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地方都市キール

1104.11.15


 「なに? 剣の腕に自信はあります? 悪いけど護衛は間に合ってるよ」


 「ふうん、読み書きはできるんだ。金勘定は? 最近儲かっちゃってさ、新しい商売始めようと思ってね。え? 出来ない? なるほど……」


 「剣士ってことは体力あんだろ。ちょうど街路の拡張工事やってんぜ。ああ? 工期は少なくとも一年だよ。途中で飛ばれたら困るぜおい」


 「戦えるだけじゃねえ? せめて魔法でも使えれば……」


 地方都市キール。オーウェン王国の北部に位置するこの土地は、『北の王国』と国境を接する世界最大級の交易都市であり、その発展ぶりは王都をも凌ぐと謳われていた。赤、青、緑、黄色と、カラフルに彩られた建築の立ち並ぶ、国際色豊かな中心街の情景は、初めてこの街を訪れる人間に驚きと感動を与えてくれる。が、同時にここは来訪者に対して、都会の厳しい現実を突きつける試練の地でもあった。


 「おうロクス。今日も仕事見つからなかったのか?」


 教会の廃墟に戻ってきたロクスは、さっそく同じ無宿者仲間のイリヤにそう笑われて、無言で彼を睨み付けた。イリヤは十五年前、北方のとある村からやってきたお尋ね者であるという。何でも村に戻れば命を狙われるほどの恨みを買っているらしく、本人は「二度と故郷の地を踏むことは無いだろう」と語っていた。


 「怖い顔すんなよ。どうせお前も『ノマド』だろう? 兄弟」


 良くも悪くも、キールの街には世界各地から様々な人間が集まってくる。当然、中には素性の分からぬ怪しい人間も、少なからず存在する(ロクスやイリヤもその一人である)。

 そのために街の住人は、()()()の素性を必ず確認するのだという。ロクスも勿論例外ではなく、この街に来てから何度も出身地を問われていた。


 「くそ……あのジジイ……」


 アーフェル爺さんに渡された銅貨十数枚は、中継都市からキールまでの旅費と食事代でほとんど吹き飛んでしまった。しばらく生活できるだけの額だと告げられていたロクスは、この地で格安と評判の木賃宿ですら銅貨十枚を必要とすることに愕然とし、また市場の食品もかなりの金額で取引されていることに絶望したのである。


 「残りのカネはいくらだ? 兄弟」


 「銅貨三枚。これじゃ堅パンひとつも買えやしない」


 「恐らくあんたの爺さんってのは、近頃の値上がりを知らなかったんじゃねえか?」


 「値上がり?」


 「ここ数年の話だ。キールの都市が発展するにつれ、物の値段もバカみたいに上がっていきやがった。俺も去年までは家があったんだけどな。……信じられねえだろうが、十年前なんて銅貨一枚で、ひと月は宿に泊まれたんだぜ?」


 宿を失い、この廃墟に来てから二日が経過していた。当初はすぐに仕事を見つければいいと考えていたが、それも難しいとなると、もはやどうしていいか分からない。イリヤと出会い、街の内情をある程度知れたことは不幸中の幸いであったが……。


 「そんじゃ、俺は出ていくぜ。ここもじき開発で取り壊されるから、お前さんも新しい住処を探すんだな」


 彼はそう言って廃墟を後にした。詳細は語ってくれなかったが、どうやら高給の仕事に従事することが決まったのだという。ここまで堕ちたのだから、後はどうにでもなればいいと彼は笑っていた。




 「……あのう、ちょっといいですか?」


 不意に背後から声をかけられ、ロクスは驚いて後ろを振り返った。そこには小柄な少女が一人、こちらの様子を窺うように佇んでいた。


 「何だよ?」


 廃墟の住人であろうか。いや、それにしてはやけに上品な身なりをしている。華奢な体躯や色白の肌、手入れされた艶やかな黒髪からも、彼女が労働とは全く無縁の階層にいることは明らかだ。少なくとも農業を生業とするカラクの里で、彼女のような線の細い少女は見たことが無い。初めて見る可憐な少女の姿に、ロクスは動揺を隠せなかった。


 そしてロクスは次の瞬間、少女の口から発せられた思わぬ人物の名前に、更なる衝撃を受けるのであった。


 「その剣もしかして、アーフェル様の……」


 「お前、爺ちゃんのこと知ってるのか?」 


 「当然です! アーフェル様は、闇の勢力から世界を救った大英雄ですから!」


 「あの話……嘘じゃなかったのか……」


 どうやら目の前の少女は、ただアーフェルの名前を知っているだけではないようだ。闇の勢力に、世界を救った英雄……。どれも爺さんが日頃から口にしていた言葉である。この子、もしかして爺さんの知り合いなのか?


