86:ミキュシバ森林と狼女
ひらけた草原から、ジメジメした森の中へ。ヌメリとした空気とローパーの蠢くネチャネチャした音に肌が泡立つのですが、今はスコルさんと一緒ですからね、色々と自重して、私は軽く呼吸を整えます。
補充出来ていなかったアイテムがあったのですが、そこはスコルさんに町まで往復してもらう事で何とかなりました。スコルさんに渡した『収納のストラ』も問題なく使えるとの事なのですが、スキルを取得していないとやはり収納量はいまいちとの事ですね。何とか浅いポケットにアイテムを詰めて戻ってきてくれたスコルさんに代金を支払い、私はアイテムを自分の前垂れのポケットの中に移します。即座に使う前垂れに入れるのは主に回復系のポーションと投げナイフですね。
補充した分と合わせて私の持っている回復ポーションは『N』ランクのHP、MP、スタミナのポーションが2本ずつ。売っているのなら麻痺解除のポーションも欲しかったのですが、スコルさんが言うにはまだ流通している本数自体が少なく、オーガビースト目当てで即売れしているようで、買えなかったようですね。まあない物は諦めて、その辺りは『サルースのドレス』に期待する事にしましょう。
武器はスコルさんの剣……改めて詳細を見てみると、『R』ランクで品質は『B』の『魔光剣』という武器ですね。これをメイン武器にして、サブとして『B』品質の鉄のナイフ、後は投げナイフが10本です。
他にも細々と持っているのですが、戦闘に関する物はこれくらいですね。スコルさんに渡した『収納のストラ』も、スキルを取得するまでは破けたら駄目だからと預かる事になったのですが、まあ今はそれ程アイテムを持ち歩いている訳ではないので良しとしましょう。
「いやーユリちー狼使いが荒いわーもうポーションの瓶なんて滑る滑る、これは別料金を貰わないといけないかもしれないわね~」
いかにも苦労したように語るスコルさんなのですが、ポーションを出す時の手際は淀みはなく、買い物の途中で遊んできたのか、咥えるのに丁度いい木の棒や石までストラのポケットに詰め込んでいたりと、言う割にはかなり余裕があったようですね。
「後で撫でてあげましょうか?」
私がお腹を撫でるそぶりをみせながら冗談を言うと、スコルさんはビビビッと全身の毛を逆立てたかと思うと、ぴょんと私のスキル範囲から逃れます。
「こっわー純真無垢だったユリちーが悪女になっていっている気がするわ~おっさん虐待反対!」
こういう冗談を言い合えるようになったのは親しくなったのか、もうどうでもいいやと割り切ったのか、どうなのでしょうね?
「ってー事はいいとして、おっさんこの森に来るのは初めてなんだけど、奴さんはどの在りにいるのかわかるの?」
スコルさんは魔狼に進化するまで遠距離攻撃がなかったので、もっぱらレベル上げはシロクマ退治だったようですね。その為この辺りに来た事はないそうです。
「はい、花の位置はわかっていますので、大丈夫です」
日によって少しずつ場所は違うのですが、それ程大きくは変わらないので大丈夫な筈です。
「じゃあ案内よろしく~って言いたいのだけど、ねね、なんだったらデバガメしてく?この森ってそういうのあるんでしょ?」
ヘラヘラと笑うスコルさんは鼻の下を伸ばしているのですが、よくそれを堂々と私に言えますね。私はスコルさんを睨みつけたのですが、どこ吹く風というように笑われました。
「特にユリちーは、その辺りは詳しいんじゃない?」
「…どういうことですか?」
私が聞き返すと、スコルさんはニヤニヤしたままミキュシバ森林のある噂を教えてくれました。なんでもミキュシバ森林にはサキュバスが出るとかで、それを目当てにミキュシバ森林に来ているプレイヤーもいるのだそうです。
「なんでもピンク髪の物凄い美少女っていう噂よ~おっさんサキュバスに会えないかドキドキしちゃう!」
「………」
それって確実に私の事ですよね?え、私ってそんな噂になっていたのですか?そんな情報はどこにも……覗かれてはいない筈なのですが、何かしらの隠密スキルを使われていた可能性もありますし、え、あれ……ちょっと体が火照ってしまいますね。
グルグルと巡る思考に湯気をあげながら両頬を押さえていると、足元にスコルさんが擦り寄ってきていました。今はちょっと離れて欲しかったのですが、スコルさんは曇りなき眼で私の顔を見上げます。
「どうったのユリちー?」
まるで本気で心配しているように首を傾げるスコルさんなのですが、確実に私の反応を楽しんでいますよね?
