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~序幕・照臨の鐘~ 『邂逅』 一部限定版

夕焼け頃、とある森の中に服装がバラバラの一団が集まっていた。

共通していることは武装している点。

また付近の開けた場所には森の中においては異質極まりない全長が二十メートル近い黒い鉄製の船が置いてある。

そこに全身を黒い布で覆った者が土煙や草葉やらを飛び散らしながら走ってくる。

「来ないかと焦ったぞ」

皮鎧を着た茶色の短髪の男性がその者に声をかけた。

「まさか」

「その様子じゃ寝坊ってわけじゃないだろ。こんなギリギリの時間までどこか行ってたのか?」

「ちょっとな」

全身を黒い布で覆っていた者が頭のフードを外しながら答えた。

薄い緑の長い髪に紫色の瞳をした男性だ。

「まあ、間に合ったから別に構わないけどよ」

「オルトロス、それより覚悟は出来てるのか?これから成そうとしていることはただ殺すよりも遥かに残酷なことだぞ」

「やっぱり嫌だって言ったらどうする?」

「気のないことを。やめるのか?」

オルトロスは失笑する。

「ありえないな」

「最終的に成功するかは神のみぞ知ると言ったところだが・・・お前次第だぞ」

「俺は、見ず知らずの人間よりも自分の大事なモノを優先する。どれだけ罵られ、罪を負うことになろうと引き返す気はない。言われなくてもとうに覚悟は決まってる」

アイオリアは樹木に腰掛ける。

「それでいい。初めての試みだ、万全を期すため少し休息をとる。あの質量の物を運ぶとなればそれなりに消耗するだろうからな。先に全員を船に乗せておけ」

「分かった。船が着地の衝撃で木っ端微塵になったら全員死ぬだろうしな。万全の態勢で臨んでくれ」

オルトロスは目の前の焚火で焼かれる肉を眺めている。

「知ったことか。どうせ寄せ集めのクズ共だ。多少は落ちて死のうが構わん」

「まあな。でも人のことが言えたもんじゃないだろ。俺も、お前も」

アイオリアは答えず目を伏せると、そこへオルトロスが歩み寄る。

「何だそれは?」

「鶏肉。食っておけよ」

アイオリアは串刺しにされた鶏肉を黙って受け取ると食べ始める。

オルトロスは付近にいる者達に準備をしておくよう伝えた後、アイオリアの隣に腰を下ろし自身も休息を取り始めた。

それから三十分が経ったか経たないかという頃に、男性が一人駆け寄ってくる。

「いつでもいけますよ」

二人は立ち上がって船へ向かう。

アイオリアが船首の高い部分に立ち眼下の兵たちに向け声をかける。

「エラトスに出払った二部隊が戻る前に目的を達する。これは時間との勝負だ。ギオン本土にもまだ二部隊残っているようだが、カムロス方面とエラトス方面の沿岸部で待機している。我々はその真反対に上陸し、ほとんど警戒していないであろう場所を急襲する。上陸後は予め伝えた人員には特定の仕事をこなしてもらう。ただし発見するための情報協力は全員に頼みたい。もちろん、功労者には相応の対価を与える。あとは各々の自由だ。健闘を祈る」

