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53:旅は道づれ

 とりあえずあのまま広場にいると目立って仕方がなかったので、私達3人は場所を移す事にしました。とは言えウミル砦は軍事拠点ですからね、気軽に入れるようなお店もないので、本当に移動しただけですね。幾つか通りを隔てた後、人通りの少ない場所まで先導していた桜花ちゃんが口を開きます。


「本当にそんな有様であのウルフだらけの平原を越えて来たんですか?何かズルしました?」

 ただ、その言葉の端々からは嫌悪感が隠せていませんね。何かグレースさんへのあたりが強いような気がするのですが、何故でしょう?少し考えてみたのですが、そもそも桜花ちゃんの好きなタイプが“優しくて”“格好良くて”“包容力のある”タイプですからね、優しさはともかく、3分の2くらい(格好良さと包容力)はグレースさんの事が嫌いなのかもしれません。

 そう言えば私と最初に会った時も誰かと喧嘩をしていましたし、桜花ちゃんは人の好き嫌いがハッキリと分かれていて、言動に出るタイプの人かもしれませんね。


「はひっ」

 いきなり嫌悪感を叩きつけられたグレースさんはヒュッと息を吸い、ダラダラと汗を流します。視線が泳ぎ、助けを求めるように私に手が伸びてくるのですが、袖を掴んだりする事なくそのまま戻っていきますね。


「だ、か、らー…もう!ユリ姉!こんな奴ほっといて、行こ!」

 その動きがまた桜花ちゃんの逆鱗に触れているようなのですが、端から見ている分には可笑しいやり取りですね。それは私が二人が悪い人ではないと思っているからかもしれませんが、とにかく「まあまあ」と仲裁しつつ、どうしましょうと考え込みます。


「それよりお二人は、この後どうするのですか?」

 桜花ちゃんはグリフォンを倒しに来て、グレースさんはとりあえず私と一緒に砦まで移動しましたし、この後どうするのでしょうか?


「特訓!折角繋いだし、もうちょっと倒してく」

 桜花ちゃんはわかりやすいですね。


「…えっと?お二人、に……?」

 そしてグレースさんは何も考えていなかったという顔で首を傾げます。というよりも、最初から他の人の意見に合わせる感じだったようで、私と桜花ちゃんの顔を交互に見ていました。


「チッ…」


「ヒュッ」

 その優柔不断な態度が桜花ちゃんの怒りに油を注いでいる訳なのですが、とにかく2人ともコレといった目的はないようですね。


「そういうユリ姉はどうするの?」


「そうですね……」

 私一人であれば、クエストを受注できるウミル砦の司令部に顔を出して、適当なクエストをという感じなのですが、このままだとグレースさんは確定でついてくる流れですよね?そうなるとグレースさんを守りながらこの辺りのクエストをこなしてという事になるのですが……それは流石に大変そうですね。出来れば護衛を増やす意味で桜花ちゃんも一緒に来て欲しい所なのですが……。


「折角ですし、3人で何かしませんか?」

 多少強引に巻き込もうと私がそう提案すると、グレースさんは瞳を輝かせたのですが、桜花ちゃんはグレースさんの方を見てから渋い顔をします。


「コイツも連れて行くの?足手まといでしょ」

 不機嫌そうに桜花ちゃんが吐き捨てるようにそんな事を言うので、グレースさんは肩身が狭そうな様子で「すみません」と小さな声で呟きます。


「強さが気になるのでしたら、桜花ちゃんがグレースさんを鍛えてあげるというのはどうでしょう?」

 それなら最初は足手まといだとしても、だんだんと強くなる筈です。ヒーラーのグレースさんが強化されたら攻略の幅が出てきますし、人に教えるというのは良い訓練になるので桜花ちゃんのためにもなる筈です。そう考えると何か一石二鳥の良いアイデアのような気がしてきますね。

 グレースさんは戦闘中走り回るタイプではないですから、考えてみると桜花ちゃんの戦闘スタイル(正統派スタイル)は意外と合っているかもしれませんね。


「はーーーー!?!!何でアタシが!!?」

 桜花ちゃんは意味が分からないというように絶叫しました。


「人に教えるのは良い訓練になりますし、桜花ちゃんの観察眼を磨くのにも丁度いいと思いますよ」

 桜花ちゃんの欠点の1つとして視野の狭さや対応力の低さがあると思うのですが、これはたぶん、今まで1対1の戦闘か、シグルドさんや十兵衛さんの支援を受けたうえでの戦いしか経験した事がない事に原因があるような気がします。目の前に集中していればいい戦いか、多少見落としがあってもフォローが入る戦いばかりで、周囲を見るという事をあまりしてこなかったのでしょう。そのため集団戦(ロックゴーレム戦)だと周囲の流れが読めず、人ごみの中に埋没してしまうのかもしれません。目の前の事だけではなく、周囲に気を配れるようになるだけで桜花ちゃんは見違えるように強くなると思うのですが、どうでしょう?


