66:ただいまと相談
※覚悟完了。
色々やっていたので、ブレイクヒーローズにログインしたのは夕食後でした。前回ログアウトしたのはサルースの館の前庭なので、そこからのスタートですね。
私がログインすると、周囲の人達がザワリと揺れたような気がします。人、人、人、人、人……いきなり沢山の人の視線に晒されて、肌が泡立ちます。体を締め付ける蔦の感触が妙にリアルで、戻ってきてしまったという感じがしますね。体がフワフワ軽く、不思議な感じです。引き返せなくなっているような気がするのですが、私はただゲームをしに来たのだと言い聞かせ、上気した頬を誤魔化すように押さえました。
ファンタジーな世界観ですからね、露出の多い服を着ている人は私以外にもいますし、皆に見られているというのはただの自意識過剰なのかもしれません。そう思う事にしておいて、とりあえず荷物になっているスノーベアの素材でも売りに行こうと思ったのですが、まるでログインするのを待っていたと言うように、十兵衛さんから連絡がありました。
『あーその、なんだ、ちょっと相談に乗って欲しい事があるんだが、時間あるか?』
十兵衛さんは何か言いづらそうにしていたのですが、昨日の事で何か問題があったのでしょうか?
『…何ですか?』
私は周囲の視線に気づいていないフリをして、出来るだけ平静な声が出るよう気を付けながら話を進めます。別に悪い事をしている訳でもないのですが、こんな格好で人と話していると思うと、少しドキドキしてしまいますね。
『そうか!…よかった、その、なんだ……』
妙に言いづらそうに口ごもる十兵衛さんなのですが、少しの間深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着けていたかと思うと……。
『グレース、さんや、あいつの、裸を、見てしまったんだが、どうしたらいい!!?』
そんな事を言い出しました。
『…どういう事ですか?』
何があってそうなったのかまったく理解できなかったので、結構素で聞き返してしまいました。そして何故その相談を私に?とも思ったのですが、単純に2人の事を知っている女性という事で私に白羽の矢が立ったようですね。悶々と悩んでいるところに私がログインして来て、これ幸いと連絡を送って来たそうです。
『いやー…ちょっと言いづらい話なんだが……』
そして十兵衛さんが言うには、あの後2人を宥めつつ「時間があるのならレベル上げでもしようや」と、経験値効率の良いと言われている西のミキュシバ森林に行こうと提案したようです。これはグレースさんのレベル上げや、戦う事の好きな桜花ちゃんのご機嫌取りという意味があったのかもしれませんが、どうやら十兵衛さんは西側の詳しい情報を持っていなかったようですね。まあ大半の映像や情報は意図的に伏せられていますし、大抵の情報サイトにも経験値効率が良いモンスターがいるとしか載っていませんからね。軽い気持ちで、3人はあのミキュシバ森林に向かったそうです。
その時点でなんとなく話の流れがわかったような気がしたのですが、私は大人しく十兵衛さんの話の続きを聞く事にしました。
確かに、ミキュシバ森林の経験値効率はバグかと思う程良いのですよね。実際殆どバグみたいなものなのですが、十兵衛さんはミキュシバ森林の映像や情報が殆ど出てきていない理由をもう少し考えるべきでしたね。そして男性である十兵衛さんから誘ったというのが、更に不味いです。何故なら、ミキュシバ森林にいる代表的なモンスターと言うのが、ゴブリンと……ローパーです。
本国の方では本当に、その、大変な事になってしまうようなのですが、ブレイクヒーローズではそのあたりはライトに簡略化されています。具体的に言うとヌルヌルした触手に拘束されてくすぐられて、後は装備の解除を行ってくるだけです。ダメージを受けるような攻撃はしてこず、移動もしない固定モンスターでありながら、経験値の設定は本国そのままと、色々な事に目をつむれば本当に経験値効率の良いモンスターなのですよね。勿論拘束されたところを他のモンスターに襲われたら危険なのですが、それはどのモンスターでも一緒ですからね。むしろそういう囲まれたりしないように動く練習をする場所が、ミキュシバ森林なのかもしれません。
とにかく、3人はそういうモンスターが出る事を知らずに、何か経験値効率のいい移動しないモンスターがいるというくらいの気持ちでレベル上げに向かい……大変な目にあったらしいです。
映像を上げたらすぐに除去されるような事が起きるという話なのですが、十兵衛さんの口からは詳しい説明はありませんでした。いえ、別に残念ではないのですが、相談を乗る上でどういう状況になったのか詳しく知りたかったですね。とにかく、意図的なセクハラと判断されれば、レッドネームになってもおかしくない状況ではあったらしいです。
『ど、どうしたらいいと思う?』
『誠心誠意謝るしかないと思います』
『そりゃ勿論謝ったが……』
平謝りで土下座までしたらしいのですが、グレースさんは大泣きで、桜花ちゃんは通報するより直接制裁する方向に動いたようですね、「馬鹿お兄ぃっ!!!」とおもいっきり刺してきたそうです。それからずっと怒ったままで、未だに口をきいてくれないそうです。
