81:副作用
「丁度良かったわ~今お薬が完成したのだけど~」
理性のタガが外れたように笑うヨーコさんは、怪しげなピンク色の薬品を持ったまま近づいてきました。あからさまに不味い状況であるような気がするのですが、ヨーコさんは完成した薬を持って近づいてきているだけと、無理やり止めると正当防衛になるのかちょっと怪しい状況なのですよね。とはいえ声をかけた程度で止まってくれるような精神状態とは思えませんし、ここは戦術的な撤退をする事にしましょう。
「そうですか、やはり私は外で待っていますので……」
適当な事を言いながら扉を閉めようとしたのですが、ヨーコさんにガッと扉を押さえられます。
「そういわずに~折角来てくれたのだからゆっくりしていって~」
絡みつくように腕を取られ、私はあれよあれよという間に部屋の中に招き入れられてしまいました。
ヨーコさんが何日か籠っていた部屋の中には怪しげな薬品臭が充満しており、見慣れない機材や道具が置かれていました。素材の大半はローパー由来のもので、それに幾つかの薬草が混じっている感じですね。ローパーは今売り出し中ですし、ある事自体はそれほどおかしい事ではないのですが、鮮度の良い物があったり、これだけ大量に置いてあったりすると、少し圧巻です。
そして片付け忘れたのだと思うのですが、部屋の隅にはローパーの触手を改造したと思われる大人のおもちゃやがあったり、どこかで見た事のある服が置かれていたりと、ちょっと目のやり場に困るような状況なのですよね。指摘するのも何なので私は視線を逸らしたのですが、この部屋の中の異様さと合わせて、ちょっと頬が熱くなります。
『サルースのドレス』も毒の効果は無力化してくれているのですが、匂いまでは無臭にしてくれるという訳ではありませんので、素材特有の臭いに薬品臭、それにヨーコさんの匂いが混じって、これはちょっと脳にきますね。普通、人の体臭なんて不快なものなのですが、混じり合ったこの臭いはちょっと刺激的で、体がおかしくなりそうですね。だんだんとウズウズした感情が蓄積していっているような気がして、落ち着きません。
耐性自体は発揮しているので毒の効果は入っていない筈なのですが、ドレスからの断続的に送られてくる甘い刺激や、転がっているローパーの触手や粘液の感触を体が思い出してしまい、スイッチが入ってしまいそうです。
「来てくれたユリエルちゃんにはこの媚薬の効果を試してー……」
「試しません」
その薬は確実に気持ち良い物だと体が期待してしまうのですが、引き返せなくなりそうなので食い気味に否定しておきます。
「え~でもとっても気持ちのいいのよ~?」
それは、まあ、材料が大量のローパーで、気化した物を吸うだけでこれだけ効果があるのですから……とか考えていると、ヨーコさんのペースに乗せられそうですね。
「…頼んでいた物を取りに来ただけですので」
何とかその魅力的な提案から逃れるように視線を逸らすと、ヨーコさんは意味深に笑ったのですが、無理やり力づくでその薬を使うという事はないようですね。怪しげな薬は一旦横に置いてくれたのですが、むしろ使ってくれた方が対処が簡単だったかもしれません。
「頼まれていた物だけど~ごめんなさいねー…いい素材を渡してくれたのだけど、ちょっと期待していた性能と違うのよね~」
そう言いながらヨーコさんが取り出したのは、司祭が肩から掛けているストラにフードを付けたような物ですね。
布の幅は15センチで、長さは私が装備した場合は大体お腹の辺りまで、色は黒地に紫の幾何学的な刺繍が入っており、所々金属的な補強がされているようですね。
別の装備の上に重ねるとただの装飾品なのですが、単独で装備するとなるとかなり凄い恰好になりますし、その辺りが【ランジェリー】装備たる所以なのかもしれません。
布地の表面はサラサラした手触りなのですが、裏面は木材的なゴツゴツした触感があり、素材本来の手触りを残していました。
装備の詳細を見てみると『イビルストラ(偽)』で、レアリティは『Epic』の品質は『C』と何かアンバランスな内容ですね。イビルローパーの素材の中には魔石も入っていたような気がするので、レアモンスターの魔石を使った物は『Epic』判定になるのでしょうか?そして品質が『C』なのは、ヨーコさんのレベルが素材に対して低いからでしょう。(偽)というのも気になりますし、確かにこれならヨーコさんの言う通り「期待していた性能と違う」という物が出来上がってしまったのでしょう。
「それじゃあ~説明しやすいようにー一度つけてもらってもいいかしら~?」
「わかりまし…ッ」
言われるままにフードが後ろになるように装備してみると、まるでストラに意識が通ったかのような、不思議な接続感がありました。今までただの布だったイビルストラが蠢いたような気がして驚いたのですが、どうやら微かにMPが吸われたようですね、今までただゴツゴツした布地だった裏面の部分がまるでイビルローパーの樹皮のような粘液に覆われ、薄いジェル状のクッション素材に変化したようです。
その粘液は滴る事なく、薄く満遍なく伸びて形を保っているので、遠くから見ると何の変化も起きていないように見えるかもしれませんが、流石に着用しているとその感触の違いはわかります。
「あら~?」
これが想定の変化だと思ったのですが、ヨーコさん的には想定外だったのか、作った本人が不思議そうな顔をして首を傾げているのですが、本当に大丈夫なのでしょうか?
