57:ヨーコさん
約束の時間より少し早いのですが、リアルの用事を片付けたら早速ログインして準備を始めてしましょう。私が繋いだ時にはすでにナタリアさんがログインしていたので、挨拶もかねて今から準備する事を伝えておきます。
『私もこれから矢の準備とかしないといけないから、ユリエルちゃんも時間までゆっくりしていていいわよ』
との事です。お言葉に甘えさせてもらいながら、遅刻はしないように気を付けていきましょう。
まずはレベルも上がっていますし、新しいスキルの取得ですね。何を取るか少し悩んだのですが、結局【キック】を取得する事にしました。効果はパッシブでの“キック力増強”というシンプルで有用そうなスキルなのですが、モンスター相手に格闘戦を挑む人があまりいないからか、取得している人が少ない不遇スキルですね。「蹴るより武器で攻撃した方が威力が高い」「純粋に使いづらい」「格闘技経験者なら使えるかもしれないけど、大人しく武器を持った方が早い」というのがこのスキルへの評判ですね。まあ倍率もそこまでよくはないのですが、私の場合は足技の使用頻度が高かったですし、種族補正もあって打撃がそこそこ効きますからね、取得する事にしました。
あとスキル関連でいえば【投擲】がレベル2になり、それ以外のスキルももう少しでレベルアップしそうな感じですね。たぶん今回の新マップ調査で色々と上がると思います。
続いて消耗品の準備ですが、お金もそれなりに貯まりましたので、ウミル砦とアルバボッシュをポータルで移動しながら必要な物を買い揃えます。
まず買ったのは投げナイフを10本、Nランクの回復ポーションを1本追加して合計2本にしておきます。あと同じくNランクの魔力回復ポーションとスタミナ回復ポーションを2本ずつ購入してポーチに詰めました。これで一つ目のポーチがいっぱいですね。2つ目のポーチには携帯食料を追加購入して4箱詰めておきます。ああそして、ブラとパンツも買い替えておく事にしました。
見せブラや見せパンという訳ではないのですが、流石に見せる事を考えていない下着が見えているというのはちょっとマニアックな状況ですからね、ちゃんとした物に変えておきました。あとは単純に、いつも使っているブランドの物が売っていたからという理由が大きいですね。このメーカーの物は強度と可愛さが両立しているので何時も愛用させてもらっており、薄いピンク地に白いレースや刺繡があしらわれた可愛さに一目ぼれしました。値段はそれなりにしたのですが、何とか今の所持金で買える範囲ですね。パンツは下取りに出しておき、ブラは予備の物としてナップサックの奥の方に詰めておきます。これで今着ている物が燃えても安心ですね。
ちなみにギルドに顔を出して『魔光石(中)』が売れていないか確認したのですが、流石にまだ売れていませんね。ただ『魔光石(小)』はいくつか売れ始めているので、ちょっとずつ需要が出てきたのかもしれません。今すぐお金が欲しいという訳でもないので、このままの値段で置いておきましょう。
最後にナップサックの肩ひもを修理して、荷物を整理したら準備は完了です。中身はポンチョと大きめの袋と下着で、大きさ的にこれだけ入れていると容量の半分以上を占めているので、そのうちもう少し大きな物に買い替えた方が良いかもしれませんね。
最後に空腹度を回復させていると丁度いい時間でしたので、待ち合わせ場所に向かう事にしました。
アルバボッシュのイートインスペースを出て、時間を見ながら噴水広場に向かっていると、人ごみの中に知った顔を見つけました。十兵衛さんと、桜花ちゃんと……それと何故かグレースさんですね。何故かと言うとグレースさんに失礼かもしれませんが、この3人が一緒に居るというのは少し意外です。まあそれだけ桜花ちゃんとグレースさんが仲良くなったという事かもしれませんので、喜ばしい事ではありますね。
待ち合わせの事もあり、挨拶するかどうか悩んだのですが、そんな事を考えているうちに桜花ちゃん達の話している内容が聞こえてきました。
「…から逢引きだと思う」
「逢引きっ!?ユリエルさんがですか!?」
「おいおい、流石にそりゃないだろ……いや、なくはないかもしれないが、それこそ俺らには関係ない事だろ?そっとしておいてやらないか?」
「もうお兄ったら、それじゃおもしろ……コホン、ユリ姉が心配じゃないの!もし変な奴に誑かされていたらどうするつもり!」
「関係なくありません、大有りです!そんな、ユリエルさんが…そんな事になっていたら!?」
桜花ちゃん、確実に楽しんでいますよね?そして青くなりガタガタと震えるグレースさん、いつもの様子からすると考えられない剣幕で食って掛かっているのですが、グレースさんもそういう話に興味があるという事なのでしょうか?
