第35話 不死の女帝セレスティア
ギリギリのタイミングだった。
俺はココの手を強く握りしめた。
キュイン!
音が鳴り、個々のステータスが変化する。
魔力 SSD⇒SA
アリアの前方に、シュリアが出現させたのと同じような、傘の形をした障壁が具現化される。
キィィィン! という高い音とともに、レーザーは障壁に跳ね返されてはるか上空へととんでいった。
勇者ガルアドは眉をあげて俺を見た。
「ほう……? そこの魔法使い……貴様、この勇者ガルアドの邪魔をするか?」
「その奴隷は俺のものだ。勝手に傷つけるのは許さない」
「さきほど、ここの領主に許可をとったぞ! この村の奴隷はすべて買い取った」
「だが俺はここの食客だ。俺はデール卿の部下でも領民でもない。俺の奴隷はお前などに売らない」
そこにココがまだ俺の手を握ったまま言った。
「おほほほ! この方はただの客人ではございませんわ! 女神テネス様のお導きにより、空より出で、湖で身体を清められてこの世に権限した、救世主様でございますよ!」
ガルアドは目をすがめて俺を見た。
「ほう……お前、女神テネスのみ使い、救世主を名乗っているのか? おもしろい。奴隷女を愛人にしてるのか? この俺と対話するにも女の手を握ったままとはな。ははは、とんだ救世主様だ、ははは」
「救世主様であるトモキさんを侮辱するのはおやめくださいませ!」
「ははは。闘いをつかさどるリューン神の天啓を受け、勇者として認められたのが俺、ガルアドだ。今までにも勇者やら救世主やらを名乗る偽物をたくさん見てきたが……お前はその中でもなかなかの力を持っているな」
「トモキさんは救世主様ですわ! 偽物ではありません!」
ガルアドはココをちらりと見て、それから俺の顔をじっと見つめた。
「このあたりの人種ではないな……。領民でないというのだけは信じてやろう。見ろ」
顎で向こうの方を指し示すガルアド。
「まだまだモンスターは残っている……話は、あいつらを倒してからだ。人間同士争う場合じゃない。それは、お前もわかるな?」
「お前は奴隷を殺す。奴隷も人間だ。これ以上奴隷を殺すのは許さない」
そこで、ガルアドは太い眉をひそめ、笑っているのか怒っているのか判別がつかない、複雑な表情を見せた。
「奴隷も人間……だと? ふふふ、おもしろい……。見ろ」
ガルアドは自らの服をはだけ、胸を見せた。
見事な大胸筋、そしてそこには……。
まぎれもない、奴隷の刻印が彫られてあった。
地平線に落ちかけている太陽の赤い光を浴びて、その刻印は禍々しくも神々しく見えた。
「その通りだ。奴隷は人間だ。だが、この国の奴らはそれを認めない。勇者様だなんだと言って称号を授与され、女王陛下から自由民と認められた。だが、結局は『元奴隷』とこいつらは俺のことを蔑んでいるがな。それを忘れぬために、魔封じの効力を無効化させた今も、この刻印はわざと残してある!」
「やはり、無効化はできるのか……」
俺が言うと、ガルアドはニヤリと笑った。
「宮廷魔術師のシャイアがやってくれた。だが、金はたんまりととられたぞ、ははは、あの守銭奴め! この国はクズばかりだ! ははは、だが俺は力を手に入れたぞ! 俺はこの力でこの国から奴隷制をなくそうと思っている」
「奴隷を殺してか? お前の能力は奴隷を殺すか、恐怖を与えるか、痛みを与えるかすると、自分自身の戦闘力がアップするとかそういうものだろう?」
俺の能力は俺にたいする信仰心を持つものの魔力を吸い取るものだ。
そこから類推すると――。
「つまり、お前に対して恐怖心を持つものから力を吸い取る。……違うか?」
俺の言葉を聞いて、ガルアドは大声で笑った。
「はーっはっはっは! よくわかったな……。もしや、お前、本物か? その通りだ。別に相手は奴隷でなくてもよいが、買った奴隷ならばいくら殺してもこの国では問題にならんからな。だがその話はあとでゆっくりやろうではないか? それとも、アレを放っておいて、このまま楽しくお喋りするつもりか?」
ガルアドが言い終わった瞬間に、太陽が地平線の向こうにふっと落ち、あたりが薄暗くなった。
同時に、なに恐ろしいものの気配を感じる。
「夜の女帝のおでましだ……。俺なしでアレには勝てないぞ?」
俺がトンネルの方を見やると。
そこには、宙を浮く少女がいた。
黒と白を基調とした、フリルとレースで飾られているドレスを着た、白髪の少女。
その目は赤く、その肌は青白かった。
アリアがおびえた声で言った。
「不死の女帝……セレスティア!」