甲板に集まっていた男性たちが各々雄叫びのような声を張り上げる。

話が終わったアイオリアが船の先頭に向かう。

「準備はいいか!?全員掴まれっ!」

アイオリアが右手を天に掲げると、そこを起点に風が船全体を包み始める。

船全体が浮かび始め、アイオリアが拳を握ると瞬時に森の上空へ飛び出す。

視界の先には神樹と呼ばれる巨大な樹木が中央に存在する島国ギオン、またそれを囲む海が見える。

「備えろ!」

アイオリアが右手を前方へ振り下ろすと船もその方角へ飛んでいく。

辺りの兵たちが悲鳴を上げる中、アイオリアは一人別のことを考えていた。

「(・・・こんな形で訪れることになるとはな)」

ほどなくして船は巨大な水しぶきを立てながら陸すれすれの海に着水する。

アイオリアが叫ぶ。

「付近一帯の建物を全て制圧しろ!例の女以外は抵抗する場合殺しても構わん!」

つい先ほどまで悲鳴を上げていた兵たちが意気揚々と表情を変え続々と上陸していき、アイオリアとオルトロスもまた船から降りる。

オルトロスが刀身のない剣の柄を腰から取り出そうとするが、アイオリアに手を掴まれ止められる。

「極力その力はもう使うな」

「なんで?舐めてかかっていい奴等じゃないのは、俺よりお前の方がよく知ってるだろ」

「そうじゃない。創世以来この世界に紛れ込んだ混沌は、精神的な抵抗力が著しく低下して死んだ人間や強い後悔を残した人間に干渉してきた。混沌は討ち滅ぼすしかない、それが全員の共通認識だ。だがお前の存在はおそらく今までに例がない。生きたまま混沌が宿った人間など、聞いたことがないからな。そのため制御方法や副作用の有無が全く分からない。だからむやみやたらに使うべきじゃない。お前も道半ばで倒れるようなことは本懐じゃないはずだ」

「・・・分かった。ここぞという時以外は温存しよう」

オルトロスは代わりに平凡な剣を腰から抜く。

「賢明だ」

アイオリアが右手を横に伸ばすと、無数の紫色の光が集まり斧の形となる。

全体が夜の星空のように黒く、刃の部分は銀色で斧全体が常に流動している。

「お前がいれば大丈夫か」

「誰にも負けるつもりはない。だが全員が熟練された兵士だと思え。それとこの国の大半は死を恐れず己を犠牲にしてでも大義を成そうとする。普通の人間ならやってこないようなことも平然とやりうる。さて、あまり猶予はない。急ぐぞ」

二人は海岸から見える道、その先の村へ走り出す。

道に入る前、アイオリアは離れたところの海岸沿いで白髪の男性が子供数人にもみくちゃにされながら魚を焼いている光景を目にする。

「・・・」

その男性と目が合うアイオリア。

「呑気なもんだな、まあ直に気付いて逃げるだろ。・・・どうした?」

「いや、なんでもない(妙に気にかかる)」

アイオリアの頭の中で何かが引っ掛かるが、今はそれどころではなかったため先を急ぐ。

そして敵襲を知らせるためのものだろうか、鐘の音が響いてくる。

村へ入ってみるとそこかしこで乱戦となっていた。

「この数で奇襲してこれか。ここだけで兵力の半分以上持ってかれてる。いずれ押し潰すだろうがもたもたしてたら逃げられるかもな」

「大抵の人間は物心ついた頃から鍛え始めている。ただの村人に見えても油断しないことだ」

アイオリアが大きく息を吸い込む。

「目標を確保せよ!ここは俺達が引き受ける!」

その声に従いその場の兵は全員目の前の敵から距離を取って奥へ駆け出す。

怒声を浴びせられながら追いかけられるが、二人が回り込みそれを許さない。

次第にニ十数人に囲まれる形となったアイオリアとオルトロス。

四方八方からそれぞれ刀を構え突進してくる。

「オルトロス、しゃがんでろ」

オルトロスが咄嗟にしゃがむと、それを横目で確認したアイオリアがその場で一回転して斧を振る。

アイオリアを中心に巨大な風の刃とも呼べるような風圧が全方位に飛び、迫ってきていた者と突進せず控えていた者もほぼ同時に半数近くが刀ごと上半身と下半身を真っ二つにされる。

刀が折れた者は死んだ者の刀を拾い上げるか素手で各々突進してくる。

アイオリアとオルトロスがそれぞれ数度の斬り合いをしていく内に一人、また一人と死んでいく。

しかし数度アイオリア・オルトロス共に斬り合っても未だ一人だけ残り続けていた。

刀を握った中年の男性だ。

アイオリアは向かって行こうとするオルトロスを左手で制すると、その男性を眺める。

「その歳でよくやる。見落としかけたが、随所で魂輝を使って凌いでいるな。器用なことをする」

「・・・お前ら何が目的だ?(ど田舎の村になぜこんな奴等が急に攻めてくる?悔しいが力の差が大きいか。どうにかして皆が逃げ伸びる時間を稼ぐしかない)」

「知る必要はない。邪魔をするなら死んでもらう」

「だから何が目的だと聞いている!ふざけるなっ!!!一体どれだけの人間を殺すつもりだ!?黙って見過ごせるわけがないだろう!!!」

二人は沈黙したまま答えない。

「(俺の剣は大事な人を守るために鍛えてきた。毎日見張りを、鍛錬も怠らなかった。この国でそんなことはもうありはしないと言う者もいたが・・・。今が俺の命を使う時!)」

