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~序幕・照臨の鐘~ 『変化』

眠りから覚めると、蝋燭の明かりすらない狭い部屋の中で長い髪の女性の腕に抱かれていた。

暗くてよく見えないものの、抱き方や触れる体の感じからして母だろう。

ただいつもと違いその体は冷たい気がした。

「ごめんね、あなたには私しかいないのに・・・・・・」

優しい笑顔で見下ろす母の顔がぼんやりと見える。

母は自身の顔の近くへと抱き寄せ頬擦りしてくる。

背後にある戸がゆっくりと開かれる音がするが、母はこちらを見つめながら自分を抱き締め続ける。

その安心感からまた瞼が自然と閉じ意識が薄らいでゆき眠りに落ちる。

そして幼子は眠りにつき、それを確認した母の頬に涙が一粒流れた。

「本当はもっと長く見ていたかった」

背後からゆっくりと足音が迫って来る。

「ありがとう、そしてごめんなさい。でもいずれまた・・・。あなただけは、この目でも煌々と見えるんだから。私にとって唯一の色であり光、そして世界だった」

戸を開けた者に背後へ立たれた気配を感じ取った母は固く目を瞑る。

「(私がいなくても大丈夫よね、だってあなたはXXXXXXXなのだから!)」

次の瞬間その者の青白く光る片方の手刀により母の首と体が分かたれ、床へと崩れる体から幼子が抱き抱えられた。

辺りからは薄紫に輝く光が上へ昇りながら霧散していった。
























窓から明るい日差しが部屋の中へ降り注ぎ、外では鳥たちが囀っている。

部屋の中に敷かれた布団の上では、毛布を頭の上まで被せて少年が眠っており、黒い髪しか見えない。

しかし少年は突然奇声を上げながら金色の瞳を大きく開かせ上半身を飛び上がらせる。

それはいつの間にか布団を捲って自身に跨っていた紫色の長い髪に金色の瞳をした女性が少年をくすぐったからであった。

露出の少ない服装ではあるが、ピッタリしていてスタイルの良さが見て取れる。

「綾姉ぇ・・・普通に起こしてくれよ・・・」

少年が寝ぼけ眼で抗議した。

「だって、私がいくら声かけても起きないじゃない」

悪びれた様子もなく綾は答えた。

「朝は弱ぃんだって・・・。てか、またわざわざ来なくてもよかったのに」

そう言いながら少年は腕を伸ばしながら欠伸をすると、綾はからかうような笑みを浮かべる。

「起きた時に私がいないと不安でしょ?夜煌は寂しがり屋さんだもんねぇ~?」

そう言いながら綾は右手の人差し指で夜煌の頬を何度かつつく。

「いつの話だよ。そろそろ子供扱いしないでくれよな」

夜煌は若干照れ交じりに言って見せた。

「ふ~ん?起こす前に腕回して一緒に寝てたら、嬉しそうに笑ってたよ?ほんっとに可愛いんだから!」

綾はからかうように笑いながら見つめる。

「まっ!また勝手に潜り込んだのかよ!いや、夢で色々あったのと重なっただけだからさ」

夜煌は若干きょどりながら顔を横へ背ける。

「どんな夢?」

「母さんの。久しぶりに見たな」

「あー・・・」

綾の顔から笑みが消え薄い影を落とすが、またすぐに明るい笑みを浮かべる。

「それよりほら、ご飯出来てるよ?早くっ!」

綾はその場で立ち上がり、夜煌の両手を軽く何度か引っ張り上げるが中々起き上がろうとしない。

「元気だなぁ」

未だ眠いためか夜煌は薄目で綾を見上げるだけだ。

