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【短編】成人したのであなたから卒業させていただきます。の続き。

【短編】成人したのであなたから卒業させていただきます。

作者: ぽんぽこ狸






 びりびりと音を立ててドレスが破られた。


 デビュタントの為に仕立てられた繊細なつくりのそれは脆く儚く、ただの布切れになってしまう。


 フィオナが好きなように生地を選んで、自分で仕立てていいと言ったのはメルヴィンなのに、こんな仕打ちがあるだろうか。


 頭の中で描いていた素敵なデビュタントのイメージは儚く崩れ去って、思わず涙が出てしまった。


「お前な、そうしてすぐ泣いて、情けないと思わないのか?」

「……」

「それにこんなセンスの悪いものを隣で着られたら、俺の品格だって疑われるだろ。今年の流行は、重厚な色合いのドレスなんだから、最低限合わせて作れよ」

「……」

「たしかに俺はお前の好きにしていいと言ったぞ? ただ常識の範囲内でってわかるだろ。いつまでたっても本当に子供っぽいな、お前は」


 言いながらメルヴィンは執務机から立ち上がってフィオナの方へとやってきた。


 それから引き裂かれたドレスの布地を集めて泣いているフィオナの頭をぐりぐりと撫でる。


「仕方ないから俺が仕立てておいてやる。まったく……やっと成人するから自分のドレスは自分で仕立てるなんて言って、俺もお前の面倒を見る日々から解放されると思ったのに、やっぱりお前な~にもわかってない子供のままだな」

「……」


 ……それは、あなたから見ればそうかもしれませんけど。


 考えつつフィオナはドレスを集め終わってぎゅうっと抱きしめていた。


 第二王子のメルヴィンはすでに若者という歳ではない。ある程度成熟した大人で、社交界にも参加していて大人の遊びやマナーを知っている。


 それに比べてフィオナは今年デビュタントを控えた、まだまだあどけなさの残る令嬢だ。


 大人の女性に必要な美しく結い上げるための髪もずいぶん短く、その外見だけ見れば子供と間違えられても不思議ではない。


「まぁ、でも仕方ないな。俺が婚約者としてお前の面倒を見てやり始めてからずいぶん経つし、もう十分慣れたからな。お前みたいに察しの悪い子供っぽい奴でもちゃんと躾けて、立派な大人にしてやるから。それまでは俺に従ってればいいんだ」


 メルヴィンは言いながらフィオナの顎を掬って、優しくキスを落とす。


 フィオナはそうして繰り出されたいつものスキンシップに、腹の奥が煮えたぎるような感覚を覚えたけれど、顔には出せずに流れ落ちる涙を拭われるのを受け入れた。


「だからもう二度と自分でできるなんて口にするなよ。お前がそう言ったせいで、わざわざドレスを確認してやって、お前に言い聞かせる手間がかかったんだ。最低限面倒を見てもらう立場として、出来る限り俺に迷惑をかけないようにいい子で言う事を聞け、な?」


 たしかに、彼にとってはそうかもしれない。

 

