ニュートンのバランスボール
蕎麦王は火曜日と木曜日が蕎麦専門になる。官田が本郷道場に行くので野上が厨房に入り羽川が割烹着にエプロンで客席を担当する。それでも洋食を無理に頼む客がいるのでパスタ位なら提供する。
本郷道場健康コースの稽古が終わり官田と廣尾卓がやって来た。
「蕎麦以外は何にする。」
野上が二人に声を掛けた。
「生姜焼も、ラム酒でフランベ。」
と官田は言う。
「俺はお任せ。どうせ怜さんが企んでるんだろ。」
卓はニヤニヤしながら言った。
野上は官田と卓に蕎麦を出し、怜も二人に生姜焼を出した。
「これだけじゃないよね。」
卓が言うと怜は
「赤ペペロンチーノもあるのよ。」
とハバネロをたっぷりまぶしたペペロンチーノも出した。
「これ食べたらどうなるの。」
「全部食べたら後ろ回し蹴りの利息払ってあげる。」
卓の問いに怜が答える。
二人は何かに付けて腹筋ごっこと言って腹を小突きあっている。只、最近は卓の拳が当たると怜が悶絶するようになった。
卓が
「危ないから、止めにしない。」
と言っても怜は
「自惚れんな。絶対捌く。」
と気丈に言う。本郷と野上は二人に〈程々に。〉と注意するようになった。
卓は真っ赤なペペロンチーノを平らげた。怜は
「卓の身体は中も外も普通じゃないよね。」
と呆れている。
店が閉店すると怜はエプロンを外し割烹着を脱いで、
「利息返すわ。」
とジムウェア姿になった。卓は怜に対峙する。少し間が空き自然体から卓の拳が突然弾けるように怜の腹を打った。怜は無言で腹部を押さえ踞まる。
「怜さん、もうやめよう。本当に危ないから。」
卓は心配そうに怜の顔を覗き込む。
「今日で最後にしよう。危険だ。」
野上が卓に言うと官田も首を縦に振った。怜は呼吸が整うと卓に、
「どうしたらあんな風に打てる訳。理科の実験の何だっけ、そうニュートンのバランスボール。」
と苦しそうな表情で問い掛ける。
「真面目に稽古してるだけ。あれよりゆっくりだと怜さんに捌かれる。」
卓の言葉に怜は
「そんな褒め方嬉しくない。」
と涙目で返した。