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第50話 邂逅

 ジムから出た俺は言われた通りに公園を目指す。

 太陽がカンカンと照らしているが、コンビニに行って涼む気にはなれなかった。


 琴美が苦しみながら特訓している中、呑気に休むことなど出来るはずもない。

 少し歩いた先に確かに公園があり、中はなかなか広く木々が生い茂って日陰に入ると涼し気だ。


 俺は目についたベンチに腰を下ろし、思索に耽った。


 元々は、自信を失っていた琴美を励ますつもりが、思わぬことになってしまった。

 モモに真実を打ち明ける訳にもいかず、ひったくりなどと嘘をついたせいで、やれ銃を持つべきだの、レベルを上げるべきだの、おかしな方向に話が進んでしまった。

 

 琴美の落ち込みは、テロに巻き込まれたことによるショック。或いは同じ人間から向けられた悪意、或いは殺意が原因だったのではないか。

 それを肉体的な痛みに慣れさせて、克服させようなどと、本当にこれで良かったのだろうか?


「失礼。隣に座ってもいいかね」

「あ、はい。どうぞ」


 突然声を掛けられ、俺の思考は中断された。見上げると、年配の紳士が目の前にいた。この暑い中、スーツを着て帽子を被っている。口には立派な髭を蓄え、恰幅が良いせいか、どこか偉そうな雰囲気がある。


 他にもベンチは空いているのに、わざわざ隣に座って来るとは、面倒な人でなければいいが。


「君もどうだね?」


 老紳士は、手に持っていた紙袋から何やら和菓子の箱のような物を取り出し、俺に勧めてきた。……正直少し気持ち悪かったが、断って機嫌を損ねても面倒だ。


「すいません。頂きます」

「うむ。若者が遠慮などするものではない」


 人好きそうな笑顔を見せ、貰った箱を開けると、中身はどら焼きだった。

 どら焼き……。琴美が浅草に行くきっかけになったモノだ。

 何か作為的なものを感じ、老紳士の顔を見ると、ニッコリと笑いながら、語り掛けてくる。


「どうしたね? この間は食べそびれたのだろう? 遠慮なくお上がりなさい」

「!!」


 思わず声を上げそうになった。……この男何者だ?

 まさかテロリスト連中の仲間か?

 俺が軽快した素振りを見せると、彼は懐から白い何かを取りだす。


「そう軽快しなくてもいい。儂はこういうものだ」

「……名刺?」


 彼が差し出してきたのは、縦書きのシンプルな名刺だ。

 一旦どら焼きをベンチに置いて受け取り、中身に目を通すと、俺はさらに驚いた。


「……衆議院議員? 迷宮庁長官、大村浩一郎!?」

「何だ。気づいていなかったのか。少しは新聞やニュースを見なさい」


 やや説教的な口ぶりとは裏腹に、彼はにかっとした笑いを俺に見せる。サプライズが成功して満足なのだろうか。


「さて、本題に入るとするか。君と妹さん。それにお友達の女の子が例の人革派のアジトにいたことは分かっているよ。君はそこで何をしていたんだね」

「な、何を言っているのか意味が──」

「しらばっくれても無駄だよ。菓子店の店員は妹さんたちを覚えていたし、焼け跡からどら焼きの袋も見つかっている」

「!!」


 く、くそ! 警察を甘く見ていた。そこまで調べが付いているとは。


(落ち着きなさい。ブラフよ。琴美ちゃんの目撃情報は事実だけど、袋が見つかったってのは嘘よ。……もっとも、彼はバレるのを承知で言っているし、あなたの反応を見て、事件に関与していると確信してしまったわ)


 シルヴィが大村の心を読んで、フォローしてくれたが後の祭りだ。こんな大物政治家に目をつけられてしまってはどうにもならない。


「何、心配しなくてもいい。私は君の味方だ」

「味方?」

「そうだ。事情は分からないが、君は力を隠している。それがユニークスキルとやらなのか、痕跡を残さず映像を処理する天才的なハッキング能力なのかは解らんがね。儂はそれについてどうこう言うつもりは無いんだ」


 大村は続けざまに、これまで隠し通してきた真実の一端を指摘してきた。俺の背に、冷たいものが流れるのを感じる。


(……マズいわね。彼らは状況証拠を積み上げて、事実に気づき始めているわ。それにしても、旧式の録画装置に足元をすくわれるとは……。原生人類だと思って舐めていたわ)


 流石のシルヴィも、これには動揺を隠せない様だ。旧式云々は良く分からないが、映像加工にも限界はあるのだろう。事実、琴美は店員に顔を覚えられていた。こういったことまでは彼女の力は及ばない。彼女の力は科学であって魔法ではない。人の記憶まで改ざんすることは出来ない。


「……一体何が目的なんですか? 結論を言ってください」

「ふむ。若い子はせっかちでいかんな。儂は以前からネットで色々と情報を調べていたが、面白い探索者がいると話題になっていてな。そこへ例の事件が起き、君たちの目撃情報が出た。何かあると思っていたところに、あの二人組に連絡してきただろう? ちょうど良いと思ってな、君と二人だけで会えるように取り計らってもらったんだよ」


 彼は俺の質問には答えず、これまでの経緯を話し始める。

 ……ケイ子さんは俺の実力に半ば気づいていた。その彼女に安易に連絡を取ったのはマズかったか。あくまで彼女たちは迷宮庁の職員なのだ。組織の意向に沿って動くのは当然の事だ。


 果たして、彼の目的は何なのか。

 俺は顔を強張らせながら、大村長官の言葉を待った。


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