77:オーガビースト遭遇戦
私達3人は手ごろな敵を求めて森の奥に向かっていたのですが、現れるのはゴブリンだけで、経験値効率の良いローパーの姿はありません。
この辺りにはちょっと詳しいと豪語するウィルチェさんが言うには「こんなにいないのは珍しいよ」との事なのですが、その原因まではわからないようですね。ちなみに詳しい理由はブレイカーズギルドに『ミキュシバ森林の異変を調査せよ』みたいなクエストが張り出されていて、少し前からその調査にきているだけとの事ですね。
何でもウィルチェさんはカメラをよく壊すらしく、修理コストであるSPが枯渇気味で新しいスキルが習得できず、簡単な調査系のクエストをよく受けているとの事でした。
「だから僕がカメラを回していたのは調査のためなの、別に変な趣味があるとかじゃないからね」
との事です。どうやら自分の痴態を録画しようとしていた変態さんではなかったようなのですが、そのカメラもまた破壊されてしまい、またもやSPがピンチらしいのですが、その辺りの事は私達には関係の無い事なので適当に流しておきましょう。
「GYATUGYATU!!」
時折出てくるゴブリンを蹴り倒してはいるのですが、これでレベルを上げようとすれば数をこなす必要がありますね。弱くてすぐに倒せるのはいいのですが、こうも遭遇戦からの短期決戦ではグレースさんの魔法も間に合いません。ウィルチェさんは流石に丸腰だと何なので護身用に投げナイフを1本渡しておき、ゴブリンを倒してからはその武器を使ってもらっていたのですが、股間を押さえて「目に悪い」とか何とかよくわからない事を言ってグレースさんにポカポカ叩かれてHPを減らしているだけと、全く役に立っていません。
そんなよくわからないやり取りをする2人を守りながら進んでいるので神経を使いますし、実質1人で戦っているような状況で、私は揺れる胸を押さえながら息を吐き、汗を拭います。
グレースさんが素材の入った大きな袋の方を持ってくれてはいたのですが、気を配りながらの移動では体力の消費が激しく、森の中は粘液だらけでネチョネチョしていて歩きづらいですね。そんな風に時々休憩しながら進んでいると、途中で何か光る花を発見しました。
1メートルくらいの大きさの、細長い花瓶のような形をした植物ですね。花弁部分が薄明かりを放っていてなかなか幻想的な外見なのですが、植物に襲われた後では少し身構えてしまいますね。
「あーもうこんな所にあるんだ、そんなに来てないと思うけど、生えている場所が変わったのかな?」
私は警戒し距離をとったのですが、ウィルチェさんは無警戒にトテトテとその花に近づいて行きます。
「…危険ではないのですか?」
「んーん、これは大丈夫、むしろ良い花、かな?」
ウィルチェさんがその花を揺らすと光る綿毛のような物がフワフワと出てくるのですが、触れても人体に影響はなさそうですね。
何でもこの花の光はモンスターを遠ざける効果があるらしく、ちょうどミキュシバ森林の真ん中辺り、ムドエスベル山脈の間という場所に群生している場所があるとの事でした。
「もう少し先に行った所に沢山生えていた筈だけど、どうし……」
ウィルチェさんが不思議そうに首を傾げたのですが、その言葉の途中で、電気を纏った何かに跳ね飛ばされていきました。
「…え?」
それは本当に一瞬の出来事で、私はまったく対応できず、グレースさんもいきなり消えたように見えたウィルチェさんの居た場所を不思議そうに見ています。
状況はよくわからなかったのですが、私は咄嗟に短剣を右手で構え、投げナイフを抜き、襲撃者の跡を目で追うと……そこには1匹の獣が居ました。
一瞬で数十メートル移動したその獣は、邪魔者を排除した後優雅に引き返してくると、大きく口を開き、ウィルチェさんが先ほどまで触っていた光る花を一口で丸のみにします。
「GUOOOOUGUGUUUU!!!」
パリパリと放電したような空気に、産毛が逆立ちます。
それは鬣を持つ太った黒い狼といった感じの魔物で、爛々と光る赤い瞳、体高は2メートル半程度とそれ程大きくはないのですが、体の長さは5メートル、更に体と同程度の長さがあるフサフサした尻尾が伸びており、全長は10メートル近くと横から見るとかなりの大きさがありました。
特徴としては鬣から長く伸びた2本の房や尻尾がフワフワと揺れており、どうやら静電気を纏っているようですね。黄色く光る巨大な牙や爪は時折バチバチとスパークしており、威嚇するように地面を掻くたびに、小さな電気が舞っています。