『それは、もうどうしようもないかと…』
『そう、なんだが……』
そもそも私の意見を言っていいのでしたら、十兵衛さんも一緒にヌルヌルになったようなので許してあげてもと思わなくはないのですが、そういう事への免疫といいますか、感じ方は人それぞれですからね。なかなか難しいと思います。
『いやー悪い…変な話をした。こういうのはどうも苦手でな、何か良いアイデアが思い浮かんだら言ってくれ、一肌でも二肌でも脱ぐぞ』
『脱ぐのはやめた方が良いと思いますよ』
『そうだな、悪い』
たぶん十兵衛さんなりの冗談なのだと思いますが、状況を考えるとあまり笑えませんね。まあ十兵衛さんもそれはわかっていたようで、冗談だというように『たはは…』と笑うと、連絡が切れました。何か十兵衛さん達は十兵衛さん達で色々と大変な事になっていたようですね。
(それにしても、ローパー…ですか)
どんな感じなのか、ちょっと気になりますね。武者震いのように体が震えたのですが、私は深呼吸をして落ち着かせておきます。軽くお腹を押さえてから、気持ちを切り替えました。
時間を食ってしまったのですが、何か話しかけたさそうにしている目つきがいやらしい人達もいるので、早々にこの場所から移動してしまいましょう。ナタリアさんとヨーコさんが繋いでいるのなら、昨日の精算を先に済ませておいた方が良いのかもしれませんが、ヨーコさんは繋いでいるのですが、ナタリアさんは繋いでいませんね。揃ってからという事なのか、ヨーコさんからの連絡もないですし、まずはソロで狩ったスノーベアの素材を売りに行きましょう。サルースの館には売店もブレイカーズギルドもありませんからね、どこかの町に行かなければならないのですが……消耗品の補充もありますし、一番お店が揃っているアルバボッシュに行きましょうか。
「………よし」
私は気合を入れてから、アルバボッシュに移動する事にしました。大丈夫だとは思うのですが、少し緊張しますね。
そうしてポータルを起動して移動した先は、精霊樹に見守られた噴水広場で、到着した瞬間、周囲の視線が突き刺さりました。
軽く息をのみ、肌が泡立ちます。体が火照るのは仕方がないとしても、隠れていないシルエットが見えてしまっているのではないかと心配になってきますね。それにただ見られているだけならいいのですが、露骨に「うわぁ…」とか「エッロ」とか言っている声が聞こえてきて、結構恥ずかしいです。
勿論そういう人達は私に聞かせようとしている訳でもないので、無視すればいいだけなのですが、そういう目で見られているという事が伝わってくるのは、ちょっと変な気持ちになってしまいますね。
下着を着けずに外に出てしまった感覚といいますか、軽く擦れる感触と酩酊感に、最初の一歩がふらつきます。
まずはギルドで素材を納品したいのですが、物凄く目立っていますね。大半の人は慌てて視線を逸らしたり、何人かは眉を顰めたりしている人もいるのですが、中にはカメラを用意したり、誰かに連絡を取ったりしている人達がいますね。バレていないと思っていると思うのですが、チラチラと先端に視線が集まっているのがわかります。痛いほど見られると色々な所が滲んでいないか心配になってくるのですが、その中でも特にガン見してきている人達がいて……。
「うっわーどうしたのユリちー、本格的にサキュバスに転職しちゃったの?」
「ふっぉおぉお!?!?ユユユリエルさん!?」
スコルさんと、手をワキワキして目を輝かせているグレースさんですね。というよりこの2人は「話しかけてもいいのか?」と躊躇っている人達を押し退けてやってきましたね。その勢いに押され、道が出来ていました。私としては知らない人達に囲まれている状況から助け出されホッとした反面、知り合いに見つかってしまった羞恥心で頭が沸騰しそうですね。
「ほらねーゲームなんてこう言うもんなんよ、あんま気にしなさんなー」
「………」
今までどんな話をしていたのかはわかりませんが、グレースさんは顔を真っ赤にしながら両手で鼻を押さえ力強くコクコクと頷いていました。何故かそのままその場でクルクルと回り始めたのですが、本当にグレースさんは時々よくわからない行動をする事がありますね。
「あの…」
いつも通りの変な行動をする2人を見ていると、少し落ち着いてきました。「2人はどうしてここに?」とか「グレースさんは一体何を?」とか、いったい何から聞けばいいのかわからず若干困惑していると、スコルさんはいつも通りのどこか胡散臭いウィンクをします。
「ほらおっさん人格者だから、少女のお悩み相談にのっていたのよ」
あまりその辺りの事は触れて欲しくないのか、誤魔化されたような気がするのですが、とにかくそういう事らしいです。
※おっさんは癒し。そして語られるかわからないので補足をしておきますと、この2人が居たのは別に偶然でもなんでもなくて、グレースさんは昨日の事でユリエルに相談したくてログインしていたのですがなかなか繋がずしょんぼりしていたところを、おっぱいの大きな美少女には優しいスコルさんが話しかけてという流れで合流していました。アルバボッシュにいたのはミキュシバ森林から帰って来てそのまま落ちていたからです。
※誤字報告ありがとうございます。(10/19)訂正しました。