 メルヴィンはいつだって正しい、選択を間違ってばかりのフィオナにメルヴィンはいつも正しい道を教えてくれる。


 血筋だって尊いし、歳だって重ねている。


 誰もが年上で偉い彼に従っていれば間違いないというし、そうしてつつましく愛されて生きることこそ女の喜びなのだと言い聞かされてきた。


 けれども、何故なのだろう。


 ……なぜ、こんなにも苦しいんでしょうか。体の奥底からじりじりと焼けつくような苦しみがあるんでしょうか。


 メルヴィンを見上げて、フィオナはぐっと唇を引き結んだ。


 それから、顔に触れているその手から逃れるように身を引く。


「……では、いつになったら私は……自分の望むものを自分で選び取ることが出来るんでしょうか」


 まっとうに彼を見つめて問いかけた。


 すると今までは優しいような顔をしていた彼は、急に鬼のように顔をゆがめて、おもむろに立ち上がり、しゃがんだままのフィオナに向かって躊躇も容赦もなく蹴りを入れた。


「っ……カハッ」

「話、聞いてなかったのかよ!!?? お前が、何かすると俺に迷惑がかかるって言ってんだ!!!」

「っ、すみません」

「何もできない子供のお遊びに付き合ってやるほど暇じゃねぇんだよ!!」

「はいっ」

「俺のこと馬鹿にしてんだろ!! 生意気なんだよ子供のくせに!!」

「い、いいえ!」


 怒鳴り散らす彼に、フィオナはとにかく、自分の将来について考えるのはやめて小さく蹲って、何とかその怒りを収めてもらおうと必死に言葉を紡いだ。


 たしかに、フィオナは子供かもしれない。メルヴィンを怒らせるほど生意気で誰がどう見てもフィオナが悪いのかもしれない。


 迷惑をかけて、面倒を見てもらってそのくせ文句ばかりつける。そんな子供は総じてこうして躾けられるのが常なのかもしれない。


 ……私が、全部悪いんでしょうか。上手くやれていないんでしょうか。大人になったらこんな風にメルヴィンを怒らせることもなくなるんでしょうか。


 問いは次から次に浮かぶのに答えは出ない。ただ今はダンゴムシのように丸くなって己を守ることで精一杯だった。







 とある日の事、フィオナは王族のみのお茶会に、いずれ王族になる立場として呼ばれたが退屈して外にある花園へと出ていた。


 背の高い薔薇の生垣が立ち並んでいて開花時期であるためとても美しい。


 こんなに美しいものが目の前にあるというのに、メルヴィンと第一王子や王妃と側室が腹の探り合いをしていて、庭師が手入れをして懇切丁寧に育てた薔薇に見向きもしなかった。


 フィオナはいつもこう言った難しいお茶会では、口を開けば余計なことを言うなと言われるので黙るしかやることがない。


 なので外に出ていても気にされないことが多いのだ。


 今日もその例にもれず、花園を散策していた。もちろんお茶会の会場が見える位置で、いつ終わってもすぐに戻れるように配慮しつつ薔薇の花の綺麗な色合いに感嘆の息を漏らしていた。


 ……花はいいですね、こんなにきれいな色を纏えて。


 深紅の可愛らしい花弁をなぞりながら、フィオナは自分と薔薇を比べて今度はため息をついた。


 メルヴィンから与えられているドレスはどれも地味な色合いで見ていても心は踊らない。


 それに、フィオナのような若い令嬢は、皆美しく華やかな色を纏っているのに彼が言うには毎年ドレスの流行は、重厚な色合いの大人しいものらしいのだ。


 それではフィオナの母親世代と同じような格好になってしまうし、フィオナだけ浮いていると思う。


 だからこそ、デビュタントの衣装を自分で仕立てていいと言われた時、ついに可愛いドレスを着られると思ったのだ。


 ……でも、それも幻想でした。自分で選んでいいという言葉は、なんでも自由にという意味ではなかったんです。メルヴィンの望む範疇の中で、という提示された前提を見逃していました。


