85:次の獲物
角兎を倒して一息入れていると、フィールドの異変に気づいたプレイヤー達が近づいてきていたので、私は場所を移動する事にしました。
南に向かえばアルバボッシュ、南東は氷結の大地に続くプルジャの工房、どちらもそれなりに人の流れがありましたので、そろそろリベンジを考えていた私は南西のミキュシバ森林に向かう事にしました。
どういう顔をして会えばいいのかわからなかったので、リスポーンしていったスコルさんに行く先は伝えていなかったのですが……。
「いや~まいったまいった、ユリちーの魅力舐めてたわ」
何故かシレっとした顔でスコルさんが追いついて来て、言葉に詰まりました。私がいる場所をどうやって割り出しているのかよくわからないのですが、ヘラリと崩れたように笑うスコルさんの顔を見ていると何かどうでもよくなってきますね。まあスコルさんだからという事で納得しておく事にしたのですが、こう、角兎にモフられていた時の痴態を考えると、その顔が直視できません。
「どうったの、ユリちー?」
「…なんでもありません」
私はその時の事を考えるだけで頬が熱くなるのですが、スコルさんは何事もなかったみたいな顔をする事を選択したようですね。何時までも恥ずかしがっている訳にもいきませんし、私もそれに乗っかる事にしましょう。
そのまま一緒に行動する流れになったのですが、流石に少しだけ距離をとられているような気がします。足元に擦り寄ってこないスコルさんというのもちょっと変な感じですね。
ちなみに角兎を蹴散らす時に魔光石の剣も試してみてみたのですが、こちらはスコルさんの言っていた通り、剣としての攻撃力は変わらず、纏った光が当たると魔法攻撃となるようですね。熱か何かで焼き切るようなジュッという音と共に、大ダメージを与えてくれました。
【ルドラの火】とも相性が良いようで、普通の剣より火力が高くなり、耐久度の減りも少ない気がするのですが、修理する手間がありますからね、スコルさんの剣は右手専用にして、左手は使い捨てが出来る市販品を使おうと思います。
とにかく、色々と検証してみた結果を纏めると、戦闘面ではかなり便利、ただコミュニケーション面ではかなり不便という事になりますね。
恥を忍んで運営にも改善策がないか問い合わせをしてみたのですが、かなり時間を開けてから、何故かフランス語で返信がありました。
一瞬バグかと思ったのですが、その下に機械翻訳にかけられたと思われる日本語訳があり、内容を要約してみると『人外なので町に出入りする際にはリスクがある事をご了承ください』との事ですね。
そう言われればそうなのですが、のうのうとした顔で町を出入りしているスコルさんを見ているとちょっと不公平に思ってしまいます。まあ完全にモンスターと同じ見た目をしている我謝さんや、重度の人外プレイヤーはあまり町中で見かけた事がありませんし、意外と皆、何かしらの苦労を強いられているのかもしれませんね。
「ま、色々不便があるのはしかたないわね~、おっさんだってこう見えて苦労しているんだから」
その辺りの運営とのやり取りをスコルさんに話すと、訳知り顔で肩をすくめられてしまいました。スコルさんは特に苦労している様子は見られないのですが、実は装備できるまともな防具がないので紙耐久、それ以前に金策が地獄なのだそうです。
「アイテム拾えないから稼ぐ方法がクエストオンリーなのよね~、引きずっていくっていう方法もあるけど、それをしちゃうと通報されちゃうし、おっさんだって苦労しているのよ~?」
素材集めに鞄は必須なのですが、背中に背負うタイプだと横に垂れてきて邪魔だし、お腹側は足の動きが阻害されるので論外、だからと言って小さくすると収納力や出し入れが出来ないと散々なようですね。
そもそもの問題として1人では脱着が出来ないと、たぶん私を励ます意味合いで面白おかしく『魔狼』の欠点を話してくれたのですが、そんな話を聞いていると、丁度いいアイテムを思い出しました。
「そういえば、こんな物があるのですが…」
ヨーコさんからもう一つストラを貰っていたのですが、正直どうしようかと思っていたのですよね。
「なになに?良い物?」
「では、あるのですが…」
私が取り出したのは、通常のローパーで作られた、白地にこげ茶の刺繍が入った『収納のストラ』ですね。裏面がジェルになっていないので耐久度はイビルストラより劣り、MP修復が出来ないので裁縫的な通常修理に頼らないといけないという、性能が完全にイビルストラの下位互換なのですよね。ただ収納力は私が使っている物と殆ど変わりませんし、前垂れのポケットは手を入れやすいようになっているのでスコルさんの前足も入る筈です。
