~序幕・照臨の鐘~ 『???』
暗く果てしない広大な空間の中で、大きな雲があちこちに点在している。
下に近いほど暗く濁っており、上に上がるにつれ色は明るく澄んでいる。
それらの雲の近くで耳を澄ますと、中からは様々な人の声が聞こえてくる。
その雰囲気はその雲の色に相応しいような内容である。
しかしそれらの雲から遥かに高く切り離され浮遊する島があった。
その島は見渡す限り夜空のように光り輝き、また島の中心部からは青く澄み絢爛に輝く泉が島の外周へ向かってその水を流し続けている。
誰もいないその島に水音を立てて一人の女性が足を踏み入れ、中心へと歩いていく。
明るい金色の長い髪に澄んだ宝石のような紫色の瞳、豊満ながら引き締まっておりバランスの取れた体系、そしてその美しく整った顔、全てが完成され過ぎており作り物ではないかと疑ってしまうほどだ。
全身からは僅かに光を発しているようにさえ見え、また不思議な妖しさも纏っていた。
彼女が泉の中心部に辿り着くと、どこからか声が響いてくる。
「どうかしましたか?あなたが自分の意思でここへ訪れるのは初めてですね」
「消えうる者がいると聞きました。それが真実であるのかお教え下さい」
「・・・今お二方に確認したところ、どうやらそのような珍しい事が起きているようです」
「して、どうされるおつもりでしょうか?」
「何も。お二方は彼の意思のゆく果てを見届けたいようです」
その返答に女性は驚き目を見開く。
「無に帰すことになろうとも、黙って見過ごすと?」
「そのようですね」
女性は両手を胸に当て目を閉じ、ほどなくして再び目を開く。
その瞳には強い意志が宿っていた。
「恐れながら申し上げます。こちら同様、真に愛を尊ぶのであれば彼を見殺しにするようなことはすべきではないはずです」
女性が答えた瞬間、それまで静かに波打たなかった泉全体が波打ちながら揺れる。
「リフェナ、あなたが異を唱えるとは・・・。これまでの長い間一度も他者の事情に介入しようとはしてこなかったあなたが、どうして今?」
「自分自身でも驚いていますが、多くを見聞きする内に私はただの人形のようではなくなったのかもしれません。今までも抱いたことはある感情ですが、今回は取り返しがつかないこと。彼女からの頼みも重なり、気が付けばここへ足を運んでいました」
「・・・・・・・・・いいでしょう、お二方にも了承を得ました」
「?了承とは?」
「大層驚き、また喜ばれていました。リフェナ、彼を救いたいと思うのであればあなたが救ってみなさい」
リフェナは驚きのあまり口をわななかせながら言葉に詰まる。
「私が直接ですか?」
「そうです。怖いですか?」
「・・・いいえ、行きます」
リフェナの表情に不安の色はなかった。
直後、リフェナの視界が暗くなってゆく。
「リフェナ、私の唯一の娘よ。秘すべきことではあれ、伝えておきたいことがあります。彼だけではなく、かの地にはもう一人極めて稀有な特異者がいます。彼もかの地も、あなた次第で運命は変わる。天が落ちる前に成し遂げなさい」
「(・・・天が落ちる?)」
言葉を発しようとするもそこでリフェナの視界は完全に無になり、おぞましい速度でどこかへ飛ばされるように引っ張られた。