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~序幕・照臨の鐘~ 『魂輝』

翌日、早朝よりベレヌス大陸中央のギオン海で孤立するように浮かぶ島国ギオンから船でエラトス方面への対岸へと渡り、桃餡と星凛率いる朱雀隊と玄武隊はエラトス連邦へ向けて進軍していた。

「これから戦いに赴くような面持ちには見えないわね。悩んでるの?」

馬上で静かに歩く先を見下ろしていた桃餡は横の星凛へ視線を移す。

「今回の戦い、避ける方法はなかったのかなとか」

「そうね・・・ジェイド皇帝の言葉が真実ならカムロスはもうエラトスでの目的を達し終えてる。それなら自国へ引き上げここで無理に刃を交える必要はない。ただギオンがカムロスを包囲することによる情報的な遮断、それを危惧したのかもしれない。少なからず支障が出るでしょうから」

「んー・・・避けられないわよねやっぱり」

「迷いは腕を鈍らせ、時には致命的に判断を誤らせる。まだ心が決まらないなら私が代わりましょうか?」

「・・・・・・もう今決めたわ。ギリギリまで本当に間違ってないのか、もっといい方法はないのかって考えたけど、他にないのよね」

「・・・人としては正しい、けど軍人としてはよくないわ。これはあなた一人の戦いじゃない。あなたの行動と結果によって周りの者、そして国にも影響を及ぼす。とは言え葛藤のある中では全力を出し切れないのもまた事実だけどね」

「・・・難しい」

「そうね」

それからしばらく二人は後続の隊士達を率いながら馬を走らせていく。

「そろそろかしら?」

「無茶しないようにね、数を置いても向こうはあなたと同じ神器の所有者が二人いるんだから」

「久しぶりに勝負所か」

「不安は?」

「ないわね。神器が絶対的な力を発動するのは混沌だけ。神器持ちが二人いようがこっちには星凛たちもいるしね」

「知恵と正義はどちらも戦闘向きって聞いてるけどね」

「どっちも前界の能力は有名だけど、後界はよく分かってないのよね?」

「そうね。後界の能力が発揮されるのは対応する感情が特に高まった時だから、人目に付くことも多くないし能力を宣伝する意味もないからね。言うまでもないけど、知恵の神器を持つダグザには気を付けて。高齢らしいけど数々の逸話が残ってるからね。あなたが今まで経験したことがないような手段の攻撃を受ける可能性がある。くれぐれも気を抜かないように」

「知恵か・・・まあなんとかするわ」

「(戦う心構えは出来てるようね。この子はこの子で、至厳とは違ったモノを乗り越えたわけだし・・・・・・。やはり、朱雀隊の隊長に選ばれたのは伊達じゃない)あとは魂輝をちゃんと扱えるのか、その点だけが心配ね」

「舐めないでよね星凛。私は燃える時は燃える女よ?出発前お姉ちゃんにも任せてって言ってきたんだから!」

桃餡が笑みを浮かべると星凛もまた笑みを浮かべた。

「結構。あとはこの目で確かめるわ」

それから数分進んだ頃、すぐ横の森から急にボロボロの布を身に纏った女性が二人の前に飛び出してくる。

「っとと!」

走らず緩やかに進軍していたため、二人は女性を馬で蹴り飛ばさずに止まることができた。

星凛が横を向いて手を上げ、後ろへ進軍停止の合図を送る。

桃餡が馬から降り、女性の元へ駆け寄る。

「ちょっと危ないわよあなた!?そんな格好でどうしたの?」

「すみません。私はエラトスに住んでいる者です。カムロスの軍に制圧された際夫を失って・・・。お金がなく、止む無く食料を店から盗んだのですがすぐにばれてしまったんです。どうにかここまで逃げ伸びてきたのですが、途中で盗んだ食料も落としてしまって・・・」

ボロボロの女性が懇願するように桃餡を見つめる。

「ねぇ星凛、この人に少し分けてあげましょうよ。大きな袋一つ分くらいでいいかしら?」

「え!?ありがとうございます!」

ボロボロの女性は大層喜んだ。

「見捨てると夢見が悪そうだし、一人分くらいならいいでしょう」

「よし、ちょっとー!」

星凛の賛同も得られたことで、桃餡が後ろを向いて部下を手招きする。

「桃餡っ!!!」

星凛が叫んだのと同時に、ボロボロの女性の背中から短刀が辺りへ吹き飛ぶ。

桃餡もすぐにボロボロの女性を地面へ組み伏せた。

直後、どこからともなく声が響く。

「この国では一般の民を装い、命を狙う輩が大勢いる。助けてくれ、亡命したい、適当な口実を並べてはこちらが背を向けた瞬間襲い掛かってくる。大抵は男だが、女子供でも稀にいる。気を付けろ」

星凛が馬から飛び降りる。

しかし、それ以降声は響いてこなかった。

「今の何?・・・荷台にでも拘束しておいて」

後ろから駆けつけてきた兵士たちがボロボロの女性を縄で拘束する。

「風を操ってやまびこを再現したのよ。どの方向から声を発しているか分からないようにね。明瞭に声は聞こえてきたけど、遠くから発してたはずよ。・・・とりあえず、辺りを警戒しつつ進みましょう」

