54:戦闘準備という名の女子会
それでは準備をしていきましょう。とはいえ私と桜花ちゃんの準備は出来ていますし、用意するのは主にグレースさんの装備ですね。ボロボロな服は勿論、出来たらそれ以外も買い揃えようと、品質は高いけど品揃えの悪いウミル砦から、品質は普通で品揃えの多いアルバボッシュに移動します。早速買い物をと言いたいところですが、どういうスキル構成にするかで装備を決めないといけませんからね、まずはグレースさんにスキルを取得してもらいましょう。
グレースさんは困り顔でアドバイスを求めてきたのですが、初期スキルをヒーラー寄りに固めたり、装備もそれっぽい物で揃えたりと目指すコンセプトがあるようなので、出来れば防具系のスキルを1つは取るように伝えお任せする事にしました。
そしてかなり悩んだ後、グレースさんが取得したのは【高速詠唱】【魔力操作】【服】【小盾】の4つですね。
【服】は費用対効果的にどうかと思わなくもないのですが、グレースさんが良いのならよしとしましょう。それにこの手のスキルツリーが広がっていくタイプのVRMMOにセオリーはあっても正解は無いですからね、将来的に何か面白い広がりを見せてくれるのかもしれません。
「ハッ、ヒ…ど、どうでしょう?」
そしてまず最初に買ったのは、ローブの上からサーコートを着たような、何処か法服を感じさせる分厚めのローブです。グレースさんが着ると折角のスタイルの良さが覆い隠されてしまうのですが、本人が満足しているのなら良しとしましょう。
「とてもよくお似合いだと思います」
私がそう言うと、照れたように「フヒッ」と奇妙な笑いを浮かべます。あと他に買ったのはローブと同系色のリュックと、木の板を繋ぎ合わせたような四角い木の盾を買いました。
グレースさんはお金の心配をしていたのですが、買い物の前にコッソリと精算分の代金を渡しておきました。最初は「自分は何もしていませんから」と断られたのですが、桜花ちゃんに見つかるとややこしい事になるからと説得すると、渋々と言う感じで受け取ってくれました。
私は人の買い物に付き合うのもなかなか楽しいと思うのですが、桜花ちゃんは興味が無いようで始終不貞腐れた顔をしながら私達の後をついてきていました。まあ桜花ちゃんの場合、嫌ならどこかにいってしまうと思いますので、ちゃんとついてきてくれているのなら良しとしましょう。
お買い物の後は甘い物ですね。人の多い所が苦手なグレースさんと、あまりごちゃごちゃしている所が嫌いな桜花ちゃんの意見をとって、あまり人の入っていないカフェに入りました。
何かの専門店と言うより、一通りの甘味が揃っている感じのお店ですね。内装はいたってシンプルで、特徴がないのが特徴と言った感じです。
私は間食をしない派ですし、先ほどサンドイッチを食べたような気がするのですが、空腹度の問題がありますからね、ゲームだと太る事もないので頑張って食べましょう。それに何より、これは桜花ちゃんの機嫌取りという意味もありました。
「やっと終わったーなんでそんなにグズグズしてるかなー?」
ぶーっと頬を膨らませてお饅頭を食べる桜花ちゃん。口では文句を言っていますが、食べている間はちょっと幸せそうですね。どうやら見た目通り和菓子が好きなようで、薄皮で包まれた漉し餡のお饅頭を美味しそうに食べていました。飲み物は緑茶と年齢のわりに中々渋い選択ですね。
「すみません…お待たせして、しまい…」
対するグレースさんはゲーム特有のよくわからない果物の入ったパイとハーブティーですね。グレースさん、地味にチャレンジャーですね。メニュー表には『タワーベリーのパイ』と書かれており、洋ナシのような見た目のブルーベリー色した果物がパイ生地の間に挟まっているのですが、味が想像できません。
ちなみに私は細かなナッツの入ったチョコレートケーキと紅茶です。何故と聞かれたら困りますが、なんとなくです。
