64:スキル検証と思うところ
『氷結の大地』の情報が出たのは昨日の晩なのですが、今朝繋いだ時にはもう、サルースの館にプレイヤーの姿をちらほら見かけるようになっていました。流石に雪原をソロ踏破してきたという人はまだいないようなのですが、ヒュギィさんと出会う事が出来ればここまで運んでくれますからね、何とかなったというPTが多いようです。
正直に言うと、今は人前に出るのが恥ずかしい恰好だったのですが、ポータルを利用するにも、外に出るにも人の多い場所を通らないといけませんからね、私は「平常心」と自分に言い聞かせて、覚悟を決めました。こういうのは平然としていたら意外と大丈夫なものです。そう思いながら人前に出たのですが、案の定、ザワリと空気が揺れました。
痛いほど視線が集中してきますね。別に悪い事をしている訳ではないのですが、体が熱くなり、頬が赤くなっているような気がします。何とも言えない気持ちがこみ上げてきたのですが、私は軽く息を吐き、何でもない事のように誤魔化します。弾む胸を落ち着かせようとするのですが、絡まる蔦がもどかしいですね。私は震えて躓かないように気を付けながら、エントランスホールを通過します。
唖然とする人や、ジロジロと見てくる人、カメラを取り出す人、他にも色々な反応をしている人達がいたのですが、ここで見世物になっていても仕方がありませんし、変に絡まれる前に移動してしまいましょう。
視線が追ってきているような気がするのですが、私は何食わぬ顔で歩きながら、今日は何をしようかと考えます。まず最初にしないといけない事は、このドレスに慣れる事ですね。次は燃えた装備や使ったアイテムを買い直すための金策で、スキルレベルも幾つか上がっていますからね、その効果の確認もしないといけません。
サルースの館の中でスキルの検証が出来ればよかったのですが、野次馬の相手が面倒ですね。スキルバレするのも嫌ですし、外に出た方がいいかもしれません。
そして今更なのですが、サルースさんの力が解放された影響で、館が緑豊かになっていました。あちこちに植物の根が張り巡らされていたのですが、それが目に入らないくらい、集中力が散漫だったようですね。両頬に手を当てると、熱くなっているのがわかります。
(う~~~~)
私はぐちゃぐちゃの思考をまとめようと、一度目をギュッと強く瞑ってから、顔を上げました。
エントランスホールは緑で埋まり、建物のあちこちに植物の根が張り巡らされています。前庭の緑も青々とした物に変わっており、小さな花が咲いていたりと、まるでここだけ季節が春になったようですね。
あの隠し部屋も溢れた木々で埋まっており、中に入る事は出来なそうですね。植物を伐採すれば入れるかもしれませんが、植物がこの場所をセーフティーエリアにしている力の源でしょうし、陥落扱いになっても困るので、無理に伐るのはやめておきましょう。
そんな風に、変化を確認しながら外に出たのですが、知らないプレイヤー達が後をつけてきていますね。どういう意図があるのかはわかりませんが、ニヤニヤという下卑た笑いを浮かべる彼らに捕まると面倒な事になりそうだったので、私は【腰翼】を使い、さっさとその場を離れてしまう事にしました。
分厚い雪と、極寒と、風。サルースの館が過ごしやすくなったので、余計に外は冷たく感じますね。一気に温度が下がり、バリバリと体温が奪われていきます。その冷気に適応するために蔦が淡く光り、ジワリと体が温まります。油断していたので声が出そうになったのですが、この温まる感覚はちょっと慣れませんね。ちゃんと布の無い場所にも効果が行き渡っており、後ろからひーこらとついて来ようとしている人達と違い私は快適です。全力で移動さえしてしまえば、追いかけてきている人を簡単に引き離す事が出来ました。
そもそも明確な目的があって追ってきた訳でもなく、館の外辺りで追いついて、話しかけようくらいの気持ちだったのでしょう。雪原を突っ切ってまで追いかけてくるような執念深さは最初から持ち合わせていなかったようですね。
「はー……」
私は白い息を吐きながら、火照った体を冷まします。全力移動の欠点は、単純に疲れるという事と、スキップ移動で上下に揺れるので、揺れた胸とかが蔦に引っ張られたり擦れたりする事なのですよね。脱ぐ……という訳にもいきませんし、試しに蔦の位置をちょっと変えてみたのですが、いまいちしっくりこないですね。結局もとに戻しておく事にしたのですが、無駄に疲れました。
私は弛緩した気持ちを引き締めながら、まずはレベルの上がったスキルを確認する事にしました。問題がなければモンスターを狩れるかどうか試してみましょう。