 「俺はロクス。一応アーフェルの弟子……ってことになるのかな……?」


 「やっぱりそうなんですね! 奇跡です……奇跡が起きました……」


 「な、何なんだよ」


 興奮して前のめりに迫る少女の姿に、ロクスはすっかり圧倒されていた。それでも彼女の反応は好意的なものであるし、未知の土地でここまで自分に興味を寄せてくれる人間と出会えたことは、ロクスに少なからず安心感を抱かせていた。


 「あの……ロクスさん……大変失礼かもしれませんが……。もしかして、お金に困っていませんか?」


 ロクスは思わず息を呑んだ。彼女がポケットから取り出したのは、きらびやかに輝く数枚の金貨であったのだ。


 「お困りならいくらでも差し上げます。その代わり、一つお願いを聞いてもらえませんか?」


 「……お願い?」


 ロクスは一瞬身構えた。いくら金のためとはいえ、面倒ごとに巻き込まれるのは御免である。それに彼は、なにも大金を必要としているわけでは無かった。故郷の里に戻るための資金があれば十分で、それ以上は全く望んでいなかったのだ。


 「その……私を弟子にして頂ければと……」


 「はあ? 弟子だって?」


 「お願いします! きっとお役に立てますから!」


 彼女の突飛なお願いは、ロクスの頭を非常に悩ませた。要求通り彼女を弟子にしてしまえば、いよいよ自分は里に戻れなくなるだろう。たとえ戻れたとして、こんなにも華奢なお嬢様を、農村に連れ帰ってどうするというのか……。


 「お金の心配は要りませんし、少しなら魔法も使えます! 実戦経験はありませんが、そこはロクス様に鍛えて頂ければ!」


 「落ち着けって、俺も実戦なんて経験したことないよ。だいたい弟子なんて……」


 そう言いかけて、ロクスは彼女の手元に視線を向けた。イアンから聞いた話によると、金貨は一枚で軍艦が買えるほどの価値を持つらしい。そんな途方もない価値のある硬貨を、彼女は何枚も持ち歩いているのだ。……恐らくこの少女は、そこらの金持ちなどとは比較にならぬ大富豪の娘なのであろう。


 「……俺は何をすればいいんだ?」


 「そうですね。とりあえず、まずは私の部屋にご案内します! ……あ、ちなみに私の名前はリサと言います。どうぞよろしく!」


 彼女は瞳を輝かせて、ロクスの手を思い切り握りしめた。


 なぜ彼女が、初対面の自分をここまで求めるのか。ロクスには全く理解することができなかった。そもそも彼女の素性もよく分かっていないし、果たして信用に足る人物なのかと問われれば、現状その判断材料はあまりにも不足している。


 しかし、彼には他の選択肢が無かった。簡単な仕事すら見つからず、宿を失い路頭に迷っていたロクスにとって、彼女は突如現れた救世主のような存在でもあったのだ。




 「狭い部屋で申し訳ありませんが、どうぞご自由に。ベッドはこちらを使って下さい」


 キール中心街から少しばかり外れた、人気の無い路地の一角に、リサは古びた宿の一部屋を借りていた。天井の隅には蜘蛛の巣が張られ、壁紙も随分と痛んでいる。並外れた大豪邸を想像していたロクスは、そのあまりにも質素な居住空間を目の当たりにして、何だか拍子抜けしたような気分に陥っていた。


 「え? 俺もここで寝るの?」

 

 「そのつもりでしたが。何か問題でも?」


 「いや……同じ部屋ってのは……」


 「ロクスさん。もしかして、変なこと考えてます……?」


 あらぬ疑惑を掛けられて、ロクスは思わず言葉に詰まってしまった。すると彼女は小さく笑いながら、次のように続けるのであった。


 「もうひと部屋用意してもいいのですが、できれば必要以上にお金を使いたくないんです」


 「……そういえば、君の金ってどこから出てるんだ?」  


 するとリサは声をひそめ、ロクスの耳元でこう囁いた。


 「あまり大きな声では言えませんが……ちょっと違法な手口で……」


 「は? 違法?」


 「大丈夫です。絶対にバレない方法を用いてますから……」


 金だけ貰って、早々に里へ帰ろうと考えていたロクスだが、彼女の口から出た不穏な言葉が気にかかる。このリサという少女、想像以上にまずい人間なのでは……。


 「それよりロクスさん。今後のことを話し合いましょう」


 「今後ってもなあ。君は何が目的なんだ? 俺の弟子になりたいってのも良く分からないし」


 するとリサは居ずまいを正し、真剣な表情で次のように語り始めるのであった。


 「もともと私は、この国の英雄を探して旅をしていたんです」


 「この国の英雄?」


 「はい。東方遠征の英雄、レオン・ロックハート様のことです。彼がこの街に来ているとの情報を掴んで、中心街を探っていたのですが……」


 その『レオン・ロックハート』なる人物を探している最中、彼女は偶然にもロクスの姿を見かけたのだという。腰に下げた黄金剣を一目見て、リサはそれが伝説の聖剣であることに気が付いた。そして密かに後を付けていくと……。