「私より若いくせに何言ってんのよ!」

綾は諦めず夜煌を起こそうと腕を引っ張り続ける。

「もぅー分かったって。てか下着丸見えだぞ」

そう指摘されながらも綾に動揺はなかった。

「一緒にお風呂も入ってるのに、今更下着が見えたって何ともないわよ」

そう平然と答える綾であったが、夜煌は照れたようにまたそっぽを向く。

「こっちはそうでもないから。てかそれもなんだよなぁ(男として見られてないんだろうなやっぱ)」

夜煌は視線を泳がせながら小さい声でそう発した。

「ふーん?夜煌もやっとお年頃か~」

綾の口角が幾らか上がる。

「言い方あれだけど、さすがにな。てか何で嬉しそうなの?」

「さぁーね?とにかくさっさと起きなさい!おじ様も待ってるんだから」

夜煌はやっとゆっくりと起き上がる。

それを見て綾な満足げに笑みを浮かべる。

「先行ってるね」

綾はそう言うと部屋を出て行く。

それから夜煌は朝支度を済ませて黒い長袖のボタンシャツとズボンに着替え朝食を摂りに向かう。

綾は朝食の支度をしており、テーブルには白髪を後ろへ向かって整えた黒いスーツを着た男性が座って茶を飲んでいる。

二人の恰好はかなり似ていた。

白髪の男性が歩いてくる少年に気が付く。

「今日も一人で起きれなかったか」

夜煌がテーブルの椅子に座る。

「綾姉が早いだけだよ。時間になったら一人でも起きれるし」

スーツの男性は失笑する。

「どうだかな。綾が来ない日がないから、確かめようもないが」

「てか綾姉、くすぐって起こすのはなしな」

「あら、封印されちゃった」

食事の支度をしている綾の肩が少し落ちる。

夜煌もまた淹れられたばかりであろう湯呑から湯気を漂わせる茶に口を付ける。

「目覚まし時計、買うか?」

「いや、あんなやかましい音で起こされるのはごめんだ。ここに泊るのはたまにだし。それに目覚まし時計より先に綾姉が起こしに来るから」

「違いない」

「もう習慣なのよね~それに朝起きて私が隣にいないとすーぐ泣き喚くから」

綾は笑いながら最後であろう自身の食事が盛られた皿を並べ夜煌の隣の椅子へと座る。

「いやいや、それ遥か昔の話な!?今はそんなことないだろ!」

「どうかな~?」

ニヤニヤしながら見つめる綾に拗ねた表情で夜煌は抗議した。

「さて、それじゃあいただくとしよう」

三人が食事を始める。

「夜煌、今日はどうするんだ?」

「今日は神社の掃除。その前に橋の下の川でまた魚でも持って帰ろうかな」

「そうか。俺は」

「ロヴァルーーー!」

外から子供の声が響いて来て、黒いスーツを着た男性が椅子から立ち上がり、玄関の扉へ向かい開ける。

そこには幼い男の子二人と女の子が一人立っていた。

「ロヴァルおっせーよ!早く行こうぜ!」

そう言った男の子は腕で大きなボールを抱えていた。

その様子を見たロヴァルがクスりと笑う。

「今朝ごはんを食べてる。先に行っててくれ」

「しょうがねーなぁ。おい、行くぞ!」

そう言い男の子二人は走り去っていく。

「早く来てね!あ」

女の子も後を追おうとしたが、靴が三人分あることに気付く。

「今日は綾お姉ちゃんと夜煌来てるんだ。二人も一緒に来れるの?」

「残念ながら二人は用事がある」

「そっかぁ・・・。じゃっ!先行ってるね!」

女の子は笑顔でそう言うと先の二人を追いかけて行く。