【看破】の結果は『オーガビースト』。どうやらこれが、ウェスト港に向かう途中で出会うというボスのようですね。なぜこんな所に居るのかはわかりませんが、獲物を逃がす気はないようです。横目で確認したウィルチェさんは倒れたまま動かず、肩の辺りに大きな傷があり、ホログラムが上がっています。帰還カウントが始まっているような感じなので、助けるのは無理そうですね。
ちなみにオーガビーストのレベルは30と、イビルローパーより少し低いのですが、このゲームはスキルやAIの方が重要になりますからね、多少のレベル差はあまり気にしない方がいいかもしれません。
「グレースさん、構えてください」
事態についてこれていなかったグレースさんに警告を発しながら、私は一旦距離を詰めます。牽制を入れたいのですが、ウィルチェさんに投げナイフを渡したままなので、手元にあるのは1本だけです。外したら後がありませんし、そもそもこのレベルになると真正面から投げても殆ど当たりません。出来るだけ距離を詰めてから投げつけようと考えたのですが……そもそもオーガビーストに追いつけませんね。
(速いですね)
パチパチと雷の跡を残しながら軽やかにバックステップしていくオーガビーストに、【腰翼】を使い全力疾走している私が追いつけません。
(それなら)
私は【ルドラの火】を乗せた投げナイフをオーガビーストの手前に投げつけます。勿論【投擲】はかすりもしないのですが、地面に接触した瞬間爆発し、土煙が上がります。その煙が視界を遮った隙に、私は短剣を左手に持ち替えながら後退します。
もし土煙を突っ切るのを嫌がって足を止めてくれるのなら、グレースさんを抱えて撤退します。もし追ってきたのなら、狙うのは攻撃の瞬間のカウンターです。速くて追いつけないのなら、相手が追って来る状況を作ればいいという作戦ですね。
どうやらオーガビーストは攻撃してくる事を選んだらしく、砂煙を突き破って凄い勢いで肉薄してきました。私はタイミングを見計らい反転迎撃しようと振り向くと……オーガビーストの口元が残忍にゆがめられていました。獲物を前に舌なめずりをしているような表情に、何か嫌な予感がして作戦を中断して後退しようとしたのですが、それより速く閃光が走りました。
「GYUOUUOxx!!」
電圧が上がるような奇妙な金属音と共に、オーガビーストの口から電気が発せられ、私の体を貫きました。
「ん゙んぁッ!!?ああぁあぁああっっ!!???」
正直ダメージはそれ程ありません。たぶんマヒか何かの状態異常攻撃で、相手の動きをキャンセルさせるための攻撃なのでしょう。ですがその攻撃を受けた瞬間纏う蔦に電流が走り、3点に暴力的な電気的な刺激が押し寄せてきました。痛いというより絶妙に調整された刺激に腰が砕けそうになり、電撃が通り過ぎた後も余韻のようにパチパチと蔦が帯電し、ふらつきます。『サルースのドレス』が状態異常に抵抗してくれたおかげで何とか動けるのですが、迫るオーガビーストの巨大な爪を短剣で受け止めると……。
「あ゙っっーーッ!!!?」
短剣越しにバチバチとした電気が伝わり、身体がガクガクと痙攣します。キュっと力が入り、体中が痺れて訳が分からなくなりました。
オーガビーストはいたぶるように強弱をつけた鍔迫り合いを楽しんでいるようなのですが、その度に緩急ある衝撃が押し寄せてきて、痺れるような感覚がだんだんと大きくなっていき、私は自分で作った水たまりの上に膝をつきました。
「邪悪をめっすっつーーッ!!?」
パチパチと音を立てている意識の中、グレースさんの声が聞こえてきたのですが、オーガビーストが電撃のブレスをひと吹きすると、グレースさんはパチパチとした電気的なエフェクトを出したままその場に崩れ落ちます。やはりあのブレスはマヒ属性の攻撃か何かのようですね。動けなくなった私達にオーガビーストの牙が迫り……私は久しぶりにリスポーンする事になりました。
※適正レベルについてのお話。何か敵のレベルが異様に高くない?っていうのはあると思いますが、これはユリエルがガンガンそういう所に突撃していっているだけで、適正レベルはザコ敵で±5の範囲、ボスに関しては+10前後が適正とされています。ボスが高いのは基本PTで挑む事が前提となっているからですね。
エリアごとに10~20レベルくらい上がり、全部のエリアを回ると100レベル近くになるという調整が今のところされています。
※Q:今回はオートスペル発動しなかったの? A:意識が飛ぶ系の攻撃はむしろスキル効果がキャンセルされます。




