82:イビルストラ(偽)
アイテムを引き取りに来ただけなのに、ドッと疲れたような気がします。もどかしいような、勿体ないような、よくわからないグルグルした感情を持て余したまま、私は放心したように机の上でウネウネと動いているローパーを眺めていたのですが、何時までも床の上に寝転がっている訳にもいきませんし、そろそろ起き上がりましょう。そう考えていると、ヨーコさんから連絡が入りました。
『ごめんなさい…』
どうやらリスポーンした事により状態異常が解除されたようですね。演技の入っていない素の声色で、ヨーコさんに謝罪されました。
『何でかしら?ちょっとお薬作ってハイになっていたっていうのもあるんだけど、ユリエルちゃんの声聞いていたら何か変な気分になっちゃって…』
『いえ…こちらこそ、すみません…』
もしかしたら私のスキルのせいでおかしくなってしまったのかもしれません。その為お互い謝罪の言葉を口にしてから少し黙り込んでしまい、話題を変えるようにヨーコさんは装備品についての説明をしてくれました。
『まずぅ、前垂れの部分の裏側だけど~…』
ヨーコさんが言うには、ストラの前垂れの部分には片側5か所、左右で計10ヵ所の切れ込みが入っており、その切れ込み部分がポケットになっているそうです。
1つあたりの収納量は魔法的に強化されており、だいたいショルダーポーチ2つ分の収納力があるそうです。その中でも一番下のポケットは他より少しだけ大きく作っているとの事で、他の場所と差別化を図っているとの事でした。
構造的な欠陥として、どうしてもストラが乳カーテンのようになってしまい、咄嗟に手を入れる事が出来るポケットは胸の下に出ている3か所だけなのですが、ヨーコさん的には上2つは予備と考えており、咄嗟に出す必要の無い物を入れる事を想定しているそうです。そのため下3つのポケットの口は斜めに切り込みを入れ、すぐに手が入るような構造になっているのですが、上2つは中の物が落ちづらいように横の切れ込みを入れたそうです。
すぐに使用できるポケットは左右6か所、1つあたりポーチ2つ分+αなので、合計するとショルダーポーチ12個分以上の収納量と、小物を入れるには十分すぎる収納力があるそうです。
露出を減らすという要望にもしっかり応えてくれており、帯の先端には金属が填められており、真っすぐ下に落ちて胸の先端を隠す構造になっているのですが……上から2つ目のポケットが丁度乳首の位置にあり、ズレないように引っかかると言いますか、裏面がジェル状になっているせいか、まるで歯の無いプニプニした唇に咥えられているような何とも言えない感じなのですよね。
イビルストラはドレスの蔦のように動かないので気にしなければ良いのですが、プリプリとした弾力ある感触と、その奥のゴツゴツした樹皮のような感触が……。
『大丈夫~?』
『は、はい、続けてください』
えっと、イビルストラの説明でしたね。少し黙り込んでしまった私に、ヨーコさんが心配そうに声をかけて来たのですが、今はちゃんと説明を聞きましょう。
首の後ろにある大きめのフード部分はそのままフードとして使う事も可能なのですが、収納用のバックパックにもなるそうで、だいたいスノーベア1体分くらいは入るそうです。素材を入れたままフードとして使う事も可能なのですが、9割以上、つまりほぼ満杯に入っている状態でフードを被ると中の素材が落ちてきてしまうから注意するように言われました。あと中に入れた物はどうしても取り出しづらいので、すぐに使う物は前垂れのポケットの方に入れておくように言われました。
『後は~ユリエルちゃんに頼まれていた耐久面だけどぉ、これはちょっと性質が変化しているみたいだからよくわからないのよね~。一応耐性を持たせつつイビルローパーの再生力を利用した形にしてみたのだけどーそれはユリエルちゃんに直接確かめて欲しいかなぁ?』
との事ですね。まあヨーコさんが試したのはこうなる前の物ですし、そちらは自分で試す事にしましょう。
『わかりました』
『あ、そうだーそのストラが入っていた棚にもう1つ色違いの同じ物が入っているのだけどーそれも持っていっちゃっていいわよ~というよりぃ、本当はそっちを渡そうとしたのよね~』
イビルストラ(偽)がよくわからない物になったため、通常種のローパーで作った物もあるとの事ですね。
『いいのですか?』
私は素材納品と言う形で1つ分の値段しか払っていないのですが、良いのでしょうか?
