56:ナタリアさんからの誘い
「くっ、このっ…ああ、もう!!」
桜花ちゃんは正面から飛び掛かってくる2匹のウルフを捌きながら、止めを刺そうと踏み込みかけたのですが、グレースさんが横合いからのウルフに驚いて移動したのを見て踏み留まりました。そのまま私の方を見たので軽く剣を振り、横からのウルフは私が対処する事を伝えます。
リアルでの休憩を挟みながらアルバボッシュとウミル砦を何度か往復していたのですが、2人の動きもだんだん洗練されてきましたね。桜花ちゃんは周囲を見るようになりましたし、グレースさんも1回の戦闘に1度は魔法が唱えられるようになりました。まだギクシャクした感じは抜けませんが、何とかPTと言えるレベルの連携が取れるようになってきたような気がします。
私は横の茂みから飛び出して来たウルフを斬りつけ、呪文詠唱を唱え終わる寸前のグレースさんの前に転がし、上空を旋回しているホークに短剣を【投擲】します。
「…邪悪を滅する光の一撃をお貸しください。ライトォアロー…当たった?当たりました!」
グレースさんは弓を引き絞るような動作で光の矢を作ると、そのまま弓射の要領で射撃し……目の前に転がる動かないウルフに光の矢が刺さりました。流石に空を飛ぶホークに命中させる事はまだ出来ませんが、目の前に転がる静止物に命中させる事は出来るようになってきましたね。
「おめでとうございます」
そうこうしているうちに桜花ちゃんも前方の2匹を片付けたようで、イライラした様子で剣を仕舞います。その2匹を倒すとレベルアップして、これで私のベースレベルは10ですね。レベルが2桁になったのですが、ステータス的にはやはり変わりませんね。こうなると本当にスキルが重要になってきますので、スキル選びは慎重にしないといけませんね。
「だ、か、ら、なんでアンタは一々驚いて動くの!守りづらいでしょ!?」
「ひゅあっ!?す、すみません……」
桜花ちゃんの剣幕は相変わらずで、その大声にグレースさんは涙目でペコペコと頭を下げているのですが、2人の関係も最初よりかはマシなような気がします。
「そういう動きを把握する練習ですよ。桜花ちゃんは相手が素人だったから動きが読めませんでしたと言うのですか?」
「それは、そうだけど……うーうぅぅ!!考えないといけない事が多い!!」
叫びながら頭を抱える桜花ちゃんと、申し訳なさそうな顔でオロオロしているグレースさん。連携を取るには勿論全員の実力があった方が良いに決まっていますが、訓練としてはこういう素人っぽい動きをする人が混じっていた方が良いですね。桜花ちゃんにとってセオリー通り動かないグレースさんは色々と考えて戦うには丁度良いような気がします。
「アタシもユリ姉のように【投擲】とろうかな…」
流石に近距離攻撃だけだと戦いづらいと思ったのか、桜花ちゃんはそうポツリと溢しました。
「それは、どうでしょう?桜花ちゃんの場合は体捌きで対処できるようになった方が良いと思いますが」
一応攻撃系のスキルも取ったようなのですが、桜花ちゃんは基本パッシブスキルを盛って一撃入れるというわかりやすいタイプですし、そもそも戦い方が堅実に迎撃するタイプですからね、下手に何かするよりも、今の戦闘スタイルを鍛えていった方が良いような気がします。
それに桜花ちゃんの個人的事情を多大に含むのでグレースさんの前では言えませんが、最終目標がシグルドさんに勝つ事ですからね、その試合に投擲がどこまで許されるかはわかりませんので、純粋な剣の腕を上げていった方がいいと思います。
「うー…思案中」
【投擲】を取った自分をシミュレーションしているのでしょう、目をつむり両こめかみに人差し指を当てて桜花ちゃんは考え込みます。
「………」
グレースさんは私と桜花ちゃんの反省会を聞きながら、話についていけない事を誤魔化すような苦笑いを浮かべていたのですが、少し顔色が悪いですね。顔に出ないように気を付けているようですが、少しフラついているような気がします。時間が時間ですし、そろそろ切り上げた方が良いかもしれませんね。
「それじゃキリもいいですし、今ある素材を清算したらそろそろお開きにしましょうか」
私がそう提案すると桜花ちゃんは「えー」と不服そうな声を上げ、グレースさんはホッとした表情を浮かべた後、視線を揺らして何か言いかけたのですが、そのまま黙り込みました。
こういう時は待った方が良いとわかって来たので、私は首を傾げるようにして言葉を待ってみると、グレースさんは思い切ったというように、静かに口を開きます。
「…また今度、一緒にPTを組んで、くれますか?」
