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闇の勢力

1104.11.16

 「王立魔道院の目的は、国の発展に貢献する若き人材を育成し、社会に送り出すことでしょう」


 はじめて彼女の力強いメッセージを聞いたとき、脳を雷に打たれたかのような、とてつもない衝撃を受けたのを覚えている。


 「オーウェン王国は世界最大の人口と、世界最大の領土と、世界最大の軍隊を有している。それなのに、この国の社会は未だ発展途上。南部自由都市同盟の足元にも及ばないのよ」


 校舎内の秘密部屋で、彼女は多数の少年少女らを相手に、王国の諸問題を静かに語っていた。演説を聞く者はみな、彼女の言動から神秘的な魅惑と、何か心を揺さぶる圧倒的なものを感じていたのだろう。うっとりと、陶酔的なまなざしを彼女に向ける生徒たちの中に、あの頃私も、確かに紛れ込んでいた。


 「だからと言って、禁術を使用していい理由にはならないと思います」


 また彼女は、自身を批判する者に寛容だった。時に私が反対意見を提示しても、彼女はいつもの不敵な笑みを浮かべて、必ず一度は私の主張を受け入れるのであった。 


 「そうかもしれないね、リサ。でも禁術って、本当に禁止されなきゃいけない魔法なのかな? 例えば錬金術なんて、都市同盟では当たり前のように使われているのよ」


 「……その錬金術で作られた金銀が、オーウェン王国にも流れ込んでいます。南部の都市同盟ばかりが得をして、こちらが損をするのはおかしいと思います」


 「だったら、私たちの国も同じことをすればいいじゃない。それかオーウェン国内における金の価値を、低く設定し直せばいいのよ。やりようはいくらでもあるわ。それより、社会に発展をもたらすはずの魔法を禁止する方が、よほど問題だと思う」


 結局、私はいつも彼女に言いくるめられていた。そして私の胸中は、彼女に心酔したい気持ちと、彼女を畏れる気持ちが同居して、常に不安定な状態に陥っていたのである。


 「ねえフランシス。私……」




 「ちょっと君、そこの可愛いお嬢さん」


 ロクスと別れ、物思いにふけりながら裏路地を歩いていたリサは、背後から不意に声をかけられて、一気に現実へと引き戻された。一瞬、ロクスが追いかけてきてくれたのではと期待したが、そこに立っていたのは見知らぬ一人の男であった。


 「私のことですか?」


 「へへ、他に誰がいるんだよ」


 男は黒のローブを身に纏い、顔が見えないようにフードを目深に被っていた。強盗か、それとも暴漢か。その見るからに怪しい男の姿に、リサは思わず身構えた。


 すると男は重い足取りで、ゆっくりと彼女のもとへ歩き始めた。周囲に通行人の姿はない。ここで襲われたら、誰かに助けを求めることも出来ないだろう。


 「ち、近寄らないでください……」


 「そう怖がるなよ。何もしないから」


 そう言って、男は左手でフードを脱いで見せた。リサは思わずぎょっとした。男の顔の右半分には、酷い火傷の痕のような、ケロイド状の傷が広がっていたのである。


 「へへへ、びっくりしたか?」


 「あの……ごめんなさい……」


 「謝るなよ。俺の顔を見た人間は、みんな必ず同じ反応をする。こいつは魔獣にやられた傷でな。ほら、こっちも」


 男はローブをずらして、今度は首から下の右半身を見せてきた。その傷付いた体を目の当たりにしたリサは、衝撃のあまり言葉を失ってしまうのであった。


 「代償はデカかったけど、お陰で強力な魔獣を倒すことができた。名誉の負傷ってやつだな」


 男は右腕を失っていた。医療魔法の発展した現代でも、切り離された体の一部が消滅してしまえば、元の状態に戻すことは不可能である。右腕を欠損した彼の姿からは、それだけで凄惨な戦闘に身を投じたことが窺えるのであった。