まずは一番大きく影響しそうなスキルからなのですが、【魔人の証明】がレベル3になりました。見た目が変わる系の人外スキルを1つ取得する事が出来るようになっていたのですが、これは人外化が進んだという表現なのでしょうか?腕や爪、足、尻尾、色々なパーツを付け足せるようなっていたのですが、これはちょっと保留ですね。後は単純に各種ステータスがUPしていました。
続いて【看破】なのですが、これもレベルが3になりました。これでスノーベアの名前だけではなくレベルもわかるようになったのですが、使えば敵に発見されるリスクがありますし、正直レベルよりAIやスキル構成が重要なゲームですので、あまり意味は無いのかもしれません。今後の成長に期待ですね。
【魔力操作】もレベルが3になっていますね。私は魔法型ではないのでパッシブスキルの域を出ないと思っていたのですが、【ルドラの火】が少し動かせるようになっていました。とはいえまだまだ実戦で使えるようなものではなく、蠟燭の火に息を吹きかけた程度に動かせるといった感じです。
そしてその肝心の【ルドラの火】の方なのですが、こちらは本当にレベルが上がりませんね。もう少しでレベル2になりそうではあるのですが、まだまだこれからといった感じです。『サルースのドレス』のお陰で使用頻度もあげれそうですし、レベル上げが捗る事に期待しましょう。
【魔力視】もレベルが3になり、フィールドの魔力の流れがわかるようになってきました。そしてこれは【魔力視】の効果と言うより、他のスキルとの複合的な効果の結果だと思うのですが、認識出来る物が増えたような気がします。ちょっと言葉にし辛いですし気のせいかもしれませんが、このままスキルレベルを上げていけば何かしらのスキルに派生していくのかもしれませんね。
あとレベル3に上がったのは【解体】【筋力増強(微)】【飢餓耐性(微)】【見切り】なのですが、これは基本性能が上がっただけで、使用感が変わるという程でもありませんでした。
レベル2になったのは【収納/展開】で、角を少しだけ小さくする事が出来るようになりました。まあ気持ち程度ですし、感知能力的に出している方が色々と便利なのですが、やはり人の多い所に行く時は見えないようにしていた方が目立たなくていいのですよね。スキルレベルを上げるためにも、時間を見つけて使用していきましょう。
【鞄】もレベル2になり、耐久度が上がったようですね。特殊な効果のある鞄の力を引き出せるようになったらしいのですが、そういう鞄をまだ持っていないので今のところ大きな変化はないですね。
一通りスキルを試した後、【看破】で釣ったスノーベア相手に体を動かしてみたのですが、何とかなりそうですね。一番大きいのはやはり【ルドラの火】を常時展開できる事で、左腕に纏った炎で攻撃をガードする事が出来るようになっていました。勿論こちらにもダメージは来ますし、ガードすると青白い火の粉が散り耐久度の低い部分から燃えていくのですが、火を消してから【修復】すればドレスは直せますし、火の粉を目くらましに使える等、防御面で色々と出来る事が増えた感じですね。反面、展開中の左手で武器を持っていると耐久度がガリガリと削れていきますので、攻撃面での融通が少し利かなくなったという感じですね。まあこれは【ルドラの火】を消しておけば問題ないので、今まで通り戦うのなら何も問題はありません。
そして【キック】については、ノーコメントです。まだまだ練習中ですし、雪に足を取られないよう大きく動こうとすれば【腰翼】の補助が必要ですし、揺れると物凄い勢いで集中力とスタミナが減っていくような感じですね。
「はっ…はっ…はっ……んっ…」
なんとかスノーベアをソロで2体倒したのですが、この辺りが限界ですね。少し動いただけで肌はじわりと汗ばみ、集中力が切れました。常に誰かに見られているかもしれないと意識していなければ、色々な事が顔に出てしまいそうですね。私は軽く汗を拭ってから、倒したスノーベアの解体を始めます。
それにしても、耐性装備となるとたぶんこれから先も似たようなセクハラ装備ばかりなのでしょうね。まあゲームですからコスプレ感覚でそういうのを楽しむ人もいますし、女性配信者の中にはそういうのをウリにしている人もいますが、流石にこれはどうなのでしょう。勿論それを仕事にしている人達の事を悪く言うつもりはないのですが……何かモヤモヤしますね。引き返せない場所に行ってしまいそうで、私は戦闘の影響で温かい下腹部を押さえながら、目を閉じました。
※そういえば衣類は燃えたけど帽子はどうしたのっていう話ですが、基本戦闘中はナップサックにしまっていますし、そもそも頭まで燃える事はそうそうないので無事です。
※誤字報告ありがとうございます。(10/19)訂正しました。