90:ウェスト港を目指して
オーガビーストの討伐でアイテムも疲労も限界ではあったのですが、ここで引き返して他のプレイヤーにウェスト港一番乗りを取られても悔しいですからね、私達はオーガビーストの素材を回収してから、強行軍になる事を承知で進める所まで進む事にしました。
目的であったレベル上げも出来てスコルさんもスキルを取得できましたし、ここからは【隠陰】を発動させて出来るだけモンスターと出会わないようにしておきます。
疲労で足取りは重く、途中で引き返す事になるかと思っていたのですが、スキルと浄罪の花が初期位置に戻っているおかげか、強力なモンスターに出会う事なく、私達は無事にミキュシバ森林を抜ける事ができました。
目の前に広がるのは緩やかな下り坂になっている草原と、一面に広がる大海原。見下ろした大陸の先端には白亜の町があり、海を挟んだその向こう側には、本当に薄っすらと隣の大陸が見えていました。
疲労が吹き飛ぶとまではいきませんが、広がる景色に少しだけ思考がクリアになったような気がしますね。温かな日差しと潮の香りを吸い込んで、私はもう一息だと気合を入れます。
「…何か?」
少し気分が良くなったので、私は今まで敢えて無視し続けていたスコルさんに声をかけました。
「…ざずがに゙ごれ゙ばびどぐな゙い゙?」
スコルさんは何とか破れずに残った『収納のストラ』のフード部分を咥えたまま、器用にモゴモゴと喋ります。その顔は私にボコボコに殴られ、腫れあがってきているのでちょっと面白い顔になっていますね。
「順当かと」
『収納のストラ』が使えるようになったスコルさんにすべての荷物を任せたのですが、多少軽量化の魔法がかかっているとは言え、オーガビースト丸々1体分の素材となると結構な重量があるようですね。ヨタヨタと少し遅れて歩くスコルさんは恨みがましく私を見つめてくるのですが、私は軽く睨み返しました。
「ぞりゃぁ、ユリぢーのおっぱい揉みしだいてペロペロしたおっさんが全面的に悪いですよー…でもこれはちょっとやりすぎじゃない?おっさん瀕死よ?」
「一々声に出して言わなくていいです!」
むしろ半殺しで済んで良かったと言ってもらいたいです。それくらい本当に、強めの魅了がかかったスコルさんを引き剥がすのは苦労して、恐怖を感じるほど酷い状態でした。
ただそのおかげで肌の露出面積も魅了に影響する事がわかり、ドレスやイビルストラを【修復】して何とか収拾を付ける事が出来たのですが、無理やり修理したので私もかなり瀕死なのですよね。
こういう時のためにポーションを買っていたのですが、ばら撒いた時に割れたか電撃球で壊されてしまい、回復手段がないのですよね。正直、今強力なモンスターに襲われたらひとたまりもないのですが、こうして喋っていても町につく訳ではありませんからね、私はまだ何か言いたげなスコルさんをほっておいて、先を急ぐ事にしました。
ミキュシバ森林から伸びている細い道は、途中でウェスト港とアルバボッシュを繋ぐ太い街道と繋がり、歩きやすくなりました。状況が状況だからか、町の外で何かしているNPCもおらず、特にイベントの無いまま街道を西進します。
「とりあえず襲ってきそうな敵はなし。まっ、β時代と変わっていなかったら街道沿いは安全だと思うけど……どうなのかしらねー」
流石に今どうなっているかまではスコルさんにもわからないとの事ですね。まあオーガビーストなんていうβ時代に居なかったモンスターもいた事ですから、警戒するに越した事は無いですね。そんな事をスコルさんと話しながら港町に近づくと、町の様子が見えてきました。
町の構造としては海に向かうなだらかな斜面に沿って白亜の建物が広がっているという、まるで地中海の観光都市のような街並みですね。
通りは石畳で舗装され、交通の便が図られているのですが、オーガビーストの脅威があったからなのか人通りは少なく、坂の上から見下ろせる範囲には、どこか厳戒態勢下みたいなピリピリとした雰囲気が漂っていますね。
桟橋に船が1隻も泊まっていないところも何か奇妙な感じなのですが、スコルさんが言うには魔王軍に船が沈められてしまったとの事で、船を復旧させるイベントがあるんじゃないかとの事ですね。まあ隣の大陸は別エリアでしょうし、その辺りは王都開放などが条件に入っていそうですね。
まあとにかく、ある程度港町と近い距離になった所で、私は改めて『レッサーリリム』の特徴を【収納】して、角が隠れるように髪型を少し弄ります。それからフードを被れば、それで『魅了』の効果が一段下がったような気がします。
「どうですか?何か変な所ありません?」
魅了の効果が漏れないように気を付けないといけないのですが、自分だとよくわからないのですよね。まあこれが今できる精一杯の変装ですから、これで無理なら後は壁を飛び越えるだけです。
「うーん、大丈夫だと思うけど、ユリちー魔性の女だからねー変な所で色気ムンムン振り撒かなければ大丈夫なんじゃない?」
「どういう意味ですか」
馬鹿にしているのか褒めているのかよくわからないスコルさんの評価に目を細めながら、私達はウェスト港の正門に向かいます。