物凄く不安になってくるのですが、プレイヤーの作った物ですし、流石にそれ程変な効果は無いと信じたいのですが、作ったのがちょっとテンションのおかしくなっているヨーコさんですからね、少しだけ不安になります。
「私がつけた時にはこうはならなかったのだけどぉ、おかしいわねー?イビルローパーの魔石とユリエルちゃんの相性?それとも倒した本人がつけないと意味がないのかしらぁ?」
ヨーコさんは首を傾げながら、布地の弾力を確かめるようにプニプニと押してくるのですが、それがどう考えても布地を確かめる為ではなく、先端を的確に刺激してきているのですよね。裏地越しの刺激なのでそれほど強い物ではないのですが、まるでライトキスされているように肌に吸いついてきて、変な感じです。強く押されると奥のゴリゴリした所で擦られ、体がはねてしまいます。
「【ランジェリー】スキルを、取っていないという事は…?」
「一応確かめるために一通りは取っているわよー、うーん、やっぱり若さなのかみずみずしくて、フフ、ユリエルちゃんでも段々硬くなるのねぇ」
「あの、流石にちゃんと、せ、説明を、して欲しい…んんぅッ…」
急に強くひねられると、たまらず声がでました。何かもう、恥ずかしさに逃げ出したくなったのですが、その前にヨーコさんに両手を掴まれ、押し倒されます。
「ごめんなさいねー何かユリエルちゃんを見ていたら悪戯したくなっちゃって、声を聞いていたら頭の中がキューってなっちゃうのよねー」
胸で押しつぶしてくるヨーコさんは恍惚の表情を浮かべており、体を擦りつけるだけでビクビクと体が震えています。楽しそうに笑う様はあからさまに尋常なものではなく、正常な判断が出来ていないようですね。
「あの、流石にこれ以上の冗談は……」
ヨーコさんのその表情を見ていると、不意に、色々なスキルを試した時の発情したゴブリンの表情が重なりました。
もしかして、スキルの効果がプレイヤーにもかかっているのでしょうか?
今現在の私のスキルの中で他者に効果がありそうなものをあげると【アピール】【扇動】【テンプテーション】【魅惑】あたりですね。種族的に仕方がないとしても、改めて考えると碌でもないスキルが並んでいますね。そして目の前のヨーコさんはいくら媚薬を作っていたとは言え、対策はしていますし、そう簡単に状態異常にかかるようには思えないのですが……もしその対策以上の、最後の駄目押しになる『魅了』効果がかかったらどうなるのでしょう?
「大丈夫よぉ、ちょ~っと気持ちよくなるだけだからぁ」
押し倒してきたヨーコさんは妖艶に笑いながら、私の下半身に手を伸ばしてくるのですが、すぐに肝心な場所を触る訳でもなく、焦らす様にお腹の上をなぞり、ゾワゾワとした期待感が昇ってきます。恐怖とか嫌悪感とかを上回る快楽への期待感に身動きが取れず、このままでは不味いという警鐘だけが頭の中で響き続けています。
「ら…【ライフドレイン】!」
「っ…!?」
パンツの上にヨーコさんの指がかかった瞬間、このままでは襲われると私はスキルを使用します。HPを少しだけ吸って穏便に無力化するつもりだったのですが、全身触れている状態で発動した【ライフドレイン】は一瞬でHPを吸いつくし、ヨーコさんは消えていきました。
※作った本人であるヨーコさんが効果を知らないの?ってなりますが、まだまだ調合レシピが完成している訳ではないので、作っている本人もよくわからない物が出来たりします。
その中でイビルストラ(偽)はユニークモンスター級の魔石等を使った時に作れる特別な装備のうちの一つで、着用条件は【ランジェリー】スキル持ちかつ『魔』属性持ちなのですが、この辺りの仕様はしっかり説明されている訳ではありません。ヨーコさんが自分で試した時はちゃんとした効果が出なかったのですが、使った素材もレアな物なので、一応出してみたという感じです。これとは別に通常のローパーで作った試作品が多数あり、レアリティ『A』で品質『A-』の物があったりするのですが、色々あって出しそびれました。
※Q:なんでナタリアさんの服があったの? A:やむにやまれぬ事情で汚れたので、ヨーコさんが洗ってくれていました。
※Q:なんで目の前にプレイヤーがいる状態でヨーコさんが即リスポーンしたの? A:倒した人は助けに入る人とカウントされていません。




