49:ウミル砦
弾む呼吸を整えて、私は痙攣を繰り返すグリフォンを眺めました。もう武器もMPもありませんからね、これで倒せていなければ逃げるか素手で殴りかかるかくらいしか出来ないのですが……どうやら倒しきったようですね。レベルが上がり、『グリフォンの爪』というアイテムがドロップしました。
やっと一息つく事ができると言いたいところですが、落としたホークはまだ生きていますし、残りのグリフォンの素材を手に入れるために【解体】もしなければなりません。いえ、それよりまずは、重傷を負ったグレースさんの様子を見ないといけませんね。ただ変に反撃されても嫌なので、地上で暴れるホークだけは蹴り殺しておきます。投げナイフも回収しておきたかったのですが、地上で暴れているうちに抜け落ちてしまったのか見当たりませんね。そちらは探す手間が惜しかったので諦める事にして、『グリフォンの爪』だけ回収しておきましょう。
「ああ、だんだん痛みが無くなってきました…きっと私は死ぬのですね……お婆ちゃん、先立つ不孝をお許しください」
まあグレースさんの方は心配しなくても良いくらいには元気そうですが、ほっておく訳にもいかないでしょう。
「ゲームなのでリスポーンするだけだと思いますよ。それと痛みが無くなるのは仕様みたいです」
「え、あ、そ、そうだっに…た…たた…」
私がツッコミを入れると、急に恥ずかしくなったのか、赤面してワタワタするグレースさん。もしかしてゲームだという認識が薄かったのでしょうか?まあそれは良いとして、痛みが薄くなるとはいえ動けば痛みますし、漏れているホログラムの量からして出血の状態異常は入っていると思うので、軽い痛みは続いているのでしょう。
一番簡単な治療方法としては止めを刺す事ですが、痛みを感じる前にリスポーンさせる武器がありませんし、死ぬまで殴り続けると言うのは本末転倒でしょう。
それにリスポーン地点はアルバボッシュかはぐれの里のどちらかでしょうし、復活した後にまたこの道を歩くと言うのは……ちょっと手間なのですよね。ならもういっその事、ウミル砦のポータルを開放しに行った方が良いのかもしれません。セーブポイントや回復してくれるNPCもいた筈ですから、少し辛いかもしれませんがそこまで我慢してもらいましょう。
「言い忘れていましたが、ありがとうございます。助かりました」
種族特性として回復スキルは使えないのですが、気持ち程度の処置はしておきましょう。お決まりのパターンだと服を裂いて傷口にあててですが、こういう時のために布を買いましたからね、ナップサックを下ろして取り出します。
忙しくなる前に集めていたウルフやホークの素材の下から布と帽子を取り出すと、私はグレースさんの足の傷の止血を行います。
「え、い、や…私は、その、にゃららで……その、ごめ……さい」
何を言っているのかわかりませんね。
「いえ……きつくないですか?」
とりあえずよくわからないところはスルーしつつ、大丈夫か確認しておきます。今の私の筋力は種族特性やスキルでかなり強くなっていますからね、きつく締めすぎていないか聞いたのですが、おもいっきり首を振られました。
「だいじょ、ぶ、です…」
「歩け…ないですよね。すみません、痛むと思いますが、抱き上げますね」
「は…ては、は………」
何故かグレースさんは「信じられない」といった顔で私の顔を凝視した後、顔を真っ赤にしてモニャモニャと口ごもってから視線を外しました。言葉は聞き取れませんでしたが、拒否はされていないようですし、こうしているうちにもスリップダメージは受けていますからね、運んでしまいましょう。
どうやらウミル砦の方でも戦闘があったようですし、そんな所に角と腰翼を付けたまま入っていったら敵だと思われて攻撃されるかもしれません。顔を覚えられるまではちゃんと隠しておきましょう。首からかけているギルドカードの位置を調整して、帽子を被り、【腰翼】は【収納】しておきます。
「失礼します」
「ま、っひゃ、まだこころのしゅんびっ!!?」
何か言いたそうなグレースさんは無視して、その体をしっかりと掴み……肩に担ぎあげました。
いえ、私も本当はちゃんと抱きかかえたかったのですが、背中には素材の入ったナップサックがありますし、前は、その、胸が邪魔でちょっと抱えるどころじゃないですからね。グレースさんも中々の物をお持ちですし、押し付けあうというか、少し気まずいと言いますか、とにかくあまり現実的だとは言えません。そのため合理的な判断のもと肩に担いだのですが、何故かグレースさんが黙り込みます。
「大丈夫ですか?」