 だから私はまだまだ大人になれないんでしょうか。


 だけど、望んではいけなかったのだとして、それを当たり前に理解して実行できたのだとしてそれって、私の望むことを選び取れる大人になったと言えるんでしょうか。


 謎は深まるばかりでフィオナは、またため息をついて、首を傾げた。何が正解で何を望んだらいいのかわからない。それはフィオナが幼く経験の浅い子供だからだろうか。


「物憂げ、というか陰気だね」


 考え込んでいるとふと声がして、驚いて体がびくっと反応してしまう。


 それからすぐに振り返ってみると美しいアメシストの瞳をゆるりと細めて微笑んでいるノアの姿があった。


 彼は、第三王子という立場で歳はフィオナとそれなりに近い。


 おのずと幼いころからメルヴィンと婚約していたフィオナとは、顔を合わせることは多いし、噂はよく聞く。


 しかし、顔を合わせることはあっても、滅多に話などしない。


 メルヴィンが彼を毛嫌いしているというのもあるし、なにより派閥が別だ。


 それなのに声をかけてきたという事にも驚いたし、そこに居たのかという事にも驚いた。


「……」

「そんなにため息ばかりついて何かあった?」


 問いかけられるが、そもそもこの人は他人に興味を示すのだな、ととても人として当たり前のことを思う。


 なんせ、王族の中での一番の変わり者といえば彼だ。正式な場にもいたりいなかったり、居たと思えば適当に食事をして適当に去っていく。


 立場上、許されているが、皆がそろってノアは得体がしれないと口にするのだ。


 そんな彼が何を好きこのんで自分に話しかけてきたのかはわからない。


 そもそも仲良くなどないし、悩みを話す前にお互いの自己紹介をしなければならないほどお互いの事を知らないはずだ。


 しかし、フィオナはつい、口を開いた。


 その気持ちは単に興味本位だったと思う。


 あとそれ以外にはほんの少しの希望があった。


 だって今までフィオナが考えていたことは、家族の誰に聞いても、王族の誰に聞いてもメルヴィンが正しいと言われる。何度説明して、フィオナの心を打ち明けようとも答えは変わらない。


 しかし、それでもやっぱり腑に落ちない。だからこそ今までに話をしなかった相手に聞いたら、何か変わるのではないかとほんの少し思って口を開いた。


「何か、というより、いつもの事です。……いつもの事だけど、悲しくてお花をうらやましく思っていました」


 ちょっと変な言い回しだったかなという自覚はあった。ただ、多くの人に否定されてきたので、直球に言えばまた否定されるような気がしてフィオナはそんな風に口にした。


「……なんで?」


 しかし、ノアは首をかしげてさらに問いかけた。


 それにフィオナはすこしわかりやすく言葉を変えて口にした。


「お花はこんなに綺麗な色の花弁を纏っているのに、それに比べて私は望まぬ色を纏ってこれからも生きていかねばならないからです。だから、うらやましく思うのです」

「…………」

「すみません。反応しづらいことを言ってしまって」


 フィオナの言葉を聞いて反応しないまま固まるノアに、フィオナはすぐに謝罪をした。


 彼だって派閥が違うとはいえ、年上の婚約者の言う事を聞けない子供が婚約者を貶すようなことを言っていて反応に困っているのだろう。


 幼すぎる自分勝手な発想に呆れて言葉も出ないに違いない。


 そう思うと考え無しに自分のわがままを口にしてしまったことが恥ずかしくなってきて、フィオナは赤く頬を染めた。


 しかし、ノアはフィオナの謝罪にも首をかしげて、考えるように口元に手をやってから意味が分からないという表情のままフィオナに返した。


「え、いや。ドレスの色ぐらい、自分で決めなよ。……それに今の色、普通に似合ってないし、嫌だって君が思ってるなら変えた方が全然いいと思うけど」

「!」

「似合うと思うよ、桃色とか、水色とか、フリルも沢山つけたらいい。君は少し童顔に見えるから、きっと可愛いって言ってもらえるよ」


 辛辣に始まった言葉は衝撃的で、自分にはまったくない価値観で、思ってもいない言葉だった。


「……ていうか、喪服? って思うぐらいの色味だし、侍女に嫌がらせでもされてるの?」


 続けて言われる言葉もなんだかちょっとばかり棘があるように感じるが、それでも驚くほどしっくり来た。


「や、やっぱりそう思いますか……ドレスの色ぐらい自分で決めたらいいと思いますか」

「え、うん? なに、当たり前の事言ってんの、君は人形でもなんでもないんだし、そうしたらいいよ」


 適当っぽく言う彼の言葉がフィオナにはグッサリと刺さって思わず息を忘れる。


 そうだと思った。腹の奥が焦げ付く感覚がよみがえってくる。


 だがしかし、もしかするとメルヴィンとフィオナの関係性をきちんと理解していないのかもしれない。だからこその言葉という可能性だってある。


「でもっ……侍女なんかじゃなく、私を庇護してくれている人……将来的にもこれからも、そういう相手がこれを着るべきだと言ってるんです。私は……まだまだ、子供だから」


 その可能性を考えて、フィオナはメルヴィンとの関係性を口にした。するとノアは納得した様子で「なるほど」とつぶやいてそれから、屈託なく笑みを浮かべる。


「そういう事か。それなら、しばらくは我慢が必要かもね。でも、もうすぐ誰かの庇護下は卒業だよね」

「……卒業?」

「うん。だって君、たしか今年成人でしょ。成人したら、やったことは自分の責任になるし、適当に誰かに従ってると痛い目を見るときもある。でも責任を負う代わりに自分の人生を選択できる。それが大人になるって事だよ」