それにしても、伝えたらついて来ようとするのは予想していましたが、伝えなくてもついて来ようとするのにはちょっとビックリですね。桜花ちゃんの行動力を少し見誤っていました。何か勘違いしているので訂正した方が良いのかもしれませんが、今顔を出すと高確率でややこしい事になりそうなので、隠れてやり過ごしましょう。
「……?」
そう思い適当な路地の物陰に隠れたのですが、丁度そのタイミングでグレースさんが振り返ります。
「どうったの?」
「いえ、今……?ヒャッイ!!?」
「ほらほら、立ち止まると通行の邪魔だぞ」
妙に鋭い所を見せるグレースさんなのですが、十兵衛さんに背を押されて飛び上がっていました。
「お兄デリカシーない!」
「ってぇ!つってもこんな所で立ち止まってたら邪魔だろ!?ほら、そんな事より……」
桜花ちゃんをあしらいながら、十兵衛さんは「ほらほら」と2人を急かすように歩いていきました。私はそのやり取りを物陰から眺めながら、肩をすくめます。深くはツッコまないでおきましょう。私は今見た事は一旦横に置いておく事にして、噴水広場のポータルを使って待ち合わせ場所であるプルジャの工房に向かいます。
移動した先は工房の2階、殺風景な家具の置かれた部屋ですね。ここに来るのも何か懐かしい感じがしますね。待ち合わせ時間までまだ少し余裕があったのですが、ナタリアさん達はすでに到着していて、何か革製の小物を作っていました。
「あ、いらっしゃ~い、ちょっとまってねーキリの良いところまで進めちゃうから」
「いえ、遅れてすみません。そして……」
ニコニコと笑顔で手を振るナタリアさんの横に居るのは、妙に肉感的と言いますか、凄い恰好と言いますか、背の高い、一言で言うと魔女っぽい人が微笑むように佇んでいました。彼女が声をかけたもう一人という事でしょうか?
ウェーブのかかった腰まで届く栗色の髪に、切れ長の目から覗く落ち着いたヘーゼルの瞳は顔立ちと合わせて知的な雰囲気を醸し出していたのですが、そのスタイルがとにかく凄いですね。なんて言いますか、物凄く二次元的と言いますか、お色気キャラそのままといった見た目です。
服装はつばの広い三角帽と、スカートの裾が地面についたオフショルダーのドレスという物で、色は両方とも黒系統で統一されています。あちこちに小物や小瓶のような物がベルトや紐で体に固定されており、それらはどうやらただの装飾品という訳ではなく、何かしらの実用的なアイテムのようで、時折鈍い光を放っていますね。
そして何より目を引くのは今にも零れ落ちそうな爆胸で、重力に少し負けた大きな胸が何とか衣類に支えられてタユタユと揺れています。上半分はおもいっきり露出していますし、大事なところが見えてしまわないか他人事ながら心配になってくる有様です。
正直ここまでくると怖いと思う人も出てきそうなのですが、着ている物がファンタジーな物で統一されているお陰か、本人の雰囲気なのか、何かこういう物だと納得できなくもない佇まいですね。まあゲーム内なのでそう言えるだけで、現実に居たらたぶん私でも2度見してしまうかもしれません。そんな存在感のある女性の胸を見ていると「フフ」っと甘ったるく笑われました。
「どうも~貴女がユリエルちゃんね。私はヨーコ、今日はよろしくねぇ」
語尾はどこか甘く延ばされており、おっとりしたお姉さんといった口調です。多少RPっぽく感じますが、それを指摘するのは野暮ですよね。
「ユリエルです、こちらこそよろしくお願いします」
ちなみにヨーコさんのゲーム内での職業は自称錬金術師で、アイテムの製造や販売をしているとの事でした。ナタリアさんのマジックバッグを作ったのも実はヨーコさんだそうで、お金さえ払えば色々なアイテムを作ってくれるのだそうです。意外な所で制作者に会った訳ですが、私もまとまったお金が手に入ったら、マジックバッグの製作を頼んでみる事にしましょう。
ちなみにヨーコさんのちょっと過激な服装は本人の趣味とかではなく、客受けがいいからしているとの事で、「ここだけの話、ちょっと恥ずかしいのよねぇ」と困ったように笑っていました。生産職の人もなかなか大変そうです。
「それじゃあ揃った事だし、そろそろいいかな?」
私達が挨拶を終えたところで、ナタリアさんがそう切り出します。私が最初に会った時は最低限の装備を揃えただけといった感じでしたが、今はかなり装備が変わっていますね。
服は落ち着いた色のチューブトップにホットパンツと動きを阻害しない物を着て、要所要所に革製の胸当てやグローブなどで補強しています。足元は踏破性を考えてか登山靴を思わせるブーツで、弓も新調されているようで、単純な木製の物から簡易なコンパウンドボウに変わっていますね。腰には短剣と、背中にはマジックバッグ、ベルトには回復アイテムなどを詰めたポーチを装備しています。全員準備万端のようで、私とヨーコさんは頷き合いました。
※ナタリアさんが小物を作っているのは、ユリエル達の革製グッズを作った時に制作の楽しみに目覚めたからです。それから本職の人に教えてもらいながら生産寄りの事もしています。
※誤字報告ありがとうございます。(10/19)訂正しました。