足が前、頭が背中側のへの字みたいな少し無理な態勢になっていますからね、もしかしたら動かした事で傷口が開いたのかもしれません。心配になって声をかけたのですが……無言です。少し待っていると、かなり聞き取り辛かったのですが、何やら「想像していたのと違う」と呟いていたようなのですが、まあ大丈夫そうなのでこのまま運んでしまいましょう。
さて、目の前のウミル砦ですが、これはムドエスベル山脈の切れ目に城壁で蓋をしたというような石造りの建造物で、山脈と一体化しているところは少しダムっぽい感じですね。だいたい4階建ての建物くらいの高さがあり、大きな一つの建造物というより、2枚の城壁で挟まれた空間に色々な施設が建っている小規模な町と言った感じの場所です。
本来は城壁の上に歩哨が居るのですが、グリフォンの攻撃を受けてからは誰もいませんね。防衛の主眼は南側ですから、北側は手薄なのでしょう。とはいえ攻撃を受けたのは把握しているようで、そうこうしているうちに門の横の通用口から兵士達がバラバラと出てきました。プレイヤー達は……まだ様子見と言う様子ですね。
どこを攻撃されたというアナウンスが入る訳でもありませんし、各個で戦うプレイヤー達が俯瞰して状況を把握する事は難しいですからね、もしかしたら北門が攻撃された事を理解していないのかもしれません。そんな顔をしています。
「これは……おい!…いや、もしかして、アレをやったのはお前達か?」
出て来た兵人達はまず私達に槍を向けてきたのですが……胸元にあるギルドカードを見つけると、とりあえずは槍を下げてくれました。
「はい、ですがその戦闘で仲間が怪我をしてしまいました。どこか治療できる場所はありませんか?」
「あ、ああ…そういう事なら、向こうで怪我人を治療している場所がある。とはいえ、心苦しいのだがこちらの物資も無限ではないからな、有料でいいのならという事にはなるが」
兵士さんは倒れるグリフォンと、私が胸元のギルドカードと、出血の続くグレースさんの足を見比べながら、何か納得しがたいといった表情を浮かべていたのですが、回復ポイントの場所を教えてくれました。
「ありがとうございます、それでかまいません……どうしました?」
そんな会話をしていると、グレースさんがモゾモゾと動きました。何か言いたげな様子だったのですが、会話に混ざっていいのかわからないという感じで黙り込んだようですね。何か重要な事かと思い少し待ってみると、グレースさんは絞り出すような声で話し出してくれました。
「…この、格好、……恥ずかし…無いですか?」
どうやら人の居る場所に来て、改めて担がれている状態が恥ずかしくなったようですね。確かに何人かのプレイヤーがグレースさんのお尻を凝視していたり指をさしたりしているのですが、その事を伝えると無理にでも歩くと言いだしそうですね。下手に歩こうとしてスリップダメージで死なれても困りますし、別に変な形をしている訳でもないので良いと思うのですが、誤魔化しておきましょう。
「大丈夫です」
「そうですか……本当にそうですか?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
グレースさんとの会話は断ち切っておいて、兵士達にお礼を言ってからその場を離れます。結構無理な体勢で運んでいますからね、傷口が開いたのか出血量が多くなったような気がします。
砦の中は頑丈そうな建物が多く、その大半は石造りの2階建てです。セントラルライドの王家を示す十字と光を象った旗が至る所ではためいていたり、所々に急ごしらえの天幕などが張られていたりと、いかにも前線基地と言った様子です。所々戦闘の跡が見えますが、内部まで侵入を許したモンスターは粗方一掃したようですね。プレイヤーや兵士たちの大半は南側の防衛に出ているようです。
戦闘の続く南側はなかなか賑やかな様子で、怒号と叫び声が聞こえてきたり、時折グリフォンの鳴き声が混じったりと騒々しいですね。少し苦戦しているようなのですが、他の町からの救援や、中にはデスアタックを仕掛けている猛者までいるようで、このままいけば何とか押し勝てそうな勢いです。気にはなるのですが、武器もない事ですし、今はグレースさんの回復を優先させてもらいましょう。
「あの、皆……見て……それい、ちょっと…んっ、これ…」
「ちょっと?」
出来たらモゾモゾ動くのは運びづらいのでやめて欲しいのですが、グレースさんはプルプルと震えています。
「いえ……」
「そうですか」
よくわかりませんが、体温の上がったグレースさんを担ぎながら、私は先ほどの兵士さんが教えてくれた回復ポイントに急ぐ事にしました。