それを見送ったロヴァルは扉を閉め、椅子へ戻る。

「元気で何よりだ」

そう言うロヴァルの表情には笑みが浮かんでいた。

「子供は元気が一番だよ」

しみじみと述べる夜煌を横で綾がじっと見つめる。

「ま、あなたもまだ微妙なとこだけどね?」

「まぁまぁ。それはともかくじじい、うっかり力入れ過ぎてボール破裂させるなよ?」

「そこまで不器用じゃないさ。そこら辺はお前の相手をしてきてよく分かってるつもりだ。お前も、俺がいない時でも鍛錬を怠らないようにな」

「分かってるよ」




それから食事を終え、夜煌と綾は村の外れにある神社を目指して歩き出す。

「その恰好、段々似合ってきたね」

「だろ?」

夜煌は誇らしげでありながら照れ笑いしながら言った。

綾が突然笑い出す。

「え?」

夜煌は目をぱちくりさせる。

「でも、その手に持ってる桶のせいでなんだか笑っちゃう!」

夜煌の顔が少し赤く染まる。

「しょうがないだろ。これないと魚持ってけないんだから」

それから綾が落ち着くと、夜煌をまたまじまじと見つめる。

「少し前までは服に着られてる感じだったけど。背とか伸びてきたからかな?」

「あと一、二年もしたら綾姉追い越すよ、たぶん」

「どうかな?半年後にはもう追い越されてるかも?・・・・・・でも、ぁ~残念だな。もう私のおさがりは着れないかもね」

「着れたとしてももう着ないから。あれのせいで周りから夜煌ちゃんなんて呼ばれることになったんだからな・・・」

夜煌は手で目を覆い首を横に振る。

「いいじゃん似合ってたし。ただでさえ可愛いのに可愛さ倍増だったよ?」

夜煌は思わず首の力が抜け頭が下がる。

「俺・・・男なんだけど・・・・・・」

綾は笑いながら夜煌の頭を撫でた。

それから歩いていると民家が立ち並ぶ海岸沿いの道で、後方から突然気合の入った声がする。

「やぁっ!」

夜煌は左肩への衝撃を感じ振り向くと、そこには竹刀を構え着物に袴を履いた黒髪が肩のあたりまである少女が立っていた。

「ぉー、胡桃か」

突然竹刀で叩かれた夜煌であるが、さほどその表情に驚いた様子はない。

「ぉー、って!これが真剣なら胴体がズバババっ!血がドパーっ!と吹き出て死んじゃってましたよ!?」

胡桃と呼ばれた少女はそう言うと、竹刀を片手に下げ距離を縮める。

見た目はそうでもないが、舌足らずな話し方のせいか幼い印象が残る。

「背中は死角だからしょうがないだろ。てか毎回それやるのやめろって言ってるだろ?」

「もう慣れたんじゃない?そろそろ避けられるようにならないの?」

ジト目で綾を見つめる夜煌。

「無茶言うなよ。一応当たる瞬間に力抜いてるみたいだけど、それでも死角は難しいって。それに胡桃はえーし」

胡桃はそれを聞いてにこやかな笑顔になる。

「えへへ」

「うーん断じて褒めたつもりじゃないんだが」

呆れたように胡桃を見つめながらそう言った。

しかし胡桃の表情はハッとしたように真剣な表情に戻る。

「でもあの人は避けましたからね!やっぱり夜煌ちゃんもうちの道場で剣術を習うべきです。そうしたらお爺ちゃんじゃなくて、私がつきっきりで教えてあげますよ?」

胡桃は満面の笑みを浮かべながらそう言った。

「あの人って爛璃のことだろ?あいつは風の適正があるからそれで感じ取ったんじゃないか?ていうか、爛璃は白虎隊の隊長だぞ。「“至厳”の一つを制覇した、この国の中でも最高位の実力者だ」

