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第52話 土産

「ただいまです。これ、貰ってきたので良かったらどうぞ」

「あら、気が利くわね。栄養補給にはちょうどいいわ」

「……大友君。どら焼きなんて誰に貰ったの?」


 ジムに帰った俺は、早速お土産をゆり子さんに手渡した。

 黒田さんは、中身がどら焼きだと分かると訝し気に俺を見る。


「実は……」


 俺はベンチで休憩中に親切そうなおじいさんに貰ったと話した。

 流石に迷宮庁長官から貰ったなどとは言えない。


「えー。なんか気持ち悪くないですか? 何か変なの入ってんじゃないすかそれ」


 話を聞いたモモが嫌がる素振りを見せる。確かに知らない人から突然渡された菓子を食べるのは抵抗がある。事情を知らないのだから仕方ない。

 どうしたものかと考えていると、ケイ子さんが気にする素振りも見せず、無造作にどら焼きを口に運んだ。


「別に問題なさそうだぞ。毒でも入っていればゆり子に任せればいい。新宿ダンジョンに駆けこめば治療も間に合うだろうしな」

「そうよ。折角頂いたのにそんな事言っちゃ駄目よ」


 ゆり子さんも加わり、どら焼きに手を伸ばす。

 二人とも、俺を一瞥してニヤリと笑った。

 この二人も仕掛け人なんだな。休憩の体でうまく誘導されたのか。


「そうだぞ。立派な老紳士風だったから、問題ないと思うぞ」


 皆を安心させるためにも、俺自身も食べてみせた。

 生地はふわふわで、あんこも甘すぎず、口当たりが上品だ。 

 

 コンビニで売っている物とは全く違う。


「こりゃ美味いな! 皆が食べないならもう一つ──」

「ずるいっすよ先輩! 自分ばっかり! ……何これチョー美味いんだけど、コトミンも食べなよ!」

「……うん、ありがとう。おいしいね……」


 思わず俺が2個めに手を伸ばそうとすると、一番気持ち悪がっていたモモが食べ始め、大げさに舌鼓を打つ。そのまま琴美も食べ始めるが、疲れ切っているせいか、キチンと味わえているのか疑問だ。


「……ホント、美味しいわ。……お土産としていくつか貰ってもいいですか」

「別に構わないよ。貰い物だし、これだけあるからな」


 黒田さんは、包み紙を見て何か思う所があるようだ。何しろ、この前自分たちが買いに行った店のどら焼きだ。偶然にしては出来すぎている。聡い彼女は何かに感づいたのかもしれない。


 琴美は疲労のせいで、そこまで気が回らないようだが。


「うーん。琴美ちゃん。その調子だと、これ以上続けるのは難しそうね。続きはまた今度にしましょう」

「そんな! 私まだいけます!」

「無理をして倒れられても困る。休むのも修行の一つだと思え。なーに、また来週の……そうだな、土曜日なら都合がいいから午後にまた来なさい」

「お兄さんや他の子たちも参加してもいいのよ。たっぷり可愛がってあげるわ♡」


 二人は琴美がもう限界だと判断したのか、今日はこれで打ち切りとなった。

 いや、今日の目的を達したからだろう。

 それでも、琴美の面倒は見てくれるようだが、ゆり子さんは凄みのある笑顔を振りまき、俺やモモをターゲットにしようとしていた。


「そうですね、妹がこれだけ頑張っているなら兄としても指をくわえてみている訳にもいきませんね」

「先輩マジすか。やっぱ根性半端ないっすね」


 モモが恐怖と尊敬の入り乱れた複雑な表情を見せるが、俺はフォースで肉体を強化できるからな。ズルと言えばズルだが、格闘テクニックを学ぶにはいい機会だ。

 どのみち、二人は長官同様に俺の異常性に気づいているからな。


「琴美。今日は帰って休もう。次は俺も参加するから一緒に強くなろう」

「……分かったわよ。ゆり子さん、ケイ子さん今日はありがとうございました」


 琴美はどこか刺々しくそう答えたが、二人には感謝しているようだった。

 身支度を済ませジムを出ると、新宿駅への道すがら今後を話し合う。


「さて、土曜日が特訓なら、日曜日は休みにしよう。平日は渋谷の中層を中心に活動しよう」

「でも、私はもっと深く潜らないとレベルを上げられないわ」

「それはそうなんだが、黒田さんやモモのレベルも上げないといけないだろ。現状でトロールクラスの出る階層は二人には厳しいだろう」

「ごめんね琴美ちゃん。私はともかく、白石さんのレベルが上がるまでは安全を確保して活動した方がいいわ」

「……そうですか」


 方針を巡って琴美と意見がぶつかる。黒田さんがフォローしてくれたが、どうも琴美は焦っているようだ。奮起してくれたのは良いが、余裕のなさが気になった。


「レベル4になれば、麻痺の回復や、もっと半端ない治癒魔法が使えるようになるからね。コトミンがどれだけダメージ負ってもダイジョブだよ」

「それまでは地道に魔物を倒そう。どちらにせよ、金も稼がないといけないしな」

「琴美ちゃん。オーク相手に銃と剣の連携とか試せばいいんじゃないかしら。こればっかりは実戦でないと学べないわ」


 皆俺の意見に賛同してくれたが、琴美はブスっとしている。やがて新宿駅にたどり着き、モモとは別れた。彼女の住まいは成城なので、路線が違うからな。


 俺たちは中央線の電車に乗り、運よく全員座れた。

 琴美は椅子に座ると疲れが出たのか船を漕ぎ始める。それを確認すると、黒田さんが、俺の耳元で小声で囁く。


「……大友君、あのどら焼き、誰に貰ったの?」

「え? だから見知らぬお爺さんだよ」

「あんなに沢山? しかも私たちが買ったお店と同じものよ? どう考えても不自然だわ」


 やはり、黒田さんは異常に気付いていた。

 ホントは迷宮庁長官に貰いました。などとは流石に言えない。

 だが、嘘をつき通しても、不信感が残るだろう。


「……実は、俺たちの活動に気づいた人がいてな。その人に貰ったんだ。……不安かもしれないが、俺たちの味方になってくれるそうだ。今はそれしか言えない」

「そう……分かったわ。シルヴィさんが何も言わないのなら大丈夫な人なのね」


 ひとまず、最低限の事を打ち明けると、彼女は納得してくれた。

 余計な不安を抱かせないために、俺が全てを話さないことを理解してくれているのだろう。


 その後、黒田さんも気疲れしているのか、黙って目を閉じる。

 立川に着くと、若干ふらついた足取りで扉へと向かう。


「送ろうか?」

「ありがとう。でも今日は大丈夫よ。それより琴美ちゃんをきちんとフォローして上げてね」

「それはもちろんだけど……」


 心配になり彼女を追うと、黒田さんは琴美をチラリと見たうえで、窘めるようにそう言った。


 電車のドアが閉まり、黒田さんは小さく手を振る。

 ドア越しに彼女の姿を見つめながら、俺はさっき言われた言葉を反すうする。


 振り向くと、完全に寝入ってしまった琴美の姿が目に飛び込む。

 正直、フォローと言われてもどう励ましていいのか分からなかったが、今は琴美の頑張りを応援するしかないだろう。

 

 琴美は呆れたことに、口を開いて完全に寝入ってしまっていた。

 零れた涎を拭いてやりながら、俺は小さい頃の姿を思い起こしていた。


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