第1話 『裏切り者』の誕生
『チョベリバ、お前は追放だ』
『そんな! 超ベリーバッド!』
(つまんねぇ)
少年、奈倉千司はスマホの液晶に映し出されたWEB小説を読みながら、胸中でため息を零す。
内容はおなじみ追放もの。
何か掘り出し物でもないかとアクセス数の少ない作品を読んでみた結果がこれだ。
あくびを噛み殺してスマホから顔を上げると、新任女教師の海端新色があくせくと教鞭を振っていた。
小動物のようで見ていてほっこりするものの、高校三年生という受験を目前に控えた千司からしてみれば苛立って仕方が無い。
それでスマホをいじっているのだから本末転倒もいいところなのだが。
窓の外に視線をやると七夕イベントの笹が伺えた。
高校三年生になって約三か月。
本日は七月七日。
それなりに時間が経ったというのにクラスに友人と呼べる人間はおらず、何ならクラスの垣根を超えた学年全体に至っても、まともに会話する人間などいない。
そんな名誉ぼっちが奈倉千司という少年だった。
「で、ですので、ここで作者が伝えたかったのは……あれっ、な、なんだっけ……」
(……)
慌てふためく女教師を睥睨しつつ、スマホに視線を戻そうとして——ふと、床に何やら文様のようなものがふわりと光っているのに気が付いた。
それはゲームやアニメ、あるいは今読んでいるファンタジー小説でありがちな『魔法陣』のようで。
「……っ」
認識と行動の狭間——思考の瞬間にはすでに遅く、一瞬のうちに眩い閃光が視界を覆いつくした。
§
気が付くと、薄暗い空間に居た。
じめじめとした空気と、ひんやりとした気温。
周囲はごつごつとした岩肌であることから、ここはどこか洞窟のような場所なのだろう。
しかしその一方で足元には石畳が引かれており、周囲には石柱のようなものも確認できることから、何かしらの神殿のような雰囲気も感じられた。
(これは……いわゆる異世界召喚ってやつか?)
そんな思考をしてしまうほどには、千司はサブカルチャーに対して造詣が深かった。
石畳の上には自身のほかにもクラスメイトや新任の女教師の姿まで存在が確認できる。皆起き上がり、周囲を見渡してざわつき始めた。
「え、なにここ? どっきり?」
「これって、夢?」
「寒いんだけど、マジ最悪」
大半が怯えや恐怖、あるいは困惑と言った表情を見せるのに対し、一部の生徒は『まさか』といった具合に目を見開いて、口端を持ち上げていた。つまりは千司と同種の人間——オタクである。
ざわつきもピークを迎えようとしたとき、薄暗闇の中に光が差し込み、ドアが開く音と同時に一人の美少女が現れた。
流れるような天然のプラチナブロンドを揺らす彼女は齢にして十代後半――千司たちとそう変わらないだろう。
その後方にはガチャガチャと音を立て甲冑を身に纏った物々しい雰囲気の男たちが付いてくる。
突然の闖入者に慌て始めるクラスメイト。そんな彼ら彼女らを見て、プラチナブロンドの美少女は柔らかな笑みを浮かべて見せた。
「皆さん、落ち着いてください。私はアシュート王国第一王女、ライザ・アシュートと申します。まずは話を聞いていただけないでしょうか」
日本語だった。思いっきり西洋の顔立ちをしているというのに、出てくるのはすらすらとしたネイティブな日本語。違和感を抱くが、口にするほどの物ではない。
第一王女、ライザと名乗った美少女に対し、千司は言葉を返すべきかと思考して、馬鹿らしいと取りやめる。
こういうのには自身のようなぼっちではなく、もっと適した人物が存在したからだ。
「話、とは何でしょうか」
王女に言葉を返したのは生徒会長を務める校内屈指のイケメンにして人格者、篠宮蓮だった。
緊張感を現しつつも、警戒させない絶妙な声色。王女は「聞いていただきありがとうございます」と前置きをしてから話を始めた。
「我々は現在、魔族の王——魔王と呼ばれる巨悪によって人類という種族存続の危機に晒されております。そこで、異界より強力な力を持つ勇者様を召喚しました。それが皆さまです」
クラスメイト達のざわつきが増す。さすがにここまでくれば、普段サブカルチャーに触れないギャルやハクい女子たちにも状況が伝わり始めたらしい。
後方に控えるオタク組は狂喜乱舞しており、すでに『ステータスオープン』と唱える者まで出てくる始末。
そんな様相を千司はぼんやりと眺めていた。
ぼっち故にざわつきに入れない可哀そうな奴である。
「勇者と言われましても、俺たちにそんな力はありませんが?」
「問題ありません。皆さまは世界を渡る際、神々より力を授けられております。『ステータス』と念じてみてください」
