74:ローパーの森
ローパーの大きさは様々で、小さい物はそれこそ数十センチ、大きい物は1メートル以上と、かなりの開きがありました。小さい物はどちらかと言うと背景的な賑やかしなのでしょう、ウネウネしているだけで襲ってくる気配はなく、ある程度の大きさに成長した個体だけが襲ってくるようですね。
見た目は古い木の幹を水でブヨブヨにしたような感じで、胴体部分は常に胎動し、粘度の高い粘液を吐き出し続けていました。そこから伸びる触手は不透明のゼリー状の物体で、胴体部分の何倍もの長さがあり、太さや形状は用途別に分かれているようですね。先端が粒々になっている物、段々の物、カリ首を模したようないやらしい形状をした物、振動している物と多種多様です。
動かないという話だったのですが、ナメクジのように粘液と下部の蠕動運動でちゃんと移動するようで、よく見れば微かに移動しているようですね。木の幹をよじ登っていたり、枝に張り付いていたりと、色々な場所にローパーがいて、ここら一帯はまるでローパーの森のようになっていました。
わざわざ移動するのは薄暗い茂みや頭上などの死角から獲物に襲い掛かるためだと思うのですが、【暗視(弱)】がある私からすれば丸わかりですし、グレースさんも何かしらのスキルがあるのかちゃんと見えているようですね。忙しなく視線を動かしていますが、ローパー達の姿を捉えているようです。
「やばっ…い、ひっ、あ…あっ、あッ…ぅ……ーっ」
ローパー達に掴まり、擦りあげられている猫目の人を襲っている個体は3つ。その後ろの薄暗い森の中にはまだ大量のローパー達が蠢いているのですが、触手の長さ的に問題になるのはその3体だけのようですね。
私とグレースさんは何となく赤くなったまま見つめ合った後、どちらからともなく戦闘態勢に入りました。ローパー達は威嚇するようにウネウネとした触手を見せつけてきたのですが、1メートル級のローパーの触手の長さは最大で4~5メートルで、その距離に入らなければ襲われる心配はありません。念のため周囲を確認したのですが、近場に攻撃してきそうなローパーはおらず、この距離を確保し続ける限り攻撃される心配はなさそうですね。
「ちょ、ちょちょ、んんッ…なんで急に激しっ……ギィッ!!???」
私達が攻撃範囲に入らない事への腹いせなのか、猫目の人の半ズボンの中で絡みついた触手が激しく上下に動いたかと思うと、余裕のない上擦った叫び声が上がります。一際大きな痙攣と共に半ズボンの中からドロリとローパー達の白濁した粘液がボトボトと落ちてくるという光景は、単純にモンスターと相対する以上の恐怖心が湧き上がってきますが、それとは別に下腹部の深いところがきゅうっと熱く疼き、いけないものを見ているような感情に思考が持っていかれそうになりました。ここで視線を外したり落ち着きをなくせばローパー達の思うつぼですし、どんなミスをするかわかりません。私は短くなっていた呼吸を何とか整え、唾を飲み込むと、投げナイフを取り出し構えます。
「ふぁっ…んっ、んんっッ!!」
果てて敏感になった場所を再度元気にさせようとするローパー達と、気持ちよさそうに涎を垂らしている人に、グレースさんは顔を真っ赤にしてお腹を押さえました。もしかしたらこの責めをグレースさんも味わった事があるのかもしれません。不安そうな顔でこちらを見てくるグレースさんに頷いてから、私は攻撃を開始します。
まず狙うのは3体のうち一番近い個体ですね。茂みから半分ほど胴体部分が出ており、私はオート発動している【ルドラの火】を投げナイフに乗せて投げると……外れました。ちょっと動揺しているのか手元が狂い、関係の無い奥のローパーに命中して「Pigiki!!」と叫び声が上がります。
「すぅーはぁー……」
私は心を落ち着かせるように深呼吸をして、2投目。これはかなり浅く入りました。ナタリアさんが言っていた通り、ローパーの中心部に当たらないと攻撃が逸れるようですね。そして爆発は起きたのですが、纏う粘液は意外な程魔力耐性があるようで威力が抑えこまれ、びちゃびちゃと飛び散る粘液が衝撃を逃がしているようですね。事前情報の通り少し厄介な敵なのですが、このまま攻撃を続ければ問題なく倒せそうです。
「Pyugigii!!」
「ぎっ!!?」
爆発の振動がおもいっきり触手越しに伝わっているのか、悶えてビクビクしている人がいるのですが、それは少し我慢してもらいましょう。
3投目。
「Pyuugigigiii!!!?」
これはクリーンヒットし、ローパーを1体倒しました。そのまま2体3体と倒せばレベルが上がりました。本当に経験値効率が良いですね。あと数体倒せばもう1レベルくらい上がりそうなのですが、ヨーコさんに納品するアイテムの事や、ちょっと放置するには大変な事になっている人が居るので、それは後にしておきましょう。
