75:イビルローパー戦
※少し激しい戦いが繰り広げられますので、苦手な方はご注意ください。
「ひあっ…ア゙ッ、あ゙ッンッ…あァッ!!た、たすけ、ユリ…エル、さん!」
必死に地面に杖を立て抵抗するグレースさんなのですが、ローパー達の粘液に濡れた地面は滑りが良く、容赦なくズルズルとローパーの森の中に引きずり込まれていきました。どうやらこちらまで触手を伸ばせるのは黒紫色をした特殊個体だけのようなのですが、その長く伸びる2本の触手は少しやっかいですね。牽制のように振られる触手を避けながら、私は先手必勝と【ルドラの火】を乗せた投げナイフを特殊個体に投げつけるのですが……触手で弾かれました。
受け流しに使った触手はその一撃ではじけ飛んだのですが、断面がゴポゴポと泡立ったかと思うと直ぐに生え変わり、これではきりがありません。と、ゆっくりと考えている暇はありません。黒紫色をしたローパーの周囲には通常種のローパーが多数待ち構えており、その触手が届く範囲までグレースさんが引っ張られてしまうと大変な事になってしまいますね。私は剣を構え直し、射角を確保しようと横に移動しようとしたところで、黒紫色のローパーは近くにいた通常種のローパーを掴みます。
そしておもいっきり、私目掛けてローパーを投げつけてきました。
「PUYUIGII!!」
投げつけられたローパーは抗議なのか、掛け声なのか、何か叫びながら緩く回転しながら飛んでくるのですが、そんなワタワタ飛んでくるローパーに当たってあげるほどこちらは鈍くありません。私はローパーの下を掻い潜りながら一撃で斬り伏せたのですが、意識が上に向いた一瞬、地面を這うように触手が伸びてきました。
「っ…」
速いですね。鞭のようにしなる黒紫色のローパーの触手は私の右足に絡まりつき、ゾワリと嫌悪感が背中を駆け上がりました。柔らかくて、生ぬるくて、べちゃべちゃしていて、そして容赦のない力強さがありました。そのまま引き倒されるように体が浮いた瞬間、私は体を捻り足に巻き付いた触手を斬り飛ばし、受け身を取ります。
足に巻き付いた触手はそれでも数秒間生き残っていたらしく、太ももを這い上がろうとしてきたのですが、ホログラムとなり消えていきました。本当に変な所で欲望に忠実というか、嫌になりますね。
引きずられていったグレースさんに触手が届くようになったのか、黒紫色のローパーの近くのローパーから触手が伸びてきていたのですが、そちらは投げナイフで片付けます。
「PYUGUII!!」
「PUYUGIGIII!!」
「PYUGIGI!!」
瞬間的なグレースさんの安全と、投げつけてくるローパーが居なくなった所で、私の投げナイフもなくなりました。距離をとって長期戦、といきたいところですが、黒紫色のローパーの触手がグレースさんに伸びていっていますし、悠長に投げナイフを回収している時間はないですね。私は剣を使い潰すつもりで左手に持ち替え、距離を詰めます。その間、一瞬ですが時間があったので【看破】を入れると、スキルレベルが上がった効果なのでしょう、微かながら情報が出てきました。
『イビルローパー』レベルは32ですね。どう考えても最初の町の近くの森にいていい敵ではないのですが、もしかしたらローパーを退治していかないと変異種が生まれるとか言うイベントか何かがあるのかもしれませんね。どうしてもHCP社はプレイヤーにローパー退治をさせたいらしいのですが、そのためにこんなのを最初の町の隣に出すのは頭がおかしいでしょう。私は息を吐き、それから改めてイビルローパーを睨みつけます。
グレースさんのローブの中に触手が伸びかけていたのですが、私と言う脅威が迫ってきているからか引いたようですね、全身にある数十本の触手が私に向けられます。
まず一番長い触手が斜め上から襲い掛かり、それをサイドステップ気味に回避し、そこから何か嫌な予感がしたので更に一歩横に避けると、地面に擬態していた触手が一瞬前に居た空間を薙いでいきました。私はそれを尻目に、更に距離を詰めます。
「はあぁあああ!!」
どちらにしても武器は少なく、この一撃に全てをかける勢いで【ルドラの火】の火力を上げます。持った剣の耐久度が見る見る間に減っていくのですが、それより速く、私は更に地面を蹴り、勢いと火力を乗せた一撃をイビルローパーの中心線に叩き込みます。
ローパーは抵抗するように触手を振り回し剣を防ごうとしているのですが、私の火力の方が勝っていますね。次々と焼き切る触手を掻い潜りながら、私はイビルローパーに剣を突き立てました……ほんの少しだけ。
数十本の折り重なった触手は私の突進の勢いを削り、ほんの少し、もう半歩踏み込めば致命傷を与えられるという距離で勢いが止められました。
「PUYGUGUUIIII!!!」
薄皮一枚分入った一撃でイビルローパーの表面が爆発し、粘液が飛び散ります。渾身の突撃が失敗したのですぐに下がらないと危ないのですが、その粘液の爆発で視界が遮られました。勢いをつけすぎていた事も不利に働き、バックステップしようとヌメる地面を蹴った時には、私の体には再生した触手が伸びてきて……絡めとられます。
「ふぁ…ん゙ッ!!?」
振りほどこうとするのですが、力はかなり拮抗しているようですね。1本ずつならもしかしたら私の方が強いのかもしれませんが、数十本も絡みつかれると抵抗のしようがありません。顔の近くで吹きかけられた紫色の煙に、咽て力が抜けました。