「責任……ですか」

「そうそう、それを負える歳になったんだから、言いなりは卒業、だね」


 はっきりと言われて、フィオナは、改めてメルヴィンの事を考えた。


 メルヴィンは、フィオナが子供だから自分に従え、何も分かっていない、と言う。たしかにその理由はフィオナが自分の責任を自分でとれない子供だからかもしれない。


 成年になれば自分の責任を自分でとれる立派な令嬢になれる。だったらフィオナだって自分の選択で自分の着たいドレスを着てもいいはずだ。


「まぁ、私は成人する前からずっと自由にやってるけどね。……どう? 来年ぐらいには明るい色のドレスを着られそう?」


 楽しそうに口にする彼に、フィオナは子供っぽい短い髪を揺らして笑みを浮かべた。


「……はいっ。ありがとうございます。ノア、私、自分がどうなりたいのか、どうしてずっと不満がたまっていたのかやっとわかった気がします」

「そっかそっか、良かったよ。君ってば見るたび陰気な雰囲気だったから、励ませて」

「はい。私、卒業します。婚約者から」

「婚約者から?」


 フィオナがそう口にすると、キョトンとしてノアはオウム返しに言った。

 

 しかし、その言葉に答える前にお茶会が終わって席を立つ彼らが視界に入った。


 流石に彼らを待たせるわけにはいかないので、フィオナはそのまま「ではまた」とだけ口にしてノアの元を後にした。ここに来た時とは違って視界がすっきりとしていて、足取りはずいぶんと軽やかだった。








 デビュタント当日、フィオナはふんわりとした桃色のドレスに身を包んでいた。腰には騎士でもないのに剣をぶら下げて、背筋を伸ばしカツカツと王宮の廊下を進む。


 先ほどまで両親と話をしてきたところで、良い具合に集中できていた。


 今日デビューを迎える令嬢達がいる控室へと使用人に扉を開けてもらい入室する。


 今日までに婚約者がいる子は婚約者とともに、そうでない子は使用人だけを連れてきていて、それなりに人数が集まって入場の時を待っていた。


 そんな中でもイラついた様子で、体を小刻みに揺らしているメルヴィンは自分より後に訪れたフィオナにイラついて眉間にしわを寄せていた。


 メルヴィンは開口一番、控室にひびきわたるような大声で貶してやろうと考えていた。


 しかし、打合せとはまったく違うドレスを着て、今までの従順だった雰囲気を脱ぎ捨ててこちらをにらむようにみるフィオナの姿にごくりと息をのんだ。


「……メルヴィン、お待たせして申し訳ありません。両親との話し合いが想定よりも随分と長引いてしまって」


 適当なテーブルセットに腰かけてワインを飲んでいた彼にフィオナは一応謝罪をした。


 ドレスの件は置いて置くとしても、待ち合わせに遅れるのは良い事ではないだろう。


 頭を下げると、メルヴィンはハッとしたように目を見開いて、それから軽く考えを振り払うように頭を振ってから、立ち上がってフィオナを指さした。


「なんだこのドレスは!」

「……」

「こんな派手で、下品で、時代遅れな代物を着てくるなんて、俺を侮辱しているのか!!」

「……」

「きちんと俺の衣装と合う物を渡しただろ!! どうしてこんな子供みたいなことをする!!」


 フィオナは自分よりもいくらか背の高い彼を見上げて、指差し怒鳴りつけてくるメルヴィンをじっと見た。


「ここまで来て反抗するなんて、いい加減にしろよ!! 何とか言ったらどうだ!」


 必要以上に怒鳴りつけて萎縮させようとするその態度。


 今にも手をあげられるのではないかと想像してしまいそうなほど、彼は怒りを全面に押し出していて、デビュタントに緊張している周りの令嬢たちは驚いてフィオナたちの方へと視線をよこした。