猛は瞬く間にアイオリアへ迫り刀を振り下ろす。










それから数分が経過した頃、二人は村の中を歩いていた。

「ただの村人であれか・・・」

「・・・言っておくが、この国の中心にいる奴らは力の桁が違うぞ。力への渇望、自身の全てを投げ打ちながらそれを求め続けている。認識をよく改めろ」

「お前がそこまで言うなんて、どんな化け物がいんだか」

「だから急げということだ」

直後、二人の双真珠から音声が流れてくる。

「例の女とその父親と思われる男を捕らえました」

「では手筈通り進めてくれ。だがくれぐれも女は殺すな。俺達もすぐそちらへ向かう」

「了解」

村の奥へ入ると、そこら中に血と死体が散乱していた。

その手には誰かの服から破れた布が握られていたり、武器を持つ手を切断されている者もいた。

それらの先では逃げ遅れた何人かの女性が殺されているかその場で凌辱されている。

アイオリアはすぐに目的の場所へ向かって走り出すが、オルトロスがついてこずすぐに振り返る。

オルトロスは立ち止まり、その顔には陰りがあった。

見かねたアイオリアが声をかける。

「分かってたことだろ。俺達二人だけでは手が足りない。ああ言う傭兵どもを使う以上想像できたことだ」

「・・・」

オルトロスは右手で剣を握って見つめている。

「おいっ!」

アイオリアが肩を揺らすも、オルトロスは動き出そうとしない。

「今更揺らぐなっ!人間は皆自分の目で見るまで実感しないようにしているが、潜在意識ではとうに理解している。お前の言ったように見知らぬ誰かより自分の望みこそ全てだと。たとえ苦しんでいる他人を救う手段があろうが、自分の望みがかかっていれば大多数の人間は見て見ぬふりをする。今の状況はそれが可視化されただけだ。時はもう戻らない。少しでも犠牲を出したくないなら、迅速に目的を達し撤収命令を出すことだ。いいな?」

