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6:魔犬

 奇妙な力の流れを辿っていた私の前で、光が弾けました。現れたのは体高1メートルほどの黒色の大型犬で、犬種でいうとシベリアンハスキーのような見た目です。現実のシベリアンハスキーの体高が50~60センチ程度なので、実物の2倍ほどの大きさですね。


(モンスター?)

 もしかしてチュートリアルか何かかと身構える私の目の前で、その黒犬は……生まれたての小鹿のような足取りでその場にへたり込みました。何か「ワフワフ」言っています。

 少し遅れて、なぜかその黒犬の横にガシャリと鞘付きの剣が落ちてきたのですが、よくわかりません。


(えっと……?)

 念のため小声で【看破】を使ってみると、犬の頭の上には『スコル』という名前とHPバーが表示されました。ネームの色は白色ですから、どうやらプレイヤーだったようです。


 ちなみにこのネームの色はプレイヤーが白色で、敵が赤、一般NPCが緑となります。何かしらのイベントでNPCと共闘する場合は同盟NPCが青色で、中立が黄色表示になるそうです。


 とにかく、目の前の犬は名前が白色表示なのでプレイヤーなのでしょう。犬の亜人という訳ではなく、本当に犬の姿をしており、プルプルと震えています。そんなスコルさんが何とか4つ足で立ち上がると……。


「わ、わん!わん!」

 いきなり私に飛びかかってきました。


「え?」

 これが普通の犬だったのなら受け止めるという選択肢もあったのですが、プレイヤーという事は中に人が入っているはずです。ブレイクヒーローズの場合だとセクシャルガードで弾かれるという事もないでしょう。この大きさだと押し倒される可能性もあります。流石にそれはちょっと、遠慮したいです。


 ゴッ!!ドゴッ!!!


 反射的に振り上げた拳を無防備に飛びかかってくる頭部に叩きつけると、予想外の勢いでスコルさんが床に叩きつけられました。HPを見てみると8割ほど削れています。剣を振った時にも軽いと思いましたが、種族アシスト(STR:B)が結構入っている感じなのでしょう。これは後で少し検証した方がいいかもしれません。


 頭を押さえてうずくまる犬という、妙に人間らしい仕草を……というか中身は人間なのですが、見下ろしていると、何故かスコルさんからフレンド登録の申請が飛んできました。


「………?」

 どういう事でしょう?いきなり飛びかかってきた後のフレンド申請です。怪しさしかないですが、何かあったらブロックすればいいだけですしと、受ける事にしました。 


『痛いじゃない!何してくれてんの君ぃ!!おっさん頭が割れるかと思ったわよ!?』

 了承すると、すかさず“フレンドチャット”としてそんなものが送られてきました。ちなみに本体の方は相変わらず「ワンワン」言っていますので、フレンドチャット限定で言葉が喋れるようです。


