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召喚士

1104.11.16

 「ここは……」


 リサが目を覚ますと、そこは見知らぬ廃墟の中であった。集合住宅の一室であるようにも思われるが、調度品の類などは一切見られない。彼女はその不気味な空間に不安を覚え、まだ朦朧とする意識を何とか覚まそうと、体をよじって起き上がろうとした。そしてこの時ようやく、自身の手足に木製の枷が嵌められていることに気が付いたのである。


 「目え覚めたのか。これから楽しもうと思ってたのによ」


 声の方向に体を向けると、先程の騎士団を名乗る男が立っていた。……男の左手には、大きな鉈のような刃物が握られている。リサはこれから何が行われようとしているのかを想像して、恐怖に顔を歪ませた。


 「やめて……」


 彼女は思うように声が出せなかった。あまりの状況に喉が締まって、掠れた声しか出てこないのである。意識は徐々にハッキリしてきたが、同時に恐怖心もまた鮮明になって行くのであった。


 「たまんねえな……おい……」


 男はリサの髪を鷲掴みにして、鉈を彼女の首筋にゆっくりと這わせた。毀れた刃物のざらざらとした感触が皮膚を裂き、鋭い痛みと共に血液が流れ出す。リサは小刻みに震えながら、懇願するように男の顔を見上げた。


 「何でもしますので……殺さないでください……」


 すると男は手を止めて、冷たい目付きで彼女を睨みつけた。


 「まずは仲間の情報を教えろ。レオン・ロックハートと、もう一人のガキのことだ。嘘でも吐きやがったら、分かるだろ?」


 「レオン様とは、今日出会ったばかりです……。本当に何も知りません……」


 「俺、加減できねえからさ。腕一本行っとくか?」


 そう言って、男はリサの体を床に叩きつけると、彼女の右腕めがけて勢いよく鉈を振り下ろすのであった。




 

 ロクスの姿を見送ったレオンは、どこか人気の無い場所に身を隠すため、街路をぐるりと見回した。しかしキールの中心街は人通りが多く、誰もいない場所を見つけるのは困難であった。かと言って、いつまでも立ち止まっている訳にもいかない。もしも今この瞬間、敵が目の前に現われでもしたら、多くの市民が犠牲になってしまうのだ。


 「おいレオン、事情を説明しろ」


 遅れて娼館から出てきた、王宮騎士団員のマークに説明を求められ、レオンは簡単に事の経緯を語り始めた。ロクスとリサが闇の勢力を追っていて、協力者を探していること。そして恐らくこの街に、闇の力を持つ者が紛れ込んでいることを。


 マークはその説明を一通り聞き終えると、神妙な顔つきで次のように口を開いた。


 「……なるほどねえ、闇の勢力か。ま、確かに狙われるとしたら君だろうね」


 世界の七英雄は例外なく、闇の勢力と戦った過去を持っている。当然レオンもその一人、かつて闇と対峙した経験を持つ人物なのである。確かにマークの言う通り、レオンは闇の勢力にとって天敵と言える存在だった。


 「僕のことはどうでもいい。それより、彼らに協力してやって欲しいんだ。君は王宮騎士団なんだから、市民を助ける義務があるはずだよ」


 「まあねえ。でも俺、他にもデカい任務抱えてるのよ。こう見えて結構忙しいわけさ」


 「そこをどうにか出来ないか? 君が協力してくれないと彼ら、僕に協力を求めようとするんだよ」


 するとマークを一寸考え込んで、次のように尋ねるのであった。


 「あの少年、どこ行ったの?」


 「仲間の女の子を探しに行ったよ。たぶん商店街の方向だ。まだ、遠くには行ってない筈だけど……」


 「分かった。……とりあえず、彼らの実力を見てから決めることにするよ」


 マークはそう言い残すと、何故かロクスが向かったのとは逆の方向に歩き始めた。何か当てでもあるのだろうか。レオンは不思議に思いながら、彼の後ろ姿を見つめるのであった。





