第30話 女の子投げ
「ニッキィーーーー!!」
俺は力の限り叫んだ。
屋敷の中からメイドのニッキーが飛び出てくる。
「どうしたんで……。え……! なにあれ……!!」
モンスターたちの堀った穴は一つだけじゃなかった。
いくつも、いくつもあった。
畑の中から這い出てくるモンスター。
それは、人型をした、だが異形のものだった。
距離は穴の場所にもよるが、五〇〇メートルから一五〇〇メートルくらいだろうか。
遠いからよくわからんけど、たぶん身長は人間と同じくらい、だがみな濃い紫色の肌をしていて、でかくて丸い目、耳は長く数十センチもあってまるで角のように尖っている。
衣服や防具はまとっていないが、その皮膚は硬そうだ。
農作業をしていた村人たちが農具を打ち捨ててこちらの方へ逃げてくるのが見えた。
「モンスターだ! 魔王軍かもしれない! すぐにデール卿に報告を!」
「は、はい……!」
ニッキーはすぐに屋敷の中へと戻る。
「ココ、来い!」
「はい!」
ココが俺の側にきて何も言わぬうちから俺の手を握る。
うんうん、わかっているな。
「あれは……なんだ?」
アリアが答える。
「知ってる。あれは……ダグロヌと呼ばれる魔族……。魔王軍の先兵を務めることが多い。ご主人様、逃げましょう! あいつらは人を食います」
アリアは俺の力を見たことがない。
だから第一選択肢が『逃げる』なのはまったく自然なことだ。
だが俺は、この村を捨てて逃げるなんて選択肢とるつもりはもちろんこれっぽっちもなかった。
俺には力がある。
だから……。
ダグロヌとかいうやつらは、今や十を超えるトンネルの出口から次から次へと這い出てきている。
ええと、どのくらいの数がいるんだ?
百か、二百か?
いや、まだまだ出てくる。
魔王軍は西の方で王国軍と戦争中と聞いたが、この辺鄙な村にどんだけの戦力を割いたってんだ?
「ココ、石を持ってくれ」
「はい!」
ココが近くの石を拾う。
ほんとは旅の最中にいろいろ実験をするつもりだった。
俺とココとで、どのくらいの戦闘ができるのか、まだまだわからないことが多い。
だけど、いきなり本番ときた。
失敗は許されない状況だ。
とりあえず、やったことがある攻撃方法を選ぶことにする。
「投げますか? 投げますよ? トモキさん、いいですか?」
ココが女の子投げのフォームで石を構えている。
いや待て。
待て待て。
ココの魔力にも限りがある。
ダークドラゴンを倒した時も、魔力をSSSSSからSSまで消費した。
今回は敵の数が多すぎる。
今消費してよいものか?
だが……。
「アリア、お前モンスターに詳しいのか?」
「人よりは詳しい……と思う。北方で流行っているギャンブルの一つにモンスターカードってのがあって、それはモンスターの特徴を覚えていなければ勝てないから」
「お前、負けまくって奴隷になってるじゃねえか」
「いや、それはまあまあ得意な方だったんだよ。奴隷になったのはサイコロのせい」
「まあいい、あのダグロヌだかっていうモンスターはどんなやつらなんだ?」
「人間より知能が劣るけど、人間よりはるかに力が強い。上位のモンスターの言うことは忠実に従う」
「命知らずに突っ込んでくるタイプか?」
「いや、臆病なところもあって、味方が優勢ならどんどん攻めてくるけど、劣勢なら逃げだす。その辺は人間と同じだよ」
「魔法は使ってくるか?」
「いや、魔法は使えない。遠距離攻撃はできないはず……」
見ていると、ダグロヌたちは穴の中から木材を運んできているようだ。
ここに陣地を作ろうという腹積もりらしい。
とすると、すぐには突撃してはこないのだろう。
そりゃそうだ、魔王軍の中でも強力なモンスターだったダークドラゴンが帰ってこなかった土地だ。
やつらにとっても俺たちの戦力は未知数。
無策で攻撃はしてこないつもりだろう。
目を凝らす。
遠すぎてダグロヌたちのステータスが読めない。
俺は思考をめぐらす。
そして決心した。
今、やった方がいい。
ここに陣地を作られ防御柵を作られるのもまずいと思う。
「ココ、行くぞ! まずはあそこ! 右端の、一番近くの奴らだ!」
「はい!」
ココの手をぎゅっと握る。ココも握り返してきた。
「投げろ!」
ココの投擲した石は、ひょろっとした放物線でほんの5メートル先に落ちる、その直前で。
キュイーン!
あの音が鳴り響いた。
身体能力 E
▲ D
■ E
魔力 SSSSS⇒SSSS
信仰心 Ultra
ココの魔力を消費し、石は5メートル先で大きく燃え上がる火の玉となった。
直径1メートルほどの炎の塊だ。
とんでもない熱をほっぺたに感じた。
あぶねえ、これココがもっと非力だったら自分が焼け死んでたところだぞ。
俺は狙いを定め、叫んだ。
「行けぇ!」
キュイーン!
身体能力 E
▲ D
■ E
魔力 SSSSS⇒SSSC
信仰心 Ultra
そしてその火の玉は、ゴオオォォッ! という音を立てて穴の一つへと向かっていく。
まるで恐竜を滅ぼした隕石の合成CGみたいだ、と思った。
「ギョア!? グエアギャギョ!」
ダグロヌたちはうろたえて逃げちらばろうとする。
しかし。
空気を震わせるほどの爆音とともに、火の玉は狙ったところに着弾した。
それは、その場で大きく燃え上がり――。
半径三十メートルくらいの範囲の中を灼熱地獄へと変えた。
500メートルも離れているのに、熱波が俺たちのところまで届く。
思わず腕で顔をかばってしまったほどだ。
「ギャーーーー!」
ダグロヌたちの悲鳴が聞こえる。
紫色の気味悪いモンスターたちが、一気に焼き尽くされた。
炎に巻かれた一体のダグロヌが、手をバタバタさせながらこちらに駆けてきて、途中で力尽きて倒れる。
この一撃で五十体くらいは倒せただろう。
だけど、敵の数はまだまだ残っている。
ココの魔力だけでは全滅させることはできないと思う。
だけど、俺には狙いがあった。




