第36話 男を選ぶのは
そいつ――セレスティアは、宙に浮かんだまま、すうっと静かにこちらへ向かってくる。
「さあどうする、自称救世主よ? 俺と問答を続けるか、それともあいつを倒してからか?」
くそ、俺は救世主を自称なんてしてないぞ。
だがそうだな、まずはモンスターをやっつけてからだ。
「おい、アリア、お前も俺から離れるなよ!」
「う、うん……」
アリアは俺に身を寄せてくる。
「さっきは……ありがとう。ご主人様がボクを守ってくれたんだよね……?」
アリアが俺の顔を見上げてくる。
殺されかけて怖かったのだろう、その目じりには涙が浮かんでいた。
「いつでも守ってやるぞ。お前は俺の大事な……」
奴隷、といいかけてやめた。
現代日本人の俺には、奴隷を所有するという感覚がいまいちピンとこない。
かといってすぐにはいい言葉も思い浮かばなかったので、俺はこう言った。
「お前は俺の大事な女だからな。ずっと守ってやる」
あれ?
とっさに出た言葉だけど、これ、なんか別の意味が生じそうな……。
途端にアリアの頬が赤く染まった。
「奴隷のボクが……ご主人様を守るんじゃなくて……ご主人様が……ボクを守ってくれるの?」
ビコンッと音が鳴る。
身体能力 D
▲ A
■ D
魔力 S
信仰心 D⇒S
アリアは俺の腕に自分の腕をからめてくっついてくる。
小さな、でもふわりと柔らかいアリアの胸が俺の腕に押し付けられた。
「ご主人様……。ボク、ご主人様に、守られたい……」
ああ、まかせておけ。
お前のその気持ちがパワーになって、俺たちを守る魔力の源になるんだ。
「……男を選ぶのはギャンブルみたいなもんだって聞いた……ボク、ご主人様に賭けていい……?」
どこまでもギャンブル脳だな、こいつは。
とか思っていたら。
「だめですわ! トモキさんの一番は私ですわ! だって私が一番トモキさんの役にたてますもの!」
ココも俺の腕に抱き着いてきた。
うお、ココのはでかい。
ハリがある上にやわらかくてあったかい。
ば、ばれないようにしないと……。
などと思っていたら。
「がははは! 女と乳繰り合う救世主など! お笑いだな! 下品で下賤な男ではないか!」
むかつくが、全否定もできないところが悔しいぞ。
だが結果としてアリアの信仰心もSになった。
これでもっと戦える!
「まあ見ておけ、色男! これが武士の闘い方だ!」
そしてガルアドはドラゴンに乗ったまま――。
村人たちが連れてきていた奴隷のもとへ。
そうだった、こいつの能力は奴隷を殺す。
領主であるデールが言った。
「まずは領主として、私の奴隷から差し出そう。好きにするがいい」
そして連れてこられたのは――。
奴隷商人のところでアリアと迷った青年、アルドルだった。
彼はおびえの混じった表情で俺を見る。
「やめろ! あれは俺が倒す! ガルアド、お前は下がって――」
俺の言葉を無視してガルアドはドラゴンの背からジャンプするとアルドルの目の前に降り立つ。
「ひ……!」
目を見開くアルドル、くそ、やらせてたまるか!
俺はココとアリアを抱き寄せると、ガルアドを吹っ飛ばすために魔法を発動させようと――。
だが。
間に合わなかった。
勇者ガルアドのスピードは俺の予想を超えていた。
次の瞬間にはアルドルの胸に穴が開いていて、その目の前にはガルアドの手の平に乗ったアルドルの心臓。
まだドクドクと動いていて、それを眺めながらアルドルの目から涙が零れ落ちて、
「そんな――」
そして膝から崩れ落ち、地面に倒れた。
それで終わりだった。
ココもアリアも、俺の腕の中でカタカタと震えている。
「てめえ!」
俺は叫ぶ。
だがガルアドは心臓を持ったまま俺の方を向き、すごみのある笑顔で、
「なにが問題だ? この国では奴隷の命など、金で買えるものだ。それも、きわめて安くな。俺はそれを身をもって知っている。知らされたのだ。奴隷の命で世界を救えるのだ。奴隷は人間ではない。俺はそう信じているぞ。奴隷をすりつぶして、人間が平和を得るのだ」
「……お前は自分を人間だと思っているんだろう? 奴隷だったときからそうだっただろう?」
「いいや? 俺はガキの頃からこの力を持っていた。だから、俺はこう思っているぞ。この世にいるのは、人間と、奴隷と、そして――勇者だ」
そしてガルアドは手の中の心臓を握りつぶす。
グチッ、と嫌な音をたててそれはぐちゃぐちゃの肉塊になって地面に捨てられた。
そのときにはセレスティアが俺たちから50メートルまで近づいてきていた。
くそ、まじでお喋りなんてしている暇がなかったんだった。
セレスティアのステータスが見えた。
身体能力 SSS
▲ S
■ SSSS
魔力 SS
信仰心 K
まじで強い。
■なんてダークドラゴン以上だ。
セレスティアはその場で泊まると、なにかぶつぶつ呟きはじめ――。
そして、セレスティアの手から、凍てつく吹雪の魔法が俺たちにむかって放出された。




