第22話 奴隷の刻印
ココだった。
いつものボロボロの服を着て、そこに立っていた。
「どうしたんだ、こんな夜中に」
「ちょっとお話がありますの……入ってもいいかしら?」
「んーちょっと待て、それはなあ……」
真夜中に自分の部屋に奴隷の少女を招き入れたなんて、どう考えてもあれだよなあ。
人聞きが悪すぎる。
「大丈夫ですわ。この部屋に来るまで誰にも会いませんでしたもの。みなさん、もうぐっすりと眠ってらっしゃいますわ。お願いします……」
「まあ、じゃあ今夜だけな」
しょうがないので部屋の中に入れて、椅子に座らせる。
俺も少し離れた椅子に座って聞いた。
「で、どうしたんだ? ってか、そういやココはいつもどこで寝ているんだ?」
「私は北向きの部屋の一番隅っこですわ。狭くて嫌になります。このくらい、このくらいしかないのですよ」
ココは一旦立ち上がって、手を使って広さを説明する。
なるほど、畳二畳分くらいだな。
そりゃ狭いだろう。
「もっと貴族にふさわしい部屋を用意してもらいたいものですわ」
「……そうだな。……ココは、どこで生まれたんだ?」
「そうですわね。生まれたのは首都ですわ。ライラネック家の長女として生まれたのです。そして、お家騒動に巻き込まれて小さい頃に、とある村に預けられてしまったのですわ」
「小さい頃?」
「はい。多分、二歳から三歳の頃……」
「それなら記憶もほとんどないよな。その話、誰から聞いたんだ?」
ココは不思議そうな顔をして言う。
「だって、そうなんですもの」
「誰かが教えてくれたのか?」
「いいえ、秘密のことですから誰も知りませんわ」
「じゃあ、証明のしようがないじゃないか。そもそも、その話、ココ以外知らないってそれならココはどうやって知ったんだって話になるだろ?」
問い詰めるようなことはしたくないんだけど、ついつい聞いてしまう。この辺は俺の悪い癖なんだが。
「なにをおっしゃってますの、トモキさん。救世主様なら聞かずとも私を見ればおわかりになるはずですわ」
「うーん、そんな能力はないからな……」
「とにかく、そうなんです。五歳くらいのとき、私は『わかった』のですわ。私はライラネック家の令嬢だと……」
……そっか、わかっちゃったんならしょうがないよな。
そう思い込まなきゃこの年齢まで行きてこられなかったほど苛烈な人生だったのだろう。
「ここから西に120カルマルトほど西……。今は魔王領になっていますが、そこのシーネ村というところに預けられて……農家の家で……よく覚えていないのですけれど……。そこの主人の養子になったんだと思います。気がついたらお父さんと呼ばされてましたし……。でも、そのお父さん、なんか変でしたわ……」
「変?」
「夜になって寝る時になると……私を裸にして……自分も裸で……私が元気に育つようにおまじないだと言って……あれは……いったい、なんだったんでしょうね……。あと三年もしたら私を大人の女性にしてくださると言ってましたわ……よく覚えてない……覚えてませんけど、なにか、変な味だけ覚えてますわ……いったいなんだったんでしょう……」
ろくでもない養父だったみたいだな。
「ねえ、大人の女性にしてくださるってどういうことだったのかしら……? トモキさんはわかりますか? こっちに来てからいろんな人に聞いて回ったんですけど、誰も教えてくれなくて。世間知らずの姫だと馬鹿にされてるんでしょうね、私」
「それはな、」
俺は即答する。
「そのおっさんがなにか、勘違いしてるんだ。大人の女性になるってのは、そういうことじゃない。救世主である俺が言うんだ。間違いないぞ。そいつはなにか間違った知識でそういうことをしたんだよ。大人の女性になるってのは、強く優しく美しく生きることだ。だからそんな馬鹿の言うことをいつまでも思い悩むな。救世主である俺と、その教養のない農家のおっさんと、ココはどっちを信じるんだ?」
「もちろんトモキさんですわ!」
「うん、それでいい。もうそれについては忘れてしまえ。いいな?」
「はい! ……なにか、胸のつっかえがとれましたわ」
ほうっ、大きく息をつくと、ココはすっきりした笑顔になった。
大丈夫だ、ココ、お前にはお前の人生をちゃんと送らせてやるからな。
「それで、その頃……魔王軍が村に襲ってきて……お父さんも含めてみんな殺されて……それで、私は貴族の令嬢なのに、間違って悪者に連れ去られてしまったのですわ」
悪者、か。
シュリアから聞いた話も総合すると、奴隷商人に拾われたんだろうな。
で、シュリアの父親であるデールに買われて、そのあと誕生日プレゼントの一つとしてシュリアに贈られた。
「ココ、俺は今から不愉快なことを聞くけど……」
「トモキさんになら何を言われても不愉快になどなりませんわ」
「その胸の奴隷の刻印……」
その瞬間、ココはビクッと身体を震わせた。
そしてちょっと早口でまくし立て始めた。
「こ、これは間違いで入れられてしまったのですわ! あの悪者、私がライラネック家の令嬢だということも知らないで! 間違いですのよ。ですから、トモキさんは気にされなくてよいのです。だって、間違いなんですもの。そういうことって、世の中にたくさんあるでしょう?」
その声は震えていた。
「わかったよ。その刻印は間違いだ。そうだな、お前はココ・ライラネック。ライラネック家の令嬢だよ」
「うふふ! 当然ですわ! まさか、救世主様が間違いで彫られた刻印なんて信じるわけないですもの!」
それを聞きながら、俺は思った。
この刻印、どうにかして消してやれないものだろうか?