「知りません!これからボス退治なのですから、スコルさんも無駄な事はしないでください。それにそういう人には近づかないようにという暗黙の了解があるんです」
私が釘を刺すとスコルさんは「へ~い」と一応同意するのですが、表情は胡散臭いままと言いますか、たぶん私がスコルさんをからかった事への仕返しなのでしょう、スコルさんはニヤリと笑うと、私からトコトコと数歩離れた後……。
「うぉぉぉおおおおお!!!ユリちー!!!うぉぉぉおっっ!!!」
叫びながら走り去っていきました。たぶん魅了を解除しに行ったのだと思うのですが、そんな事をするくらいなら始めからからかわないでくださいと言いたいです。
「ぎゃーーっ!!?触手が!おっさんの体になまめかしく!!?」
そしておもいっきりローパーに絡まれていました。
「何をしているんですか!!」
慌てて追いかけてローパーを倒したのですが、スコルさんはローパーの粘液でベタベタですね。
「いやー危うく色々と卒業しそうになったわー……それにしてもこんなに居るの?何かおっさんの聞いていた話とちょっとばかり違うのだけど…」
なんでもスコルさんが言うには、ローパーの数はもう少し少ないと思っていたとの事です。もしかしたら私が【隠陰】を解除して、レッサーリリム状態なのが影響しているのかもしれないのですが、その事にだいたい2人同時に思い至ったのですが、特に何も言わずに流す事にしました。
とにかく、これ以上無駄にローパーで消耗する訳にもいきませんし、私はオーガービーストが居ると思われる光る花の生えている場所まで最短距離で移動する事にしました。
「ユリちー」
そしてある程度進んだ所で、真剣な顔でスコルさんが警戒するような小声で話しかけてきて、私は視線で「どうしました?」と尋ねます。私の感覚ではモンスターや人の気配はないのですが、スコルさんは何か気づいたのでしょうか?私がどうしたのかスコルさんを見ていると、まるで「こっち」と言う様にスコルさんは軽く顎をしゃくって、トタトタと茂みの中に入っていきました。
私もその後を静かに追いかけたのですが……進行方向から声が聞こえてきますね。スコルさんは警戒するように耳をピンと立てると、私がついてきているのか一度確認したあと、また茂みの中に消えていきました。私達がゆっくりと近づいた場所からは人の声が聞こえてきて、嫌な予感がしたのですが、スコルさんは躊躇いなく茂みの中を進んで行きます。そして茂みを抜けた先に居たのは……。
「んぁあっん…ぁはぁっ…んぐぅ!?このっ、放し、放しなさぁぁああんんん!!!?」
ローパーの群れとお楽しみ中の女性がいました。いえ、困っているのでしょうか?とにかく何匹かのローパーの触手に絡み取られた女性が宙吊りになっていました。本来なら速攻で助けに入るべきなのですが、逆の立場でローパーに嬲られている時に他のプレイヤーが来たとなると……恥ずかしくて死んでしまいたくなりますね。もしかしたら何も見なかった事にして引き返した方が良いかもしれませんが、容赦なく女性を責め上げる触手の感触を思い出してキュと股が熱くなり、私は動きを止めてしまいました。ドキドキしながら鼻の下を伸ばしているスコルさんの横について、同じく茂みの中で伏せの姿勢をとります。
「でへへ、ッて!?」
おもいっきり鼻の下を伸ばしていた至福の表情尾浮かべているスコルさんの頭の上に静かに拳を落として、どういう事か説明を求めます。
「いやー困っている人がいたから?」
現在進行形で困っているとは思うのですが、スコルさんは助けに入る訳でもないですし、おもいっきり目が泳いでいますね。
「今までスルーしていたのに、ですか?」
森に入ってから何人も他のプレイヤーとはすれ違っていたのですが、あえてこの人だけ覗きに来た理由がわかりません。
「いやーだって……」
ローパーに絡まれている女性はだいたい160センチくらいでしょうか?肩の所で切りそろえた銀髪のウルフカットの上には、大きな狼の耳がついてピクピクと揺れています。きつめの金色の瞳で射殺さんばかりにローパーを睨みつけているのですが、その口から洩れるのは嬌声だけですね。
その女性はレア種族なのか手首と足首の先は大きな動物の手足になっており、お尻の辺りにはフサフサの尻尾がついている半獣人なのですが、その顔や体の大部分は人間のままで、どうやら感じる場所も人間と同じようですね。勝手知ったるというように触手達がゴリゴリと女性の体の上で蠢くたびに、女性はもう後がないというような声を上げ、必死に藻掻きます。
種族的な筋力補正は入っているようなのですが、流石にこれだけ数多くのローパーに絡まれるとどうしようもないようですね。
健康的に引き締まった肢体と柔らかそうな巨乳は触手にまみれ、その表情は恥辱にまみれているのですが、それを差し引いたとしてもかなりの美人ですね。グレースさんにも懐いていたようですし、スコルさんは美人で胸の大きな女性が好きなのでしょうか?
