61:ヒュギィさんと謎の場所
敵ではないという事を示すようなジェスチャーを続けるヒュギィさん。敵意はないようなのですが、どうしたらいいのでしょう?
とりあえずこちらも敵意がない事を示すように武器と小瓶を仕舞うと、ヒュギィさんは大げさな動作で「よかったー」みたいに胸をなでおろしました。
「フン!フン!」
その後何か雪原の奥の方を指さしながら「こっちにこい」みたいなジェスチャーをしているのですが、どうしましょう?とりあえずナタリアさんとヨーコさんもこちらに駆け付けてきてくれているようなので、それを待とうと一度裂け目の方を振り返ると……ガシッっと、ヒュギィさんに体を掴まれました。
「…え?」
「フンガーァァアアア!!!」
そしてそのまま私の体を頭の上に持ち上げたかと思うと、指さしていた方向にドスドスと走り出します。
「ちょ、ちょっと待ってください!?痛っ!?痛いです!!」
【腰翼】が巻き込まれています!優しくとかソっととかいう言葉をどこかに置いてきたような掴み方に、メキメキと体がきしみます。何とか魔人の筋力で振りほどけないか試みてみたのですが、無理ですね。握りつぶされないように拮抗させるので精一杯です。
そんな時、ヒュンッ!!と風切り音が迫って来たかと思うと、ヒュギィさんがおもいっきり横に跳びました。
「んぃっ!!?」
猛烈な横Gがかかり、体が軋みます。
『なんでユリエルちゃんが雪男に拉致されているの!?』
飛んできていたのはナタリアさんの矢でした。
『わかり、ません、ただ……どこかに連れていきたがっててて……』
ヒュギィさんはナタリアさんの姿を確認すると急ブレーキをかけました。私はつんのめるような形で変な方向に曲がり、体のどこからかグキリと嫌な音が鳴りました。めちゃくちゃ痛いです。
「フンガー!!?」
何かヒュギィさんは困惑したようにその場でドスドスと足踏みしていたのですが、今度はナタリアさんに向けて猛然と走り始めます。
「ちょちょちょ…ヨーコ、下がって!」
迫りくる雪男の勢いに押されるように、ナタリアさんは慌てて裂け目の中に引き返そうとしたのですが、そのタイミングで顔を出したヨーコさんと鉢合わせしたようですね、何かわちゃわちゃしています。
「急にどうしたのよ~ってぇ!?」
状況がよくわかっていなさそうなヨーコさんは一瞬首を傾げたのですが、迫ってくる雪男に気づいて驚愕の表情を浮かべました。
「くっ、この!!」
ナタリアさんは弓を構えるのですが、その矢が発射されるより早く、ヒュギィさんはナタリアさんを捕まえ、ヨーコさんもひょいと小脇に抱えました。
「フンフン!」
そして何事もなかったように、最初に向かっていた方向に走り始めます。
「痛い痛って、あー!!弓落としたー新調したばかりなのに!!?って、ちょっとヨーコ、アイテムは駄目!自爆しちゃうから!?」
「そうは言ってもどうしたたた…これ捨てておかないと~…それよりナタリー、色々当たっていてごめんねー」
「それはいいけど、ああ、もう、たた…揺れる揺れてる」
「あら~ごめんなさいねぇ」
「違う、そっちじゃなくて!?って、待って、落ちる、落ちるから!!?んひぃっ、ヨーコ?ヨーコ!?」
「あーえっとぉ……」
私は右手側に捕まえられているのですが、左手側は何やら騒がしいですね。まあ片手で2人ですから、結構無理な体勢で運ばれているようですね。ナタリアさんの焦ったような声と、ヨーコさんの酷く素に近い声が聞こえてきました。
少しすると後ろの方で爆発が起こり始めます。握りこまれたままアイテムが暴発したら自爆してしまいますからね、ヨーコさんはすぐに使えるように出していたアイテムを破棄しているようです。それがひと段落すると、左側の2人も少し静かになりました。どうやらヒュギィさんが握り方を変えたようですね、何か小声で喋ってはいるようなのですが、こちらからでは風の音が酷くて聞き取れません。
「あの…降ろして欲しいのですが……」
仕方がないので、私は何とかヒュギィさんとコミュニケーションがとれないかと話しかけてみたのですが……。
「フンフン!」
無理ですね。もう一度【看破】を使い名前がちゃんと黄色なのを確認すると、もうこういうイベントか何かなのだろうと思う事にして、これ以上潰れないように【腰翼】を【収納】しておき、流れに身を任せる事にしました。
時速でいうと60キロくらい出ているのではないでしょうか?目の前スレスレを木々が流れていき、森林の中を走っているとは思えないほどの速度が出ていますね。移動手段と考えると便利かもしれませんが……いえ、ちょっと現実逃避していました。出来ればあまり揺らさないで欲しいのですが、冷たい風がガンガン体温を奪っていき、毛先が凍りつき、感覚がマヒしてきますね。途中ヨーコさんがこちらを窺うような気配をみせたのですが、角度が悪くよくわかりません。