「・・・頭では分かってたはずなんだが、悪い。急ごう」

アイオリアは頷くと、二人はすぐにまた走り出した。

走り始めて少しすると森が見えてくる。

その中の道を走っていると、

「おい」

横の木々の中から声がかかった。

そこには海岸沿いで子供たちと魚を焼いていた白髪の男性がおり、こちらへ歩いてきている。

しばし見つめる二人。

「・・・オルトロス、先に行ってろ。橋は落としていい(この肌を突き刺すような圧力、相当な武人だ)」

「お前も感じたか。本当に行っていいのか?」

「もたもたしてればもっと増援が来るかもしれない。早く行けっ!!!」

白髪の男性が道まで出てくる。

「必ず合流しに来いよ」

オルトロスが走り出す。

「その斧、憤怒の神器・ケラウノスだな」

「そうだが?」

「なるほど、ヴァラロスのところに・・・お前がアイオリアか。その髪、面持ち、音羽の面影がある」

アイオリアが目を細めながら白髪の男性を見つめる。

「・・・・・・あんた誰だ?」

「聞いているはずだ。これで分かるだろう」

白髪の男性の両手に無数の白色の光が集まり手袋の形となった。

それは晴天の青空のように流動している。

アイオリアの目つきが鋭く変わる。

「・・・ミョルニル、あんたがロヴァルか。・・・フッ、ハハハハハ!」

アイオリアは片手で目を抑えながら真上を向いて笑い出した。

「十四根源の一角である勇気の神器を、こんな負け犬のおっさんが未だに持ってるとはな。で?何故ここにいる?」

「ここの海岸は音羽と俺がよくあの里から抜け出して落ち合っていた場所だ。音羽が守ろうとしていたこの国を、俺も守り続けたいと思った」

「なるほどね・・・。だがあんたはまた守れてないぜ?村の連中は大勢死んだぞ。あんたはいつも遅い!!!」

その言葉には明確な怒りが込められていた。

「俺を恨んでるか?」

「とんだ間抜けだとは思ってる。だが今となってはもうどうでもいい」

「そうか・・・。何の為にこんなことをしている?ケラウノスまで託された人間がまさか野盗と言う訳じゃあるまい」

「教える気はない」

「・・・どちらにせよ、みすみすここの人たちが殺されるのを見逃すわけにはいかないぞ」

ロヴァルが両手を前に出し構えを取る。

「こっちにも引けない理由がある。死んでも知らねーぞ?・・・おっさん!!!」

一瞬で間合いを詰めケラウノスが横からロヴァルの左脇腹に入ろうとしていた瞬間、ロヴァルの右手によりケラウノスが真下の地面に叩きつけられる。

「っ!?」

驚いて距離を取るアイオリア。

「(あの速度で捉えただと?見えただけではなく叩き落すとは!それに妙な力の流れを感じた)」

再度構え突進するアイオリア。

ケラウノスによる右斜め下から上方へのまたも左腹を狙った斬り上げ。

しかし、ロヴァルは横を向くと同時に体を反りながら右手で斧の刀身を下から真上に弾く。

「(まぐれじゃない!だが!)」

アイオリアは魔力を先程よりも全開で体に走らせる。

アイオリアが体内に走らせた属性は、風。

風の魔力による身体付加の能力は俊敏さである。

弾かれてなお体を捻り、全体重と風の魔力でブーストした俊敏性でロヴァルの左首目掛けて叩きつける。

「(強引な)」

それをロヴァルは上半身を反らして半身になりながら左へ避ける。

だがアイオリアはなおも止まらずに下からロヴァルの右腹目掛けて斬り上げるが、それもまた距離を取って躱される。

「(逃がすかっ!)」

そのまま横一回転による遠心力を加え踏み込み、身を引いて躱したばかりのロヴァルの右腹目掛け横に振り抜く。

しかしそれと同時にケラウノスを振る方向とは逆、その反対にロヴァルは体を回り込ませ側面を取ると腹に右手による突きを一発差し込む。

「がっ」

アイオリアはたまらず呻きすぐ距離を取る。

「(ケラウノスによる力の増大と風の魔力による体の高速化で、この一振り一振りは反応することすら至難のはず。威力だってそれに比例しているというのにこうも容易くいなされるとは。それに何なんだこの妙な手ごたえは?)」

「理解できない、そういった顔をしているな。真向から衝突するのではなく、力の流れを変えた。真正面からぶつかるのであればそれ以上の力を必要とするがな。だからお前の攻撃は全て当たらなかったのさ」

「(確かにそういった技術は耳にしたことがある。だがそれは力が強ければ強いほど難しくなっていく。よもやこの俺のケラウノスを前それをやってのけるとは・・・)」

「俺もあの時似たような状況だった。既にミョルニルの所持者だったというのに、自分が拳を放つ度に躱されると同時にそれ以上の回数で反撃された。遂にはリクラットを発動しても歯が立たない始末。その後鍛錬に明け暮れどうにか自信がついたものの、その時には全てが終わっていた」

「言い訳か?」

「あぁ、間抜けな敗者のな」

しばし間が空く。

「お前の人生にとやかく言うつもりはない。だが下劣な人間にはなってほしくない」

無言で見つめるアイオリア。

「あんたの頼みを聞く義理はない。それに言っただろ?どうしても引けない理由があると。かつてのあんたと似たような理由さ!!!!!!」

アイオリアの全身から激しく白いオーラが迸ると、ロヴァルへ向かって突進していく。

瞬時にロヴァルの眼前まで迫ると真上からケラウノスを振り下ろす。

ロヴァルはそれを大きく横へ距離を取って避けた。

寸前までいた場所は巨大な隕石が落ちたかのように深く地面が陥没していた。

「それがケラウノスの後界の能力か。それにその魔力、風だけではないな。だが持つのか?魔法ならともかく、異なる属性の魔力を体内に流し続けるなどいつ壊れてもおかしくない。それは魔力が強ければ強いだけ負荷も大きいはずだ」

「俺の覚悟を見せるためだ。これは警告。次は本気で当てにいくぞ」

「・・・どうやら本気という点は間違いないようだ。だがな、俺も引く訳にはいかん。ここで暮らしてもう長い。友人、いや家族とも呼べる奴等が出来た。この先にもその一人がいるはずだ。本当に成し遂げたいことがあるのなら、俺を殺して進め」

