第17話 魔王もしばいてやろう
それを聞いた途端、俺の胸の奥がきゅっとなった。
そっか、この世界の人間にとって、この子たちは人ではなくモノなのだ。
「……お前らの御主人様は?」
すると、ナニーニが半眼で下を見ながら言った。
「死んだよ。全身黒焦げだった。一家全滅さ。ドラゴンの炎を直接受けたんだ。いつもいつも俺たちのこといじめやがって……ミーシャなんて、まだ小さいのにあんなこと毎日させられてさ……うぐ、ぐす、うう~~~っ」
そのまま泣き出すナニーニ。
彼の着ているシャツは襟元もクタクタで、胸元に奴隷の刻印がされているのが見えた。
肌には傷跡がいくつもあった。
やせこけていて、食事もまともに取らせてもらってなかったのだろう。
まだ子どもなのに。
あんなことを毎日させられた?
それがなにかは知らないけど、虐待を受けていたのは間違いないだろう。
いや、この世界の人間にとってはそれは虐待じゃなくて、ただの遊びだったのかもしれない。
なにしろ、奴隷には人権がないみたいだからな。
ミーシャもガリガリに痩せていて、肌はガサガサだ。
ケーキを美味しそうにたべていたミラリスを思い出した。
別に貴族であるシュリアやミラリスが悪いわけじゃない。
彼女たちが生まれたときから、強固な身分制度があったのだ。
この世界に生きる人々にとって、それを疑うなんてことができるわけがない。
……くそっ、なんかイライラするぜ。
この子たちに比べると、ココはまだ食い物くらいは食わせてもらっていたんだろう。
胸とかでっかく成長していたし。
そういや、ココもケーキを食べていたなあ。
こうしてみると、自由奔放なココをやりたい放題させていたシュリアは、とんでもなく寛容な奴隷の所有者なんだな。
「よし、とにかく治すぞ」
ナニーニの方が魔力は高い。
俺はミーシャの手を握る。やけどをしていない方の手だ。
そして、
「ナニーニ、こっちの俺の手を握ってくれ」
言う通りにするナニーニ。
そして俺は叫んだ。
「聖なる女神の力よ、この者を癒せ! 天にある太陽よ、その光で我に力を与えよ!」
しかし。
なにも起こらなかった。
ミーシャは未だ苦しそうに呼吸している。
あれ?
おかしいな?
「チンカラホイ! キュアップ・ラパパ!」
どう叫んでも、俺の治癒魔法は発動しない。
シュリアのときはできたのに?
奴隷の魔力だとうまくいかないのか?
いやいや、ココだって奴隷だし。
くそ、なんでだ!
こんな小さい子、なにを差し置いても治してやりたいのに!
ココはまだ寝てるか、魔力の回復までどのくらい時間がかかる?
それまで、この子は無事か?
「ほら、やっぱりインチキなんだよ」
そう言うナニーニ。
ビコンッ! という音とともに、ナニーニのステータスが変化する。
● D
▲ D
■ E
魔力 B
★ D⇒E
タルミはムキになって言う。
「そんなことないよ! 絶対この人は救世主様だって!」
うーん、どういうことか、俺にもわからん。
ナニーニの魔力はBで、タルミの魔力はC。
魔力が高いほうがいいと思ったんだが……。
と、そこで俺はあることを思い出した。
ナニーニの★はDだった。今ミーシャを治療できなかったことで、Eに落ちた。
タルミの★はS。
俺に対する態度を見ても、この★ってやつは俺という救世主に対する信仰心を表しているんじゃないか、という仮説はどうだろう。
そして、その信仰心が俺の魔法発動のトリガーになっているんじゃ……?