「でも助けてくれたから敵じゃないんじゃない?・・・え?・・・い"ーーー!」

星凛が桃餡に歩み寄ると、両頬を引き延ばした。

「見知らぬ相手なんだから油断しないのっ!しっかりしなさいよ!」

星凛が桃餡の両頬を解放すると、最後にデコピンをした。

「っ~~~!ひどぉぃ!さっきだってちゃんと気付いてたのに」

桃餡が両頬をさすりながら抗議する。

「でも誰かが短刀を吹き飛ばした魔法には気付いてなかったでしょ?次何であれ油断してる場面を見たらその乳絞るわよ?」

「やっ、やめてよっ!ただでさえ揉まれまくってて垂れないか気にしてるんだからっ!」

桃餡は両腕で胸を隠すと怯えながら星凛から後ずさる。

「嫌なら油断しないこと」

「はいはい、分かってまぁーす」

桃餡は目を閉じながら上を向いて答えた。

「(なんだか子を見守る母親の気分だわ)」

二人は馬に乗りなおし、再び進軍を開始する。





























一方、カムロス側はゲイルノートが五万の軍を引き連れエラトス連邦周辺の平野に布陣していた。

一人の兵が地図を眺めるゲイルノートに駆け寄る。

「ゲイルノート様、斥候が再度戻りましたがやはり千に満たないそうです。無論、確認できる限りですが」

「・・・そうか、ご苦労だった(随分侮られてるのか?それとも伏兵が?)」

「あの、よろしいでしょうか?」

「ん?どうした?」

「なんだか険しい顔というか思い詰めたような顔と言いますか、そんな人ばかりなのですがこれは一体?特別不測の事態などの報も届いていないのになんだか異様です。エラトスの時はこんな感じではありませんでしたよね」

「付け加えるとクローディアスの時もだ。相手がギオンだからだろうな」

「・・・・・・と言いますと?」

「お前、どこかで教わらなかったのか?」

「いえ、生憎勉学には疎くて」

「・・・まぁいい。まず、ギオンには神樹がある。人や動物、植物に至るまで全ての生命の体を維持するのに必要不可欠な存在らしい。実際はどうだか知らないが、そう昔から伝えられている」

「それは知ってます。あのバカでかい大樹を見たら誰でも大人に質問しますからね。あとは?」

「そうだな・・・どういうわけかギオンで生まれ育った人間は魔力の強い者が多い。神樹が島に生えてる影響だとか、ギオンという国の文化の中で育てられた影響だとか、長らく国内の勢力同士でぶつかり合ってた影響だとか、色々と憶測は飛び交ってるがな」

「そんなに長い内乱が?」

「あの狭い国土の中で統治を巡り数百年に渡り内乱があったと聞いている。やがて見かねたのか神樹を守護する一族が国を治めることになりようやく治まったとか。今でも国民の半数以上は幼少の頃より戦闘の教えを受け、鍛錬も毎日欠かさない様子らしい」

「なんだかメビルの森の戦闘民族みたいな国ですね」

「あそこまで普段から物騒ではないがな。で、船で島に移動しなくてはならない特性からか大陸の中心に位置しながらほとんどの国が侵攻しなかった。首都の香絢は色とりどりの花が咲き乱れ、大層素晴らしい景色だったとよく旅人が口にしている。俺はまだ訪れたことはないがな」

「ほとんど、幾つかはあるんですね」

「ああ、幾つかはな。だが現存する国はない。どれだけの大軍で沿岸に上陸できても数時間と持たず退却させられてる。いずれも他の国への侵略の中継拠点として狙ったと言われている。中にはそれでも諦めず二度攻めた国もあったらしい。だがそのせいかその後女子供以外国中皆殺しになった国もあったそうだ。それからもう数百年、あの国に手を出す国はいなくなった。だからな、あの国は異質なんだ。ギオンを攻めるとなれば相応の戦力と理由がなければ誰も賛同せんし、それでも心のどこかに言い得ぬ不安のようなものが残るだろう。今回は陛下とダグザの口添えで何とかまとめられたがな」

「・・・とんでもないところと戦うんですね」

「そう気負うな、遥か昔の話に過ぎん。あと言い忘れたが、あの国には強欲と希望、二つの十四根源の神器が存在しているらしい。あと信仰の所有者もいるらしいがそっちは所在不明とか」

「神器に関してはウチも正義と知恵、数じゃ負けてないじゃないですか」

「まあな。だが問題はリクラット。全員が使っていたと噂される国だ。十中八九少なくても相手の将はリクラットを自在に使えるだろう。ダグザと同格の人間が来るとでも思っておけ」

「ダッ、ダグザ様と!?あの、リクラットって十四根源の感情が極度に高まった時に起きることがあるっていうやつですよね?自分は今まで見たこともありませんが」

「そうだ。それも相応の実力がある人間でなければならない。そして実際の戦闘で発揮できる者も中々いない。なんせ感情によるものだ、その時の精神状態に大きく左右される。それを自在に制御できる者が更に神器まで持っていたとしたら、その実力は想像するに難くない」

ゲイルノートの話を傍で聞いていた兵の顔もまた神妙な顔になってゆく。

「どちらにせよ、全力で戦うだけだ。お前も自分の任務をこなせ。相手の頭は俺が抑える。俺とて正義の神器を持つ身、勝てぬ道理はない」

「・・・そうですね。頼りにしています」


















約一時間後、両軍はエラトス連邦周辺に広がる開けた平野にて遂に対峙した。

「確認できたところ、相手の数は総勢八百程度です。内、先頭に立っている女二人が将と見られます」

「分かった、下がってくれ」

報告してきた斥候が後方へ下がっていく。

桃餡と星凛を眺めていたゲイルノートが顎を擦りながら神妙な面持ちになる。

「(見た目はどちらもただの女だ。しかし仮にもあの国で将を務めているとなれば、常軌を逸した強さのはず。俺が一人押さえられたとして、もう一人どうすればいい?やはりダグザも・・・。どうにかして一騎打ちに持ち込む他ない)」


