「それでは、これから3人でウミル砦に向かいます。目的は桜花ちゃんとグレースさんの特訓で、私がドロップ品を持ちますので、戦闘は出来るだけお2人にお任せします。拾った物はウミル砦の受付で精算して平等に分配、それでいいですか?」
私が確認するようにそう言うと、桜花ちゃんはどこか面倒くさそうにしていたのですが、「特訓」と言われてしまえば反対はしないようですね、渋々という感じで了承してくれました。
グレースさんは最初から反対する気などないようで、真剣な顔でコクコクと頷いていました。2人とも食べるのに夢中で口の中が塞がっているので、話し合いはサクサクと進みますね。ただ途中で、グレースさんが何かを思い出したというように、恐る恐る手を上げました。
「……また、グリフォンが出たら、どうしましょう?」
「また!?え?ユリ姉グリフォンと出会っていたの!!?」
まさかのタイミングでグリフォンの件が桜花ちゃんにバレましたね。口止めしていた訳でもないですし、グレースさんからしたら戦闘を任せられるという事は、「グリフォンが出たら2人で対処してくださいね」と言われたようなものですからね、心配になったのでしょう。
私の表情が固まった事で、グレースさんも自分が何か失言をしたと気づいたのでしょう、青ざめた顔で視線をさ迷わせます。
「はい……」
バレた以上、桜花ちゃんに嘘をつくのは不味いですね。とりあえず肯定はしたのですが、正直に2人で倒したと言うとやっかみが酷そうですね。何と説明すればいいのでしょう?
「それでそれで、どうだった、強かった!?」
ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がる桜花ちゃん。その音と剣幕に、周囲の人が何事かとこちらを見てきており、グレースさんは落ち着きない様子で下を向きます。
「…グレースさんの活躍で何とかなりました」
とりあえず、そう説明しておきました。
「ンフッ!!」
「は?」
私の言葉に、グレースさんは思いっきり噴き出しました。口の中に何も入っていなかったのが不幸中の幸いで、ただ変な声が出ただけで済んだようですね。まあ嘘は言っていませんし、実際グレースさんが耐えてくれたからこそ倒せたわけで、あれを私の手柄と言うのはちょっと憚られるのですよね。
それに少しでも桜花ちゃんの中にあるグレースさんの評価を上げておこうと思ってそう説明したのですが、桜花ちゃんは「嘘でしょ?」みたいな顔で固まりグレースさんの顔を見つめ、言われたグレースさんの方も「信じられない」と言うようにオロオロと視線をさ迷わせます。
「ち、ちぎゃ…あれは、ユリエル、さんが……」
ブンブンと全力で首と手を振るグレースさん。
「うーぅぅ……?」
桜花ちゃんは馬鹿にされているのかどうなのかわからないという、何とも言えない顔で私とグレースさんの顔を見比べていたのですが、だんだんと馬鹿らしくなってきたのか、勢いよく椅子に座りなおしました。
「そのあたりは実際に桜花ちゃんが目にした方が早いかと思います。ただ今回は、出ないと思いますよ」
流石にあのレベルのモンスターが日に何度も襲撃して来るのであればウミル砦は陥落しているでしょうし、日に1度出てくる限定モンスターか何かでしょう。
「です、よね…」
「で、て、ほ、し、い!!」
ほっと胸をなでおろすグレースさんと、地団太を踏む桜花ちゃん。反応が全くの正反対の2人ですね。
「まあ実際は、どうでしょうね?」
イベントモンスターと言うのも私の推測でしかありませんし、出てくるか出てこないかはその時の運次第なのかもしれません。私はそんな事を呟きながら、チョコレートケーキの残りを口にしました。
※スキルについて補足。【高速詠唱】ですが、別に喋る言葉が早くなったりはしません。早口で喋った時の文字の潰れが見逃されるスキルです。一例をあげると「祝福の一端をお見せください」と言わなければいけないところを「祝福“にょ”一端をお見せください」でも問題なく発動するというスキルで、スキルレベルが上がれば上がるほど文字を飛ばしても良くなります。