まずは倒れている猫目の人の安否確認ですね。拘束は解かれているのですが、流石に精も根も尽き果てたというようにその場に倒れ込み、ピクピクと痙攣して動く気配はありません。
私達は戦闘に途中参加した訳ですし、アイテムの権利は猫目の人が持っているのですが、助け出したという事で譲ってくれればヨーコさんへの納品が楽でいいのですが……どうでしょうね?今すぐ引き返すとなると、森の入り口辺りでウロウロしているかもしれないストーカー達と鉢合わせするかもしれませんし、いっその事、レベル上げも兼ねてローパーを探しながら予定通りウェスト港を目指してみるのも良いかもしれません。
私は周囲に危険がないかだけ確認すると、猫目の人に近づきました。奥にいるローパー達がウネウネと動いているようなのですが、距離がありますからね、その触手は届きません。とにかくまずは猫目の人を助けようと近づいてから、声をかけました。
「大丈夫ですか?」
顔立ちは美少年といった感じなのですが、その姿を自分で録画するような変態ですからね、その事を考えるとやっぱりほっておいた方が良い人種なのかもしれませんが、ここまで関わったのなら最後まで面倒をみるべきでしょう。
「に……て、…っすぅーはー……」
何か伝えたいようなのですが、痙攣していて上手く喋れないようですね。何とか呼吸を整えて、絞り出すように、猫目の人は言いました。
「に、逃げ…てっ!!」
「っ…」
その叫びに触発されたという訳ではないと思うのですが、気配が動きます。何かが飛来してきているような気配に、私は猫目の人を抱えながらおもいっきり【腰翼】を使い後退します。
「ユリエルさん、上!!?」
グレースさんの警告に従い上を見上げると、そこに見えたのは……飛来するローパー達ですね。どうやらローパー同士が触手で仲間を投げつけてきているようで、大小さまざまなローパー達がビチャビチャと飛んできていました。とはいえローパー達にとっても結構無理やりの移動らしく、それほど飛距離は出ていないのですが、流石に小型のローパーはよく飛びますね。その攻撃に猫目の人のカメラが巻き込まれていたのですが、見なかった事のしましょう。
「グレースさんは離れていてください!」
「は、は……ふぃぃっっ…っ!?」
私の警告は少し遅く、グレースさんの足に触手が絡まり、引き倒されていました。フォローに入りたいのですが、今はお荷物を抱えていますし、私達にもローパーが降りしきる中では援護もままなりません。
「うひっぃぃっっ!!?」
私に抱きかかえられ胸の間に顔を埋めていた猫目の人は、何故かへっぴり腰になっていたのですが、その突き出していたお尻に中型のローパーがビチャリと落下してきました。そのまま猫目の人ごと私を包み込むように触手が伸びて来たので、慌てて猫目の人から手を離し、距離を取ります。
「ひ、ひど!?って、ぼ、ぼくの…んっぁ、お、おし、お尻っ!?」
見捨てる形になった猫目の人はそのままローパーに下半身を責められながらその場に崩れ落ちたのですが、今はそれどころではないですね。まずはグレースさんを助けようと投げナイフを構えたのですが、どうやら森の奥に引きずられていっているようで、角度が悪く、グレースさんの足に絡まる触手が狙えません。そのまま飛来する大きめのローパーに投げナイフを投げつけ迎撃するのですが、きりがありませんね。遠距離攻撃の手段が無くなると困った事になるので途中から節約し、出来るだけ剣で斬り払うようにしたのですが、飛び散る粘液で手元が滑りそうです。
何とかローパーの雨をしのぎ切ると、辺りに薄い紫の煙が広がりました。グレースさんと猫目の人から押し殺したような声が漏れたので、何かしらの毒なのかもしれません。私は『サルースのドレス』の耐性が働き効果は無効化してくれたのですが、不意打ち気味の刺激にちょっとふらつきました。ただでさえ色々あってジンジンと痛いほど主張してきている場所に絡む蔦が淡く蠢くと、ビリビリした刺激が背筋を走り声が漏れます。自分の物かローパーの粘液かわからない水たまりに足を取られかけながら何とかバランスを取り、荒い息を整えながら、グレースさんの引っ張られて行った森の奥をジッと見つめます。
ローパー達は薄茶色に苔の生えたような、どこか古い木のような色合いをしているのですが、私は蠢くローパー達の中に1体だけ、少し大きな、黒っぽい毒々しい紫色をした個体が居る事に気づきました。
どうやらその個体が周囲のローパー達に指示を出しているようですね。それは2本の妙に長い触手を器用に使い、グレースさんを自分のもとへ引きずり寄せているところでした。
※何か白濁した液体が出ているような気がしますが、すべてケフィアなので安心してください。
※誤字報告ありがとうございます(2/3)訂正しました。