 「てめ……なにを……」


 男は鉄の棒が突き刺さった腹部を押さえつけ、足元から崩れるように膝をついた。その隙にリサは枷を外し、いつでも逃げれるように、部屋の入口へと後ずさるのであった。


 「それはこっちの台詞です! あなた一体何なんですか!」


 リサの心は依然として恐怖に覆われていた。英雄に憧れ、闇との戦いに身を投じることを望んでいた彼女だが。……戦いとは想像以上に恐ろしいものであることを、彼女はまざまざと思い知らされていた。いざ得体の知れない相手を目の前にすると、全身の震えが止まってくれないのである。


 「……決めたぜ。お前は殺さねえ。死よりおぞましい苦痛を与えてやる」

 

 男は懐から杖を取り出し、リサの立つ方向に勢いよく振り向けた。すると部屋の窓ガラスが砕け、一匹の魔獣が飛び込んでくるのであった。


 狼に似たその魔獣は、凶悪な牙を剥き出しにリサの体へ飛び掛かった。しかし魔獣の攻撃が彼女に届くことは無かった。リサが右手を振り上げると、魔獣の体は浮遊して、そのまま部屋の天井に叩きつけられたのである。


 「嘘だろ……杖も使わずに……」


 男は次の攻撃を仕掛けようと杖を構えたが、今度は前方から吹き付ける突風に体を攫われ、勢いよく背後の壁に叩きつけられてしまった。腹部の傷も相まって、男は意識を保つのがやっとの状態に追い込まれるのであった。


 対するリサの緊張は頂点に達していた。呼吸が乱れ、うまく息を吸い込むことができない。浅い呼吸を何とか繰り返している状態で、また瞳孔は大きく開き、全身からは大量の汗が流れ出していた。


 「やっぱり生け捕りは止めだ……。今殺さねえと、こっちがやられちまう……」


 男は満身創痍の体を無理やり立ち上がらせると、再びリサに向かって杖を構えた。……次はどんな攻撃を仕掛けて来るのか。リサは右手の指輪に魔力を込めて、男の攻撃を待ち受けた。

 

 どうやら男は『召喚士』であるようだ。先ほど倒した狼型の魔獣以外にも、いくらか手数を持っているに違いない。深手を負わせることには成功したものの、彼の実力が全く分からない現状、気を抜くことは決して許されないのである。


 「随分こっぴどくやられたものだな」


 目の前に神経を集中させていたリサは、突如現れた男の姿に驚いて、思わず防御の姿勢を崩してしまった。しかし謎の男はリサを一瞥しただけで、特に攻撃の構えを見せることもしなかった。そして男は、満身創痍の召喚士に向かって、禍々しい形状をした漆黒の長杖を突きつけるのであった。


 「てめえ、何しに来やがった……」


 召喚士の男はそう吐き捨てて、長杖を携えた謎の男を睨み付けた。


 全身を覆う黒いローブを見るに、恐らくこの男も召喚士の仲間に違いない。しかし男はこちらに敵意を見せず、仲間であるはずの召喚士に杖を向けている。その不可解な状況に、リサの頭は混乱状態に陥っていた。


 「その傷では辛かろうと思ってな」

 

 すると男の長杖から緑の光が放たれ、召喚士の体を包み込んだ。先程リサに付けられた腹部の傷がみるみる塞がり、青白く淀んでいた顔にも生気が戻って行く。


 「別に、てめえの助けなんざ要らなかったけどよ」


 召喚士の男は不気味な笑みを浮かべ、絶望するリサの全身を舐めるように見回した。彼女はその残忍な目付きにすっかり怯え、戦う意思すら失いかけてしまうのであった。


 「さーて、ここからがお楽しみだ。レオンの情報を引き出したら、たっぷり虐めてやるからな」 

 

 「情けない男だ。小娘一人に殺されかけて、今からその憂さ晴らしでもしようと? 主がお知りになったら何と仰ることか……」


 「うるせえな。第一てめえの獲物は、アストラガノスの野郎じゃねえか。俺の担当に首突っ込むんじゃねえよ」


 「大義なき殺人は主の意に反する。その小娘に、死刑執行の命は出ていないだろう」

 

