9:ルドラの火
像の右手に金剛杵を乗せると、今まで無機質な物だと思っていた像が滑らかに動き出し、金剛杵を握りこみます。
金剛杵を掴んだ手から青白い光が像全体に広がり、淡く輝き始めます。動かない彫像から、生き生きとした生命への変換。髪の毛は少し濃い青色で、まるで生きた炎のように燃え上がります。開かれた瞳は薄い水色。その全身からは耐え難い圧力が放出されており、その力に押されて、私は一歩後ずさりました。
『礼を言おう、小さき者よ。我が名はルドラ、古の神の一柱である。この体は世界に散らばる依り代の一つであるのだが……ある男が力の源の半身を持ち出しおってな、動けなくなり、困っていたところなのだ。よくぞ我がヴァジュラを持ち帰ってくれた』
像が、ゆっくりと喋り始めました。その声は音というよりも頭に直接響いてくるような感じで、脳が揺れます。
確かルドラはインド神話に出てくる神様の名前だった筈です。純ヨーロッパ風の街並みが広がるブレイクヒーローズの世界観には合わないような気がするのですが、何かしらの関係性がある神様だったのかもしれません。まあそのあたりは時間があれば後で調べましょう。
「いえ、成り行きです」
『はは、謙遜しているのかしていないのかわからん返事よの。だが約束は守ろう。ただ……我が力を貸すには、その小さき体では酷だろう』
「……すみません」
レベル1ですし、まさか最初のセーフティーエリア内でこんなイベントがあるとは思ってもいませんでした。
『なに、気にするな。いくら精霊の力を借りようとも、人の身は人の身、鍛えていようとも、いきなり我が力を振るえというのは酷というものよ。しかし、我も神としての矜持がある。約束を違える訳にもいかんのでな。そうだな、では汝は何を望む?金か?物か?何でも好きな物を言うがよい』
たぶんここで「金」と答えたら、その身に着けている黄金か何かが貰えるのでしょう。換金すれば初期資産としては問題のない金額が貰えるかもしれません。「物」というのは範囲が広すぎて推測できませんが、ルドラさんは弓を持っていますし、何かしらの装備か、希少なアイテムが貰えるのでしょう。
(これは引っ掛け、ですよね?)
力を与えると言っておきながら、わざわざ「金」か「物」かと言い換えているのは問題をすり替えているような気がしてなりません。
「でしたら、力でお願いします」
なので私の答えはこれです。
『なるほど、良く分かった。だがいいのか?言った通り、我が力を振るうに汝の体は小さすぎるぞ?』
やはり「力」と答えるのが正解だったようです。正解を引き当てられたというように、ルドラさんは破顔するように笑いながら、確認してきてくれます。
「問題ありません」
『その決意、確かに受け取った。我が力の一端を汝に与えよう。好きな部位を言うがよい』
「好きな部位、ですか?」
どういう事でしょう?
『繰り返しになるが、我が力の全てをいきなりその身に宿すのでは、いかに精霊の加護を受けている体といえど消滅する他あるまい。ゆえに、その体の一部に、我が力の一部を授けよう。汝が力を振るうに易い場所を選ぶが良い。その力を十全に振るえるようになった時、更なる力を授けよう』
つまりゲーム的に言い換えると、スキルを取得させてくれて、その熟練度をMAXにしたら次のスキルをくれるという感じでしょうか?