「グレースさんはどうですか?」


「わ、たしは…その………はい」

 先ほどからずっと桜花ちゃんに睨まれていますからね、苦手意識があるのでしょう。それでも私が促すように笑うと、不承不承というように頷いてくれました。


「そうと決まれば……」

 私はすでに準備が出来ていますし、桜花ちゃんもグリフォンと戦いに来ていますからね、戦闘準備は終えています。ただグレースさんはウミル砦に移動して来た時のままですからね、装備の少なさや、着ているローブが結構ボロボロである事が目につきます。

 ウルフに噛まれた右足側は大きく裂けて膝上までスリットが入っており、止血のために足に巻いた布が見えていますね。というより、リスポーンしたので傷は治っている筈ですが、まだ巻いていたのですね。


「まずは、準備から始めましょう」

 いきなりこのまま出発という訳にもいきませんし、私はそうまとめたのですが、2人の反応は鈍いですね。桜花ちゃんは相変わらず不貞腐れたままで、グレースさんは準備と言われても何をしたらいいのかわからないというように(せわ)しなく視線をさ迷わせています。質問をしようにも「そんな事もわからないの?」と桜花ちゃんに怒られる事を警戒して言い出し辛いのでしょう。


「ではまず、グレースさんの装備ですね」

 まあ桜花ちゃんも明確に反対はしていませんし、もう淡々と進めさせてもらいましょう。


「ひゃいっ!?あ、あ…と……そに、わたし、お金が……」

 いきなり話を振られたグレースさんが飛び上がります。なんでもグレースさん1人では角兎を数匹狩るのがやっとで、拾った素材もボロボロになった防具(初心者装備)を買い替えるのに使ってしまったそうで、新しく買い替えるようなお金は持っていないそうです。と、そんなお金の話をしていて思い出したのですが、精算のお金をまだ渡していませんでしたね。桜花ちゃんの前でやり取りをする(お金を渡す)と更に機嫌を損ねてしまいそうですし、後でコッソリと渡しておきましょう。


「は?それでどーやってここまで来たの?」

 道中大量のウルフに襲われますからね、桜花ちゃんが訳がわからないと顔を顰めたので、グレースさんはシュンとしてしまいます。


「それ、は……」

 グレースさんがチラリと私を見ると、桜花ちゃんはため息を吐きました。


「…呆れた。ユリ姉、ほんとにコイツ置いてこうよ、足手まといだよ」

 桜花ちゃんの中でグレースさんの評価がもの凄い勢いで下がって行っているような気がするのですが、私もグレースさんの力がなければここに来れませんでしたし、鍛えれば伸びるような気がするのですよね。それに何より、今の一言は言い過ぎです。

 グレースさんは笑って誤魔化そうと手をモジモジとさせているのですが、視線が悲し気に揺れていますし、指先が震えています。


「あ、じゃあ、私……こ、こ……」

 縋るように視線をチラチラ向けてくるグレースさんに目配せしながら、私は桜花ちゃんに向き直ります。


「では桜花ちゃんは、グレースさんを守りながらアルバボッシュからウミル砦までこれますか?」


「は?」

 この反論は予想していなかったのか、桜花ちゃんが目を丸くします。それからモジモジするグレースさんを見てから「無理」って顔をしました。こういう顔にすぐ出る所は年相応で可愛いですよね。


「桜花ちゃんの欠点は周囲が見えていない事です。なので簡単なフェイントにも引っかかりますし、一つの事に集中しすぎて行動が読みやすいです。それを克服するためにも、単純に目の前の敵を倒すのではなく、誰かのために戦うというのは練習になると思いませんか?」

 我ながらなかなかの詭弁ですね。それにあまり人前で欠点を指摘するのはどうかと思うのですが、この辺りはしっかりと指摘しないと桜花ちゃんは理解してくれないと思います。まあゲームですから楽しくプレイ出来たらいいような気もしますが、周囲への理解力を深める事は桜花ちゃんのためになると思いますし、ここは少し我慢してもらいましょう。

 

「それ、は…ま………うー……」

 何か思い当たる節でもあるのか、少しの間葛藤していた桜花ちゃんは渋々というように黙り込み、私はこっそりと安堵の息を吐きました。第一関門をクリアした気がしますね。桜花ちゃんはイライラした様子ですし、グレースさんも話の流れについてこれていないという顔をしてキョロキョロしていますが、とりあえずまずはこれで良しとしておきましょう。

※誤字報告ありがとうございます(10/17)訂正しました。

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