『いいのよ~迷惑かけちゃったオマケみたいなものだしー、あ~そうそう、なんなら机の上の媚薬も必要なら持って行っちゃっていいわよ~?』
言外に「楽しんでみる?」みたいなニュアンスで、何か通話越しのヨーコさんが「フフフ」と笑っているような気がします。
『いえ、そちらは大丈夫です…』
『あら~出来たら効果がどうなるのか知りたいのだけど~?』
「協力してくれないかなぁ?」みたいなノリで言われるのですが、絶対にこれはからかわれていますよね?まあ反応すればするだけからかわれるような気がするので、その辺りは一旦横に置いておいて、耐久についての検証をしてみましょう。
まず防刃性能ですが、短剣を布地に当てて横に引くと、ギッと絡まるように刃が止まりました。どうやら布に縫い込まれた刺繍が一定の防刃性能を発揮してくれているようですね。ただこれがモンスターの攻撃となると厳しいかもしれませんし、打撃に対してはただの布なので、強靭さはともかく、防御面ではそれほど期待しない方が良いでしょう。
そして肝心の【ルドラの火】に対する耐性なのですが、これはイビルローパー程度の燃えづらさですね。いきなり燃え尽きるという事はないのですが、火をあてていればジリジリと燃えていく感じです。ただ燃え尽きた後は、シュワシュワと音をたてて……再生しました。
どうやらイビルローパーの触手のような特性があるようです。その際に切り取られた部分の大きさに合わせてMPが消費されるのですが、今の私からすれば殆ど誤差範囲ですね。
切り離された方は地面に落ちれば泡となり、ポケットに入れていた物はその時点で外に出てくる仕様のようです。これなら1番上のポケットが安全で、下に行くほど外に放りだされる危険があるという事ですし、物を入れる際はその事を念頭に入れておいた方がいいかもしれません。と、最低限の検証をしたところで、いつまでも媚薬の漂う部屋の中にいても不味いですし、そろそろヨーコさんがリスポーン地点から戻ってくるかもしれませんので、オマケを受け取って退散する事にしましょう。
外に出るとヒヤリとした新鮮な空気で、私は自分の体が少し火照っている事に気づきました。耐性は発動していたのですが、場の空気に呑まれたと言いますか、軽く状態異常にかかっていたのかもしれませんね。
頬に手を当てて深呼吸をしていると、何か周囲の人がチラチラ見てきているような気がします。
そんな事を考えていると、向こうからスタスタと歩いてくるスコルさん?を発見しました。微妙に首を傾げたのはその姿が大きく変わっていて、少し自信がなかったからですね。これはスコルさんも『進化』したという事でしょうか?
前までのスコルさんは体高1メートルの黒いシベリアンハスキーのような見た目だったのですが、今こちらに歩いてきているのはそれより一回り大きく、体高は1.3メートル程度、犬っぽさが抜けて、狼寄りの見た目をしています。
色も複雑な色合いの黒色で、見る角度や光の加減で色々な見え方をしていますね。毛並みもどこか野性的になっているような感じで、ちょっと本人には失礼かもしれませんが、精悍になったというより油でギトギトになった印象です。そんな大型の狼が町中を闊歩しているというのはかなり異様な光景なのですが、そのニヤケたようなヘラヘラした表情や、纏う独特な雰囲気のおかげか、不思議と馴染んでいるのですよね。とにかく、そんな狼っぽいプレイヤーがトコトコと人混みを縫うように歩いてきており、軽い調子で話しかけてきました。
「おーユリちー探したわよー」
どうやら気のせいとか、赤の他人ではなく、スコルさんのようですね。というより、今の私は【隠陰】を使っているので見つけづらい筈なのですが、スコルさんの探知能力はどうなっているのでしょう?
「探したというのは…あ……」
色々な事に意識が取られていて、うっかりスキルの事を忘れていました。スコルさんは急に声を上げた私に不思議そうな顔をしながらもそのまま近づいて来て、ある程度の距離で一度立ち止まり、首を傾げました。
「え、なに、このおっさんの胸の高鳴り……これが、恋?」
ときめいた顔をしていますが、結構余裕がありますよね?
「すみません、たぶんスキルの効果が出ていると思うのですが…パッシブスキルなので解除が出来なくて」
「あーなるほど、ユリちーそういう見た目だからねーそういうスキルもつくもんだーね。とにかく、ちょいと待ってね~ほいほいっと」
スコルさんはポチポチとステータス画面を弄っていたかと思うと、それから何事もなかったようにトコトコと近づいてくるのですが、その様子は発情したヨーコさんのような危なげな様子はないですね。いえ、いつも通りのヘラヘラした笑みは浮かべているのですが、種族的なものか、スコルさん本人の精神力が高いのか、特にいつもと変わりはないようです。
「すみません、もしかしてSP使わせてしまいましたか?」
ステータス画面を開いていたようですし、もしかしたら何かしらの耐性スキルを取得したのかもしれません。
「ん?気にしない気にしな~い、おっさんのSP余ってたし、こうやってユリちーに近づけるほうが重要ってもんよ」
「っつ!?」
何時もみたいにすり寄ってくるスコルさんなのですが、前はチクチクする程度だったその毛皮が鉄片のように硬くなっており、ゾリっと当たって痛いですね。
「ありゃ、ごめんねーおっさんペロペロしてあげるから」
「いりません!!」
本当に舐めようとしてきていたので慌てて距離を取ると、スコルさんは舌を出したまま「へっへっへ」と犬っぽく笑います。
「それで、何か用事ですか?急ぎであれば、連絡を入れてくれればよかったのに」
「いやーおっさんの用事っていうより、まあ行きずり?っていうか、ついで?」
よくわからない事を言うスコルさんなのですが、軽く促すように後ろを振り向くと、その方向からまた見慣れた人がやってきました。
「おいエイジ、ピンク髪の嬢ちゃんを見つけたって本当か?って、おお、本当に居やがった。探したぞ!!」
ドワーフのドゥリンさんですね。どうやらスコルさんではなくドゥリンさんの方が私に用事があったようなのですが、どうしたのでしょう?
※スコルさんも『魔犬』から『魔狼』に進化しているので、身体能力と魔法適性がかなり高くなっています。本人の精神力も高いので、スキルでちょっと対策すれ精神攻撃に対して結構強くなれます。