いやらしいツブツブにゴリゴリと擦りあげられると我慢しようと思っていても声が漏れ、戦う意思まで削られていくような気がします。触手は太く力強い物だけではなく、繊細な動作をする細い物もあるようで、蔦と肌の間にザリザリした触手が滑り込み、絞りあげられると体がはねました。
ブレイクヒーローズだと大事な所の構造は再現されているのですが、本国と違い穴はありません。ですが触手たちは本能でその場所を狙うようになっているらしく、ゴスゴスと突いてくる衝撃が体を貫きます。感覚神経の再現はそのままなのか、突かれる衝撃は奥を突かれているのと代わり無く、大きな触手に乱暴に突かれたり、小さな触手にコツコツと突かれる度に体中に電流が走り意識が飛びそうになります。
「ふっ…ぐぅぅ、んっ……ぁあ…あっ…あぁッ」
「ユリ、エルさん!?」
グレースさんも触手にいたぶられ涙と汗と涎で凄い顔をしていたのですが、その縋るような視線に羞恥心が甦り、体がカッと熱くなりました。たぶん私も同じような酷い顔をしているのでしょう。快楽と羞恥心がチカチカと混ざり合い、頭がおかしくなりそうです。
「PYUGIGIII!??」
もう少しで堕ちるという瞬間、イビルローパーが燃えました。燃え上がった【ルドラの火】が左腕に絡みついていた触手を焼き切り、腕が自由になりました。
「っ!!」
私は拘束している触手を焼きながら、力なんて入らない足腰で倒れ込むようにイビルローパーとの距離を詰めました。たぶん私の意識が無くなればオートスペルは止まるのでしょう。抵抗するように絡みついてきた触手が扱き、突きあげてくるのですが、私は奥歯をギリギリと噛みしめ何とか耐えます。人前である事の羞恥心を燃料にして、そのまま【ルドラの火】でイビルローパーの本体を焼き尽くします。
「PYUGIGIII!!?」
メリメリと減っていく耐久度に、イビルローパーは焦ったような叫び声をあげました。
「こ、れ、で……ーーッ!!!」
もうほとんど腕の力、というより腕の重さでイビルローパーの中に左腕を押し込み、その体内で【ルドラの火】を解放します。
「ん゙ん゙ッーーー~~~~ッ!!!」
イビルローパーの耐久度が0になり、レベルアップの効果音が鳴るのと同時に、【ルドラの火】が消えました。討伐アナウンスが流れたのですが、詳しく聞いている余裕がないですね。チカチカした視界と甘い余韻に、喘ぐように空気を求めて呼吸を繰り返します。私はズルズルとイビルローパーの死骸にもたれ掛かるようにへたり込み、少しの間動けなくなると、体調不良によるログアウト勧告のカウントが始まりました。そのカウントダウンがどこか遠い世界の出来事のように、フワフワしています。
「ユリ……さん!ユリエルさん!!」
私より先に立ち直ったグレースさんに揺すられて、初めて意識の焦点があい、私は慌ててカウントを止めました。
【ルドラの火】の影響は私の装備まで出ており、今は最低限の蔦を巻いただけのような状態ですね。先ほどの事も先ほどの事なので、急速に恥ずかしさがこみ上げてきて、【ルドラの火】が発動しました。グレースさんの顔が直視できないのですが、それは向こうも同じようですね。お互いモニャモニャと何か言いたげにしており、何とも言えない空気が流れたのですが、今はそれどころではないですね。
イビルローパーは倒したのですが通常種はまだ残っていますし、今も私達に向けて触手を伸ばしてきているという、のっぴきならない状況です。
指揮するイビルローパーが倒れたので統一意思はなく、ただウネウネしているだけの個体も多いのですが、安全と言い切れる状況ではないので一刻も早くここから離れる必要がありました。
私はかなりの精神力を使いグレースさんの顔をみると……思いっきり視線を外されていました。
「あの…」
手を引いてでもこの場を離れなければならないのですが、恥ずかしい事に足腰にまったく力が入らず立ち上がれません。
震える指先でグレースさんのローブの端を掴むと、息を飲んだようにグレースさんが私の顔を見てきて、少しの間見つめ合いました。何故かゴクリと生唾を飲み込むグレースさんなのですが、我に返ったようですね、パンパンと自分の頬を叩き気合を入れていました。
「たたた、たて、ます…か?」
「…すみません」
まだフワフワしていて立てそうにありません。グレースさんもかなりキツイ状態なのでしょうが、強く叩きすぎて赤いほっぺをしたまま私を抱きかかえると……これは所謂お姫様抱っこと言うやつですね。されると妙に恥ずかしいというか、妙にプルプルしているというか、グレースさん本人の筋力が足りていなくて様になっていないような気がするのですが、抱っこしている方は物凄く真剣ですね。勝利の余韻で気も緩み、何か色々と可笑しくて笑いがこみ上げてきそうになったのですが、ここで笑うのは失礼ですね。
「と、とりあ…ず」
何とか私を抱きか抱えたグレースさんはお尻が大変な事になっていた猫目の人も助けると、一旦安全な距離まで離れる事になりました。
※ユリエルは聞いていませんでしたが、途中で流れたアナウンスは初撃破のワールドアナウンスです。そしてイビルローパーの出現条件はユリエルの予想通りミキュシバ森林のローパーを退治しない事なのですが、かなり条件は厳しいです。今回はβ版や諸々の退治数も引き継いできてというのがありましたので、たぶんこれからは安心安全なローパーの森になると思います。
※誤字報告ありがとうございます(2/3)訂正しました。