「皇家の末端か」

ロヴァルが怪訝な表情を浮かべる。

「なぜお前が知ってる?」

「この時間帯に神社に訪れる人間などいない。いるとすればそこに住む者達だ。俺たちの目的にそこの女の能力がどうしても必要だ」

「連れ去って従わせる気か?」

「いや、あいにくそうではない。その女には死んでもらう。惨たらしい死になる点については謝罪しておこう。魂を吸収するための必須条件なんでな」

「・・・魂を吸収する?何を言っている?」

アイオリアはそれ以上答えなかった。

大きく息を吐いたロヴァルは、覚悟を決めたように口を開く。

「どうやら悠長にお前の相手をしている場合ではなさそうだ」

「それでいい。最初に反撃して来なかったのは負い目を感じてたからだろ?手加減されたまま勝っても後味が悪い」

互いが武器を再び構えだしたとき、アイオリアは空で輝きながら動くものを視界にとらえる。

「(流れ星・・・?)」

流れ星のように光って見えたものは一度空中で制止した後、すぐに奥の神社方面に向かって飛んでいく。

「(馬鹿な。あれが仮に人だとして、いくら風に長けていようが空中で完全に静止するなどありえない。それに半透明の白い翼?まさかあれが影覇の人間なのか?)」

「余所見をしている場合か?」

「(どうする!?)」

アイオリアが焦った矢先、背筋に何かを感じ震える。

次の瞬間、背後の竹やぶの中から一筋の雷がアイオリア目掛け襲う。

後ろへ振り返りケラウノスで咄嗟に防御すると、雷光は二刀を持った一人の女性に姿を変える。

そして複数の雷が発生し斬りつける一刀を後押しする。

「(希望の神器・天叢雲・・・!こいつが爛璃。もう真反対から着くとは)」

傍から見て腕力だけなら遥かに勝るであろうアイオリアは、その女性の一刀と拮抗していた。

「爛璃!どうして?」

「夜煌から聞いてます。ここは任せて行って下さい」

「すまない、恩に着る」

ロヴァルは奥の建物へ走り出す。

「おいっ!待て!!!」

アイオリアが横目でそう言ったのも束の間、爛璃の反対の一刀による突きが迫りアイオリアは後方へ飛び退く。

光沢を帯びた紫色の刀身の刀と、同様に刀身が薄い水色の二つの刀。

刀身以外の部分は青空のように流動している。

「(希望の二刀に関しては代々ギオンの者のみが継承していることから極端に情報がないが、雷とはこういうことか。問題はもう片方の未知の刀だが)」

気が付くと爛璃の姿が視界にない。

「(!?)」

アイオリアは咄嗟に自分の右腹に迫っていた一刀をケラウノスで防ぐ。

爛璃は回転しながらしゃがんだ状態で振っていたその右手の一刀に続き逆回転して立ち上がりながら左手の一刀をアイオリアの首へ放つ。

アイオリアは上体を後ろへ仰け反って回避したが、爛璃の右足の蹴りがアイオリアの股に入る。

そのまま後方へ飛び退き膝をつくアイオリアはたまらず蹲る。

「・・・見たところ、風か。風に適性のある者の動きは俊敏だが、それゆえ一撃が軽い。それを補うにはこれ以上とない武器だな。だが俺の一撃がかすりでもすれば、その瞬間体が吹き飛ぶぞ?」