それなら、幼い頃からずっと夢で見ていたというトウモロコシ女神のことを俺が話した瞬間に、ココの★がCからSSSSSに変わったのもわかる。
俺を救世主として心の底から信じたのだ。
よし、やってみよう。
「タルミ、今度は君が俺の手を握ってくれ」
「うん!」
そしてまた再び俺は詠唱する。
ま、この詠唱は適当なもんで、意味があるとは思えないけど、かっこうつけのために一応な。
「聖なる女神の力よ、この者を癒せ! 天にある太陽……」
そこまで言ったところで、キュインッ! と音が鳴った。
いつものピンク色。
そして、ミーシャの腕が、まるで3Dプリンタが出力するのとそっくりな感じで、ジジッジッ、と根本の方からだんだんと再生していく。
「よしっ!」
思わず声が出た。
タルミのステータスが変化する。
● C
▲ D
■ E
魔力 C⇒F
★ S
「……すごい! ミーシャの腕が……やっぱり、救世主様だ……!」
タルミが歓喜の声を上げる。
だけど、タルミの魔力だけじゃ足りなかったのか、ミーシャの腕の再生は、手首のあたりで止まった。
「……本当に、あんた、救世主なのか……?」
ビコンッと音が鳴ってまたナニーニのステータスが変わった。
● D
▲ D
■ E
魔力 B
★ E⇒S
よし、きっとこれでいけるはずだ。
「じゃあナニーニ、もう一回お前でやってみるぞ」
俺の目論見どおり、今度はナニーニでも治癒魔法が成功し、ミーシャの腕は完全に治癒された。
これで確信した。
★は、きっと俺という救世主への信仰心を表しているんじゃないか?
今後はそう読み替えていくことにしよう。
ミーシャが、「うう……」とうめいてから、パッチリと目を開けた。
「あれ、私……」
タルミとナニーニが、それを見て大声で叫び出す。
「なおったーーーー!! すげーーーーーーっ!!!」
ナニーニは目に涙を浮かべながら、俺の足元にひざまずく。
そして俺のニューバランスにキスをしようとするところを俺は遮った。
「おいおい、そんなこと、軽々にするもんじゃない」
「だって、だって……ひっく、ひっく……。俺たち、俺たちは奴隷だから、薬ももらえなくて、ミーシャはこのまま死んじゃうんだって……。ミーシャが死んだら、俺も、俺も死のうと思ってて……。だって、だって俺たちは……奴隷の刻印を受けて……死ぬまで奴隷だから……ミーシャに死なれたら、もう生きている意味なんかないって……」
俺はナニーニの頭をポンポンと叩いてやる。
「奴隷だろうが貴族だろうが、俺には関係ない。俺は奴隷なんていない国から来たからな」
「そんな国……あるの?」
「ああ。人間が人間を所有するなんて……俺は、それがいいことだとは思わない」
不思議そうな顔で俺を見る少年二人。
回復したばかりの少女は、
「ねえ、ねえ、タルミ、ナニーニ、いったいがなにがどうなったの?」
と二人にしきりに聞いている。
と、そこに遠くからココが走ってくるのが見えた。
「救世主様ー! いたー! 私を置いていくなんて……私を置いていかないでくださいませ!」
ボロボロの衣服を着たココが、その服をなびかせながら走ってくる。
そのとき、俺は思った。
もしも、この俺が本当に救世主としての力を持っているなら。
ダークドラゴンとかいう強大な敵も倒せる力、そしてどんな怪我でも回復できる力。きっと、もっともっとできることがあると思う。
ココが勢いよく俺に抱きついてくる。
「捨てられたかと思いましたわー! 私を……私を捨てないで……」
俺の服をぎゅっと握るあかぎれだらけの手を見て思った。
魔王?
そりゃそいつは人類の敵なんだろうが。
それはそれとして。
ココは人間だ。
タルミも、ナニーニも、ミーシャも。
彼らにとっては、魔王より奴隷制度というもの自体が敵なんじゃないか?
もしも、俺のこの力が、世界を変えられるというのなら。
俺は言った。
「ココ、お前は奴隷の刻印を彫られているな?」
言われて、ココはサッと俺から離れて胸元を抑える。
「大丈夫だ。お前は奴隷なんかじゃない。今決めた。ココ、俺と一緒に来い。世界を変えるぞ。……ついでに魔王もしばいてやろうかな」
ココは俺の言っていることを理解できないみたいで、
「私は貴族ですわ……」
と不安そうに言う。
「もう一度言うぞ。ココ、俺について来い。俺とお前で、やれることがある」
ココの瞳にキラリと光が宿った。
そして、強く頷く。
「はい。救世主様。私はどこまでもあなたについていきますわ。……だから、もう私を置いていかないでくださいね」
こうして、俺は世界を変える戦いを始めることにした。