第32話 ジャンヌダルク
「あの翼の形はブレイブドラゴンです。魔王配下にはいない種のはず。なんなら草食のおとなしいタイプのドラゴンなんです。あれは攻撃すべきでないと思います。魔力を消費するんでしょう?」
撃ち落とすなら俺の攻撃が当たるギリギリのところで撃ち落としたい。
また村中焼き払われても困るからな。
しかし、アリアは敵ではない、と言う。
こんな距離でドラゴンの種類の判別なんてできるか?
「ブレイブドラゴンだとなぜわかる? ここから翼の形なんてわかるのか?」
「はい。翼がほかの種より小さいですし、なにより、あの飛び方。特徴のある飛び方をしています。絶対に間違いないです。あれは草食のドラゴン。ボクの勘が言っている。あれは攻撃すべきじゃない」
そう言う間にも、そのブレイブドラゴンはグングンとこちらに近づいてくる。
でも、なるほど、飛び方がダークドラゴンとは違っている。
ダークドラゴンは大型の鳥類みたいに大きな翼をゆったりと動かして飛んでいた。
だが、あのドラゴンは空中を主に滑空していて、方向を調整するときに翼をパタパタと動かす。
ええと、どっかで見たな、この飛び方。
そうだ、ペンギンだ。
ペンギンが水中を『飛ぶ』泳法にそっくりなんだ。
「ご主人様、ボク、パンツを賭けますから」
「いらん! だが、お前を信じる!」
俺はデールやそのほかの兵士たちに叫んだ。
「あれは草食のブレイブドラゴンだ! あれに対する攻撃はしないでください!」
「しかし……」
険しい顔のデール、だが俺は自信満々に言い張る。
「頼みます! 信じてください!」
デールは俺の目を一秒間ほど直視したあと、
「よし、わかった。救世主殿を信じることにする。空のドラゴンへの攻撃は中止! 前面のダグロヌたちに魔法矢を射かけよ!」
騎馬たちは弓に矢をつがえ、それをダグロヌに向かって射始める。
その攻撃自体に魔法はかかっていないようだが、矢そのものに魔法がかかっているようで、その飛距離は驚くものだった。
普通、例えば和弓の射程は3~400メートルってところだ。
なんで知ってるかっていうと、若いころ〇ーエーのなんとかの野望だとか、三国志だとかのゲームにはまっていろいろ調べまくったことがあるからだ。
っていうか戦国時代が嫌いな日本人男子なんていないだろ普通。
ところが、デールの率いる兵士たちは、騎兵だろうが歩兵だろうが、みなその弓の射程が一キロを超えているようなのだ。
遠くにいるダグロヌたちを次々と射貫いていく。
魔法で弓と矢を強化し、弾道まで補正させているのだろう。
こいつは強力だぜ。
向こうもなにもしてこないわけじゃない。
ダグロヌだけじゃなく、第二陣として巨大な犬のモンスターも出てきて、しきりにこちらに炎の玉を吐いてくる。
野球ボール大の炎だが、兵士の一人がそれにあたって左腕を吹き飛ばされていた。
「魔法障壁を張れ! シュリア、お前もだ!」
なんと、デールは愛娘であるシュリアまでこの戦場に参戦させていた。
シュリアは真っ青な顔をしていて、馬上で震えていたが、父の言う通り魔法障壁を展開する。
今度は傘ではなく細長い全長5メートルほどの扇形の障壁だ。
「この広さだと完全には防げません。みなさん、ご注意を! この戦、絶対に勝つわよ!」
普段から敬愛する姫様の号令に、兵士や農民たちは「おうっ!」と声をあげる。
君主とか指揮官が前線にたつと士気があがるのは、古今東西異世界関係なく、どこでも普遍的なことのようだった。
ジャンヌダルクの例をあげるまでもなく、それがうら若き女性となればなおさらのことだ。
ただし、それは指揮官の戦死というリスクと引き換えになるが。
シュリアの手綱を持つ手が震えている。
怖くても、逃げ出さずにここにいるんだ。
立派な子だと思った。
敵味方、一キロほどの距離をはさんで麦畑越しに遠距離攻撃をしかけあう。
そのときだった。
さきほどからこちらに向かってきていたブレイブドラゴンがもう俺たちのまっすぐ頭上に来ていて――。
そして、思ってみなかったことが起こった。
ブレイブドラゴンの背に乗っていたのだろうか、三人の人物が俺の目の前に飛び降りてきたのだ。