そんなこんなで、結構な時間運ばれているような気がしたのですが、実際の時間は10分か20分といったところでしょう。とにかく無心で衝撃を受け流していると、いきなり急ブレーキがかけられ、ポイっと投げ捨てられました。
「フンフン!」
ヒュギィさんが何か言いながらドスドスと踊っているのですが、それどころでない私は地面の上に転がった後、手探りでポーチの中からHP回復ポーションを取り出します。指先の感覚がなく何度も滑りましたが、何とか目的の物を取り出すと、1本目をまずは自分に使います。
「っぁ……はぁー…」
HP回復なので状態異常までは治らないのですが、じんわりと効果が出て来ると体が動くようになりました。ああ、軽度の『凍結』も入っていましたね、動くとパラパラと氷の破片が落ちます。
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんとかね~」
2本目を取り出しながら、一緒に放り出されたナタリアさんとヨーコさんのもとに駆け寄ると、ヨーコさんは何とかというように手を振り自分にポーションを使っていたのですが、ナタリアさんは動かないですね。握りこまれた傷が深いのかと回復ポーションを使おうとしたのですが……どうやらナタリアさんはログアウトしてしまっているようですね。痛みやショックがある一定以上になると安全のために強制ログアウトを受ける事もあるので少し心配なのですが、ヨーコさんの照れたような、困ったような笑みを見る限りでは何か大丈夫そうです。
「えーっと、その、やむない事情があったというかぁ、と、とりあえずナタリーは大丈夫よ~そうねー……あらーユリエルちゃん使っているの市販品なのね~後でちゃんとしたのをあげるわーって言いたいけどぉ~」
あからさまに話題を逸らされたような気がするのですが、何かややこしい事になりそうなので、ヨーコさんに任せてしまいましょう。
「いいのですか?」
かなりアイテムを落としたらしいヨーコさんは今回大赤字です。必要経費に計上するとしても、補填できるかどうかわからない金額になっているような気がします。
「いいのいいの~まあ、うん……お詫び、そんな感じ?」
よくわかりませんが、私が話に乗るとヨーコさんはあからさまにホッとした表情を浮かべ、それから困ったように笑いながら、愛おしそうにナタリアさんのお腹を撫でました。
「わかりました」
一旦その件は置いておく事にすると、ヒュギィさんが私の肩をゆすります。
「ふんふんんん!!!」
「さっさと来い!」というように、ヒュギィさんは苛立たし気に指さす方を見てみると、ちょっとした砦のような建物が見えました。たぶん元は貴族の館か何かだった物を、魔物の襲撃に対応するために補強増築したというような感じの建物ですね。私達が居るのはその建物の前庭に当たる場所で、周囲は白い壁に囲まれており、出入口には頑丈そうな門が一つありました。
何かしらの力が影響しているのか、塀の外の木々は気温のせいもあり枯れているのですが、塀の中の木々には緑色の葉をつけている物がありますね。どうも不思議な場所です。
ただ建物の中には人が居るような気配はなく、灯り一つついていません。私は白い息を吐きながら様子を窺ってみたのですが、ただただ奇妙な魔力のようなものが渦巻いているような感じがするのですが……。
「とりあえず中に入ってみましょうか、ここに居たら風邪をひいてしまいます」
よく見てみると、ヨーコさんとナタリアさんの服は雪か何かで湿っているようですし、そのままの格好で外に居たら状態異常が悪化しそうです。勿論中はモンスターだらけという可能性もありますが、それを恐れて凍死したのでは本末転倒でしょう。
「え、ええ、そうね~…」
何故かヨーコさんは視線をさ迷わせたのですが、笑って誤魔化す事を選択したようですね。ちなみに色々なアイテムを持っているヨーコさんなのですが、状態異常系は『毒』や『麻痺』など基本的な物しか持っていないそうです。まあ第1エリアで『低体温』や『凍結』対策が必要になるとは普通思いませんからね。「燃やす事はできるのだけどねぇ」との事なので、余裕があれば燃料か暖炉のような物がないか探してみる事にしましょう。
そんな事を話し合いながら、私は【腰翼】を【展開】して、剣を抜きます。ヨーコさんは残っているアイテムの位置を調整してから、ナタリアさんを抱きかかえたようですね。私のように肩にかけたのではなく、ちゃんと前から抱きかかえたのですが、胸がありますからね、ナタリアさんが窒息しないか心配なのですが、ヨーコさんが「こちらは任せて」という感じにはにかみながら頷いたので、任せる事にしました。
こうして私達は簡単な準備を調えると、招き入れるようなヒュギィさんの後を追って、建物の中に足を踏み入れます。
※知らぬが仏。
※誤字報告ありがとうございます。(1/29)訂正しました。