83:新・スコルさんの剣
人混みの中からのしのしと歩いてきたのは、ドワーフの鍛冶師のドゥリンさんですね。途中一度立ち止まり、私の髪や胸を見てから首を傾げたのですが、そのまま不思議そうな顔で近づいてきました。スコルさんの耐性が高いので油断してしまったのですが、どうやらドゥリンさんにはスキルが入っているようですね。
「お、おう……?」
案の定、ある程度近づいてきた所でドゥリンさんは顔を赤らめて、戸惑ったように立ち尽くしました。
「え、何?おやっさんどうったの?」
「うるせぇぞエイジ!黙ってろ!!」
私がどうしようかと思案していると、スコルさんが間を取りなす様に入ってくれたのですが、それで何故か効果が減少したようですね。
ヨーコさんは「声を聞いていたら」と言っていましたし、ドゥリンさんは私を見つけたあたりで効果を発揮していましたし、その辺りの事が発動条件なのでしょうか? 色々と検証したい事だらけなのですが、とにかく今は、ドゥリンさんの要件が先ですね。
「どうしました?」
「い、いや、お前さんに頼まれていた剣の修理が終わったんだが、一向に取りにこねーし、どうしたもんかと悩んでいたんだが、エイジの奴が近くにいるって言うもんでな…」
そう言いながら袋から取り出したのは、私が預けていた剣ですね。修理に出していた事をすっかり忘れていました。
「ありがとうございます、それでお代は……?」
代金を支払おうとしたのですが、ドゥリンさんはカチンコチンに固まったまま、一度私の胸を見て、それから私の顔を見て、よろめきました。その顔は真っ赤で、心臓の辺りを押さえながらブルブル震えていました。
「ありゃーおやっさん大丈夫?」
「ぐっ、うるさいぞエイジ!いや、代金はいい、俺はこれから仕事だからな!後はエイジにでも聞いてくれ!」
投げつけるようにスコルさんに剣を渡すと、ドゥリンさんは慌ただしく走り去って行きました。「代金はいい」と言っているのですが、本当にタダという訳にもいかないような気がするのですが、どうしましょう?
「ま、おやっさんがタダで良いって言うんならいいんじゃないの?お言葉に甘えておきなさいって」
スコルさんから剣を渡されて、受け取ります。
「そういう訳にもいかないと思うのですが…」
まあ今は魅了が入っていて冷静でないのかもしれませんし、後で「これくらいで」と言われたら支払う事にしましょう。と言うより、よくよく考えてみれば、材料である『鉄鉱石』を多めに納品していますし、金額に関しては本当に気にしないで良いかもしれませんね。
「いや~それにしても凄い効果ね~このままホレられたらどうするのー?おやっさん妻子持ちよ?」
「スキルの影響ですから、そのうちもとに戻ると思いますよ」
そうでなくては困るのですが、常時これだとコミュニケーションの面で前途多難ですね。まあもうその辺りはどうしようもないとして、今は渡された剣の方ですね。単純に修理されただけというのならそれほど興味も湧かないのですが、渡された剣は全体的に細身になっており、柄も短くなっています。それに合わせて全体的にバランスを調整されており、殆どデザインが似ている別の剣と言う感じですね。そんな剣を渡されて、ウキウキしないゲーマーはいないでしょう。
「あーそれね、ユリちー用に細かく調整したみたいよ。前のはおっさん用だったからねー、どう?良い感じでしょ?」
「はい…でも重量が軽いのが気になりますね」
何だかんだ言って質量は攻撃力に直結しますからね、ある程度の重さがあった方が良いのですが……たぶんこの剣は、16歳の女の子が使う事を前提に調整されているのだと思います。ですが今の私は魔人の補正とまではいかないものの、レッサーリリムの補正が入っていますからね、この設定ではかなり軽く感じてしまいます。
「まま、そう言わず、ちょっと抜いてみ?」
スコルさんに促され、刃を確かめるように少しだけ抜いてみると、刀身から紫とピンク色が混じったような不思議な燐光が漏れました。
「これは…?」
刀身の色は黒寄りの鋼色、それが淡く光り、刃を動かすと燐光が漏れました。
「ユリちー魔光石って知ってる?ロックゴーレムの時に出たアイテムだからもしかしたら持っているかもだけど、それを混ぜてみたんだってさ。おやっさんが言うには攻撃特性が魔法寄りにーてなわけで、重量より命中性を重視したみたいよ?」
「なるほど」
スコルさんが言うには、物理的な切れ味は前と変わらず、それでいて単純な攻撃力の上に自分の魔力を乗せる事が出来るようになったらしいです。
「ウキウキするのはいいけど、はしゃいで指切ったり、試し斬りじゃーっておっさんに斬りかかったりしないでね」
光を纏う剣なんてファンタジーな武器にちょっと内心ときめいてしまっていたのですが、スコルさんには呆れたように肩をすくめられてしまいました。