「常々、聞き分けがないと思ってたが、こんな時に反抗しやがって!!」


 誰もが今日というハレの日にふさわしくないフィオナとメルヴィンの様子を心配そうに見つめていた。


 しかし、フィオナは堂々としていた。


 今までは叱られると恥ずかしくて、フィオナという人間がどこまでも間抜けだと周りに知られるのが嫌で、できるだけ小さくなって聞いていたが、今はただそんな気も起きない。


「……反抗ではありません。メルヴィン。これは私に与えられた権利です」


 冷静に言葉を紡ぐ、今日この日までフィオナは沢山考えた。大人になるとは何か、自分の望み、彼の行動、何が正しい事なのか。


 そして納得できたからこそ、ここに立っている。


「何言ってんだ、今更屁理屈でも言うつもりか?!」

「屁理屈でもありません。メルヴィン、私をずっと子ども扱いしてまともに意見を聞いてくれなかった分、今日、私の言葉を聞いてください」

「なんだとぉ?! 俺が悪いみたいな言い方するじゃないか、あれだけ面倒を見てやったのに!!」


 フィオナの言葉に逐一怒り狂って声を荒げる彼に、フィオナは段々と腹が立ってくる。


 そうして滅茶苦茶に怒り散らかしていればフィオナが黙ると思っているから言っているんだ。


 だったら周りの迷惑にはなるかもしれないが、今日はどこまでも付き合ってやれる。


「そもそも、婚約者に面倒を見てもらうなど例外的な行為だと思います。私に身寄りがなく教育もされていない子供だとするならば、そう言ったこともあるかもしれませんが私は、あなたに面倒を見てほしいとは思っていない」

「俺に向かって何だその言い草は!!!」

「では、これ以上に正しい言葉使いをあなたはご存じですか。ご教授ください」

「そうやって年配者を馬鹿にしたような態度をとって誰もお前を助けてくれなくなるぞ!!」

「困っていません。現在困っていることといえば、メルヴィンとの関係です。年配であるあなたが悩みの種です」

「なんだと?! いい加減にしろ!! 子供だからって駄々をこねて、許されるのは俺が寛容だからだぞ!!」

「私は、子供ではありません。今日成人する立派な大人です。なので、寛容に接してくださらなくて結構です、そうではなく一人の人間として尊重する接し方を要求します」

「偉そうなこと言いやがって、黙らせてやる!!」


 多くの目がある場所なのでメルヴィンは我慢していた様子だったが、ついに耐え切れなくなり拳を振り上げた。


 周りの令嬢たちから小さな悲鳴が上がったが、フィオナはすかさず腰にぶら下げていた剣を掴み鞘から抜かずにガードに使う。


「っ……っ~」


 拳は、もろに剣の刀身に当たって力いっぱい殴った分だけ痛みが彼に返る。


「……あなたこそ、すぐに手をあげる。それは幼い子供のすることではないですか」

「なんだと?」

「私は、ずっとあなたに言われて従ってきました。立派な大人だと自称するあなたは私のすべてを定義して、あなたにとって不要な部分を削ぎ落して大人の権力を振りかざしていましたね」

「それは、お前の為を思って言ってやったことだ!」

「そうかもしれません、実際、あなたの庇護下にあって大きな権力に守られていると感じたこともありました」

「そうだろ! 今すぐ俺に謝罪しろ!」


 少し肯定しただけで彼はすぐにフィオナに謝罪を求めてきて、話の通じなさに辟易する。


「しかし、私は、そんなもの望みません。……私はただ、綺麗なドレスを着たかった。対等に話すことが出来る相手と結婚したい、そう望んでいます」

「大人の苦労も知らないでわがままばかり言いやがって!!!」

「はい。知りません。でもメルヴィン」

 

 言いながら、フィオナは拳を庇うように摩っている彼に手を伸ばした。


 今日からフィオナは大人になる。だからこそ、同じ立場に立って対等に未来への道を進んでいけるかもしれない。


 はじめて話し合えるのだ、希望をもって彼に手を伸ばした。


「今日から、私は社会からも大人として認められます。どうか、子供という枠組みの外で対等に”私”を見てはくれませんか。私は一人の人間です。どういう人間かは自分で決めます、ドレスの色も香水も、髪型も、喋り方もあなたの物ではないんです」