「えっ?・・・あの人そんなにすごい人だったんですか?」

「そうだよ」

「へぇ・・。って、そんなことはいいんです!」

胡桃が竹刀を捨てて夜煌の両手を握り顔を近づける。

「私には分かります!あなたがちゃんと剣術を学べばきっとあの人のように成れます!だって夜煌ちゃんいっつもどこか本気じゃないし!まだまだ絶っ対強くなる!」

夜煌の顔が赤くなる。

「か、顔近いって」

そう言われるものの胡桃は退かないどころか、微笑を浮かべながらなおも顔を近づける。

唇が触れそうになった時、横であわあわしていた綾が声を発する前に夜煌が胡桃の肩を両手で押さえる。

その様子に綾がほっとしたように胸を撫で下ろした。

「今更剣術なんて・・・。昔一緒にやってたのは遊び半分だって。てかその自信はどこからくんだよ?」

胡桃は自身の肩に置かれた夜煌の両手を掴むと、前に持っていって包んで握る。

「あなたの可能性をずっと見てたからです。同年代の人達よりも力が強いし、複雑な技術も使える。徒手で夜煌ちゃんほど強い人はこの国でも早々いないはずです。それに何より毎日鍛錬を怠らないこと!一流の剣士になる資質は十分にありますっ!」