町の正門には衛兵達が詰めており、街道からくるモンスターに備えて目を光らせているのですが、スキルを使っているプレイヤーを見つけるほどでもないですね。NPCだからしかたがないのかもしれませんが、安全面がちょっとだけ心配になりますね。そしてスコルさんも見つかっていない事を考えると、もしかして何かしらのスキルを使っているのかもしれませんね。スコルさんがたまにフラリと現れるのはそういうカラクリがあったのかもしれませんが、とにかく今はスコルさんのスキルの事はどうでもいいですね。流石に話しかけるような距離まで近づくと衛兵達に見つかり、驚いたような顔で槍を向けられました。
「な!?お前達どこから…いや、よく無事で、オーガビーストに襲われなかったのか?もしかしてそっちの狼が助けてくれたのか?」
いきなり槍を向けてきた衛兵は、私の胸元にあるギルドカードを見ると、槍を下ろしました。それからスコルさんのボコボコにされている姿を見て、見当違いの感想を口にしました。
「ワン!」
スコルさんはまるで忠犬であるように一声鳴いてから、衛兵さん達に愛想を振りまくように尻尾を振りました。スコルさんを撫でようとしている衛兵と、男に撫でられる趣味の無いスコルさんが牽制しあっていたのですが、疲労やスキルの事もあるので早く通りたいのですよね。
「すみません、ポータルの開放をしたいので入ってもいいですか?」
「あ、ああ、すまない、それならこのまま通りを進んだ錨のモニュメントがそうだ。それより本当によく無事で……いや、すまない、別にやましい気持ちはないんだが……」
私の胸元のギルドカードの確認していた衛兵さんに軽く魅了が入ったのか、その顔は赤面していたのですが、なんというか普通の反応のようですね。その魅了のかかりの悪さに、私は少し首を傾げます。
勿論魅了が発動しないように気を付けているからと言うのはあると思うのですが、何故でしょう?そう思いながら周囲を観察してみると、どうやら大半の人は【隠陰】している私より、「ワフワフ」とはしゃぐスコルさんの方を見ている事に気がつきました。まあこれだけ大きな狼が隣にいたらそちらを見てしまうでしょうし、スコルさんが視線を集める良いデコイになってくれているのでしょう。
何か安全に町の中に入る方法みたいなものを思いついたような気がしたのですが、今は別の意味で騒動になる前に町の中に入ってしまいましょう。
「それでは、先を急ぎますので」
私ははしゃいでいるスコルさんと衛兵さん達に声をかけつつ、ウェスト港に足を踏み入れました。無事町の中に入れた事に息を吐くと、スコルさんが何か達成感溢れるニヤケ顔をしてついてきたのですが、私は褒める意味合いを込めて少しだけ撫でてあげました。と、町の中に足を踏み入れたタイミングで効果音が鳴り、クエスト受注の有無を確認するウィンドウがポップアップしてきました。
『『(New)オーガビーストの討伐を港の管理組合に報告しよう』が発生しました、受注しますか?<YES><NO>』
一瞬何事かと思ったのですが、どうやらこれは『オーガビーストの討伐者』の称号を持つ人が町に到着したら発生するクエストのようですね。今はアルバボッシュとの街道が閉鎖されていたり、町の様子が暗かったりしますからね、それが解除されるクエストなのでしょう。
一々確認するという事は、クエストを進めず街道を封鎖したままにしておく事も出来て、その間に私達がこの辺りの素材を独占するという事もできるのかもしれませんが、オーガビーストが退治されているのはワールドアナウンスで知れ渡っていますからね、隠す意味はあまりないと思います。
一応スコルさんに「どうします?」と視線で尋ねると、「問題なし」というように頷いていたので<YES>を選択します。
「管理組合ってわかります?」
「ここの小ギルドっていう感じのところかな?はぐれの里の村長みたいな感じの所ね」
スコルさんが言うには、この町でクエストの受注出来る場所との事ですね。β時代は船に関するイベントも特になかったので本当に簡単なクエストしか受けられなかったそうなのですが、今はどうなっているのかはわからないとの事です。
「それじゃあまあ、どっちから行く?」
ポータルと管理事務所と言う事なのですが、安全のためにもまずはポータルの開放が先ですね。
「ポータルの方でお願いします」
「オッケー、それじゃあこっちね」
スコルさんの案内で先にポータルの開放地点に向かい、その間に周囲の様子を伺ってみたのですが、この町は人の往来が少なく、うなだれている人が多い印象ですね。まあこんな状態で漁に出るというのは難しいでしょうし、頼みの綱のアルバボッシュとは断絶している状態ですからね、住人としてはいっぱいいっぱいなのでしょう。飲んだくれている海の男といったガタイの良い人も多いので、絡まれる前にさっさと進みましょう。
「あったあった、これよこれ」
どうやら町の中心にある5メートル近い鉄製の錨のオブジェが開放地点のようですね。台座に刻まれている解説文によると、なんでも大昔に海賊退治に活躍した船の錨で、航海の安全を祈る記念碑として残っている物らしいです。
『ウェスト港のポータルを開放しました。リスポーン地点の再設定を行いますか?<YES><NO>』
そして錨に近づけば、ポータルの開放とセーブ地点更新の確認が出てきました。
これで一安心ですね。念のためセーブポイントは移しておく事にして、後は港の管理組合にオーガビーストを討伐した事の報告をしたら終わりです。なかなかしんどいのですが、ここまで来たら気合で乗り越えましょう。




