゃるので。このあと入ると思いますよ」

「そう……」


 シュリアはトモキの言葉を思い出す。


『ココのことは、奴隷じゃなくてちゃんとした一人の女の子として見てもらいたいんだ』


 まず最初に思ったのは、トモキってばココのこと、好きなのかしら、ということだった。

 相手は奴隷なのに。


 トモキはダークドラゴンを倒し、人々を救い、家を再建し、再度の魔王軍の襲来も撃退した英雄だった。

 シュリアにとってもトモキは恩人だ。

 

 ダークドラゴンのあの姿。

 恐ろしかった。

 でも、シュリアの目の前で、トモキは不思議な魔法でダークドラゴンを倒してしまった。

 あの時胸がドキドキしたのは、ダークドラゴンへの恐怖ばかりではなかった。

 二度目の魔王軍の襲来のときもそうだ。

 勇者ガルアドに殺された奴隷を見て怒る姿、村のみんなをまとめあげたあの姿。


 戦う男の人って、かっこいいんだな。

 そう思った。

 思い出すたびに心臓が痛いほど鼓動を速め、そしてその感覚はなぜかシュリアを幸せにした。


 お姫様を守る騎士の物語を読んだことがある。

 そのときはいまいちピンとこなかったけど、今ならわかる。


 そっか、女の子って、男の人に守られると、こんなにも……。


 いずれは父親の決めた婿をとり、領地を継ぐ自分。

 恋とか、遠い世界のことだと思っていた。

 なんなら、不憫で貧乏な下賤なものの娯楽にすぎないと思っていた。


 でも、それって、こんなにも……。


 そして考えは堂々巡りに入る。

 ――トモキって、ココのことを好きなのかしら。

 私のことは?

 どう思ってる?


 いや駄目だ駄目だ。

 私は銀等級の貴族、キャルル家の長女。

 自由な恋愛など許されない身。

 お父様が決めたお相手と、いずれ結婚して子供を産んで……。

 でもその相手は絶対にトモキではないだろう。


 胸が痛む。

 

 きっと、顔も見たことがないままにほかの貴族の次男や三男とかと婚約させられて、結婚することになる。

 でも、そうなるのは決まっていても、少しはトモキの心にひっかかる女の子でありたい、と思った。


 シュリアは、嫉妬で我を忘れるタイプではない。

 聡明な女性だった。

 トモキにかわいがられているココに嫉妬はするけれど。

 トモキの奴隷がトモキにかわいがられるのはなんら罪じゃないし、それならそれで幸せになってほしいとも思う。


 そうだとしても。

 シュリアは思った。

 ちゃんと、トモキの心の中に残る女でいたい、と。


 トモキはどんな女の子が好きなんだろうな。

 奴隷を差別して見下すのがあんまり好きじゃない、ってことはわかる。


 だったら、私も変わろう。

 だって、トモキに嫌われたくないし。


「ねえニッキー」

「はい?」

「ニッキーも一緒に入ろうよ」

「はい!?」

「あと、ココちゃんとアリアちゃんも呼んできて。みんなで一緒に入ろう」

「姫様は貴族の令嬢なのですよ? 奴隷と一緒に入るなんて……」

「でも、そしたら……ほら……きっと、トモキも喜ぶし……」


 それを聞いて、ニッキーは顔をパッと明るくした。

 そしてニヤニヤしながら、


「ふふふ。そうですね。そっか、姫様もついに男の人を……」

「ば、ばか、そうじゃなくて、そうじゃないわよ。女神様のお選びになった救世主様が……」

「はいはい、わかりましたよ。そっか、姫様、男の人を好きになったんですね……子供のころからお世話していましたから、感無量です……」

「違う! そんな、そんなんじゃないから!」

「はいはい。ちょっとココとアリアを呼んできますよ。あの子たちも温泉を楽しみにしていましたからね」


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