それは私達からしたら何でもない言葉だったのかもしれませんが、グレースさんの中では何かあるのでしょうね、唇をかみしめ、静かに私達の言葉を待ちます。
「はい、よろこんで」
「…いいけど、その時はもうちょっと動けるようになっていてよね」
私の言葉も、桜花ちゃんの不貞腐れたような言葉も、両方「YES」です。グレースさんは一瞬何故か信じられないというように目を見開いて、ゆるゆると破顔します。
「ありがとうございます」
グレースさんは私に向かって手を組み、祈るように目を閉じます。その行動の意味は分かりませんが、とりあえずやらないといけない事をしてしまいましょう。
「それでは【解体】してしまいましょうか」
「う、はい……」
折角倒したのですしと私が転がっているモンスターの死体を示すと、グレースさんは言葉を詰まらせます。
折角3人いて、袋まで用意していますからね、拾える物はしっかりと拾っていきましょう。桜花ちゃんは「うへー」みたいな顔をしながら黙々と【解体】してくれるのですが、グレースさんの顔は真っ青で涙目で震えています。それでも頑張ってホークの羽を毟ってくれます。一度そこまで嫌ならと止めたのですが、自分一人だけが手持ち無沙汰なのは嫌なのでしょう、泣きながら手伝ってくれています。
「あーもう、そんなブチブチやったら品質下がるー」
「す、すみません…」
何だかんだ言って桜花ちゃんも面倒見てくれていますし、2人のやり取りを微笑ましく眺めていると、連絡が入りました。
誰でしょう?と確認してみると、どうやらナタリアさんのようですね。工房付近で出会ったエルフの狩人さんですね。
『やっほーユリエルちゃん、今大丈夫ー?』
ちょっとナタリアさんのテンションが高いですね、何か良い事があったのでしょうか?
『これから休憩に入ろうと思っていたので大丈夫ですよ。どうしました?』
『うーん、そっかー、もうちょっとしてからなんだけど、手伝って欲しい事があるのだけど、どうかなって?』
私はワイワイキャーキャーとホークの羽を毟りながら叫んでいる2人を見てから、通信の方に意識を戻します。
『そうですね、休憩の後なら大丈夫ですよ。あと人手がいるのなら1人2人声をかけれますが、どうしましょう?』
折角ですし、お2人にも声をかけてみようかと思ったのですが、ナタリアさんの反応は『あー…』という、あまり芳しくないものですね。
『ユリエルちゃんの知り合いなら良い人なんだろうけど、今回は遠慮して欲しいかなー』
と、そこでナタリアさんは一度言葉を切り、ここからが核心と言うように声を潜めます。
『私、アルバボッシュ東のエリアに新マップを見つけちゃったみたいなのよ』
『それは……わかりました』
予想していたより遥かに重要な情報ですね。思い込みの激しいナタリアさんですから見間違いと言う可能性もありますが、あまり広めたくないという理由もわかります。というより、何故1度会っただけの私に声をかけて来たのかわからないというレベルの重要情報なのですが、どうやらナタリアさんには戦力になる知り合いが少ないとの事でした。
『ボッチじゃないわよ?』
とはナタリアさん談。狩人プレイなんてしているので繋がりのある知り合いのほとんどが生産プレイヤーと、その道のプロではあるけど戦力としてはちょっとという人が多く、ウルフくらいなら楽々と倒して回れる私にお鉢が回って来たという事らしいです。
『それにユリエルちゃんなら可愛いし、大丈夫かなって』
その判断基準は絶対そのうちトラブルになるので止めた方が良いと思いますが、とにかく私は、一度休憩した後なら大丈夫だと伝えます。
『オッケーもう一人声かけているから、詳細は集まってからね。私もこれから夕ご飯の準備だから、リアル20時、工房前集合、それでもいい?』
『わかりました、ではその時間に』
私はそう言って、通話を切りました。
「どうったの、ユリ姉?」
「……?」
2人が何事かと見てきていたのですが、ここで正直に話すと、疲労しているグレースさんはともかく桜花ちゃんはついてくると言い出しかねませんからね、黙っておくことにしましょう。
「ちょっと、知り合いからの連絡です」
誤魔化している事が丸わかりなので2人は不思議そうな顔をしていたのですが、ナタリアさんに口止めをされていますからね、話せるようになったら話す事にしましょう。2人は何か言いたげな顔をしていたのですが、とりあえず何とか誤魔化しきり、私達は残りの【解体】を済ませると、ウミル砦で精算をしてPTを解散させました。
※誤字報告ありがとうございます。10/19訂正しました。




