68:製作依頼
昨日の精算の件と製作依頼の事でヨーコさんとナタリアさんに連絡をすると、2人はまだサルースの館に居るという事なので、とりあえず私もそちらに移動する事になりました。ポータルの開放をしていないグレースさんとスコルさんはここから別行動になるのですが……。
「えーユリちー行っちゃうの~おっさんさーみーしーいー」
すり寄ってくるスコルさんは冗談半分と言うように止めてくるのですが、まるで世界の終わりだというような青い顔でグレースさんは腕を掴んできました。
「昨日の、人とですか!!?」
それに何か凄い勘違いが見え隠れしているような気がするのですが、なんて説明すればいいのでしょう?
「ええ、荷物を整理しないといけませんし……」
そもそも製作依頼以前の問題として、いつまでも素材を持ち歩く訳にもいかないのですよね。
「わ、わたしも、行きます!ここっんなユリエルさんを野獣のもとに送るなんて、どんな間違いが起こるか、わかりません!」
ギラギラとした目をするグレースさんの方が何か野獣っぽかったのですが、その辺りは指摘しないでおきましょう。
「と言われましても、グレースさん、氷結の大地のポータル開放していませんよね?」
「ぐううぅぅっっ!!?」
たぶんなのですが、グレースさんはサルースの館どころか、その中間のポータルも開放していないような気がします。アルバボッシュからの移動となると順調に移動できたとしても最低でも数時間ですし、流石にそれほど長く待たせる訳にもいきません。
私の指摘が図星だったのか言葉を詰まらせるグレースさんに、とにかく精算を終えたらすぐに戻ってくる事や、何かあったらすぐに連絡を入れる事を約束する事になりました。
ちなみに耐性装備の製作依頼を出す予定ですが、完成が何時になるのかはわかりませんからね、一応安物のフード付きのショートマントを購入しておきました。色はドレスに合わせた緑色で、生地は分厚めで、長さはお腹の上辺りの長さの物ですね。【ルドラの火】を使えば燃えてしまう耐久度しかないのですが、戦闘前に脱げばいいと、胸元のボタンを外せばワンタッチで脱着可能な物を選びました。
買ったショートマントをドレスの上から羽織ると、やっとちゃんとした服を着たような気持ちになりますね。一応周囲の視線を気にしながら痛いほどきつくなっていた蔦を緩めてみたのですが、ゾクゾクする蔦の感触に体が跳ねました。固定の緩くなった布が外れ、谷間に挟まります。自由になった事により何か変な解放感があったのですが、これはこれで鋭敏になった場所がマントの裏地に擦れて……気のせいか、周囲の人が訝し気にこちらを見てきているような錯覚に陥ったのですが、気のせいですね。少し落ち着いたらちゃんと固定し直しておきましょう。
私は呼吸を整えて、揺れと重さに刺激され、ジンジンと大きくなった場所を細い蔓で念入りに固定しておきます。少しのぼせたような気がするのですが、とにかくなんとか私は身支度を整えると、待ち合わせのサルースの館に移動する事にしたのですが……。
「っんぅ……」
ポータルを抜けた先との寒暖差で環境耐性が少し発動し、油断していた事もありビックリして声が漏れました。色々と別の事に気を取られていたというのもありますが、かなり敏感になっていますね。
変に思われないかと周囲を気にしながら、私は頬を押さえます。2重の意味で体が熱くなるのですが、いつまでもそうしている訳にもいかず、ヨーコさんとナタリアさんと合流してしまいましょう。私は到着した事を伝えようと連絡をいれようとしたのですが……ヨーコさんは他のプレイヤーに囲まれており、すぐに見つける事ができました。
どうやらポーションやアイテムの買取や販売を行っているようで、さしずめ出張露店売りという感じですね。というよりも、前回来た時よりサルースの館にいる人が減っており、探すほど人がいなかったというのもあるかもしれません。ポータルを開放しに来ただけの人達がいなくなり、攻略を諦めた人達が去って、適正人数に落ち着いたという感じでしょうか?
