強襲
1104.11.25
「君が東方遠征の英雄、レオン・ロックハートか?」
それは特別な出会いだった。昨年の冬、初めてキールの街を訪れたその日、俺は偶然にも、かの有名な東方遠征の英雄との邂逅を果たしたのである。
「……誰だい?」
英雄は訝し気な視線をこちらに向けると、手元の果実酒を一口で飲み込んだ。俺はその様子を観察しながら、
「マーク・フォスター。王宮騎士団のメンバーだよ」
「王宮騎士団、か」
レオンは俺の差し出した手を渋々受け取り、傍の女に追加の酒を注文した。その反応から、何かはっきりとした感情を確認することはできなかった。彼と王宮騎士団の間には深い因縁があり、少なくとも彼が騎士団に対して、決して快い感情を抱いていないことは確かである。俺は、その心の内を覗いてみたかった。
「警戒しなくていい。君を王都に連行するつもりはないよ」
「そうか」
「団長は、君に随分会いたがってたけど」
レオンの表情が一変した。それは驚きとも不安とも、嫌悪ともつかぬ微妙な表情であったが、彼の胸中に動揺が走ったであろうことは明らかだった。
王宮騎士団長のトム・ギャロッドは、レオンにとって、共に東方遠征を戦い抜いた戦友でもあった。しかしながら、やがて二人は騎士団長の座を巡り、対立を繰り広げるようになったと聞いている。結果は現在の現実が示す通りだ。トムが団長就任を果たしたことで、レオンは失意の内に王都を去ったのだろう。
「団長は、僕のことが嫌いだろ?」
英雄は悲しい目をしていた。その虚ろな眼を覗いた時、(ああ。やはりあの噂は本当だったのだ)と静かに思った。俺は彼の哀愁に満ちた横顔が忘れられず、やがて個人的な関心を寄せるようになっていった。
たった数か月の交流だった。俺は定期的に酒場へ足を運んでは、レオン・ロックハートと酒を酌み交わした。世紀の大英雄がなぜ、突如として王都から姿を消したのか。一体東方遠征で何があったのか。王女との婚約話や、王宮騎士団長との関係。聞きたいことは山ほどあった。
「騎士団員のフォスター殿とお見受け致す」
陽は既に傾きつつあった。リサとマークは中心街の調査を切り上げると、拠点に据えた街外れの宿へ戻るべく、人気のない通りを横並びに歩いていた。近頃総督府の周辺が慌ただしいから、じき総督が動き出すのではないかと、そう予測していた矢先の出来事であった。
「対処が早いね。随分警戒されてたみたいだ」
刺客は二名。一人は長身で、ボロ衣を纏い、無精ひげを生やした浮浪者体の中年男である。もう一方は、東方風の民族衣装を身に纏った褐色の青年で、気怠げな目付きでこちらを見据えていた。まさか東方人ではないだろうが……と、リサは片方の青年をまじまじと観察しながら、彼の素性を伺った。
「モルガン・ダリガードだ。フォスター殿、貴殿と手合わせ願いたい」
浮浪者体の容貌に似合わぬ、実に丁寧な所作をもって、彼は二人に向かって一礼してみせた。おそらく総督の手先なのであろうが、その騎士然とした言動からは、まるで敵意というものが感ぜられない。しかし、気を許すわけにはいかなかった。彼の手にはしかと、戦闘に用いる為の杖が握られていたのである。
「殺す気なら、声なんか掛けちゃダメでしょ」
マークはモルガンと、もう一方の刺客を交互に見比べながら、溜息と共に杖を取り出した。リサも右手の指輪に魔力を込め、臨戦態勢へと移行する。
が、モルガンは姿勢を崩さぬまま、警戒するマークに対して尚も高説を垂れようとした。
「不意打ちは好まぬ。正々堂々やり合ってこそ、戦いは価値を生むものだ。貴殿は名誉ある王宮騎士団の……」
傭兵風情が何を言うかと、マークは心の内で軽侮の念を持たぬわけでもなかったが、一方でその高潔な姿勢に賛辞を贈ってもいた。しかしマークは、戦いなどというものに価値を感ずる心持ちなど毛頭持ち合わせていなかった。勝つか負けるか、生きるか死ぬか。それ以外に、戦いのもたらす意味は存在しない。
二人の刺客は巨大な火球に飲み込まれた。周囲は広間のように明るくなり、街路の両脇に並ぶ住宅の壁面が、煤けて黒く変色する。住民は怯えているのか、誰一人として顔を出す者はいなかった。
「……残念だ。貴殿には騎士としての誇りが無いらしい」
モルガンは落胆の声を漏らし、燃え盛る業火をいとも簡単にかき消して見せた。もう一人の刺客は逃げたのか、どこにも姿が見当たらない。リサは周囲を見回しながら、敵の不意打ちを警戒した。
「王宮を守る為なら、何だってするよ。それが騎士団の使命だからさ」
マークは目標をモルガンに定めていた。杖先から再び火炎が放たれ、対象の身体を覆い尽くす。しかし、またしても敵は平然とその攻撃を打ち消した。
「貴殿とは相容れぬようだ」
「相容れる必要があるかね。これから殺し合おうってのにさ」
『新型軍艦の構造』
作成年月日不明 王国軍極秘資料
全長40m。全幅15m。乗員約430名。
装備:魔道砲150門。
魔導士20名による全自動櫂推進を構想。船体強度に不安あり。1107年の就航を目標とする。




