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7:工房と井戸

 気を取り直して、探索を始めましょう。ゲーム内時間は夕方で、これから徐々に暗くなっていくので、行動できるうちに建物と周辺くらいは調べておきましょう。


 2階は本当に家具しか置いていなかったので、目指すは1階です。備え付けの階段を降りると、少し広い空間に、炉や鍛冶場、流し場、機織機、作業用の広めの机と、色々な設備が置かれていました。一言でいうと人気のない工房という感じの所で、メタ的に言うと、人外スタートのプレイヤーが生産を行う場所のようです。


 人の気配はありません。ですがどうやら人がいたらしき痕跡というか、積もった埃についた足跡とか、物が動かされた跡がありますね。


 ざっと足跡の数を見たところ、1~2人分でしょうか?これは私達より先にログインしたプレイヤー達のものでしょう。生産スキルを取っていなかったのか、先に外の探索を優先したのかはわかりませんが、一通り調べてそのまま外に出て行ったという感じです。


 他に1階で気になるところと言えば、工房の奥の方に、この場所には不釣り合いな男性の像が置かれている事です。高さは2メートル程あり、身に着けている物はピチピチのブーメランパンツと全身を覆うような黄金の装身具という悪趣味極まりない物で、誰がどんな気持ちで作ったのかはわかりませんが、シンプルなデザインの物が多い工房の中では悪目立ちしている事は確かです。

 左手には黄金の弓を持ち、右手は何も持たず、手のひらを上に向けて何かを握ろうとしているような形で固定されています。怪しい事この上なく、あからさまに何か乗せたら動き出すとかいう類の物のようです。

 ちなみに装身具は本物の金で作られているようだったので、取り外そうとしてみたのですが、残念ながら取り外す事はできませんでした。

 

「【看破】…え?」

 名前くらいは調べておこうとスキルを使ってみたのですが、弾かれました。


 そういう物もあるのかと、念のためにこの工房にある他の物に【看破】を使ってみたのですが、他の物はちゃんと名称と耐久度が出てくるので、今のところ【看破】が弾かれるのはこの像だけのようです。


「どうして…?」

 そういう保護の魔法がかけられているだけなのかもしれませんが、像の不思議な点が一つ増えました。他に何か無いかとほぼ全裸の像を調べてみたのですが、特に何も見つかりません。まあ一目見て何かわかるような物であれば先客が発見している筈ですし、気にはなりますが、右手に乗せる何かを発見するまでは一旦保留としておきましょう。


 他にこれといった物はなく、私は生産スキルを取得していないので、早速外に出てみる事にしました。


 木製の開き戸を開けると、木の匂いを含んだ風が脇を吹き抜けていきます。ザァーっという葉擦れの音とともに吹く風に、私は一瞬目を細めました。


 夕暮れ時の森の中。現実よりしっかりとした陰影が描写され、赤く染まった空にはところどころ薄雲がかかっており、奇妙な事に、光の帯が上空を流れていました。


 はっきり見える天の川。下に伸びてきていないオーロラ。そんな光の帯を眺めながら、私はしばし、息を飲みます。


 自然の物が一番美しいと言う人がいます。それは一面その通りなのでしょう。ですが今、私が見ている人工物(グラフィック)もまた素晴らしい物だと思います。


 後で調べたところによると、この光の帯は精霊力というか、この世界をめぐる魔力の帯だそうです。ここは地球ではないので月はなく、月明かりというものもありません。ですがこの光帯(こうたい)があるから夜でもそれなりに明るく、探索ができる仕様だそうです。本当に、このゲームは親切なのか不親切なのかわかりません。


 しばらく目の前の景色を眺めていた後、私は辺りを見回しました。


 2階建ての建物の周辺にある物は、横手に井戸が、裏手には岩が置かれた鍛錬場のような広場と、草が伸びに伸びきった畑があるようです。


 人外スタートの為の拠点といった感じなのですが、レアリティの関係上、多くの人が来る事が想定されていないためか、他のスタート地点と比べるとこじんまりした印象です。


 建物の周りは粗末な木製の柵で囲まれており、こちらも建物の規模同様、もの凄く広い範囲を囲っているという訳ではありません。田舎の方にある豪邸くらいの広さといった感じです。