「放し、放せって、あッ、あくぅんん……!!?」
介入のタイミングを逃した私達は茂みの中でモジモジしながら顔を見合わせ、反射的に私はスコルさんを睨んだのですが、スコルさんはだらしない顔のまま弁解してきます。
「いやー、違うのよ?ほら、あのプレイヤー何か変なの持っているし」
まるで取ってつけた理由なのですが、言われた物を見てみると……。
「ああ、石器ですね」
オーガビーストが電気系という事が広まってから、電気耐性のありそうな木製や石製の装備をする人がチラホラ居るのですが、私が試した結果は残念ながら決定力不足という物でした。
「ユリちーは使わないの?」
スコルさんは当然のように聞いてきたのですが、私は軽く肩をすくめます。
「使うにはちょっと脆くて」
たぶん電撃を防げるのは1回だけ、そしてローパー相手ですら致命傷を与えられないという武器ではオーガビースト退治は難しいでしょう。実用性を考えると防具に回して電撃を1回無効化するような使い方ですが、私の場合はスキルがないので使えないのですよね。
「だめだめだめ、こんな奴ら、にーーー!?っんんぁぁああああ!!???」
茂みの中でそんなやり取りがされていると露知らず、狼耳の女性は一際大きな叫び声を上げたかと思うと、体がビクビクと跳ねさせました。キューッと閉まる足先と、気持ちよさそうに伸びた背と夢見心地な表情に私までちょっといけない気持ちになってしまいますね。くたりと脱力する女性なのですが、残念ながらそれくらいでローパーは止まらないのですよね。
「はー…はー…な、なん、で、こいつら、動く、うごか……んんんっ……ぁあああ!!?」
ヌチョヌチョと動き始めた触手を見ていると、私の腰まで浮いてしまいそうになります。絡まった触手で細部はわからないのですが、触手が動くたびに女性の体が痙攣し、獣のような声を上げ、飛び散る液体によってその下で何が起きているのかを色々と想像してしまいます。
服はローパーに剥ぎ取られたのかもしれませんが、黒いビキニに剣帯という姿は何か扇情的で、その姿から目が離せなくなったのですが……。
「んッ…」
流石にこんなのを見せつけられるとあちこち敏感になってしまうのですが、地面の上に伏せていると胸に土の感触が……反射的に擦りつけたくなる気持ちや、蔦が私の意識とは裏腹に締め上げて、刺激が脳を揺すります。股を擦り合わせフーフーと呼吸を整えようとしたのですが、土にはローパーの粘液の匂いが染みついていて、余計に変な気持ちになりますね。
「……行きましょう」
これ以上ここにいたらこちらまで変な気持ちになってしまいそうですし、私はスコルさんを促してその場を離れようとしたのですが……肝心のスコルさんが居ません。
「え……?」
私は周囲を見回したのですが、どうやら私の認識できる範囲にはいないようですね。どうしたのでしょうとPT欄を見ると接続はしているみたいなのですが、何があったという連絡もないですね。
私は首を傾げたのですが、女性の断続的な嬌声とローパー達の蠢く音が辺りに広がっていて、私はゴクリと唾を飲み込むと、もう一度周囲をしっかりと確認します。本当に誰もいない事を確認してから、私はスコルさんが居ないうちに一度体の昂ぶりを収める事にしました。