胡桃に怯むような様子はなく、明るく優しい笑顔でそう言われた夜煌は言葉に詰まる。

「まぁ、また暇な時に顔出すよ」

それが精一杯の返答だった。

剣術が嫌いなわけでもなかったが、夜煌はずっと昔からロヴァルへの強い憧れがあったため武器を持つ気はなかった。

己の肉体のみで高みへ昇ることに拘りがある。

しかし胡桃は両頬を膨らませる。

「いっつもそう言うけど来ないじゃないですか!今日はもう騙されませんよ。今から行きましょうっ!」

胡桃は夜煌の手を引っ張って連れて行こうとするが、抵抗される。

「待て待て待て!今日はこれから神社で掃除の手伝いがあるんだよ!だから無理!」

胡桃が綾を見る。

「そうなの、お父さんの頼みでね。ごめんね?」

綾は若干困った様子ながら笑顔を作ってそう言った。

胡桃が落胆しながら渋々夜煌の手を放す。

「・・・そういうことなら、仕方ありません。また次の機会を待ちましょう」

そう言う胡桃の様子は本当に残念そうであり、先程までの笑顔は消えてしまった。

仕方がないこととは言え、なんだか自分より綾の方をまた優先されてしまった気がして泣きそうな気持ちでいた。

そんな胡桃の様子を見て夜煌は多少の罪悪感を覚える。

「悪いな胡桃。でも今度ほんとに行くから。もうちょっと剣術のことも知っといた方がいいだろうし」

その言葉を聞いた胡桃は元気を取り戻す。

「そういうことだから、またな」

「分かりました。絶対ですよ?待ってますからね???」

そう言って夜煌と綾は胡桃に手を振りながら歩き出す。

胡桃はその場で二人の後ろ姿を後ろから見送っていた。

「あなたが傍にいてくれたら・・・・・・」

目を閉じ若干思案を巡らせた後、胡桃は竹刀を拾って踵を返し歩き出した。








それからまた夜煌と綾は歩いていると、海岸や付近の森に繋がる道がある村の入り口で腰に刀をかけて立っている中年の男性が見えてくる。

その男性が歩いてくる二人に気付く。

「おぉ綾ちゃん、夜煌。おはよう」

「おはよう」

「おはようございます」

「今日も一緒にお出かけか。本当に仲がいいな」

「兄妹みたいなもんだしな」

「今稽古が終わって帰る途中なんです」

「そうか、ロヴァルさんの。ところで、二人はいつ結婚するんだ?」

老人がからかうように言うと夜煌は噴出した。

「けっ、結婚っ!?」

綾の顔が赤く染まってゆく。

「俺はまだ十二だぞ?結婚なんてまだ全然考えてないよ」

「ふむ・・・とのことだが」

中年の男性は綾の顔を見る。

「ま、まぁ夜煌の歳だと、まだね。私は今年で十八ですから、ぼちぼち考え始めてはいますけど、まだ焦る歳ってわけでもないので。ゆっくり考えます」

中年の男性は夜煌と綾を交互に見る。

「まぁそうかもしれんが、夜煌は女受けがいいからな。繋ぎ止めておかないと持ってかれちゃうんじゃないか?」

綾は無言で夜煌を見つめる。

「まぁ後悔しないようにな。今日と同じ明日が続くとは限らん」

「・・・そうですね」

「っと、なんだか説教じみたことを言ってしまった。足を止めさせてすまない。気を付けていってきな」

中年の男性はそう言って笑顔を浮かべながら手を振った。

「はい、ありがとうございます」

綾もまた笑顔を返すと、二人はまた神社へ向けて歩き出す。

「猛さんもな、今度また鴨か猪見つけたら持ってくよ」

「楽しみに待ってる」

夜煌もまた綾を追い歩き出す。

「今日もずっと立ってるのかな。日が暮れてからも胡桃んとこの道場で鍛錬してるんだぜ?もういい歳だってのに倒れなきゃいいけど」

「きっと、そうしてないと落ち着かないのよ。道場に通ってるのも胡桃ちゃんのご両親を忘れないためだと思う。あの時の後悔を忘れないために。自分の家族と親友は死んでしまっても、その一人娘はまだここで生きてるんだからね。もうあんなことがないよう、今も気を抜けないんじゃないかな。猛さん優しいから、自分と同じ思いをさせたくないのよ」

「胡桃のことは特に大層可愛がってるからなぁ」

「不意打ちじゃなければ決して野盗程度に負けるような人じゃなかったそうよ。家族や友人が殺された記憶なんて、そうそう消えないでしょう。それに今はこの国だって数百年ぶりに戦争中なんだから尚更ね」

「あ~それなんだけど、じじい曰く、九割九分こっちが勝つだろうって。俺も大丈夫だと思うよ。なんせ爛璃と同格の奴が二人も行ったらしいし。向こうも向こうでやべー奴いるみたいだけど、正直その手の心配はこの国ないかなって俺は思ってる」

