「その手は、震えていたとしても」
「……ふう」
ティナの肩をそっと押して立たせると、彼女は何度もこくこくと頷いた。
涙はもう止まっていた。けれど、その手はまだ震えている。
俺はそんなティナに、優しく語りかける。
「大丈夫だ。怖いのは当たり前。でも、それを乗り越える一歩を踏み出せば、必ず変わる」
「……私、変われますか?」
「変われるさ。俺が保証する。お前は強くなれる」
その一言に、ティナは小さく息を吸って、ほんの少しだけ笑った。
その笑顔は、どこか儚くて、それでも確かに“前を向こう”とする決意がにじんでいた。
いい傾向だ。あとは、適切な課題を与えて、経験を積ませるだけ。
(さて……問題は、次に出てくる“敵”だな)
俺はふと、先ほどの女子生徒たちの態度を思い返す。
あれは“ただの不良”のそれじゃない。
“誰かに許されている”という自信があった。つまり――背後に“権力”がいる。
それが、今この学園で最も厄介な存在――レイナ=エルバートである可能性が高い。
王族に連なる血筋。魔法の才能、政治的手腕、見た目、カリスマ性、すべてを兼ね備えた“学園の女王”。
そしてその裏で、気に入らない存在を徹底的に潰してきたという噂もある。
(やれやれ……いよいよ火種が燃え上がってきたか)
俺はティナを保健室に送り届け、職員室には報告だけ残して、教室へと戻った。
※
【教室】
「先生、遅かったですね〜。筋トレ手伝ってたとか?」
出迎えたのは、脳筋元気印のガルド。相変わらずいい意味で空気を読まない男だ。
「ちょっとした用事だよ。それより、ガルド。お前、今日の補習授業、逃げるなよ?」
「うっ……! やっぱそうなるッスか……」
「筋力は裏切らなくても、試験の点数は誤魔化せないからな」
その隣では、ユーフェリアが頬杖をついてこちらを見ていた。
「ティナは? 保健室って書き置きがあったけど」
「ああ、少し休ませてる。……ちょっと嫌なことがあってな」
「……ふぅん。じゃあ、私からも一言言っておかないとね。“いじめ”は嫌いなのよ」
その瞳が、わずかに赤く光る。彼女の魔力が揺れた。
やはり――あの一件、他の生徒にも響いている。
「で、先生?」
今度は、リシェルが席からこちらを睨んできた。珍しくペンを持って、真面目にノートを開いている。
「誰がやったの? ティナを泣かせたやつ。私、そういうの、ほんっとムカつくんだけど」
「おいおい、君ら暴走すんなよ?」
「教師が“制裁”しないなら、生徒がやるしかないでしょ?」
……言ってることは正しい。間違ってるのは、やり方だけ。
俺は一拍置いてから、告げた。
「安心しろ。俺が“教える”。お前らには、“正しいやり方”で勝たせてやる」
「……へぇ、教師らしいこと言うじゃん」
リシェルが口元をゆるめ、ふいと視線を逸らす。
「だったら、次の授業――“その方法”を教えてよ」
教室に、静かな緊張が走る。
このクラスの空気が、確かに変わってきている。
バラバラだった問題児たちが、少しずつ“クラス”になろうとしている。
(さて、準備するか。俺の戦い方を――次は“お前たち”に、教える番だ)
※
【その頃・レイナ=エルバー】
「教師が、生徒を本気で守る? ふふ……理想論ね」
紅茶を啜りながら、レイナ=エルバートは笑った。
「なら、壊してみましょう。その“理想”を」
彼女の命令で、動き出す上級生たち。
学園の“上”と“下”――明確な力の差が、今試されようとしていた。
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