「あなたの斧が私の体に触れることはない。それに罪のない人々を殺した報いは受けてもらう。もう時間稼ぎは終わりよ」

爛璃が右手に持つ神器の片翼・天叢雲を前に出しアイオリアへ真っすぐ向ける。

「分かってて聞いてるとは優しいこった」

頭をわしゃわしゃと掻きながら言ったアイオリアは次の瞬間、爆発的な速度で走り出す。

アイオリアは風だけではなく火にも適性がある。

同時に風と火の魔力を体内に流した場合、その体に瞬発力と俊敏性が合わさり相乗効果を生む。

しかし、それは初手に限定される。

なぜなら火の魔力には、力を込める間が必要だからだ。

アイオリアは初手の速度において爛璃に迫る速度を得られるかもしれないが、仕留められなかった場合次の動作による反撃に対応できない可能性がある。

風のみを突き詰めた爛璃は動作と動作の間がほぼ無いため流れるように連続的な攻撃がなされるからだ。

「(あのケラウノスは見るからに一撃必殺の能力があるはず。躱すのが無難)」

アイオリアが両手で渾身の力を込め右下から斬り上げる。

その斬り上げる動作の直前に爛璃は瞬時にアイオリアの側面に踏み込みケラウノスの範囲から逃れると同時にアイオリアの右腕目掛け右手の天叢雲を斬りつける。

「(あいつといいまたそれか!!!)」

アイオリアは急激にケラウノスの軌道を右横に変えて右腕へ迫る刀への回避と同時に半回転して爛璃に当てようとする。

しかし間に合わず回避され右腕の鎧が砕け散った。

爛璃が再び距離をとる。

「潔く降伏しなさい。あなたじゃ私には勝てない」

「確かにこちらが神器の後界まで使い魂輝も重ねているのに対し、お前は魂輝も片方の神器も温存したままだ。だが今のこの状態が俺の本気だと思っているなら後悔することになるぞ」

「なるほど。あなたは物知りなようね。そこまで自信があるのならやってみなさい」

「(こいつも神器の真価を知っている。であるのにこの余裕・・・。四神隊の一角、今は避けるべきだ)」

アイオリアは全力で奥の建物へ走り出す。

「(・・・)」

脳裏に浮かんだ人物のことは考えないようにし、アイオリアは全速力で走ることに集中する。

「ちょっと!」

爛璃もすぐに追いかけ始める。

アイオリアは橋が落とされた場所まで辿り着くと、その場で体勢を整え大きく前方へ飛ぶ。

しかし、三十メートル弱ある距離ゆえ向こう岸までは届かない。

そのまま遥か真下まで叩きつけられる前に、腰から先端に錨のような物が付いた縄を橋を支えていたと見られる木へ投げ落下を止める。

額に若干の汗を流しながらも安堵した瞬間、後ろから爛璃の気配を感じ取る。

爛璃は全く止まることなくその崖から飛ぶと、綺麗に放物線を描いて向かいの崖まで着地した。

「(馬鹿な!魔法を使った気配はなかった。魔法なしで飛べる距離ではない)」

縄を伝って上る手が止まり、爛璃が見下ろす。

「(ここで縄を切られたら登る手段がなくなる!)」

しかし爛璃はすぐに身を退く。

急いで登るアイオリアだが、数秒後登り切ってみると木に引っ掛けられていた縄はそのままであり爛璃の姿もなかった。

「(・・・何故切らなかった?)」

アイオリアはしばしその場で考えを巡らすも、先を急ぐことにした。

















アイオリアとオルトロスが村の中を走っていた頃、綾は本殿の奥で多数の兵達に囲まれていた。

離れた壁際では綾の父親が胴体を深く切り裂かれ蹲っておりもう息はなかった。

兵達は続々と本殿の中へ増え続ける。

綾はその場で服を破かれ裸で両腕を縄で後ろに拘束される。

目の前の兵が服を脱ぎ始める様子を見て綾は身の危険を感じ暴れるが拘束は振り解けない。

目の前の兵が下半身を露出させ近づいてきたとき、思い切りその兵の股を蹴り上げるとその場で蹲り悶絶する。

「このアマッ!」

近くの兵が綾へ詰め寄り腹を思い切り殴り、全身の力が抜け悶絶する。

「おい!持ち上げとけ!」

綾の後ろに立っていた兵が両膝の裏から持ち上げ綾を抱き抱える。

股を蹴り上げられ蹲っていた兵が立ち上がり綾は顔を引きつらせる。

その兵は目を血走せながら前に立つと綾の首を両手で締め上げながら体を動かし始める。

綾は次第に白目になり全身が痙攣し意識が朦朧とする。

目の前の兵が動きを止めるとその場を離れぼとぼとと床に何かが落ちる音がする。

オルトロスが到着した時には抵抗せず多数の兵達に人形のように弄ばれる綾の姿があった。

オルトロスは黙って近くの壁に背を預けながら目を閉じた。












それからしばらくして入口に人影が現れる。

「綾姉っ!!!」

夜煌の姿がそこにあった。

その声に反応したのか人形のように弄ばれるだけだった綾の目に光が薄っすらと戻る。

夜煌の声がする方向を見るが周りの兵達が邪魔でよく見えない。

「・・・(夜煌?)」

悔しさによるものか安堵によるものか、その目から涙が零れる。

「(潜んでたのか?)」

壁に背を預けてじっと目を瞑っていたオルトロスは夜煌が姿を現したことに驚き目を開けてみると、血だらけの両手の指を注視する。

「(指先だけが出血している。まさかあの絶壁を登ってとでも?・・・途中で崩れれば地面に叩きつけられ死は確実だったはず。そもそも素手で岩を穿ちながら崖を登るなんてことが可能なのか?)」