予想していなかった情報を聞いたのか、綾の表情に驚きが見て取れる。

「そうなんだ。誰から教えてもらったの?」

「何日か前に爛璃から。まぁ心配するなって感じの話だったよ」

綾の眉がピクリと一瞬動く。

「ふ~ん。普段から連絡取ってるの?」

「大体夜に。日中はなんだかんだお互いやることあるから。たまに突然訪ねてくるときもあるよ」

「え・・・?いやいや、私全然気づいてないしお父さんからも聞いたことないけど?」

「部屋の窓から来てるからな」

綾の表情が見るからに不機嫌なものに変わる。

「ふーん・・・・・・私の知らないところで会ってるんだ」

「な、なんだよ?爛璃は時間が時間だし、変な気使わせたくないからって言わなかったんだよ。別に何もやましいことないぞ」

綾は夜煌の顔をまじまじと見つめる。

「今度から一緒の部屋で寝ようかな」

「俺は別にいいけど?」

「そう?じゃあ遠慮なく抱き枕にして寝ようっと」

「それはもう無理」

二人から笑みが零れる。

「(繋ぎとめる、か・・・)」

綾は先の猛の言葉を思い出しながら考えを巡らす。








それから二人は黙々と木々に囲まれた小道を歩いて行くと、やがて長い橋が見えてくる。

その遥か真下には川が流れており、二人は橋の横を通り過ぎるように歩いて行きその川へ下って行った。

夜煌は靴を脱ぎ川の中へ入ると、素手で魚を川辺へ拾い上げてゆく。

「いつ見ても感心しちゃう。私がやっても逃げられちゃうのよね」

綾が魚を桶の中にしまいながら呟いた。

「コツがあるからな、それに速さも必要だし。綾姉は魚を美味しく料理してくれるし、適材適所ってやつだよ」

そう言いながら夜煌は魚を打ち上げてゆく。

そんな夜煌の姿を綾はぼーっと見つめていた。

ふとその様子に夜煌が気づく。

「綾姉?」

「あ、ごめん、今入れるね」

放置されていた数匹の魚たちが桶の水の中へ入れられてゆく。

やがて桶の中は十を超える魚で一杯になった。

「これくらいでいっか」

「うん、十分」

それから二人は川辺を後にし、元来た道を戻って橋を渡りしばらく歩いていると、やがて神社が見えてきた。

「ちょっと寄り道しない?」

「ん?いいけど」

神社の入り口の横に逸れ、歩いて行くと庭園が見えてきた。

そこには大きな池と、その周りには木々や青と白の花々が咲いていた。

それを眺めるためのものであろう建物の中に二人は上がる。

「昔はここでよく遊んだよな」

「そうだね。夜煌が池に落ちたのが懐かしい」

「あ~追いかけっこしてた時か」

「そう。夜煌を引き揚げたのはいいものの二人ともびしょ濡れになっちゃって。そのあとすぐ一緒にお風呂入ったけど、次の日一緒に風邪ひいちゃったんだよね」

「丁度寒い日だったからなぁ・・・。つか、もう風呂は一人でいいんだけどな」

「え~?夜煌を洗うのは私の務めだよ?」

綾は何故か誇らしげにそう言った。

「いや、もうそんな歳でもないよそろそろ」

「何で?嫌なの?」

「そうじゃなくて。いい加減子離れ、いや、弟離れしろよ」

「・・・弟離れねぇ・・・・・・」

綾は両足を上下にパタパタさせる。

「あっ!もしかしてこの前のこと気にしてる?」

「い、いや?」

夜煌の顔は外へ逸れてゆく。

綾は若干笑みを浮かべながら薄目でからかうように夜煌を見つめる。

「本当、どんどん大きくなるんだから」

「それは綾姉も同じだろ、大して歳離れてないし」

綾は夜煌の前に近づき、両手で顔を自身の方へ向ける。

「ねぇ、夜煌はこれからどうするの?」

「え?」

突然真剣味を帯びた眼差しでそんなことを聞かれ、夜煌はきょとんとした。

「何かしたいこととかあるの?」

「なんだよ急に。別にこれといっては・・・ないよ」

「じゃあ私と一緒に、神社を継ぐのは?」

「継ぐって・・・つまり、綾姉と結婚してってこと?」

「うん」

二人はしばらく見つめ合う。

「急だよ・・・」

「ダメ?」

「ダメじゃないけど、綾姉は綾姉だろ。確かに血は繋がってないけど、ずっと姉貴みたいに接してきたし」

「でもずっとベタベタじゃん」

「ベタベタしてくるのは綾姉だろ?」

「ん・・・最近は確かにそうかも?」

「まあ・・・いいかもな、それも」

「ほんと?」

「うん、でも、その前に色々見に行きたい」

「何を?」

「外の世界。この村での生活は気に入ってるけど、外には全然違う世界が広がってるんだろ?生きてる内に一度見ておきたいんだよ。行くなら早い方がいいだろ」

「旅か、ずっと言ってたもんね。色んな本を薦めてきたのも私だし、一緒に行きたいとこだけど・・・」

綾は考え込む。

「分かってる。綾姉を頼って訪ねて来る人がいるからな」

「死が迫ってる人、意識がない人、そういった人達に対して最大限力になってあげたい。最後の別れの言葉、一時的でも大切な人の呼び戻し、私の至らなさか力になれない時もあるけど、この力は神様が私に与えた使命だと思ってる。少しの間でも不在にはできないわよ」

「うん、その方がいい」

「ごめんね。夜煌がいくら強いって言っても、一人で行かせるのはちょっと心配なんだけど・・・やっぱり出来ないのよねここを空けるのは」

「いや、謝ることじゃないし。俺だってそれなりに一般的な知識は持ち合わせるつもりだし心配ないって。つかさすが皇家の血だよな、末端なのにそんな異能持ってるの綾姉だけだろ」

「血が関係あるのかは分からないけどね・・・。夜煌、ありがとう。後で支度手伝うわ。あんまり急かすつもりはないけど、何年も待たせるのはやめてよね?」

「そりゃまぁ一年もあれば大抵は見てこれると思うし、大丈夫だよ」

綾は笑みを浮かべる。

「分かった。待ってる」

そう言って夜煌にキスをした。




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