「すみません」

 私が素直に頭を下げると少し溜飲が下がったのか、スコルさんはどこか胡散臭い顔で笑います。


『まあおっさんも、ちょーっと美少女見つけて興奮してたのは悪かったけどぉ、ブレイクヒーローズだとPK出来るんだから気を付けてちょうだいねー』


「そちらがいきなり飛びかかって来なければ殴りませんでしたよ?」


『ぐっはー!?それ言っちゃう?言っちゃうの?おっさん傷つくわー』

 かけらも傷ついていない様子で悶えゴロゴロと転がるスコルさんを見下ろしながら、私はステータス画面を開いてフレンドの欄からブロックの項目を呼び出します。


『待って!?今ブロックしようとしてない?ブロックしようとしているでしょ!?おっさんそれやられると喋れなくなるんですけどぉ!?』


「私は困りませんので」

 スコルさんは悪い人ではないようですが、ただただ面倒くさい人でもあるような気がします。


『いやーおっさんこう見えてもβプレイヤーだし結構買いよ?フレンドに一人くらいいたら便利なタイプよ?だからブロックはちょっと考え直さない?』

 身振り手振りで自分の有用性を表現しようとするスコルさん。妙に人間臭い動作というか、違和感を覚える光景に、私はため息を吐きました。


「まあいいですけど、それじゃあここがどこだかわかりませんか?」

 有益な情報が貰えるのでしたら、貰っておきましょう。


『さあ?おっさんも今ログインしたところだからさっぱり…ってすかさずブロックしようとするのはやめて!?』

 「わふわふ」と泣きながら縋りついてくるスコルさんを引きはがしながら、私はもう一度ため息を吐き出しました。


「わかりました、わかりましたから離れてください」


『へへ、ありがとさん』

 大人しく引きはがされるスコルさんを見ていると、どうしても視線が険しくなってしまいます。結局べたべたと引っ付かれてしまいましたし、これを計算でやっているとすれば中々食えない人ですね。


『あ、そうそう、おっさんの名前はスコルね。種族は魔犬。レア種族っていう奴ー?おっさん持ってるからねーいやー照れるわー』

 聞いてもいない自己紹介をし始めるスコルさんですが、そういえば【鑑定】や【看破】系統のスキルを持っていなければ名前すら出ない事を思い出しました。色々と不便すぎませんか、このゲーム。


 私の予想ですが、プレイヤーの頭の上に名前が出ているという絵づらが嫌だったのでしょうけど、せめて表示するかしないかはシステムで選択させて欲しいものです。


「ユリエルです。種族は……」


『わかった!サキュバスでしょ?絶対そう!アタリ?』


「違います!!」

 どうしてそうなるんですか。


『えー絶対そんな見た目してるのにーって待って待って冗談、おっさんジョーク。そんなに睨んじゃやーよ』

 私がジト目で見ていると、スコルさんは誤魔化すようにウィンクしています。


「もういいです。それより、スコルさんはこれからどうするんですか?私は時間までこの辺りを少し探索しようと思っていたのですが…」

 私の種族に関しては冗談で流されてしまいましたし、スコルさんもそれほど興味がないのか改めて聞いてこなかったのでスルーしましょう。まあ他人がその人の種族を知ったからといって何かできるという訳でもないですし、レア種族である事を大っぴらに吹聴する事でもないでしょう。


『んーそれじゃあおっさんもついていこうかなー特にあてがあるわけでもないし、って事で、改めておっさんが仲間に加わった!ちょっと待ってねー…これを、いや…こうー?』

 スコルさんは決め顔でそう言うと、一緒に落ちてきた剣を咥えようとし始めるのですが、犬の体ではなかなか上手くいかないようです。

 そういえばその剣は何でしょう?【片手剣】スキルをとった私の物より質の良さそうな物ですが、魔犬というのが本当でしたら、わざわざ剣系統のスキルを取ったとは思えませんが……。


『ん?ああ、これ?βプレーヤーの特権って奴でね、ほら、βプレイヤーってキャラが消されちゃうじゃない?そんで特典というか引継ぎみたいな感じで任意のアイテムとスキルを1つずつオマケされるのよ。それでこれはおっさん愛用のショートソード。まあこんな体になるんだったらナイフとかもっと別の物の方がよかったんだけどねー失敗したわー』

 スコルさんは何とか剣を咥えると、試すように振ってみているのですが、絵づらはもちろん、振り方もかなり酷いものです。


「そういう仕様だったのですね」

 特に告知もされていない内容でしたし、私はβプレイヤーでもないので調べていませんでした。


『そうなのよ。そうなんだけど、選んだのがβプレイの最後の方でねーせめてこっちに来てから選びたかったわーこれはおっさんでも流石に無理ー顎が外れそう。てな訳で、はい、嬢ちゃん、プレゼント』

 そういって器用に投げ渡してくる剣を反射的に受け取り、私は眉を寄せました。咥えて渡してきた物ですからおもいっきり唾液がついていますよね、これ。流石にその部分は触りませんでしたが、こみ上がる生理的嫌悪感に表情が強張っているのが自覚できます。