まさかそんな、とあまりのテンプレに千司が驚いている一方で『念じる方でござったかー!』と声を上げるオタクたち。キミたち元気だね、と思ったところで千司も念じてみる。ムンッ、といった具合である。
『奈倉千司
Lv.1
職業:裏切り者
・魔王が討伐される前に、勇者が全滅しなければ死ぬ。
・勇者を全滅させなければ、元の世界に帰還することは叶わない。
・成功した場合、望みがひとつ叶えられる。』
「……」
これは一体どういうことか。
疑問を抱きつつもステータスに目を通していくと、攻撃力や防御力などまるでRPGのような数値が表示された後に『スキル』と『状態異常』という項目が存在していた。
『スキル:偽装
状態異常:狂気(倫理値に-1000の補正)』
(……)
「ステータスに『職業』という項目があると思います。それはこの世界の人間にも備わっている物ですが、皆様の場合は非常に強力なものとなっており、またそれぞれの『職業』に応じた『スキル』やステータスの数値への『補正』が行われているはずです」
「これが……」
王女と篠宮の会話は、もうほとんど耳に入っていなかった。状況を理解するために、自身のステータスを上から下まで舐め回すように見つめ続ける。すると。
『倫理値の存在の認識を確認。——裏ステータスを開示します』
と、メッセージ文が表示され、ステータスがさらに下に長くなる。
目で追っていくと、今度は『裏ステータス』なるものが表示されていた。
メッセージの内容から察するに『裏ステータス』に関連するなにかを本人が認識することで閲覧することが出来るようになるらしい。
あまりにもゲームのような機能に疑問を抱いていると、同じことを思ったのか篠宮がライザに問いかけていた。
「『ステータス』とは何千年も前の勇者様が考案した魔法です。非常に明瞭であり、その勇者様が元の世界に帰られた後も、我々の世界に根付いたと言われております」
「なるほど……って、元の世界!?」
「えぇ……伝え忘れておりましたが魔王を打ち滅ぼした暁には、皆様は元の世界に帰ることが出来ます」
「……それは何というか、脅迫が過ぎるのではないでしょうか」
「申し訳ありません。大変心苦しいですが皆様を召喚したのは『そういう魔法』とご容赦いただければと思います。その代わり、戦闘面に関しての訓練はもちろん行いますし、こちらの世界において生活の援助は我々アシュート王国が誠心誠意行いますので、ご安心ください」
そう言われてしまってはどうしようもない。
帰れないのだから戦うしかない。
選択肢など存在せず、だからこそ篠宮は逡巡こそすれ長考はせずに答えを導き出した。
彼は一度ライザから視線を外すと、震えるクラスメイトや泣き叫ぶ新任教師に向かって声高に伝えた。
「やるしかない!」
選択の余地はない。
ただ一つの答えを皆に伝えて、篠宮はライザに向き直る。
「やりますよ。やってやりますよ。魔王を、殺せばいいんですよね?」
「はい、皆様のご決断に、心からの感謝を」
スカートのすそを摘まんで上品に礼を行うライザと、それを苦々し気に見つめる篠宮。
一方で、千司はそんな会話を全く聞いておらず、ただ自身のステータスだけを見ていた。
正確には新しく表示された『裏ステータス』を。
『快楽値:20
興味値:98
興奮値:56
悲壮値:0
憤怒値:0
恐怖値:0
倫理値:-2680』
職業『裏切り者』によって補正された千司の倫理値は『-1000』。
対し、現在の千司の倫理値が『-2680』。
「……はっ」
――奈倉千司は名誉ぼっちである。
それは自身の思考が周囲と乖離しすぎていると自覚しているからこそ、千司自身が他者と距離を取っているためである。
異常な倫理観の無さを理性で常識に合わせて、ようやく日常生活を送れる。
そんな人間だからである。
この瞬間、奈倉千司はそれらの楔から解き放たれた。
すべての勇者——つまりは共に召喚されたクラスメイトと新任教師を皆殺しにしなければ、自分自身が死ぬ。
また帰ることも出来ない。
(だったら、仕方が無いよなぁ?)
強烈な免罪符を手に入れた生まれながらの凶気が口を歪め、すべての勇者を殺害する『裏切り者』が、今ここに誕生した。
(まさに、超ベリーバッドってやつだ)
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奈倉千司
Lv.1
職業:裏切り者
攻撃:160
防御:150
魔力:0
知力:200
技術:190
スキル:偽装
状態異常:倫理値に-1000の補正
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