第42話 なんか違う
王都へと向かう馬車の中に、俺たちはいた。
四頭引き、7人乗りの豪華な馬車だ。
さらに、馬車の周りを五騎の騎兵が守っている。
騎兵の中にはガルニもいる。
馬車の中では、シュリアが貴族の令嬢らしく、シュッと背筋を伸ばして座席に座っている。
座席の配置としては、三列シート7人乗りのミニバンと同じだ。
俺は心の中でこの馬車のことをアルファードと呼んでいる。
シートも革張りで豪華だしな。
俺とシュリアは中列シートに並んで座り、三列目のシートにはニッキーが一人で座っている。
さらに一番前にココが座っている、という並びだ。
アリアは馬車の御者席で馬車を御している。
ココも馬車の操縦ができるそうなので、御者は交代制にしている。
「なかなか乗り心地がいいな」
「そりゃそうよ。この馬車、天才魔術師と名高いメールエさんが開発した不思議な魔法でサスペンションを強化している特別なんだから」
「メールエさんって確か、筆頭宮廷魔術師の部下の人だっけか」
「そうよ。もともとは筆頭宮廷魔術師、シャイア閣下の領地に住んでいた庶民出身の人なんだけどね。その才能を見出されてシャイア閣下の部下になって、それから頭角を現してグングンと出世したの。ま、私は会ったことないし、よく知らないんだけど」
「で、そのシャイア閣下かメールエさんなら、奴隷の刻印を消せるかも、って話だったよな」
「トモキ、あなたまだそんなことを言っているの? ほんとに奴隷ちゃんの刻印を消す気?」
「もちろんだ」
「今はそんな悠長なことしている場合じゃないのにね」
これから、シュリアは女王陛下へ人質として差し出されるのだ。
もっというと、俺自身、なんなら勇者に逆らった罰として処刑される可能性すらある。
「女王陛下っていうのは、どんな人なんだ?」
「とてもおかわいらしい女性よ。御年13歳。あと少しでお誕生日だから、今度14歳になられるかしらね」
「性格はどんな方なんだ?」
「えーと……そうね、なんというか……。えーと、なんていうか……。とても善い人なのだけど、変わっているところもあるっちゃあるわね……。いえ、私の口から言うとカドがたつかもしれないからやめておくわ」
なんだよ、気になるなあ。
気になると言えば、ココもだ。
「おい、ココ」
「はい。なんでしょうか」
ココは振り向きもせず答える。
「えーと、お前、どっか体調とか崩していないか?」
「崩していませんわ」
とはいうけどなあ。
Ultraだった信仰心がFになっている。
いろいろ心配なんだよな。
「ココ、お前、あのとうもろこしの女神様、テネス様のことはどう思っている?」
「この世を救ってくださる素晴らしい女神様ですわ。あの戦いの神リューン様や混沌の神グドルド様とは大違いの、とてもやさしくて素晴らしい女神さまですわ。決まっているではないですの。救世主様もテネス様によって蘇生していただいたのでしょう?」
「まあ、そうだけど……」
「テネス様が認めた人物なのですから、救世主様も戦いのときだけではなく、普段からもっとビッとしてくださいませ、ビッと」
うーん。
なんだかな。
テネス神への信仰心はがっちりあるし、俺が救世主だということも全然疑っていない。
「ココ、本当に俺が世界を救えると思うか? 救世主なのか、俺は?」
「決まっているでしょう。テネス様がとうもろこしを食べながらそう言ったのでしょう? 間違いないですわ。救世主様は救世主様なのです。救世主様はもっと自分に自信を持ってくださいませ。友人として恥ずかしく思いますわ」
シュリアは呆れたような、あきらめたような声で、
「あのね、奴隷ちゃん。あなたはもう私がトモキにあげたんだから、トモキの奴隷なの。だから、友人じゃないのよ」
「………………」
シュリアの言葉はココの耳に届いていないようだった。
都合の悪いことは聞こえない耳をしているのは相変わらずだな。
まじでシュリアの奴隷じゃなかったら首が飛んでいたところだ。
よかったな、シュリアが善良な主人で。
っていうか。
俺は、大きな勘違いをしているような気がしてきていた。
★が表す値って、もしかしたら……。
『信仰心』ではなかったのでは?
「もう、奴隷ちゃん! 王都についてもそんな態度をとっていたら、ほんとに処刑されるわよ。あの土地では私やお父様が絶対だったけど、王都ではそうじゃないの。私より格上の貴族とか、王族の方とかにそんなことを言ったら、ほんっとーに殺されても文句は言えないのよ、わかってるの、奴隷ちゃん」
「………………」
聞こえていないみたいなー。
とりあえず、ひとつだけ気になっていたから、ちょっと言っておくことにする。
「なあシュリア」
「ん?」
「あのな、ココにはココ・ライラネックって名前があるんだ。俺からの頼みなんだが、その『奴隷ちゃん』ってやつ、やめてやってくれないか? 普通にココって呼んでやってくれ。ココの……友人としての、俺の頼みなんだ」
「……まあ、そうね……。それは……」
シュリアは自分の赤い髪を人差し指にくるくると巻きながら少し考えて、
「そうね、トモキの言う通りかも。奴隷だって、ちゃんと名前があるものね……」
うん、やはりシュリアは素直でいい子だ。
だけどそれと同時に、『差別しているという自覚なく行ってしまうのが差別』なんだよなあ。
「ココちゃん、これからは私、あなたをココちゃんって呼ぶわ。トモキに叱られてしまうもの」
俺はシュリアに礼を言う。
「ありがとう、シュリア。ココのことは、奴隷じゃなくてちゃんとした一人の女の子として見てもらいたいんだ」
後ろ姿のココが身体をピクッとさせた。
そして次の瞬間。
ビコンッ!
信仰心 F⇒B
ん。
あれ。
いや待て、今まで★を信仰心と読み替えてたけど、なんか違うな。