「生意気なこと言いやがって……」

「あなたに養われているわけではないんです。だから、生意気だなんて言わないでください、意見として取り入れてほしいです」


 彼の手に手を添える。自分から触れたのは初めてだった。


 しかし、フィオナの行動に未練を感じたメルヴィンは、その手を振り払い、歪んだ笑みを浮かべて言った。


「ハッ、生意気以外の何物でもないだろ。いいかフィオナ、お前はな、なにも分かってない。成人したからなんだっていうんだ? 人生の先輩である俺が導いてやってるのに自分の考えなんて未熟なものを主張して、それで間違えて台無しになるのが目に見えてるだろ?」

「やってみなければわかりません」

「いいや、わかるぞ! お前の下らん考えで自由にして何になるんだ、お前の考えを尊重して何かあったらお前責任とれるのか?」

「とります」

「ああ、そうだ、お前みたいな愚図には取れないだろ? だってお前は━━━━」

「とれます」


 間髪入れずに返したフィオナの言葉を取り違えていた様子だったので、すぐにフィオナは言い直した。


 たしかにフィオナの意見を通してもいいことなどないかもしれない、それどころか何かとんでもない事態になるかもしれない。


 しかし、それでもフィオナは”大人”になりたいのだ。


「自分の選択の責任は負います。そういう覚悟はしています。そして責任を負うからには選択を許される。違いますか」

「なに言ってんだ。そもそもお前に選択権なんて……」

「あります。私は私の人生を決めることが出来る。それがたとえ狭い選択肢だとしても、選べる人生を私は望むことにしました」

「はぁ?」

「だから、メルヴィンがそれをどうしても許してくれないというのならば、あなたから卒業します。今まで大変お世話になりました」

「はぁ?!」


 彼が絶対に認める気がないのだというのが分かったので、フィオナはそれだけ言って剣を腰に戻す。


 仕方がないだろう。彼はそういう人間で変えられないのだ。彼もまた大人だから、自分の人生の選択権を自分で持っている。


 しかしそれはフィオナもそうだ。


「婚約を破棄してください。両親に話を通しています。他人になるべきだとたった今、理解しました」

「な、なんだと?! ふざけたことばかり言ってると屋敷に戻ってからひどい目に━━━━」

「屋敷には戻りません。あの屋敷からも卒業ということで」

「ふっざけんな!」

「ふざけていません。エスコートもいりません」


 真顔で続けるフィオナにメルヴィンは顔を真っ赤にしてぶるぶると拳を震わせる。


 しかし、防御されるので殴ることもできないし、言葉でも不要だと告げられたからには、これ以上言葉を重ねても意味などない。


 つまりは、この場において彼女に対する仕返しの方法がわからなかった。


 だからただ顔を赤くしてプルプルと震えることしかできなかった。


 そんな中、くす、くすくす、と小さな笑い声がする。


 妖精のささやきのようなその声は、周りからすべてを見て聞いていた令嬢たちから発せられている。


 誰かがぽつりと「惨め」と口にした。次に「無様」と。


 それから、小さな笑い声に混じって、捨てられて当然、暴力男、最低よ、そんな声が聞こえてくる。


 たった一人が言っているならばまだ不敬で捕らえることだってできた。しかし今夜デビューする令嬢たちの円の中から次から次に聞こえてくる。


 それがまるでこの群衆の総意かと思うほどに、あらゆる場所からメルヴィンに対する敵意を感じた。


 その状態を変えるために周囲の令嬢をにらみつけるが笑い声は収まらない。


「こ、こ、後悔するぞ!……何が卒業だ! バカバカしい!」

「自分が選んだ選択で後悔するなら本望です」

「精々、エスコート相手がいなくなって惨めな思いをすればいい! 自分の行動の意味を思い知れ!」


 そう口にして、彼は最後までフィオナに悪態をつきながら速足で控室を去っていき、その背を見つめてフィオナはふうっと息をついた。


 これでいいはずだと思うが、たしかにすでに婚約者がいる令嬢として登録されていてその列に並び、一曲踊るはずだったので相手を失ったのは大きい。