「返事をしてくれ綾姉!!!」

綾は咳込むも夜煌の名を呼ぶ。

夜煌がその声を聞き取ると構えを取り、アイオリアは壁から身を起こし剣を抜く。

周りの兵達が夜煌へ襲い掛かっていく。

ほどなくしてアイオリアからオルトロスの双真珠に連絡が入る。

「オルトロス!二刀の女に気をつけろ!それとは別に正体不明の者が上空からそっちに向かっている!女はどうなってる!?」

「さっきまでは無反応だったが、少年が一人現れてから反応を示した」

「なら今すぐ殺して回収しろ!今すぐだ!!!」

「(この慌て様、もう主力が来たのか)分かった」

事態の緊迫を察し、未だ騒めく心を振り払いながら夜煌を横目で視認しつつ綾の元へ急ぐ。

「(悪いな少年。だが現実はその想いを嘲笑うように押し寄せるものだ。さながら神の試練のように)」

夜煌は奮戦しているが武器が己の肉体のみであるため一人か二人を同時に倒していくのがやっとだった。

「(クソ!雑魚とはいえこの数の中に迂闊に飛び込めばすぐに死ぬ。ここまで多人数の相手は想定してなかった)」

後悔と怒りを抱きながら数十人の兵達を叩き伏せていくが、未だ多数残る人の壁が夜煌を押し留めている。

その時疲労が限界に達し思わず膝をつくとその隙を逃すまいと次々と兵達が迫るが、夜煌はすぐに自身が倒した兵が落としていた剣を拾いながら立ち上がり背後から迫っていた剣を躱す。

「(綾姉はまだ動いてない。少し側に!)」

夜煌は拾い上げた剣を奥へ向かって思い切り投げると行く先を塞いでいた兵達が慌ててそれを横に避けて躱す。

夜煌はその間を瞬時に駆け抜け綾の声がしていた場所の近くまで迫ると、地面に横たわる綾にオルトロスが剣を真上から突き刺そうとしていた。

夜煌が急いで駆けつけようとするも、またもや多数の兵達がその間に割って入って来る。

「邪魔だ!!!どけ!!!!!!」

すぐにまた周りを取り囲まれ足を止めさせられると、ほどなくして何かが夜煌に投げ込まれる。

胸を貫かれた綾の姿があった。

夜煌は構えていた腕が垂れ下がり、その場に崩れ落ちる。

「おいっ!!!何勝手なことをしている!!!」

「え?もう死んだからいいんじゃないんすか?」

オルトロスは綾を投げ込んだ兵に怒声を上げるもすぐに綾の元へ兵達を割って向かう。

「(魂の件はあえて説明する必要もないと伏せていたが、まさかすぐに投げ込まれるとは!)」

「・・・・・・・あ、綾姉?」

綾はか細く血を吐いていた。

オルトロスは綾の元に辿り着くと握っていた剣を夜煌へ向かって構えるが、夜煌は何もできるよう状態ではなかった。

夜煌へ剣を突き刺そうとするもオルトロスは不意に体勢を崩す。

足元を見ると綾が両手で右の足首を握っていた。

「生きて、夜煌」

涙交じりに綾がそう言うと、オルトロスは左足で綾を上から床に押し付けすぐに首に剣を突き立てた。

ほどなく淡い白い光が綾の体から立ち上り、オルトロスは左手を掲げる。

その左手から黒い靄が広がり始めると綾の体から立ち上る光を全て飲み込んだ。

オルトロスは左手をじっと見つめた後、夜煌へ視線を移す。

「(さて、どうするか)」

夜煌もまたオルトロスに視線をゆっくり移すと、全身から紫色の靄が漂う。

「(リクラット?今更だな。だが濃い霧のようだ。まるで俺の)」

オルトロスは反射的に後ろへ飛んで下がる。

「(な、何故勝手に?)」

その時、天井の彩色されたガラスが破壊される音が響き半透明の白い翼を纏った黒い服装の女性が降り立つ。





>>>続きは以下のFantiaにてご覧いただけます。


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