一方桃餡たち。

「もう油断しないようにね」

「分かったって!もう~しつこいっ!」

星凛に念押しされ、少し立腹している桃餡。

「よろしい。それじゃあ私はあなたが危ないと思ったときだけ魔法を放つから、そのつもりでね。巻き込まれて死なないように」

「あんまり舐めないでよね~やる気になった私は強いんだから。・・・冥、翔。あなたたちは星凛の傍にいて」

すぐ後ろに控えていた男性二人が歩いてくる。

二人は他の隊員たちとは違い、桃餡や星凛同様に独自の服装をしていた。

「本当に一人でやるのか?」

「俺も少し心配だ。物凄い数だぞ、これは」

「私が数で押し潰されるわけないじゃない」

「そうは言うがな、危ないと思ったら躊躇せず向かうぞ?」

翔が桃餡の両肩を掴み自身の方を向かせながら言った。

「大丈夫よ。任せておいて」

桃餡は笑みを浮かべながらそう言った。

「(・・・この対応の差)」

隣では星凛がもの言いたげな目でその様子を見ていた。

翔が桃餡から離れる。

「気を付けろよ」

「うん」

「桃餡」

冥に呼びかけられる。

「俺も自分の判断で動くぞ。喪うのはもうごめんだ」

「・・・分かった」

桃餡はそう言うと前を向き、次第に表情が鋭く変わっていく。

右手を横に伸ばすと、無数の紫色の光が集まって鎌の形になる。

見た目は夜の星空のようであり、刃の部分は銀色に輝いて鎌全体が常に流動している。

桃餡は十四根源の神器の一つ、強欲に呼応する鎌・レーヴァテインの所有者である。

「我らこの身の死力を尽くし、仇なす者を討ち滅ぼさん」

直後、地面を陥没させるほど地面を蹴り出し桃餡が対峙するカムロス帝国軍へ向かって行く。

数秒後、数百メートルあった距離を縮め敵軍の中に突っ込む寸前、レーヴァテインの刃を横からなぞると青い炎が刃全体に燃え盛る。

「(この大群の中に単騎で突っ込んでくるのか・・・それなら大いに数の利を活かすまで)第一から第五連隊の歩兵全員で囲め。外から弓・魔法を問わず遠距離から攻撃できる者は味方への射線に注意しつつ全員攻撃しろ」

ゲイルノートは傍の兵へ命令を伝えると、苦しそうに目を細める。

「(初陣から常に先頭で戦い続けてきたというのに、後ろでこうしてるのは初めてだ。恐らく・・・大勢死ぬことになる。だがその代わり手の内を見せてもらう。負けるわけにはいかない。俺は自ら先鋒を担った彼らに対し勝利を持って報いる!」