イビルストラが消耗品なら予備としてとっておくのですが、MPを使えば再生するので耐久度の面でも問題なく、アイテムを預ける保管庫や倉庫みたいな物でもあれば預けておけるのですが、保管庫は実質ハウジング要素に近いシステムとなっており、お金がかかります。まあお金は貯まっているのでハウジングに手を出してもいいのですが、そうするとまた金欠地獄に逆戻りになのでちょっと躊躇していたのですよね。
ヨーコさんの好意でオマケしてくれたアイテムを即座に売り払うというのはどうかと思いますし、だからと言って完全下位互換のアイテムを常に持ち歩くのもちょっとどうかと思うのですよね。それなら「知り合いにあげました」みたいな方が幾分いいような気がします。スコルさんなら一目で既製品が使えないので必要としているというのがわかると思いますし、検証を手伝ってくれたお礼もまだできていませんので、プレゼントするには丁度いいと思います。
「これを、こうして…フードとこの内側がポケットになっているのですが、スコルさんは【鞄】か【ランジェリー】スキルは持っていますか?」
前垂れの長さを調整する意味合いで首元で一度結ぶと、丁度いい長さになりますね。
「いやー特に使う予定なかったから取ってなかったけど、え、なにこれ、お揃い?」
「………」
あまり考えないようにしていた事を指摘されて、私は無言でスコルさんからストラを回収します。
「わー待って待って!冗談、冗談よ!?ほら、ちゃんと使うからちょうだーい、おねがーいユリち~」
ゴロンと寝そべりお腹を見せて「ハッハッハッ」と服従のポーズをしてくるのですが、その顔が妙に胡散臭いですね。
「はいはい、つけてあげるので起き上がってください」
「わーい」
ブンブンと尻尾を振るスコルさんにもう一度『収納のストラ』を付けてあげると、嬉しそうに前垂れのポケットに前足を入れたり出したりしていますね。
「うーん、ちょっと慣れが必要だけど、ホッ、ハッ!どうよ?」
その辺りに落ちていた石をポケットの中に入れたり出したりしているスコルさんなのですが、本当に器用ですね。どうすれば狼の前足でサッと出したり入れたり出来るのかがわかりません。
「凄いと思います」
「でへ~そうでしょそうでしょ?おっさんの事もっと褒めてもいいのよ?」
何故でしょうね、やっている事は本当に凄いのですが、この素直に称賛したくない気持ちは……ついついスコルさんを見る目が険しくなってしまったのですが、スコルさんはその視線に気づかないフリをして、ポケットを弄り回しています。
「これって収納ポケットよね?」
「そうですね」
狼の姿で鞄を使う事を想定していなかったのか、スコルさんは該当するスキルを習得していないようですね。その状態ではちゃんとした収納効果が発揮されず、ポケットの大きさは見た目通りのままのようです。
それでも何もなかった時よりかは便利になっている筈なのですが、耐久面の事を考えると【鞄】辺りのスキルを取得しておくべきでしょう。
「となるとスキルよね~うーん、どうしようかなー?」
どうやらスコルさんのSPは魅了耐性を取った時点で残り少なくなっていたのか、使い切ってしまったようですね。ある意味私のせいでSPが枯渇したとも言えるのですが、どうしましょう?これからやろうとしている事を考えるとスコルさんが居てくれるとかなり楽になるのですが、色々と不都合はあるのですよね。
「…これから狩りに行こうと思っていたのですが、スコルさんも一緒にどうですか?上手くいけばスコルさんのレベルも上がると思いますが」
スキルも装備も揃い、そろそろ大丈夫だと思うのですが、ソロ討伐だとまだ少し不安です。そしてもし今日中に倒せない場合はモヤモヤしたままイベントに突入という、心からイベントを楽しめない状態になるのですよね。
勿論戦いとなるとまた痴態を見せてしまうのかもしれませんが、もう今更ですからね。そう割り切れば、スコルさんはかなり頼りになるPTメンバーだと思います。
「いいけど、何を狩るの?あんまりおっかないのとかおっさん勘弁よ?」
勘の良いスコルさんはどこか警戒気味なのですが、私は淡々と倒すべきモンスターの名前を口にしました。
「オーガビースト退治です」




