52:合流しました
結局その後何度か桜花ちゃんと剣を交え、スキルの使い方を教えているうちに、名前の呼び方も「ユリエル」という呼び捨てから、シグルドさんや十兵衛さんのような「ユリ姉」になっていました。
「思い切りはいいですが、周囲が見えていませんね。今の踏み込みは左足に重心をかけすぎていて次の行動が読みやすいです。足さばきと上半身の連動は……」
そして我流でいいから教えて欲しいと言われ、とりあえず思った事を伝えているのですが……流石に道場に通っているだけあって、桜花ちゃんの筋はいいですね。真剣さも違いますし、数十分も戦っているとだんだんバテてきた私と違って、元気もいっぱいです。
私も今まで同性対決となると年上の方との対戦が多かったので、桜花ちゃんくらいの年齢との対決は新鮮ですね。現実で竹刀を持って戦えば似たようなレベルだと思いますし、同世代同レベルの桜花ちゃんとの練習はなかなかためになります。
「さて……」
私のアドバイスを自分なりに消化しようとしているのでしょう、口元に手をあててブツブツと考え込む桜花ちゃんを見てから、改めて周囲の様子を伺います。
気が付けば何人か訓練場に戻ってきていますね。中にはカメラを構えている人もいて、ニヤニヤと笑っていたり鼻の下を伸ばしていたりと、少し居心地が悪くなってきました。見られたり撮られたりするのはまあ良いのですが、戦術や癖が広まるのはあまり良くないのですよね。たぶん今撮っている物のうち何割かが私スレに流れるのでしょうし、将来的に露出が多くなるのは仕方がないとして、開始数日で対策されてしまうという状況は良くないですね。
「どうったのユリ姉?って、あいつら……」
私が視線を外していたからか、桜花ちゃんは首を傾げながらその視線の先を追って……目に見えてわかるほどムッとします。
「そろそろ止めておきましょうか」
このままだと桜花ちゃんが喧嘩を売りに行きそうな勢いですし、それに……グレースさんが戻って来たようですね。桜花ちゃんとの練習に没頭していたのでどれくらい前から居たのかわかりませんが、連絡もありませんし、何かあったのでしょうか?
『おかえりなさい、何かあったのですか?』
私は桜花ちゃんに一言断りを入れてから、グレースさんに連絡を入れたのですが……返事がありません。
『グレースさん?』
『…ひゃいっ!?』
再度呼びかけると、やっと返事が返ってきました。
『しましぇっ、そ、の、あいろいろと……』
モニャモニャと言葉を濁すグレースさんなのですが、意味が分かりませんね。何か言いづらい事情があるようですし、急な用事で落ちる事はよくある事なので、その辺りは聞かないでおきましょう。
『もう大丈夫なのですか?』
『っ…!?』
あ、グレースさんがまた落ちました。そして少しするとまた繋いできます。本当に落ち着きがないですね。ここまで落ちたり繋がったりしているのはもしかして何か機器的なトラブルでしょうか?あまりゲーム慣れしていないようですし、何かトラブルが起きているのかもしれませんね。
『本当に大丈夫ですか?』
『だだだいじょうぶでしゅっ』
おもいっきり噛んでいますが、本人が大丈夫だというのなら信じる事にしましょう。とりあえず時間があったのでウミル砦で訓練をしている事を伝えると、恐縮した様子で『すぐ行きます』と言い通話が切れました。
「誰?」
桜花ちゃんは周囲の野次馬達を威嚇しながら、そんな事を聞いてきます。
「グレースさんですよ、ロックゴーレムと戦った時に居た」
あの時は桜花ちゃんも一緒にいましたからね、フレンド登録もしていた筈です。ただその時は名乗っていませんでしたし、桜花ちゃんとは殆ど喋っていなかったので憶えているのかはよくわかりません。
「んー……ああ、あの時の!」
言われてやっと思い出したと言うように、桜花ちゃんがポンと手を打ちます。
「でもなんであの時のヒーラーが?え、もしかしてユリ姉の知り合いだったの?」
「そういう訳ではないのですが、今PTを組んでいまして」
