第21話 二つの月
総勢10騎ほどの騎馬を引き連れて、シュリアとミラリスの父親が帰宅した。
シュリアの父親は口ひげをたくわえた40歳くらいの男だった。
実際の俺の身体は高校生くらいに戻っているとはいえ、もともと俺は35歳だったわけで、まあ俺の感覚からしたらちょっと年上くらいだな。
「まさか、本当にダークドラゴンを倒したと……? あなたが……?」
父親がダークドラゴンの、頭部だけとなった死体を調べている。
身体の方は村人みんなで空き地に埋めてしまった。
ダークドラゴンの頭部は腐りもせず、その禍々しい大きな角の生えた顔で虚空を見つめている。
「間違いない……この魔力の残滓……。ほんとうに、勇者でも宮廷魔術師でも兵士ですらない人間が、こいつを倒したのか……」
父親は信じられない、と様子で言った。その足に抱きつくようにしているミラリス。
「パパ、パパ、おみやげないの?」
などと言っている。
けっこう甘えん坊なんだな。
シュリアは貴族らしくピンと背中を伸ばした綺麗な佇まいで、父親に言う。
「そうなの、お父様。あっという間だったわ。それに、そのドラゴンにやられた怪我人を、トモキはすごい治癒魔法で治していったわ。あんなの、見たことないレベルの魔法だった。それだけじゃない。焼かれたこの屋敷まで再生させたのよ。村の人たちの家まで。嘘じゃないわ。村の人に聞いて回ってみればわかるもの」
「本当か? にわかには信じがたいが……。ガルニ、この子たちの言っていることに嘘はないか」
聞かれたガルニは答える。
「はい。間違いございません。私もこの目で見ました。おそらく、国中さがしてもここまでの魔法をつかいこなせる者など、近頃噂の勇者パーティくらいなものでしょう。私の見たところ、この者の魔法技術は、もしかしたら宮廷魔術師殿を超えるやもしれません」
それを聞いて、父親はやっと納得したみたいだった。
「なるほど、ガルニが言うなら信用できる。挨拶も済ませず失礼した。私の名はデール・カヌグ・キャルルと言う」
「コバヤシ・トモキといいます。娘さんがたにはお世話になりました。ありがとうございます」
俺は日本式に頭を下げて挨拶する。
この世界のやり方なんてしらんしな、これが自分の国のやり方ですで押し通そう。
「いやいや、礼を言うのはこちらの方だ。村を救ってくださったのだ。それ相応の礼はする。さっそくだが、今日の夕食は一緒に食べようではないか」
ま、俺はシュリアの屋敷に居候してるから、夕食はいつもシュリアたちと食べていたけどね。
★
夕食はそんなに豪華なものではなかった。
鶏肉を焼いたものとスープ、それにふかふかのパン。
ま、でもそんなもんだ。いつも通り。
ほかの貴族はもっととんでもなく豪華な食事をしているとシュリアに聞いたが、質素な生活をするというのがデールの主義みたいで、「領民とともに生きる」というのが彼のモットーなのだそうだ。
うん、もともと庶民出身の俺からするとすごく好感がもてるな。
食事と、その後のティータイムを使って俺は転生についての話をする。
デールはすべてを信じたわけじゃなかったみたいだけど(実際、信仰心は最初からずっとBのままだった)、それでも俺がココを所有すること、奴隷のタルミたちをキャルル家で買い取ることを了承してくれた。さらに屋敷の中の一室を自由につかっていいとまで。
うむ、この土地でこのままのんびり過ごすのも悪くはなかろう。
もちろん、そんなことにはならなかったのだけれど。
★
その日の夜。
俺は正式に貸し与えてもらった部屋から外を眺めていた。
街灯なんてものは当然なく、真っ暗だ。
上を見上げると星空が広がっている。
もちろん、俺の知っている星座なんてひとつもない。
地球よりも小さめの月が二つ、地平線の近くに浮かんでいた。
すごく綺麗で、俺はずっとその月に見とれていた。
そのとき、部屋のドアがノックされた。