「更なる力を授かる時は、またここに来たらいいのですか?」
『否。依り代は依り代、汝の体とそう違いはない。我が意識をこうして宿したのだ、この体は暫くすれば滅びるだろう。とはいえ、案ずるな。我のいる神々の世界に来いとまでは言わぬ。この世界にはこの依り代と同じ像がいくつかある、そちらに来るが良い』
つまり祠を回るというか、重要な場所をめぐるイベントという訳ですね。そう私が解釈をしていると、ルドラさんは挑発的に目を細めると、凄みのある顔で笑います。
『もちろん、依り代の方ではなく、我のもとにくるのも良し。その時は我が本体が直々に汝の相手をしよう』
感じていた圧が強くなり、建物がきしみます。ルドラさんを中心に風が渦巻き、髪がなびき、目を開けていられなくなります。
「…そちらには、そのうちに」
本当に神々の世界というのがあるのなら、一度は行ってみたいと思います。
『はは、期待していよう。それで、どこにするのだ?』
私の言葉を他愛もない戯れととらえたのか、ルドラさんは大きく笑います。それに合わせて暴風も収まりました。
別に私を傷つけようとしている感じではなかったので怖くはなかったのですが、髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまいましたね。
(さて、そうですね……)
髪の毛を手櫛でとかしながら、私は考えます。出来ればそれほど重要度が高くなく、スキルの使用に問題のない場所がいいのですが……それ以前に確認しておかないといけない事がありますね。
「部位というと、具体的にはどの範囲なのですか?人差し指一本とかでも可能ですか?それと力とはどういう力なのですか?」
『ふむ。部位に関しては、その小ささでは否だ。我が力の一部といえど耐えれまい。五体という範囲であると心得よ。力は力であり、楽しみにしているが良い』
つまり頭、右手、左手、右足、左足のどれかですね。もしかしたら体も指定できるかもしれませんが、効果がわからないうちはやめておきましょう。防御系のスキルならいいのですが、万が一攻撃系のスキルが貰えた場合、私のメイン火力がボディーアタックになるという悲惨な結果になるかもしれません。
出来ればどんな力が貰えるか事前に教えて欲しかったのですが、ルドラさんはとても悪い笑みを浮かべていますし、教えてくれる雰囲気ではありません。
今のところ最有力なのが、左手、ですね。頭は角とスキルが被っても嫌ですし、右手は単純に空けておきたいです。右足左足は両方一緒にスキルが貰えるのなら選んでもいいのですが、片足づずとなると、色々と支障が出てくるでしょう。場合によっては選んだ方の足だけ強くなり、まともに歩けなくなるという可能性がありました。
「左手でお願いします」
なのでここは無難に消去法でいきましょう。
『そうか、では、左手を出すがよい』
ルドラさんの言葉に従って、私は左手を差し出します。すると像が纏っていた青白い光がゆっくりと私の左手に伸びてきて、手のひらに吸い込まれて行きました。それと反比例するように、左手から力が抜けていきます。
開いた穴に水が流れ込むように、全身の力が左手に集まっていき、一瞬意識が遠くなりました。
『案ずるな、問題ない。魔力が動いているだけだ。しかし、汝の体もそうだが、我が依り代もそう長くはないな…今のうちに聞いておきたい事はあるか?』
よく見てみると、ルドラさんの体にヒビが入っていっており、今にも崩れ落ちそうになっています。
「…では何故、金剛…ヴァジュラが井戸の中にあったのですか?」
私の質問に、ルドラさんは一瞬呆けたような、「何故よりによってそれなのだ?」という顔をしました。
私も言ってからどうでもいい質問だったと思ったのですが、貧血に似た脱力感に意識を保っているのが精いっぱいで、頭が回っていませんでした
まあ力の検証は後々自分ですればいいですし、最低限の説明はスキル欄を見たらわかるでしょう。それに比べて井戸の中にあった理由は、今聞いておかなければ一生謎のままという事にもなりえますからね。聞くのは一時の恥、聞かぬは一生の恥という事にしておきましょう。
『…この庵に住んでいた男が我が依り代から持ち出したのだ。なんでも水の浄化をすると言ってな。そんな事でわざわざ顕現も出来ぬし、遠くに持ち出された訳でもないのでと捨ておいたのだが……いつの間にかその男が死んでしまっていてな、ほとほとどうしたものかと困っていたところだったのだ』
実はルドラさんも誰かに愚痴を言いたかったのか、呆れながらもちゃんと話してくれました。その話が終わるくらいに、ちょうど力の継承も終わったようです。
左手の甲には『や』と『6』と『一』を混ぜたようなマークが浮かび上がっていたのですが、光が収まると同時に、それも溶けるように見えなくなりました。何のマークだろうとは思いましたが、きっとこの世界でルドラさんを示すマークか何かなのでしょう。
『それでは、汝が我がもとに来るのを次の土地で待っているとしよう』
文字が消えるのと同時に、ルドラさんの体が崩壊し始めます。バラバラになるという普通の壊れ方ではなく、いきなり砂になるという壊れ方です。その砂もキラキラとした光に変わり、宙を舞って消えていきます。
「ありがとうございました」
面白そうな力を貰った事ですし、私は感謝の意を示すためにも、しっかりと頭を下げてお礼を言いました。
『何、我も退屈しのぎになった』
ルドラさんは最後にそう言うと、すべての砂が光となり、完全に消えていきました。
『Uniqueスキル【ルドラの火】を習得しました。これは特殊イベントによる習得のためアナウンスを行っております。また、このスキル取得によるSPの消費はありません』
さて、少し休憩したら検証開始ですね。
※誤字報告ありがとうございます(10/15)訂正しました。