「…お待たせしました」
ヨーコさんは忙しそうでしたし、横から話しかけるのもどうかと思ったのですが、視線が合ったので軽く頭を下げておきました。
露出が減った分、周囲の視線が減るかと思ったのですが、あまり変わりませんね。ヨーコさんの周囲にいたプレイヤー達は驚いたような顔をして、アワアワと顔を背けていました。品定めをするような目の人、ヒソヒソと囁き合う人、コッソリとカメラを用意する人、そんな男性たちにヨーコさんは少し困ったような表情をしたのですが、すぐに笑顔になりました。
「大丈夫よーむしろごめんなさいねー忙しくなってきてぇ、ちょっと待っていてくれる~?」
「そう、させてもらいます」
いやらしい視線に囲まれていると、何かモヤモヤしますね。マントの下の蔦が反射的に動きかけたのですが、それらを抑えながら、私は息を吐きました。
『ユリエルさん、大丈夫ですか!?変な事されていません!?』
ちょうどグレースさんからの連絡も来ましたし、待っている間はそちらの対応をしておく事にしましょう。
『…大丈夫ですよ』
変な事をしそうでしたとは言えませんね。私はグレースさんにそう返しながら周囲を何気なく見ていたのですが、そういえばナタリアさんの姿が見えませんね。連絡をした時は2人一緒にいるような感じがしたのですが……そう思っていると、ナタリアさんが館の門をくぐり戻って来るところでした。
「ただいまー凄いわね、この弓!すっごい楽!あ、ユリエルちゃんだ、やっほー昨日はごめんねー」
ウキウキと戻ってきたナタリアさんの手には、昨日ヨーコさんが手に入れた『サルースの弓』が握られていますね。外での試し撃ちはかなり良い結果だったのか、かなり上機嫌というか、気のせいかちょっと顔が赤いといいますか、無理やりテンションを上げて勢いで誤魔化そうとしているような気がしますね。「昨日の事はあまり触れないで」という事でしょうか?本当に何があったのかはわかりませんが、何か言いづらい事のようですね。
「それにしても…ヨーコには聞いていたけど、すごい恰好ね」
「ほうほう」と、どこかオヤジ臭い動作でナタリアさんは私のドレスを舐めるように見てきたので、今度はこちらが赤面する番でした。
「性能はいいのですけどね」
色々と付随するデメリットが大きいような気がします。
「それじゃあこれで終わりね~後の人はまた今度~」
私とナタリアさんがお互いの装備について話をしていると、ヨーコさんが切りの良いところで販売を中断したようです。
「まじかよ!俺まだ買えてねーぞ!?」
まだ買えていなかった人から不満の声が上がるのですが、ヨーコさんは困ったように頬に手を当てて流します。
「そう言われてもねぇ、作るにしても素材がないのよ~欲しければ材料を取ってきてくれる~?」
「くーっ分かった、何だ、何が欲しい!?」
こういうやり取りもいつもの事なのか、何人かは苦笑いしながらそのやり取りを見守っているようですね。
「それじゃあ~……」
ヨーコさんが上げた素材の名前は基本的な薬草とか、その辺りにある物も多いのですが、流石に雪原では手に入らない物ばかりですね。「よし、任せろ!」と、何人かはまるで競争のようにワーっとポータルに走っていきました。
「ヨーコは相変わらずモテモテねー」
走り去る人達を見て苦笑いを浮かべながらナタリアさんはそんな事を言ったのですが、その何気ない一言に、ヨーコさんは息を飲みました。
「……そうね~…嬉しい限りだわぁ…まあ、そんな事よりー2人ともお待たせ~それじゃあ纏めて売っちゃいましょうか、幾つかは買取でいいかしら~?」
「ん、私はそれでいいわ……どうしたの?」
「私もそれで…?」
何故かヨーコさんの顔色が曇ったような気がして私とナタリアさんは聞き返したのですが「なんでもないわ~」と誤魔化され、とりあえず私達3人は一旦場所を移す事になりました。
ヨーコさんは大半を買い取る気満々のようですが、いらない物は店売りしたり納品したりしますからね、どこかの町に移動しなければなりません。それにいくら人が減ったからと言っても周囲に人が居ない訳でもなく、チラチラと遠巻きに囲まれたまま清算を続けるというのもちょっとアレです。
『清算のあと工房も借りたいしぃ、はぐれの里でいいかしら~?』
とは、フレンド経由のヨーコさんの言葉ですね。私とナタリアさんはソワソワとついてくる気満々の人達に気づかれないように頷いて、とりあえず移動を開始します。
ナタリアさんは先ほどのヨーコさんの様子が気になったのか、何か言いたそうな顔をしていたのですが、周囲を見て一旦保留にしたようですね。ヨーコさんはヨーコさんでそんなナタリアさんに気づいていながら何の反応も返さないと、何かややこしい事になっているような気がします。私はとりあえずそんな2人について移動する事になりました。
ここで言う「工房も借りたい」というのは、生産系スキルを補強する施設の事ですね。ある程度の難易度の生産を成功させるには施設が必須、というより流石に路上で持ち運べるレベルの簡易機材だと色々と限界があるらしく、集中するという意味でも部屋や機材を借りる必要があるそうです。まあそのレンタル料もそこそこ良い値段がするらしく、自分好みに改良も出来ないという事で、生産者の当面の目標はお金を貯めて自分のお店や工房を持つ事らしいですね。
ちなみにプルジャの工房は無料で使えて補正もなかなか良かったらしいのですが、今は『氷結の大地』を目指す人の拠点となっており、落ち着いて生産できる状態ではないという事です。
「そういえばーユリエルちゃんが欲しいのってー火耐性でいいの~?」
「はい、出来れば魔力に耐性のある物の方が良いのですが…これに耐えられればと」
無言に耐えられなくなったというように振られたヨーコさんの話題に答えながら、そういえばまだお2人に【ルドラの火】を見せた事がなかったなと試しに発動させてみると、「「おーー」」と感嘆の声を上げられました。
「触ったらぁ…マズイわよねー…そうねぇ、これなら~……」
何かしらの鑑定スキルを使っているのでしょう、ヨーコさんが口の中で何か呟いたかと思うと、瞳の色が変わりました。屈むと胸の谷間が凄いのですが、ヨーコさんは真剣な目でロンググローブが青白く燃えて火の粉になるのを見ていました。
あまり長く燃やしていると先ほど買ったショートマントが燃えてしまいますからね、【ルドラの火】は直ぐに解除しておきます。
「あまり熱くはないわねぇ、やはり魔力寄りなのかしらー、それならー……」
ヨーコさんは余熱を確かめるように手を伸ばし、それから顎に手を当てて考え込むのですが、その手には前回はつけていなかった翠色の細やかなレースの指ぬき手袋がはめられていました。なんとなくデザインに既視感を覚え、もしかしてとナタリアさんの顔を窺ってみると……照れたような苦笑いを浮かべられました。
※ログアウトする前にちゃんと判定に引っかかっていたナタリアさん、危うく弓が2張になるところでした。
※誤字報告ありがとうございます。(10/19)訂正しました。