 皆が婚約者たちと踊っているのを横目に一人だけ華やかなドレスで棒立ちしなければならないだろう。


 滑稽な姿ではあるが、婚約者はいないのだと周りにアピールするいい機会だろう。


 そう解釈してフィオナは、スカッとした気持ちそのままに笑みを浮かべた。


「話は終わったみたいだね」


 するとふいに背後から声が掛かってその唐突さに驚いて体がびくっと反応した。


「ねー、ドレス、随分似合ってていいけどさ。凄い事するね、君」


 それはいつの間にこの場所に来たのかわからないがノアであり、適当に言う彼に驚きつつもフィオナは振り返って返答した。


「……ありがとうございます。誰にも言われなかったから、とてもうれしいです」

「そお? フィオナの周りの人間は見る目ないね」

「ノアは嬉しい事を言ってくれますね。ところでいつからいらっしゃったんですか」

「ずっと居たよ。気づかなかったみたいだけど」


 話をしているうちに案内係の王宮の使用人が控室へと入ってくる。


 ついに入場が始まるらしい、予め婚約者と参加すると登録しているものは後列に、国王陛下に謁見をするものは前列にそういう風に決められている。


 フィオナたちの方へと注目していた令嬢たちも自分の身なりを整えたりして忙しなく準備を始めた。


「でさ、本当に君、勝手に卒業とか言ってメルヴィンと別れちゃったけど、次は決まってるの?」

「いえ、まったく。家からも勘当される予定です」

「え……えぇー、もしかして私に責任あるかな……」

「ないですよ。責任は全部私のものです」

「変なこと言うよね、君。でもまぁ、せっかく綺麗に着飾っているのに惨めな思いはさせられないか」

「?」


 ノアはそう口にして列の最後へと加わりフィオナに手を差し伸べた。


「フィオナが大人になるの、私は祝福するよ」


 その手にフィオナは少し戸惑った。流石に、彼と参加するには色々と手続きが足りていない気がして気が引ける。


 それにきちんとお互いの事を認識して話をしたのだってこれで二回目だ。


 それなのにこんな重要な場でのエスコートを頼むのは申し訳ない。


「ほら、手を取って、一曲踊るだけだよ。ついでに私を取り合えず次の婚約者にしてもいいし」

「……それってプロポーズですか」

「そうともいうね。まぁ、ロマンチックな感情があるかと言われると、まだまだなんとも言えないけど、私は見ての通り変わり者で相手が決まっていないから」

「……」


 話しながら手を取った。扉が開かれて舞踏会への入場が始まる。


「……受け入れてくださるのなら……と、言いたいところですけど、しばらく悩んでもいいですか」

「そんな暇あるの?」

「暇は……正直ありませんけど、沢山悩んで決めたいんです。私はまだまだ大人になったばかりですから、悩んで、考えて、自分の進む道を決める。それがきっと大人の醍醐味だと思うんです」

「……やっぱり、変なこと言うね君、まぁ、お好きにどうぞ」

「ありがとうございます、ノア」


 フィオナはそうしてデビュタントを迎えて、責任を負える大人になった。


 道しるべのない道を未来に向かって進むのは、ほんの少し恐ろしかったけれど、それでも新しい選択肢に胸を躍らせて、一歩一歩進んでいくのだった。






 最後まで読んでいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 勘当されるというより、自分から義絶するという感じでしょうか。 王子のDVを、親たちも承知の上で放置してきたのでしょうし。 婚約破棄も、これだけ証人が居るなら、王子側有責でイケそうです。 […
[良い点] 王子の暴力へのザマァはよかった。 [気になる点] 警備的に許可なく剣(武器)の持ち込みってなくないかな? 許可とってないですよね? 持ち込み禁止では?しかも、ドレスに剣とかドレスコード的…
[良い点] より上位の権力によるねじ伏せではなく、デメリットが大きいことを飲み込んでそれでも自分で選択すること、主権を守ったところ。 [気になる点] これ仮に婚約者はちゃんと流行に準じた卒のないドレス…
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