そうゲイルノートは心の中で決意を固めると、突っ込んでくる桃餡を注視する。

桃餡は陣形が変わり大群の中に飲み込まれようとしていたが、構わずレーヴァテインを右から左へ振り抜く。

瞬時に青い炎が飛び広がると、七列目までの兵が吹き飛びながら消滅する。

「(せめて一瞬で痛みを感じずに)」

桃餡は止まらずそのまま走って前進していく。

その光景を見ていたゲイルノートが悲痛そうな表情で拳を握る。

「(何も知らない他国からすれば無理もない選択。自国の民でさえ知らぬのだ。戦いは避けられなかった)」


魔法は”火”・”水”・”風”・”土”の四大属性に分類される。

全ての人間はその身に魔力を宿すが、どの属性の魔法が扱えるかはその者の精神の有様・本質に左右される。

魔法を放つことに秀でた者もいれば、肉体へその魔力の性質を付加することに秀でた者もいる。

そして各属性の中では優劣が存在する。

桃餡が放つ青い炎はその見た目通り火の属性に分類され、またその最上位に位置する。

火の適性を持ち魔法を放てる者は殆ど赤い炎までしか扱えない。

次に白い炎、各国の将官級など一部に存在する。

そして青い炎、それを扱える者は世界中を捜しても数人しかいない。

魔法の力に優劣がつく理由は、その者の精神に由来するとされている。


続々と周りから兵が集まってきて桃餡を囲もうとするも、ひたすら一直線に攻撃しながら突っ込んで行くため間に合わない。

正面をどれだけの大軍で阻めども次の瞬間にはそのほとんどが跡形もなく消え失せていく。

桃餡が止まらないため狙いが定まらず無数の魔法と魔法が付与された矢が飛んできてもレーヴァテインに弾かれるか、桃餡の左手から発せられる青い炎の壁により消滅してゆく。

桃餡の一振りで二百から三百の兵が消滅していき、着々と最奥まで迫っていた。

不意に桃餡の前方の地面が盛り上がりその足が止まるが、すぐにレーヴァテインで吹き飛ばす。

しかし、その間に遠巻きから全方位を囲まれていた。

桃餡が周りを見渡す。

「(装備が違う。あの巨大な盾は・・・)」

桃餡が右と左の計二回にかけ全方位へレーヴァテインを振って炎を飛ばす。

しかし包囲している兵士たちは吹き飛ばず盾も溶けなかった。

「(精鋭か)」

「突撃!!!」

付近から男性の張り上げた声が上がると、包囲していた兵士たちが一斉に巨大な盾と槍を構え迫っていく。

接敵する直前に桃餡はレーヴァテインを真上へ思い切り投げると、自身もそれを追いかけるように空へ飛びながら右手を後方へ伸ばし青い炎の渦を迸らせる。

桃餡の高さが頂点に達した時には球体の形に凝縮され、右手を地面へ向けて叩きつけるように振り下ろし炎の球体を放つ。

叩きつけられた青い炎の球体はその地点を中心に瞬時に辺りへ炎の海となって広範囲に燃え広がり、包囲していた兵士たちを含め数千の兵士たちを飲み込んだ。

桃餡は着地すると右手を天に掲げ、落ちてきたレーヴァテインを掴む。

周りには巨大な盾を形成していたであろう溶けた金属以外に何も残っていなかった。

「(・・・数が意味を成さない。だが無尽蔵ではあるまい)」

着地した桃餡に向かって、雄たけびを上げながら剣を握った兵士たちが一斉に走っていく。

「(まだ向かってくるの?力づくで話し合いをさせるつもりが、これじゃあ禍根が出来かねない)」

桃餡はレーヴァテインの刃に流していた青い炎を消すと、数太刀回避しながら向かってくる兵士たちの武器を斬り落とし、刃以外の部分と足で蹴り飛ばしていく。

しかし未だに三万近くの敵兵たちが残っている状況であり包囲は止まらない。

「そろそろいただきましょうか」

レーヴァテインの全身が紫色の光を一瞬発すると、周囲の兵士たちは個人差があるもののよろけだし気を失ったように倒れだす。

そのまま桃餡は奥を目指し歩き出す。

「(限界だ。これ以上は消耗するのみ)」

想像通り、あるいはそれ以上の力を目の当たりにしたゲイルノートは、椅子から立ち上がり馬に乗る。





「あの頃はあいつのこんな姿、想像できなかった。ひょっとしたらもう白露を超えたかもしれないな」

冥は眩しいものを見るかのように、はたまた悲痛に顔を歪ませているのか目を細くしながら遠くで戦う桃餡を見続けていた。

「どうだかな。確かに最初に会った時はとても戦えるような人間には見えなかったが。でも白露は四つの至厳を合わせた中でも群を抜いていた上、魂輝を使った姿は誰も見ていない。誰もあいつを本気にさせられなかった。その力の片鱗だけで他を圧倒していたからな」

翔は冥の横で同様に桃餡を見つめながら答えた。

「比較しようがないか・・・。そう言えば言ったことあったか忘れたが、白露と理乃と俺、一時期同じ道場に通ってたんだ。だから話は聞いてて何回か会って話したこともあった。昔は親父さんが遺した本ばかり読んでたみたいだが、あの性格だからな。家からあまり出れもしなかったのに全然内向的じゃなくて驚いた。こっちが振り回されっぱなしだったよ。だから心が強いことに関してはずっと知ってた」

冥が笑みを零す。

「俺はあの時、桃餡が神器を手にした時にこうなる予感があった。だが実際ここまで変わるとはな。あの心の強さは一体どこから・・・・・・」

「・・・ギオンが今まで至厳を続けてきた理由もそこにあるんだろう。心の成長を促す舞台として」

冥は両手の拳を強く握りしめると、その全身から紫のオーラが迸る。

翔がその様子に驚き視線を桃餡から半分持ってかれる。

「冥?」

「お前の言ったように、至厳を開催する理由はそこにあるんだろう。だがな、それでどれだけの死人が出てると思ってるんだ!?俺達は道具じゃない!!!」

「・・・お前の言いたいことは分かる。でも俺達はそれを承知の上で参加した。強制されたわけじゃない。あくまでもその結果は自分の選択によるものだ」

冥の全身から紫のオーラが消え、くたびれたような笑みを浮かべる。

「翔、お前も他の奴等も大方はそうだったのかもしれない。でも理乃には、他に選択肢なんてなかったんだよ。そういう奴等を餌で釣るようにおびき寄せてるように思えて、俺はならない」

「確かに、そういう側面もあるかもしれない・・・。そういう者達を含め、様々な強者をひれ伏せさせた者に他を圧倒する力が宿るのは必然。至厳の内容は残酷極まりない。だがあれを生き抜いた者達が率いる四神隊の存在、これがギオンを数百年間不可侵たらしめた最も大きな要因であることは疑いようがない。その結果によって得られたものが平穏。たとえ犠牲の上に成り立っているものだとしても、止めようと思う者は少ない。お前の言ったことは当然永刹様も理解されてるだろう。だからこそあの時、至厳の廃絶を宣言されたはず。代々皇家の中でもそういった話し合いはされてきたと聞く。それでも続けてきた理由は得られるものがより大きいから。それを辞めることの難しさは想像に難くない。ましてやこんな状況。数百年ぶりに国の平穏が崩れ廃絶させようにも周りの反発が強い。永刹様とてそれを抑えるのは容易じゃないだろう。だからこそまずは圧倒的な力を他国に示し平伏せさせる。再び至厳が必要とされない状況に戻さなくちゃならない。これまで積み上げ切り捨ててきた多くのモノが実を結ぶ、その時が今だ」

冥の顔が少し下がる。

「力で平穏を保ってきたのは事実、納得するしかないんだろう。今はただ桃餡を見守るよ」

翔が桃餡を注視したまま右手で冥の肩を叩く。

星凛が二人の元に歩いてくる。

「今はあの子に集中しましょう」

「星凛、この距離で瞬時に守れるのはお前だけだ。くれぐれも頼んだぞ」

冥もまた桃餡を見つめたまま星凛へ答えた。

「玄武隊の隊長として、そして至厳の覇者の一人として、不測の事態が起きた場合は介入する。今回の桃餡単独による行動は神器の能力を加味されたものではあるけれど、同時に示威行為の面が大きい。桃餡一人だけでもこれだけの力があることを示し、これ以上の無用な争いを避け交渉のテーブルにつかせる。私達がここに来たのは保険。カムロス帝国もまたその数はもとより、名の知れた強者も何人かいるからね」

翔が星凛の後方に控える男性二人にそれぞれ一瞬視線を向ける。

馬から降りてはいるものの、一人は近くの木の下に座って腰を掛け、もう一人は馬の横でおにぎりを食べている。

「君の力は疑っちゃいない。この距離でその魔力をひしひしと感じてるからな。それよりも後ろの二人は大丈夫なのか?」

「二人はいつもあんな感じよ。でもその気になれば荒れ狂う嵐のように眼前の敵を斬り捨てていく。それはどれだけの大群であろうと捉えることは至難よ。なんせ私が冷や汗をかかされたくらいだからね」