 どうやらその柵がセーフティーエリアの範囲を示す役割をしているようで、柵の外からは何やら気配というか、鳥や虫の鳴き声以外の、何かがガサゴソと動いているような音が聞こえてきています。まあそちらの方は後で探索するとして、まずは井戸ですね。スコルさんに貰った鉄の剣の涎を洗おうと思います。


 井戸は屋根のついたつるべ井戸という物で、生産で使う事を想定しているのか綺麗に整えられていました。直径は3メートル程でしょうか?かなりの大きさがあります。

 生産に使うという事は料理にも使うという事です。薄汚れている井戸から汲んだ水で料理するのはちょっとと思うプレイヤーが多いからかもしれませんが、庭にある他の施設、鍛錬場や畑と比べると綺麗に整えられていました……と、考えてもいいところなのですが、変な拘りを持っているHCP社が、プレイヤーが飲食しづらいからという理由でここまで綺麗にするでしょうか?そんな疑問を覚えながら井戸に近づくと、何か角がピリピリする感じがします。


(何でしょう?)

 外側は……特に何もありません。頑丈そうな滑車があり、ロープに繋がれた大きな桶が備え付けられていました。それで水を汲むようですが、ロープがくすんでしまっているのが気になります。湿度や経年で劣化したという訳ではないようですが……その事(耐久度)が少し気になって、【看破】を使ってみると、弾かれました。


「え……?」

 これもですか?


 謎の像に続く謎の井戸です。何かイベントの予感がしますね。


 近づいてみて初めてわかったのですが、井戸の中に何かが吸い込まれていっているような流れがあります。つられて井戸の中を覗いてみると、水面までの距離は20メートルといった所でしょう。結構な深さのところに、透き通った水面が見えました。そうです、水面が見えます。普通は暗くて見えない筈なのですが、水の中に青白く光る何かがあるようで、その発光物が井戸の中をぼんやりと照らしていました。

 私は試しに桶を下ろしてすくえないか試してみたのですが、駄目でした。何かに弾かれるような感触があり、発光物のある深さまで下ろす事が出来ません。少しの間試行錯誤していたのですが……どうやっても届きません。


(こうなったら、行くしかないですね)

 現実ならそんな事微塵も考えませんが、これはゲームです。イベントらしいイベントを見つけたのなら、ゲーマーとしては行ってみるしかありません。


 水面まではそれなりの高さがありますし、降下用の装備もないのですが、今の私(ゲーム内)の筋力はかなり底上げされているようですし、これくらいの距離を上り下りする事くらいなら問題ないでしょう。

 試しに井戸の屋根の部分を掴んで懸垂をしてみたのですが、上下運動に問題はなさそうです。ブラの質があまり良くないのもあり、固定が甘いので揺れがいつもより大きい気もしますが、ロープワークに支障はないでしょう。つまり検証の結果は、GOという事です。


 私はロープを井戸の構造物に括り付けた後、念のため思いっきり引っ張ってみましたが、問題なさそうです。


 ちなみに試行錯誤している時に汲んだ水で、スコルさんの剣は何度も洗っておきました。これで心置きなく剣帯に差せるようになったのですが、吊るす紐が一つしかなかったので、2本とも装備する事は出来ません。そのうちどこかで新しい紐を調達しないといけないのですが、とりあえず今は質的な問題でスコルさんの剣を装備する事にしました。石剣の方は少し考えてから……井戸に立てかけておく事にします。

 降りる時は両手を空けておきたかったので持っていく事は出来ませんし、万が一助けを呼ばなければいけなくなった場合、目立つ場所に剣を立てかけておけば、誰かが見にきてくれるかもしれません。


(行きましょう)

 一通り準備を終えてから、私はロープを掴んで井戸の中に入ります。


 ぶら下がった時の浮遊感、ロープを握る手の痛み、足元の頼りなさはFPSをやっている時のラペリング(懸垂降下)を思い出します。


(これは結構……大変かもしれません)

 少なくとも、ミニスカートでやる事ではないですね。井戸の内壁を小刻みに蹴るたびに、捲れあがってしまっています。

 頭の角も地味に負担をかけてきますし、バランスを取ろうとした際に、ほとんど無意識に腰翼が動いて背中が攣りそうにもなりました。それでも何とかバランスをとりながら、私は光る井戸の中に降りていきました。

※誤字報告ありがとうございます(1/27)訂正しました。

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