「才能よりも、大切なこと」
王立アストリア学園・特別棟。
そこは“落ちこぼれの巣窟”として忌み嫌われる、通称・ゴミ箱クラスの教室だった。
だが、今日からそれは違う。
このクラスには――とんでもなく“面倒くさい”奴らが集まっているからだ。
「先生~、今の話、正直まったくわかんなかったんスけど!」
頭を抱えて机に突っ伏しているのは、脳筋ことガルド=バーナード。
腕力だけなら学園でもトップクラスのくせに、魔法理論の授業には毎回この調子だ。
「“魔力の流れ”ってのがそもそも見えねーし!体感じゃダメなんスかね!?」
「ダメだ。体感は主観、魔法は理論で成立する。曖昧な理解で撃つ魔法は、ただの暴発だ」
俺が淡々と答えると、ガルドは頭を掻いてうめいた。
「うーっす……もう筋トレに戻っていいっスか……」
「あと五分だけ我慢しろ。でなきゃ、魔力量を“筋力換算”する課題を出すぞ」
「えっ、それ逆に燃えます!」
こいつはバカだが、素直で前向き。伸び代しかない。方向さえ間違えなければ、化ける可能性はある。
「先生……ここの数式、本当にこうなるんですか……?」
今度はティナが、おずおずとノートを差し出してくる。魔族の血を引く小柄な少女で、口下手なせいか他のクラスでは孤立していた。
「合ってる。ここの接続詞も正解だ。よく頑張ったな」
「え、えへへ……!わ、私、初めて魔法式で満点取れたかもですっ!」
ティナはふにゃあと笑って、尻尾をパタパタ揺らす。
魔族への偏見もまだ強いこの世界で、彼女はずっと怯えて生きてきた。けれど、知識を重ねれば、言葉で戦えるようになる。
だから俺は、この子の“自信”を育てたい。
「ふん……あんた、人の使い方がうまいのね」
皮肉めいた声を発したのは、黒髪の美少女・ユーフェリア。
見た目は優雅だが、時折ちらつく魔力の質は、あきらかに“あちら側”――魔王の血筋だ。
「人の使い方じゃない。“人の価値”を引き出してるだけだ」
「じゃあ、私の価値は?」
その目は冗談じゃなかった。
自分が“異質”であることを自覚している瞳だ。拒絶され続けてきた者だけが持つ、孤独な光。
「君にはまだ、見えていない。だが、必ず見せてやるよ。君の“存在理由”をな」
一瞬、彼女の瞳が揺れた。だがすぐに、ふいっと視線を逸らす。
「……言ってくれるじゃない」
ユーフェリアは静かに笑った。
そして――その時だった。
バン!と教室のドアが勢いよく開く音が響いた。
「失礼する!」
現れたのは、赤い軍服を着た青年教師。筋肉ムキムキのいかにも体育会系という男だ。
名前はロークス=グラド。武術科の教官で、俺より少し後に赴任したばかりのはずだ。
「特別クラスの担任、ユウマ=シオンか!生徒の不満が多いと聞いてな、様子を見に来た!」
「おう、見ての通り、みんな楽しく学んでるぞ?」
「……その態度、学園の教師とは思えんな。貴様、無能力者だろう?」
生徒たちの空気がピリリと変わる。
「ならば証明してもらおう!我が武術科の生徒と模擬戦をしろ!貴様に教育の資格があるか否か、拳で示せ!」
「いきなりすぎるだろ」
「黙れ!俺はこの“落ちこぼれクラス”の存在が許せんのだ!こんな無駄な連中に、王国の未来は任せられん!」
ユーフェリアが立ち上がろうとしたその瞬間、俺は手で制した。
「いいぜ。受けてやる。場所と時間は?」
「今から中庭でやる!負けたら、教師を辞めてもらう!」
「はあ……はいはい」
俺は教室を出た。
生徒たちも、ぞろぞろとついてくる。俺の背中を見ながら、何かを言いたげに。
そして中庭には、すでに一人の武術科の生徒が立っていた。剣を構えた、いかにも“鍛えてます”という男。
「では、始め!」
その瞬間、剣士が地を蹴る。速い。だが――
「君、重心が前すぎだ」
俺は一歩下がって、足元の土を蹴り上げた。
「うっ!?」
視界を遮られた剣士がバランスを崩した瞬間、俺は懐に入り、制服の裾をひっかけて――
ドスン。
相手がきれいに背負い投げされて地面に叩きつけられる。
「お、おおおおお!?」
「じょ、情けない……!」
「剣を振る前に、動きを読まれてた……」
生徒たちがどよめく。
「俺は魔法も使えない。剣も才能はない。だが、“人の動き”は読める。歴史も、戦術も、すべて記憶している。
だから俺は――“戦わずして勝つ”教師なんだよ」
ロークスが唖然とする。
「で、証明はこれでいいか?」
「ぐ……」
「次は、生徒たちがやる番だ。いつまでも“落ちこぼれ”呼ばわりしてたら、そのうち後悔するぞ」
俺は背後の生徒たちを見た。
その瞳の奥に、確かに何かが芽生えていた。希望か、自信か、それとも――敬意か。
「才能よりも大切なのは、信じることと、考えることだ。
それができるなら、人は変われる。どんな過去があろうと、な」
俺は、生徒たちに背中を向けたまま、教室へと歩き出した。
――“教育”とは、“才能を見つける”ことじゃない。“才能を育てる”ことだ。
それが、ユウマ=シオンという教師の――戦い方だった。
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