「そうか(・・・俺と同じ武器を使った身体特化型か?)」


桃餡に群がる兵士たちが全員地面に倒れ、誰も近寄らなくなった頃、ゲイルノートが到着する。

ゲイルノートが右手を天に掲げると、無数の白色の光が集まりだし剣の形となる。

全体が晴天の青空のようで、銀色の刃を含め流動し続けている。

「剣だから正義の神器ね。あなたがゲイルノート?忠告してあげる。私にいくらその辺の兵を向けても無意味よ」

「正義の神器・カラドボルグを持つゲイルノートだ。そちらは強欲の神器だな。名は?」

「桃餡」

ゲイルノートが付近の倒れた兵士たちを見渡す。

「倒れた兵士たちは、死んではいないようだ。それがその神器の能力の一つか」

「最初に殺したのは力を見せるため。あとはこの通り、魔力を吸って失神させるだけにしてる。あなたも戦うなら急いだほうがいいんじゃない?降参するならそのまま国まで引き返しなさい」

「もう勝ったつもりか?生憎だがそれは効かん。俺もこれの能力でな」

ゲイルノートがカラドボルグを前へ掲げる。

「(やっぱり相殺されるか)」

「それに魔力とは即ち精神力。この神器がなかったとて簡単には倒れん。二十年近く将として最前線でカムロスを守り続けてきた自負が俺にはある!!!」

「三傑って呼ばれてたそうね」

ゲイルノートが目を細める。

「・・・今となってはそう呼ばれることは好まん。そんなことはいい、始めようか?」

カラドボルグを真っすぐ桃餡へ向けるが、桃餡はレーヴァテインを右肩に掛けたままでいる。

「いつでもどうぞ」

「(その自信、確かめさせてもらおう)」

ゲイルノートが桃餡へ向かって一直線に駆けだし、右上方よりカラドボルグを振り下ろす。

桃餡はその場から動かず迎え撃つようにレーヴァテインを肩から降ろすとそのまま右下方から斬り上げる。

ゲイルノートは次の瞬間、数メートル宙に浮かされていた。

「軽いわおじさん、ちゃんとご飯食べた?」

なんとかカラドボルグを手放さなかったものの、額から汗を流しながら着地し桃餡を凝視する。

「(あの細腕でこの力・・・魔力運用がずば抜けている。決して魔法だけに秀でているわけじゃない。歴史上火の才で名を残した者はいれど、この歳で、しかも両方だと?才の塊か)」

「全力には見えないけどね。身を守ってる能力も前界で発動する能力でしょ?国を背負って守るなら本気でやらないと。話し合いが決裂した以上もう力づくで譲歩させるしかないの。仮に私に殺されたとしても恨まないでよね」

「そんなみっともない真似はせん(・・・これで自分を納得させられる)」

ゲイルノートがまた桃餡へ向かって駆け出し、真上からカラドボルグを振り下ろす。

それを桃餡が左下方から斬り上げ迎え撃とうとしたが、

「っ!?」

完全に力負けしてレーヴァテインごと地面に体を叩きつけられる。

かろうじて上半身をよじったおかげでカラドボルグは顔の横を通って地面を斬りこみ傷を負うことはなかった。

「(私が力負け?)」

桃餡はすぐにレーヴァテインでゲイルノートの足元を薙ぐように攻撃しながら立ち上がる。

ゲイルノートは後ろへ飛んでそれを回避した。

それからすぐに視認できないほどの速度で桃餡が駆け出し攻撃を仕掛けるが、ことごとくレーヴァテインごと弾き飛ばされる。

自身の体を斬られないように身を躱しながら七回目の攻撃を終え、ようやく動きを止める。

「(振り下ろされる度に神器が光ってるとなれば、これが後界の能力。こちらも出し惜しみしてられないか)」

桃餡は同様に駆けだすとゲイルノートの射程外ギリギリで真横に一回転しながら遠心力をつけ右から横へレーヴァテインを振り切る。

ゲイルノートは射程外だと見切りカラドボルグを前方で構えたまま何もしなかった。

「!?」

しかし、桃餡が空を斬ったその地点には斬撃の跡が空間に残りゲイルノートは急速にそれに全身を引っ張られる。

カラドボルグを正面に構えていたため丸ごと被弾はしなかったものの、突然急速に引っ張られたことにより態勢が大きく崩れる。

それを見逃すはずもなく桃餡は距離を詰め斬り上げる。

「っ!!!」

またも斬撃の跡が現れた。

それはより距離が近いため先程よりも重く、どうにか防げたものの態勢が崩れていたためカラドボルグを振り抜くことができず防御のみで反撃に転じられなかった。

その後間髪空けず桃餡は同様の攻撃を繰り返し、その速度は加速的に上昇していく。

ゲイルノートはすべての斬撃を防いでいるが、態勢がその度によろけ段々と顕著になっていく。

そして桃餡の全身から紫色のオーラが迸る。

「飛べっ!!!」

桃餡がゲイルノートを斬り上げ、それを防ごうとしたゲイルノートの両腕ごと吹き飛ばしながら全身を先程よりも更に大きく宙に打ち上げる。

それを追いかけるように桃餡もまた地面を蹴って宙へ飛ぶと、レーヴァテインを後ろへ振りかぶった。

「(まずい!!!)」

ゲイルノートはすかさずカラドボルグを前面に構え防御の姿勢を取る。

「燃え落ちろっ!!!」

レーヴァテインが爆炎を纏いながら振り下ろされ、カラドボルグと衝突した瞬間青い火花が辺りへ吹き荒れながら霧散していく。

同時に先程よりも巨大な斬撃の痕が現れゲイルノートを飲み込もうとし、すぐに地面へ落下することを許さなかった。

ゲイルノートはそれらを最後まで防ぎきることが出来ず、結果左腕を飲み込まれて切断しながら地面へ爆炎と共に打ち落とされる。

それをレーヴァテインの効果範囲外から見ていたゲイルノートの部下たちが慌てて加勢に入ろうと各々態勢を取り出すが、視界の一点を凝視し皆止まってしまう。

桃餡もまた視界ではなく音でそれを察知する。

宙から異様な音がする方向を見下ろすと、カムロスの大軍の中を一直線に進んでくる二メートル近くあろう巨大な大剣を右手に持つ黒いローブを身に纏った大男らしき人影が向かってきている。