 ……魔獣という台詞から推察するに、恐らく彼は魔獣討伐を生業とするハンターなのであろう。討伐対象によっては多額の報酬を得られる代わりに、命の危険と隣り合わせの、非常に危険な職業である。この男のように、身体の一部を失ってしまう者も少なくない。それでも一攫千金を狙って、強大な魔獣の討伐に挑む者は数多くいるのだという。


 「ハンターさんでしたか……。でもどうして、私に声を掛けたんですか?」


 「実はさっきな。あの酒場で偶然、お前らの話を聞いちまったんだ。なんでも闇の勢力を追ってるらしいじゃねえか」


 「……え? 」


 リサの全身に再び緊張が走った。この国で、闇に関する話題に興味を持つ人間は滅多にいない。それどころか、彼女はロクスと出会うまで、『闇の勢力』などという単語を他人から聞いたことは一度も無かったのである。いくら戦闘を生業とするハンターでも、戦う相手は魔獣に限定されるはずなのだが……。


 「あなた……本当は何者なんですか……?」


 すると男は笑みを浮かべ、あっさりと自らの正体を明かすのであった。


 「王宮騎士団のメンバーだよ。国王の命令を受けて、俺も闇の勢力を追ってるんだ。……声を掛けたのは、お前に協力して欲しいと思ったからだぜ」





 一方その頃、ロクスは再び娼館へと足を運んでいた。レオンから『王宮騎士団員』の情報を聞き出して、あわよくばその人物にリサの協力者となってもらう。ここまでしてようやく、彼女から受け取った恩義を返せるんじゃなかろうか。彼はそう意気込んで、レオンの前に再び姿を見せるのであった。


 「また来たのかい。……何度頼まれても同じだよ。僕は本当に協力しないから」


 「分かってる。さっきあんたが言ってた『王宮騎士団員』ってのを紹介してもらおうと思ってな」

 

 するとレオンの表情が一変し、露骨なまでに上機嫌な態度を見せ始めた。そして彼はテーブルのワインを一気に飲み干すと、カウンター席を指差しながらこう告げるのであった。


 「タイミングがいいね。ちょうど今、そこのカウンターで情報収集してる。ほら、あの小柄な男だ」


 レオンの指差す方向に目を向けると、確かに背丈の低い男が一人、カウンターで酒を注文している。一見すると、同い年の少年のようにも見える、随分と可愛らしい顔立ちの男であるが……。どうやら彼が『王宮騎士団員』なる人物であるらしい。


 「一応、先に忠告だけしておくよ。彼は諜報活動のスペシャリストだ。協力はしてくれるだろうけど、あんまり信用しすぎない方がいい。弱みを握られると、後々厄介なことになるからね」


 「そんな奴を紹介するなよ……」


 かような忠告を聞いてしまっては、リサへの協力も頼みづらくなってしまう。……そういえば彼女は、金貨の入手方法を『違法な手口』とほのめかしていたし、何か後ろ暗い部分を持っているようでもあった。……いや、そう考えると最初から、『王宮騎士団』などという組織の人間にリサを任せること自体、無理のある話だったのでは。


 「やあマーク。ちょっといいかな?」


 レオンの呼びかけに、マークと呼ばれた騎士団員は屈託のない笑顔を振り向けた。……小柄な体格もさることながら、まるで少女のようにも見える中世的な顔立ちに、ロクスは目を離すことが出来なかった。


 「珍しいな、レオン。君から話しかけてくるなんて」


 「紹介したい人がいるんだ。こちらはロクス。……あの英雄アーフェルのお弟子さんだ」


 「……それ本当? 彼って伝説上の人物じゃなかったの?」


 マークは驚いた様子で、すぐさまロクスの方に視線を動かした。レオンも同様だったが、アーフェル爺さんの名前が出ると皆、彼を()()()()()()()であるかのように語るのだ。例外は、今のところリサの反応ぐらいのものである。