「しませんよ」
流石にそんな子供ではないですと反論したのが子供っぽかったのか、スコルさんには笑われました。
「いやーおっさんにもこんな時代があったわー」
「そうですか」
ニヤニヤと笑うスコルさんとこれ以上言い争っても仕方がないので、私は大人しく剣を鞘に仕舞って、蔦を使って腰に固定しておく事にしました。
ちなみに小物類は今まで無理やり蔦や尻尾で固定していたのですが、そういう物は一括してイビルストラの前ポケットに、腰には短剣とスコルさんの剣を左右にかけておきます。支えている場所に2本分の重量がかかり、少し下に引っ張られるのですが、【ランジェリー】スキルが上がって蔦を動かしやすくなっていますからね、下半身に回していた分を少し上に回して、重量を支えるように調整しておきます。上に回した分下の食い込みがきつくなったのですが、まあそれは仕方がないと諦めておきましょう。
「…そう言えば、スコルさんも進化したのですね」
いつまでもニヤニヤしているスコルさんに対して、話題を逸らすようにそう話を振ると、スコルさんはパッと顔を上げました。
「そうそう、今のおっさんは『魔狼』なのよ、んで、こういう事が出来るようになったわけ」
そう言いながら前足の爪を見えるような位置に上げた後、スコルさんが「【ウィンドクロー】」と唱えると、その爪に緑色の風が巻き付き、鎌のような形になりました。
「他にも色々と魔法が使えるようになったし、いやーこれでやっと噛みつきにいかなくてもよくなってねー、角兎とかウルフはまあいいのだけど、ゴブリンがきつくてきつくて…ユリちーもゴブリン噛みつく事があったら注意した方がいいわよ」
噛めばちゃんと味があるそうで、その中でもゴブリンはかなり酷い味だという事です。
「気を付けます」
その知識はたぶんこれから一度も役立つ事がなさそうなのですが、適当に同意しておきましょう。
その後スコルさんは幾つかの魔法を披露してくれたのですが、どうやらかなり魔法適性が高くなっているようですね。もしかしたらそのおかげで、私の魅了スキルに対しての耐性が高いのかもしれません。
「そういえばユリちーも何か変わった?羽とか無くなったみたいだけど」
スコルさんは改めて私の全身を眺めながらそんな事を言うのですが、ここで私も『進化』した事をバラすか、一瞬悩みました。別に隠すほどでもないのですが、『レッサーリリム』だと教えると笑われる気がしたのと、イベント前日ですからね、情報は伏せておくべきかと考えたのですが、相手はスコルさんですしね、まあいいかと【収納】を解除する事にしました。
「はい、今はこんな感じです」
いきなりモンスターが町の中に現れたと思われても嫌ですからね、私はギルドカードが首からかかっている事を確認してから、角や腰翼や尻尾を【展開】すると、周囲のプレイヤー達や、NPCがザワリと揺れました。
色合いや形が少し変わっただけですし、それほど大きな騒ぎにはならないと思ったのですがすが、ちょっと予想以上のどよめきですね。
「ふ…ッ…んぅ……す、スコルさん?」
何事かと周囲を見回していると、いきなりスコルさんがすり寄って来て、声が漏れました。前回の反省点を活かしているのか、ゾリゾリと痛くならないようにすり寄ってきているのは流石なのですが、その硬い毛が蔦にカチカチとした刺激を与えてきて、私はよろめきます。
体を支えるようにスコルさんの背中に手をついたのですが、その瞬間黒い毛が凄い勢いで逆立ちました。それがゆるゆるとおさまっていったかと思うと、スコルさんはギギギと言う濁音が付いたような動作で私の顔を見て……ピョンと飛び跳ね、私から距離をとります。
「あっぶなー、おっさんも色香に惑われそうになったわ、ユリちー、恐ろしい子!」
「どういう事ですか…」
いきなりの物言いについ視線が険しくなってしまったのですが、スコルさんは冗談だという様にヘニャリと笑いました。
「まま、そのあたりの積もる話は後にして、一旦ここを脱出した方が良いと思うわ」
スコルさんがそう言いながら周囲を見回すと、他の人達が股間を押さえて蹲っていたり、顔をのぼせ上らせていたりと、ちょっと凄い状態ですね。何でしょう、人間形態の時より、『レッサーリリム』の時の方がスキルの効果が高いのでしょうか?まあ常識的に考えて、『レッサーリリム』の方が魅了のスキルの効果は高くなりそうですね。
「そうですね」
自問自答気味に答えを出すと、私とスコルさんは他のプレイヤー達に囲まれる前に、その場から逃げ出す事にしました。
※毎日投稿は維持したいのですが、ストック枯渇により投稿時間を少し変えようと思います。今のところ3時間ずらしで、6時、9時、12時、15時、18時、21時、24時の投稿を目指したいと思います。