その周囲と跡には夥しい数の鎧と肉片が飛び散っていた。

大男は敵を斬り裂き疾走しながら大軍を抜け桃餡とゲイルノートのいる場所まで辿り着くも止まらず、大剣を両手で強く握りながら両腕を引き着地する桃餡に向け突きの構えを取る。

「ウオオオオオ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”!!!!!!!!!」

大型の肉食獣が雄叫びを上げながら襲い掛かるように大男は全速力で桃餡へ狙いを定めた。

「(まずい、ここは戦場、横槍にも常に警戒しとくべきだった)」

桃餡にとって最も苦手とするものは突きによる攻撃である。

鎌の形をしたレーヴァテインでは防ぐのに向かないからだ。

地に足が付いていれば先端で切っ先を逸らすことも可能だったかもしれないが、直前にレーヴァテインを前に振り下ろしたことにより大きく態勢が前に崩れているためその軌道を逸らすことは不可能に近かった。

「(っ!!!こんなところで!!!!!!)」

桃餡が死を覚悟した時、大男の前方から突風が飛来すると同時に大男を取り囲むように吹き荒れ足を止めさせた。

「(あの遠方から一瞬でここまで・・・それに何かが混じってる)」

大男は自身の周囲に吹き荒れる風が時折光を反射していることに気付き注視していたが、突然大男は片手を大剣から離して自身の顔の前を覆う。

次の瞬間、人の手で引っ掻き下ろしたような跡に見える五本の蒼い炎の線が大男に降りかかり黒いローブの下に着込んでいた鎧を貫通し肉が抉れる

二つの魔法が大男の移動を封じている間に桃餡は無事に着地し、横目で後方を振り返る。

遠方で冥が右手に青い炎を灯しながらこちらへ向かって走り出しており、星凛もまた全身から激しく白いオーラを迸らせていた。

「(あの距離を一瞬で、しかも魂輝に至るまでの速さ・・・星凛、まさに覇者の一人として相応しい)」

そして冥の他に駆けつけていたもう一人が突風と共に通り過ぎて桃餡の髪がなびき、それと同時に甲高い金属音が鳴り響く。

音の方向を見ると二刀を握った翔が右手で大男を取り囲む風の檻の外から腕へその一刀を振り下ろしていた。

取り囲む風は徐々に薄れて消えてゆき、大男の黒いローブの腕部分が切れ篭手が姿を現していた。

そして大男の死角に忍ばせていた左手のもう一刀が破壊された胴体の鎧の隙間に斬り込まれていた。

本来なら致命傷となりうる傷だが、翔は眉を顰める。

「どういう体の構造してやがる?(刃が通りきってない!土の魔力による身体硬化にしても深度が異常だ)」

「まあ、悪くない」

大男はそう言って口元に笑みを浮かべると左手で防いでいた翔の一刀をはねのけ、翔は反射的に両刀を退いて距離を取る。

しかし翔が退くのと同時に大男は右手に握った大剣を追いかけるように翔へ振り下ろす。

翔はそれを半身に身を引いて躱すことが出来たが、空気が斬り裂かれるその音の大きさに底知れぬ実力を感じ取る。

だがその大剣は翔が身を躱すとすぐに真上へ弾き飛ばされ、大男の右腕もまたそれに引っ張られる。

横を見ると桃餡が立ちレーヴァテインを振り上げていた。

「ありがとう、もう大丈夫」

大男はそれに動じる様子もなくすぐにまたその大剣を桃餡へ向け間髪入れず振るいだす。

後界の能力により迎撃する桃餡の斬撃の跡に都度大男は引っ張られるが、その引力を利用するように恐ろしいほどの轟音を轟かせながら桃餡と撃ち合い続ける。

数十の斬り合いの後、互いに武器を押し合わせながら止まる。

「(重い。鋭さや力強さじゃなく、異常に重い。重さだけなら障翳に迫るかもしれない)」

大男が大剣を押し込み目を見開きながら桃餡へ顔を近づける。

「さすが修羅と恐れられてきただけはある。俺とここまで斬り合えた人間は初めてだ。だがまだあるよな?お前は出来るんじゃないのか?」

桃餡が歯を食い縛ると全身から紫のオーラがそれまで以上に激しく迸り、大男を大剣ごと前方に振り払う。

大男は顔をニヤつかせながら桃餡を見る。

「少し斬り合えたからって調子に乗らないで。そう思うんなら引きずり出してみなさいよ。あんたにそれだけの力があるならね」

未だその顔を黒いローブで隠したままの大男から押し殺したような笑い声が漏れる。

「桃餡、付き合う必要はない。俺も加わる」

翔が桃餡の隣に立つ。

「ねぇ、私が負けると思う?私はこの神器に惚れられた女よ?」

「だが後界の能力すらものともしない相手だ。こいつは影覇の連中にも匹敵し得るかもしれない。神器を得てこの数年間でよく目の当たりにしてきたはずだ。こいつはそういう類だぞ」