『唾ついているのはごめんねー構造上の欠陥ってやつ?おっさんに非はないって事で、まあ、お近づきの印って奴?無理にとは言わないけど、受け取ってくれないとおっさんその剣ここに捨てていくしかないからねー持てないし。β時代に作られたといってもそこそこ良い物よ?誰かが使ってくれた方がおっさんもその剣も喜ぶと思うなー』

 スコルさんが言うように、確かに質は良さそうな物で、シンプルな作りは私好みでもあります。材質は鉄製。初期装備の石の剣よりワンランクかツーランク上の武器のようですね。こうなると最初の石の剣が邪魔になるのですが、私は右利き寄りの両利きですから、いざとなればいつも通り2刀流にすればいいだけです。


「いいんですか?」

 唾のついた剣を剣帯に差したくないのでとりあえず手に持ちながら、スコルさんに尋ねてみます。


『ワオ、本当に使ってくれるの?いいのいいの、まあこれからも末永くよろしくと言う事で』

 そう言われると突き返したくなるのはスコルさんから漂う胡散臭さが凄いからでしょうか?ここまで初対面で胡散臭さを出せるのは何かいっそ感心してしまいます。


「…ありがとうございます」

 少し引っ掛かりはあるものの、好意には甘えておきましょう。


『いいのいいの、それじゃあ冒険に出発ーってちょっと待って、連絡が。あー…うわぁ……』

 外部からの通話でしょうか?スコルさんはそう言ってから、フレンドチャットをやめてワフワフと喋り始めました。手をパタパタさせたり、目を押さえて天を仰いだりと……通話ですよね?なぜそれほどオーバーリアクションが必要なのでしょうか?不思議です。


『ごめんねーちょっと仕事場から連絡で、早く戻ってこい!だって、いやーおっさんモテモテでこまっちゃうわー』


「…それは、ご苦労様です」

 学生である私からすると、そんな言葉しか出てきません。私は夏休みなのですが、世間一般的には平日です。スコルさんの職種によりますが、ゲームの発売日に合わせて有給でも取ったのでしょう。それなのにゲームに繋いですぐに呼び出しとは、発売日を楽しみにしていた同じゲーマーとしてはスコルさんに少し同情してしまいます。


『いやーやっぱり仕事中にゲームなんてするもんじゃないわねーもう皆カンカン!』

 前言撤回、やはりこの人は駄目な大人でした。


『え、なに?何かおっさんの好感度下がってない?』


「下がっていません。元から無いですから」


『酷ッ!?ボインちゃん結構辛辣じゃない?おっさんのガラスのハートが砕け散りそうよ!?』


「その呼び方はやめてください。それより仕事に戻らなくても大丈夫なのですか?」

 ちゃんと否定しないといつの間にかその呼び方(ボインちゃん)で定着しそうだったので、その点はきっぱりと拒否しておきます。


『ジェネレーションギャップー?今時の若者が怖いわーっと、ヤバ、物理的に出……』

 何か言いかけながら、スコルさんはログアウトしていきました。セーフティーエリア内でのログアウトになるので、そのまま光となって消える感じですね。これがセーフティーエリア外だった場合はアバターが残る仕様なのでしょう。


「はぁ……」

 何かどっと疲れたような気がします。ですがまあ、気を取り直して探索を始めましょう。

※誤字報告ありがとうございます(1/27)に訂正しました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんで百合見にきたのにきっしょいおっさんを見ないといけないのかまじで意味がわからん。無理
[気になる点] このおっさん不快感がすごい
[一言] このおっさんこれからも関わると思うと嫌悪感がすごい。ゲーム内だとしても初対面でいきなり抱きこうとするとか、普通にやばい人としか思えない。主人公目線で見てるからいきなりおっさんに抱きつかれるっ…
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