改めてどういう関係かと聞かれると、私にもよくわからないのですよね。掻い摘んで話すと、町を出る時について来たのでPTを組みましたという事になるのですが、殆ど流れですとしか言いようがないのですよね。
「ユリ姉とPT組むくらいって言うと……もしかしてあの人も強かったの!?」
桜花ちゃんの気になるところはそこだけらしく、目を輝かせて鼻息を荒くします。「手合わせしたい!」という顔をしていますが、私は軽く苦笑いしながら肩をすくめます。
「ヒーラーとしては優秀な方ですが、強いかと言われるとどうでしょうね」
その事をちゃんと伝えておかないといきなり喧嘩を吹っ掛けかねませんからね、桜花ちゃんの求める強さではないという事を説明したかったのですが、「会うの楽しみー」と、あまり伝わったのかわからない反応ですね。まあそれは良いとして、グレースさんにはちゃんと場所を伝えたのですが、ここがわかるのでしょうか?土地勘は無いでしょうし、迎えに行った方が無難かもしれませんね。
「すみません、多分もうすぐ来ると思うので、ちょっと迎えに行ってきますね」
広場の方は戦闘後の人達でごったがえしているでしょうし、念のため帽子と【腰翼】を【収納】して行きましょう。
「んーん、アタシもいく。流石に、ウザイ!!」
後半は周囲の野次馬に言ったセリフですね。その一言で何人かがビクッとしていましたが、それ位で引き下がるのなら野次馬をしていないでしょう。「まあまあ」と桜花ちゃんを宥めながら、私達は一緒にポータルの広場に移動しました。
広場では予想通り、グレースさんが困り切った様子でアワアワしていました。パタパタと走って戻って来てを繰り返し、何かよくわからない動きをしています。
グレースさんは目立つ見た目をしているので何人かがすでに話しかけたようですが、会話にならず断念したようですね。今もナンパ目的っぽい軽い感じの男性が話しかけて玉砕していました。
「グレー……」
とりあえず声をかけようとしたところで、グレースさんも私達に気づいたようで、表情をパアァと輝かせた後……顔を真っ赤にして、全力で逃げ出しました。
「グレースさん?」
流石に逃げられるとは思っていなかったので、反応が遅れました。
「え、え、何?今のグレースだよね?」
桜花ちゃんもよくわからないという顔をしていますね。まあ、うん、はい、何でしょうね?
とりあえず追いかけないとと走り始めたところで、グレースさんは何もない所で足がもつれさせてビターンと転倒していました。
「…大丈夫ですか?」
とりあえず起き上がらせに行くと、涙目で視線を逸らされます。
「すしゅま、せ……その、いろりおり……そにょ…」
しどろもどろに説明しようとはしてくれているのですが、全くわかりません。本人もうまく喋れない事にだんだんてんぱっていっているようですし、悪循環が起きていますね。
「まずは落ち着いてください、深呼吸」
「はひ…」
言われた通り深呼吸を繰り返すと、グレースさんは少し落ち着いたようですが、冷静になったらなったらで、今までの事を思い出したようで、青ざめてアワアワし始めます。
これはもう、駄目そうですね。落ち着くまでのんびり待ちましょうと思っていると、桜花ちゃんが追いついてきます。
「…ぜんっぜん強くなさそうだけど、本当にユリ姉の知り合いなの?」
事前に否定はしておいたのですが、桜花ちゃんの中で私の知り合い=強いという方程式が出来上がってしまっているようですね。腰に手を当てて、グレースさんの体を上から下まで眺めます。
「ひっ!?」
グレースさんはぎゅっと私の袖をつかみ後ろに隠れようとするのですが、身長はグレースさんの方が高いですからね、全然隠れていません。そんな様子に桜花ちゃんは呆れたようにため息をついたのですが、グレースさんはそのため息にすらビクビクとしています。何かややこしい事になってきましたねと、私はこめかみに手を当てて考え込みました。
※ちなみに参考程度にですが、ユリエルの身長は155cm、桜花ちゃん(アバター)が152センチで、実はグレースさん(アバター)は168センチという身長差があります。
※誤字報告ありがとうございます。11/3訂正しました。