翔の反対に駆けつけた冥も並ぶ。

「理乃も白露ももういない。もうお前しか残ってないんだよ桃餡。だから後でどれだけ怒られようがもう傍観は出来ない。許してくれ桃餡」

桃餡は神妙な面持ちで大男を見据える。

「だとしてもよ。あの時のままじゃない、今の私は全てに備えてきた。私は卑怯な真似はしたくないの、分かるでしょ?」

「・・・これは戦争だ、決闘じゃないんだぞ」

「ここで一人で勝ってこそ証明できるのよ・・・。私がこの神器を得たことの本当の意味を!!!」

大男から大きい溜息が吐き出され、三人の視線が集中する。

「色気のある話を期待してたんだが、どうも違うようだな。時間の無駄だった。俺はどっちでもいいんだがな」

桃餡が二人の手を振り切るように一歩前へ進み二人から制止する声がかかるが振り返らない。

「行かせてあげなさい。私が駆け付けた以上どうとでもなる。っていうかこれカムロスとの戦争よね?何でいきなり訳の分からない男と決闘になってるのよ」

冥と翔は互いに目を合わせた後武器を構えたまま桃餡を注視することにした。

「さて再開とするか。後ろのおっかねー姉ちゃんが来ない分お前ととことんやれそうで嬉しいぞ。頼むぜ?わざわざこんな場所まで乗り込んできたんだ、測らせろ、俺という存在をっ!!!」

そして互いに武器を構える。

付近ではゲイルノートが地面に吐血しながら膝をつき、歯を食いしばりながら必死に痛みを耐えていた。

「(誰なんだあいつは?それにしてもさすがと言うべきか、これがあの国の将。いや、もしかするとまだ・・・。いずれにせよ今の俺では勝てそうにない。部下を犠牲にして臨んだ戦いがこれでは・・・・・・何たる様か)」

ゲイルノートの顔が悲痛に歪む。

双方が走り出そうとしたその時、遠方より声が静かに響く。

「アシュトレト」

ゲイルノートの前方に半透明の女性が現れ、顔を上げ両腕を左右へ伸す。

桃餡がレーヴァテインの刃に、そして冥が両手に灯していた青い炎が消える。

ゲイルノートは驚いて後方を振り返る。

「ダグザ!?」

「(今更来やがったか!チッ!これからだってのに退くしか・・・ん!?)」

レーヴァテインの刃に紫色の炎が宿り、レーヴァテイン全体もまた紫色の光に変わってゆく。

それまで吹いていた風、付近の木々の枝の上に止まる鳥達や動物などの動きが時を止めたように桃餡を見つめ静止する。

大男はその瞬間すぐに周囲の地面を大剣で斬り大量の砂埃をその場で巻き起こしてその場から離れる。

「(リクラットの魔法さえ封じられていたあの状況で紫の炎。神器があの小娘に応えて灯したとしか考えられん。色が何よりの証拠。神器に惚れられたなどと何をほざくかと思ったが、後ろの奴等といい未だギオンは衰えていないか)」

「さて、あとは私の番ね」

星凛が腰から鉄扇を取り出すが、魔法を封じていた半透明の女性・アシュトレトは桃餡により両断され消失する。

「星凛はもう見せなくていい」

「・・・それはこれからの展開によるわね」

馬で駆けつけてきたダグザがゲイルノートの隣に降りるとその腕から未だ流れ続けていた血を凍らせて止血すると、体を桃餡たちに向ける。

「(若い。ウォルフハルトとそう変わらぬ歳であろうに・・・・・・)」

桃餡、そして他の三人が臨戦態勢に入るがダグザは首を横に振る。

「これ以上争う気はない」

「?・・・どうする気?」

「改めて交渉の場を設けたい。皇帝陛下より状況次第でその旨を通達するよう仰せつかって来た」

星凛はダグザをまじまじと眺める。

「あなたがダグザね?その申し入れ、受けましょう。元よりこちらもそれが目的ですからね」

「感謝する。・・・まずはそちらのお嬢さん、賞賛を送ろう。ゲイルノートを下したのはもちろん、神器の後界すら凌駕するその力。わしとてこの歳で未だその経験はないというのに、本当に極めて貴重なものを見させてもらった」

「歳なんて相応の経験を積んだだろうという目安なだけ。若くても環境次第で育つ者はいる。とは言えあなたの持つ知恵の神器は特別難しいでしょうけどね」

ダグザは困ったように笑みを浮かべる。

「まあ、そんな機会は訪れぬ方がよいだろうて・・・・・・。数年に一度若人を集め行われるという、“至厳”と呼ばれる催し。未だ外部に情報は漏れぬが、恐らく生存競争と言って差し支えぬほど苛烈を極めるのだろう。でなければそれほどのリクラットは備わるまい」

「リクラット?」

「魂輝のことよ。そう呼んでるのは私達くらいで、他国は大体リクラットって名称で浸透してる」

星凛が桃餡からダグザへ顔を戻す。

「なぜ最初から参戦しなかったの?」

「それは訳あってのこと。いずれ君の国の当主である永刹殿が知ることになるだろう。さて、これを渡す。受け取ってほしい。三方から構えられた今の状態では話もままならぬゆえ」

ダグザが双真珠を星凛へ投げそれを受け取った星凛はダグザの後方に散らせていた迅と豪に目配せをし自身の傍へ戻らせる。

「(我が軍が動かなくなっているとはいえ四方八方を囲まれた状態でよくこれだけの殺気を放ったまま構えていられるものだ。これだけの精鋭は我が軍にはいない)」

「ところでさっきの大男は誰なの?そちらにもかなりの被害が出たようだけど」

ダグザがゲイルノートを見ると首を振る。

「わしらも知らん」

「・・・後で調べるとしましょう」

「そうする他あるまい。さて、会談の詳細な日時と場所は追ってそれを通し連絡いたす。ここにいる軍は平時同様、最低限警備に必要な者達だけを残し撤退する。それでよろしいかな?」