 「殺さねえよ。こいつは俺の新しいペットにするんだ。なあ、お嬢ちゃん?」


 そのおぞましい言葉を聞いて、リサは全力で部屋から逃げようとした。しかし身体が全く動かない。まるで金縛りにあっているかのように、指一本も動かすことが出来なくなっていたのである。


 「案ずるな小娘。貴様は主の下へ連れて行く。それまでの身の安全は、この私が保証しよう」


 動けなくなっているのはリサだけでなく、召喚士の男も同様であった。リサの体に触れようとした直前で、彼の身体は完全に固まっていた。


 「くそが。余計なことしやがって……」


 「貴様の標的はレオン・ロックハートだ。愚かな罪を重ねる暇があるなら、さっさと奴を殺してこい」


 やっぱり、この人たちは闇の勢力に違いない。レオン・ロックハートに、大魔導士アストラガノス。かつて闇と戦ったこの国の英雄を殺そうとしているんだ。


 リサは恐怖心を押さえ込み、右手の指輪に神経を集中させた。……そうだ、私は英雄になるんだ。闇の勢力を打ち倒して、八人目の英雄に選ばれる。こんなところで負けるわけにはいかないんだ。


 「ほう。その指輪、エルドラ帝国の遺物だな? 随分と珍しい魔道具を持っているじゃないか」


 「……とても物知りなんですね。それじゃあ、この魔法もご存じですか?」


 リサの異変に気が付いた男は、思わずその場で身構えた。右手の人差し指に嵌められた指輪から、白く輝く球体が出現したのである。そして球体は見る見る間に膨張し、彼女の周囲を覆い尽くそうとするのであった。


 「タウルス! その小娘から離れろ!」


 男はそう叫ぶと、長杖を振って召喚士の拘束を解除した。しかし全てが遅かった。周囲にはあっという間にドーム状の結界が張り巡らされ、三人はその内に閉じこめられてしまったのだ。


 「レオン様の所には行かせません。お二人には、ここで一緒に死んでもらいます」


 リサは覚悟を決めていた。結界内の温度が急激に上昇し、肺を焼かれるような熱気が辺りに充満し始める。彼女は本当に、ここで二人を道連れにするつもりなのだ。


 「まずいな……」


 長杖の男はすっかり余裕を失い、深刻な声色でそう呟いた。それとは対照的に、召喚士の男は状況を楽観視しているようで、考え込む仲間に向かって次のように笑いかけるのであった。


 「何焦ってんだよ、ホルタルス。こいつ殺してさっさと出ちまおうぜ」


 「いや。この結界は術者の意思に関係なく、一定時間が経過するまで解除されない。小娘を殺したところで状況は変わらぬ……」


 「おいおい……だったらどうすんだよ……」


 やがてリサの身体は限界を迎え、灼熱地獄の中で床に崩れ落ちた。タウルスという召喚士の男も、そして長杖を携えた、ホルタルスと呼ばれる実力者らしき男でさえも、その身を焼かんとする高温に耐えきれず、いよいよ死を覚悟するのであった。

『古代魔法』

 作者不詳。オーウェン国内で書かれた書物と思われる。


 古代魔法と一口に言っても、それらは現代使われている魔法に比べて、何か特別な違いがあるわけでもない。かつてエルドラ帝国で使用された高度な魔法の数々は、実はその多くが四大元素の応用で成り立っているのだ。もちろん光や闇の性質を持つ魔法、また錬金術や人間の精神に働きかける魔法といった例外は存在する。それでも古代魔法の多くは、現在でも『理論上は』再現可能なものばかりなのである。

 例えば古代エルドラ帝国にて盛んに用いられた浮遊魔法の如きは、実のところ風の魔法を応用したものに過ぎない。しかし現代において、これを使用する魔導士の存在は極めて稀である。何しろ王立魔道院は古代魔法の研究に消極的であるため、理論は判明していても、中々再現にまで至らないのだ。

 これまで私は、古代魔法について独自の研究を続けてきた。その現段階における成果を、以下に記していきたいと思う……。

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