 ……しかし、このマークという騎士団員は本当に男なのだろうか。彼に視線を向けられると、胸の内がざわついて仕方ない。


 「ロクス。あの剣を見せてあげて」


 レオンに促され、ロクスは黄金剣を抜いて見せた。……しかしその時、彼は眼前に発生した異常事態に動揺し、慌てて刀身を鞘に収めてしまうのであった。


 ……さっきより光が増していた。それも、まるで目を焼かれてしまいそうなほどの輝きを放っていたのである。レオンもその異常に気付いたのか。鞘に収められた黄金剣を、青ざめた表情で凝視していた。


 「……え? 今のなに?」


 マークは状況を飲み込めていない様子であった。ロクスとレオンは顔を見合わせて、そのまま同時に周囲を見渡した。……二人の脳裏には、同じ予感が浮かび上がっていた。


 「すまないマーク、紹介は後だ。急用ができた」


 「な、何なんだよ。酒の飲み過ぎでおかしくなっちゃった?」


 困惑するマークを残したまま、二人は娼館の外へ飛び出した。そしてロクスが再び剣を抜くと……、やはり刃は異常な光を放っていた。


 「……聖剣は闇の力に反応する。その距離が近ければ近い程、より大きな輝きを見せるんだ」


 レオンの説明は、ロクスの予測通りのものであった。闇の勢力が近付いているのだ。もしかすると、娼館の中に潜んでいたのかもしれない。


 「……少なくとも、この街のどこかにはいるんだろう」


 「恐らくね。本当は戦いたくないけど、そうも言ってられないかな……」 


 レオンは懐に手を入れて、鉄製の小さなナイフを取り出した。そんなもので戦えるのかとロクスは不安に思ったが、腐っても彼は世界の英雄である。それに、本当に心配すべき相手は他にいる……。


 「俺は一旦、リサを探してくる」


 「リサって、あの可愛い女の子か。……僕は人気の無いところに身を隠すよ。もし闇の勢力が現れたなら、狙いはきっと僕だろうから」

『錬金術の全面禁止に関する報告』

 オーウェン評議会 1087年2月11日


 近年、いわゆる錬金術を用いた偽造硬貨の流通が、王国経済に多大な悪影響を及ぼしている。そのため王国評議会は6対5の決議をもって、ここに錬金術の全面禁止を決定した。もちろん、あらゆる金属を生成するこの魔法が、多様な産業に貢献する可能性を秘めていることは、王国評議会も十分認めるところである。一部の王宮関係者や軍関係者については、後に規制緩和を検討する所存である。



『王宮騎士団とは何か ~世界最強の戦闘集団に迫る~』

 デリク・ヘイマー 1100年7月30日

 

 現在、我がオーウェン王国は世界最強の軍隊を保有している。第三次東方遠征(1092~1095)の際に動員された兵力はおよそ五万。このとき合同で軍を派遣したベレニス王国が四千、北の王国が一万七千の兵力であったことを考えれば、オーウェンの軍事力がいかに巨大であるか理解できるだろう。

 しかしながら、オーウェンの真の強さはその数ではない。『王宮騎士団』は我が国の誇る強力な武力集団であり、メンバーひとりが軍団相当の戦闘力を有するとまで謳われているのだ。

 現団長はトム・ギャロッドという男が務めている。彼は英雄レオン・ロックハートと共に、東方遠征を勝利へ導いた影の功労者でもあった。副長のリチャードは天才魔導士として名高く、あの王立魔道院をわずか十四歳で首席卒業した男である。昨年入団したマーク・フォスターも注目の新人だ。何でも彼は人の精神に働きかける魔法を得意とする、非常に珍しいタイプの魔導士であるという。

 彼らの目的はただ一つ。王国の平和と安寧を乱す者の手から、王宮を守護することである。果たして何者が、騎士団の守る王宮を脅かすことなどできようか。王宮騎士団が健在である限り、我らの王国は未来永劫、平和のもとに輝き続けるであろう。

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