「えぇ、こちらも少数を残し退くわ。細かい話は後ほどしましょう。それでは、迅速な対応を期待するわ」

「陛下に申し伝え尽力しよう」

そうしてお互いの陣営は離れ、ほとんどの兵達を退いて戻っていった。

「(・・・・・・本当にこれで終わりなの?私達がいくら強いとはいえ、精強を長年誇って武を示してきたカムロスがこの程度のはずは・・・。ゲイルノートは出てきたけど、ダグザの出方といい不自然な点が多いわね)」

星凛は腑に落ちぬ疑問を抱えたまま皆と共に帰路に就く。




ゲイルノートとダグザもまた馬に乗り帰路についていた。

「・・・ダグザ、すまなかった。だが助かった。俺は今回何も出来なかった。先んじて散った仲間たちの期待に添えることもなく・・・・・・本当に、詫びのしようがない始末」

ゲイルノートが目を伏せながら謝罪した。

ダグザはその様子と、失われた左腕の部分を見つめる。

「薄々こうなるかもしれないとは思っていた。お前は元々今回の戦に向いてなかった。お前が持つ神器は正義。双方の事情を知るお前は互いに正義があることを理解していた。ゆえに神器の真価を発揮できなかった。違うか?」

そう言うとダグザは視線をまた前へ戻す。

「・・・後界の能力までは発揮した。だがリクラットは発動し損ねた。この歳になっても未熟極まりないな俺は。肝心な時に・・・」

ゲイルノートは乾いた笑いを浮かべる。

「今回の経験はお前をより高みへと引き上げるだろう。片腕になろうともな。誰も彼もその心次第で強くなる。この世界はそのように出来ている」

ゲイルノートは左手で両の目頭を押さえ首を交互に横に振る。

「全く・・・、いつまでたってもあんたには頭が上がらないな。ただ腐っていても何も生まれない、何も報えない、何も良くはならない。分かってる、それじゃあダメだ・・・・・・・・・・。ダグザ、傷が癒えたら付き合ってくれ」

「そのつもりだ」

二人は互いを見ながら笑みを浮かべた。



















一人の女性による歌声が響く大きな建物の中から扉を開け老齢の男性が姿を現すと、それを待っていたかのように一人の若い男性が足早に近づく。

「レムロス様、決着がついたと報せが入りました。途中何者かの」

レムロスは歩きながら若い男性に左手を掲げ言葉を制止させる。

「詳細は後で聞こう。簡潔に」

若い男性もまた歩きながらレムロスに一礼する。

「はい。ギオン側が圧倒していましたが、終盤ダグザが姿を現し停戦に持ち込んだようです。後日会談の場を設けるとか」

報告を聞いたレムロスが溜息を吐く。

「ダグザ・・・またその名か。このベレヌス大陸でその名を耳にするのはこれで何度目か。年老いても未だ健在か。または国が落ち着いたせいでギオンが衰えたか」

若い男性は神妙な面持ちでレムロスを見る。

「ダグザは早々に交渉を持ち掛けたようですので、それは何とも。それよりレムロス様、どうかお言葉は慎重に吟味なさって下さい。大司教の方がそのような物言い、周囲の者の耳に入れば誤解を招きかねません」

「・・・この歳になっても我の欲を捨て去るのは本当に難しい。争いが止まったことに対しては喜ぶべきだな。だが耳に入ったところで真意を理解出来る者などここにはおらんよ。それよりあちらの手がかりは?」

「・・・そちらに関しましてはやはりどの文献にも残っていないため、未だ全く。それらしい場所の探索は続けていますが、新しい情報は入ってきておりません」

「そうか。となるとやはりあの者の件を利用するしかあるまい」

「ポロゲオの件ですね。しかし、スレイムス様がお認めになるとは思えませんが」

「そんなことは百も承知。しかし我等がやらねば一体誰がやれると言うのだ?神との対話なくして真の救済は訪れん。殺人、貧困、病、どれだけ手を尽くそうともこの世からなくなることはなかった。今後もそれは続くだろう・・・。だがもし神との対話が叶ったなら、その先には全ての人々が平和に、そして穏やかに暮らし続けられる世界への道が拓けるかもしれん。そのためには少なからぬ犠牲者を出そうとも堪え押し進めねばならん。結果的に後の大勢が救われれば犠牲になった者達もきっと理解してくれる。仮に恨まれ続けたとしても、その罪は私が背負おう。もう、理想を理想のままにしてはおけん。感情と眼前の状況でしか判断できぬ者にもはや割く時間はない」

「常々おっしゃられてましたね。人が真に愛を理解した時、魂は肉体を包むと」

「全ての者達にそうあってほしいと願っている。それが出来なければ真に平和な世は訪れまい。そうするための手段が問題なのだ」

レムロスは足を止めると、目を閉じ両手を合わせその場で祈りを捧げる。

「・・・ところで、一つ別件でお伝えすることが。カムロスの前皇帝シェイクスに仕えていたかつての三傑が一人、ディルメアが直接話をしたいと」

レムロスは驚きと同時に怪訝な表情を向ける。

「生きていたか。だがなぜ我等に?彼とは何の関りもなかったはずだが?何を話したいと?」

「はい。それが・・・まさにその鍵集めについてです」

「馬鹿な・・・・・・。何故知っている?決して外部に漏れることなどなかったはず。これを知るのは代々十に満たない人数。それもこの聖都で外部との連絡手段を絶った者達に限られるというのに・・・」

「常に護衛という名の監視も付いていたはず」

レムロスの表情が強張る。

「すぐに連絡を」

「かしこまりました」

若い男性は恭しくお辞儀をする。

「険しい道のりだ」

「えぇ・・・」

そうして二人は別の建物の中へと入って行った。


















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