No Thank you
俺が住んでいるのは山と田んぼしかない田舎だった。車がないと生活ができない。俺は徒歩10分くらいのコンビニにエナジー・ドリンクを買いにでかけていた。駐車場に珍しく車が止まっていて、茶髪だか金髪だかの同じ年くらいのやつが煙草を吸っていた。無視して通り過ぎようとすると聞きなじみのある名前で俺を呼んできた。
僕の親友は、いつの間にか煙草を吸うようになっていた。それを知ったのは23歳の夏だった。高校の頃まで変な柄の分厚い眼鏡をかけていたのに、コンタクトレンズになっていて……。久しぶりに会うこいつは髪を汚い茶髪だか金髪だかに染めていた。ついでに変な長袖の柄シャツを着て、ドクター・マーチンのサンダルを履いていた。お前、そんなキャラじゃないだろう?昔はアニメキャラのTシャツを着て俺に笑われていたというのに。
僕は高校の卒業式からずうっと髪を伸ばしていた。これはきっと「卒業して働く意思がない」ことを前面に押し出した結果だろう。社会にうけつけてもらえないくらい髪は伸びて、今は鎖骨の下くらいの流さになった。コンビニに行く以外は外に出ないから身なりに気を遣うこともない。今日だって、そのコンビニでこの親友と約5年ぶりに再会すると思わなかったわけだし。エナジー・ドリンクを買いだめしようと持ってきたエコ・バックをくしゃっと握る。声を掛けてきたのは向こうからだった。「むっくん?」と俺を呼ぶのは親友のゆっくん(結城)だけだった。幼稚園からむっくんとゆっくんと呼び合う俺たちはそれぞれ武藤と結城という。
「お前、どこに居たんだよ、帰ってきたのか?」
「ん、そー。大阪で彼女と住んでたけど、車で逃げてきた」
ここは九州の田舎。大阪まで高速で7~8時間かかる。こいつとは連絡は取り合っていたが、ここ1年くらいは月に1度話すか話さないかの仲だったので、どこに住んでいるのか、何の仕事をしているのか知らなかった。お前、大阪にいたのかよ……。大阪って、大阪って!!!
「むっくんなにしてるかなぁって思ってたらハンドル握ってた」
指差す方にはボロボロのシルバーの軽があった。シュボッ、と二本目の煙草に火をつける。煙が風下になった俺の方にきて、目に染みる。鼻の奥にツンと刺す。結城のことばと相まってムズがゆい。じとっとした気候の中、こいつは変な長袖の柄シャツを捲らない。俺は半袖でも汗をかいているのに。
「俺は何も変わってねえよ。お前こそ、何その頭」
わしゃ、と相手の頭に手をやると「わっ、やめろよう」とくすくすと笑った。笑った顔は猫みたいに目が細くなって、くしゃっと寄る目元のシワは高校の時ふざけてこいつに抱き着いた時と同じ表情だった。懐かしさすら覚えた。
「彼女に染めろって言われたの。でも置いてきちゃったから、怒ってるだろうなあ、もう別れるから関係ないか」
「大層派手な女だな。そんなガラガラヘビみたいな服着て、洒落込んで」
あはは、と笑う結城はどこか魂は置いてきてしまったように、疲れた表情をしていた。大阪でなにがあったとかはいちいち聞かない。詮索されるのが嫌いなのは知っている。自らの口から言葉が出てくるのを待ってやるのも親友の役目だ。
「俺も黒に戻しちゃおうっかなぁ、あ、それかむっくんが俺と同じ色に染める?」
「ばーーか、こんな田舎でそんな頭してたらすぐ噂になるだろ」
「あはは、俺も黒に戻そーっと、変だよね、こんな色」
そうだな、というと。結城はこっちをじぃっと見て「それ、ずっと伸ばしてたの?」というので「お前は関係ねーよ」と言い返す。確かにこいつがある日実家を飛び出した日から切っていない。それはこいつがいなくなったのとは関係はないけれど、よく遊んでいたこいつが居なくなってしまって外に出ることがなくなったという点では、関係があったのかもしれない。うっとうしい髪は普段は一つにくくっていた。引きこもって5年が経つ。バイトも就職も進学もしなかった。たまーに実家の親父の仕事を手伝うくらいでいいくらいの田舎に俺たちは住んでいる。
「むっくん、ちょっとだけ付き合ってよ」
行こっか、と結城は言った。どこに行くってんだよ、こんな炎天下、ちょうど正午を回っていた。かれこれコンビニで20分くらい話していたんだと思う。23にもなって別に俺の帰りを気にする親も、こいつの帰りを気にする親もいないが、どこに行くんだよ、と思う。
「むっくん、煙草、吸う?」
「ノーセンキュー」
あはは、そうだよね、むっくん、煙草嫌いだったのすっかり忘れてたや。と笑いながらシートベルトを締める。後ろにはキャリーケースが2つあった。どちらのキャリーケースも女物で、ピンクと白だった。本当に逃げてきたんだな、と思ったのは、車の内装が彼女の趣味っぽいぬいぐるみがいくつか置いてあったことと、後ろの窓にカーテンがあったことだった。