 「あの教会の廃墟に辿り着いたんです。そして私は勇気を出して、あなたに話しかけました。……まさか本当に、あなたが英雄アーフェル様の後継者だったとは」


 リサは頬を赤らめながら、高揚した様子で先ほどの出会いを振り返り始めた。しかしロクスの脳内には様々な疑問が溢れていた。英雄とは何か。アーフェル爺さんは一体何者なのか。なぜこの少女は、自分に弟子入りしたいなどと宣うのか。


 「あのさ。そもそも、英雄ってのが良く分からないんだけど……」


 すると彼女は驚いた顔をして、この世界の『英雄』に関する説明を始めるのであった。


 「ご存じないのですか? 世界を救った七英雄の伝説を。……彼らはみな、闇の勢力を打ち倒したことで、神より英雄の称号を与えられた人物です。あなたのお師匠様もその一人なんですよ?」


 ここまで説明されて、ロクスはようやく、アーフェル爺さんの『英雄譚』が事実であったことを受入れた。いや、むしろ考えてみれば、最初から合点の行く話であったのだ。爺さんはこの黄金剣を使いこなしていたし、尋常ならざる剣技のスキルを有していた。彼が只者では無いことなんて、とうの昔から分かり切っていたことではないか。ロクスは無意識に、アーフェル爺さんを()()()()()()()()()()であるかのように思い込もうとしていたのだ。


 (爺ちゃんは本当にすごい人だった。それは認めざるを得ない。けど、俺は違うんだ……)


 ロクスは今後の立ち回りを考えた。自分はどうやら、『英雄』なるものの弟子だったらしい。そして目の前の少女は、何故か自分に弟子入りしたいと申し出ている。


 「君はもともと、レオンって男を追いかけてたんだろ? 本当はそいつの弟子になりたかったんじゃないか?」


 「ええ、それは仰る通りです。……でもロクスさんの弟子になれたので! もう大丈夫です!」


 「いや、まだ弟子にするとは言ってないんだけどね……」


 この時ロクスは、里に戻るための計画を思いついていた。どうやらリサは『英雄』なるものに憧れを抱いているらしい。ならば、彼女が最初に追っていた『レオン・ロックハート』という英雄を探し当て、その男のもとに弟子入りさせてしまえばいいのだ。そして自分は、レオン捜索に協力した謝礼として、いくらか金を要求する。故郷の里に戻れるだけの金額を貰えれば、そこで目的は達成されたも同然だ。……我ながら完璧な計画を考え付いたものである。


 「なあリサ、聞いてくれ。確かに俺は爺ちゃんから聖剣を受け継いだけど、実際は戦闘経験すら持たない凡人だ。弟子入りするなら、そのレオンって奴の方が絶対にいいだろう」


 「え、でも……」


 「一緒にレオンを探そう。俺も全力で手伝うよ。……そいつは、この街にいるんだろ?」


 「は、はい。中心街の酒場によく姿を見せるらしいのですが……。今のところ、夜に行っても全く会えないんです……」


 「もしかしたら昼間に通ってるのかもしれないな。明日行ってみるか?」


 「あ、ありがとう……ございます……」


 リサの表情は明らかに変化を見せていた。しかしロクスは、自ら考えた完璧な計画を遂行すべく、一人思案を巡らせるのであった。

『ロックハート氏に栄光あれ』

 キール商工組合  1104年2月8日


 驚くべき事実であろう。わずか十年前には、ごく小さな地方都市であったキールが、ここ十年で飛躍的な発展を遂げることになった。その最大の要因は、『北の王国』が鎖国を廃止し、自由貿易路線に舵を切った点に集約されるであろう。ではなぜ、北の王国が鎖国を廃止したのか。……実に単純な話である。それは世界から、闇の脅威が消え去ったからに他ならない。

 第三次東方遠征の成功は西方世界に輝きをもたらした。これは百年前の魔王討伐にも勝る、まさに光の大偉業であると断言できる。東方の脅威と闇の復活を恐れ、鎖国を続けてきた北の王国に、かような変化をもたらしたこと。それこそが、英雄レオン・ロックハートの真の偉業なのである。彼に与えられるものが『英雄』の称号だけではあまりにも理不尽だ。そこで我らキール商工組合は、ロックハート氏に莫大なる金銀財宝を進呈したのである。



『オーウェンの民よ! 団結せよ!』

 愛国同盟キール支部 1104年7月24日


 王国の労働者諸君に救いを! 職人の仕事を奪わんとする貿易商、悪辣な金貸し、魔導師まがいの連中、そして何より、異国の蛮人共から我が身を守るのだ!

 エルドラの正統後継国は、我らがオーウェン王国以外にあり得ない。北の王国はもとエルドラの属州であった。同じくベレニス王国も、南部自由都市連合も、中東のラスタニア王国も、そして南西の海を越えた先にある『神の国』さえも、全てはエルドラの下に統治されていたのである。それすなわち、西方世界の全てがエルドラ帝国の支配下にあったということであり、さすればエルドラの正統後継国たるオーウェンもまた、西方諸国の統治権を有することになるのだ。

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