504:『KIRIAーX0』
もう少しでキリアちゃんをこちら側に引き込めるというタイミングで現れた謎の……明らかにオーバーテクノロジーの装備を持ち込める権限を持っている人で、どことなく『ぷるぷるスライム争奪戦』の時に出て来た高橋さんと似たような体型をしているクレーンさんの介入を受けたのですが、今はそんな事よりですね。
「キリアちぁ…って!?」
ホログラムとなって消えていくキリアちゃんに手を伸ばそうとしたところで強制的なログアウトをくらってF D Cの天井部分に右手を打ち付けてしまったのですが、強制的なシャットダウンの影響でドキドキと早鐘を打つ心臓を抑えながら私は息を吐き出しました。
(ログインの制限は…されていないようですね)
どういう理由でG Mが割り込んで来たのかはわかりませんし、このまま戻っても高橋さんの妨害を受ける事がわかりきっていたのですが……諦める事も出来ないので再度ログインした後にキリアちゃんを助けに行こうと思います。
(大丈夫、まだ間に合う筈です)
それが無駄な徒労であるという怖い想像を頭の片隅に追いやり、私は震える指先でゲームを起動するのですが……。
(死亡判定を受けたようですね)
私達はリスポーン位置に設定していたキリアちゃんの拠点まで戻って来ていたのですが、「何でこんな所に天使ちゃんが?」といった感じで驚く人達の嫌らしい視線から逃れるように祭壇から離れる事にしました。
『くそっ、何なんだアイツは…よくわからないアーティファクトを使っていたようだが』
「ぷー」
たぶんログアウトしていた時間が短かったからだと思いますが、淫さんと牡丹は謎の女性にやられてリスポーンして来ただけといった反応で……状況の説明や確認をおこなっている時間もないですし、私も混乱したままなのでまずはキリアちゃんが消えてしまった場所に向かう事にしましょう。
(何とかクレーンさんの妨害を掻い潜ってキリアちゃんの痕跡を見つけ出して…)
因みにデファルセント戦の拠点という事で情報が飛び交っているのですが、聞いている限りだと主力チームが追いつき本格的なレイドバトルに発展しているようですね。
そのおかげなのかはわかりませんが、祭壇に飛んで来た人達もすぐさまデファルセントの元に向かっているようですし……。
「うぉぉおおおん!大変なんです、キリアちゃん…キリアちゃんの反応…がっぅ!?」
他のプレイヤーに絡まれるとややこしくなるのでその場から離れようとしたのですが、拠点の近くに潜んでいたハイオークのカイトさんが涙と鼻水を垂らしながら飛びかかって来て……咄嗟にボディーブローを入れて黙らせておいたのですが、熊派に所属しているカイトさんと話し込んでいるところを見られてしまうと色々な誤解を生んでしまうので樹海の中に引きずり込んでしまう事にしましょう。
「うっ…ぐっぅう…何をするんですか!?」
「いいから、今はこちらへ」
たぶんカイトさんも死亡判定を受けてリスポーンして来たのだと思いますが……勢力図がややこしい事になっている拠点ですからね、逃げ出す事も出来ないまま物陰に潜んでいると、事情を知っているかもしれない私達を見つけて詰め寄って来たという感じなのでしょう。
「私も急いでいるので用件は手短に…それで、キリアちゃんがどうしたのですか?」
出来たらカイトさんを無視してキリアちゃんのもとに急ぎたいのですが、「キリアちゃんの反応」がどうのと気になる単語を発していたので無視する事ができませんでした。
なので私は状況が呑み込めないまま目を白黒させているカイトさんを人目のつかない木陰に引きずり込み、【淫気】で締め上げ手ごろな木の幹に叩きつけて尋問を開始します。
「ひっ!?ぐ、ぐるじ…ぞれ、それが…その、キリアちゃんの反応がなくなってしまったんですよ!」
私の剣幕に驚いたのか怯えるように小さな悲鳴を上げるカイトさんなのですが……こんな状況でも下半身をムクムクとさせてしまっているのはどうかと思いますね。
とにかくそういう反応は生理的なものだと諦める事にして、どういう事かと詳しく聞いてみるとカイトさんは【意思疎通】のような連絡用のスキルを持っているのだそうで……そういうスキルがあるから熊派の幹部を任されていたのですが、そのスキルに登録していたキリアちゃんの名前が消えてしまったのだそうです。
「それは…登録から外れただけとか、隔離空間に飛ばされて連絡がつかないという事ですか?」
消滅したキリアちゃんとリストから消えてしまったという意味を考えると答えはわかりきっているようなものなのですが、その可能性を認められない私は一縷の望みを込めて確認を取るのですが……。
「いえ、いえ…その、反応的にはアカウントを消した熊派と同じでして…だから…キリアちゃんを追いかけて行った天使ちゃんなら何か知らないかと?どうなったんですか?キリアちゃんに会えたんですよね?」
との事で、なんでも古いアカウントを完全に消していった人達のような状況なのだそうで、それが意味するものは……キリアちゃんの存在が完全に消えてしまったという事なのでしょうか?
「うぉっしゃぁああ!!ざまーみろ!!」
そんな最悪の想像に背筋が寒くなのですが、ドーン!と響くような音が遠くから聞こえて来たかと思うと拠点に居る人達が腕を上げながら喝采をあげていて……どうやらデファルセントが伐採されてプレイヤー側が勝利したようなのですが、私達が助けようと思っていた若紫色の髪をした少女が消えてしまったという事をどうしても認める事が出来なくて……。
「そう…ですか」
自分でもどうしてここまでショックを受けているのかはわからなかったのですが、訳も分からず込み上げて来た喪失感と共に涙が溢れて来て……周囲は第二エリアの踏破という事でお祭り騒ぎが始まっていたのですが、その輪の中に入れない私は勝利に沸いている人達から逃げるようにゲームからログアウトしました。
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それから数日後、時間が経過した事で少しだけ気持ちの整理がついたのですが……たぶん私はキリアちゃんにAIを越えた何かを感じていたのだと思います。
そんな可能性の塊を助ける事が出来ず、親しい友人を見殺しにしてしまったような喪失感や罪悪感に苛まれていて……探しに行かないといけないという気持ちとキリアちゃんが消えてしまった場所を探るとキリアちゃんの死を認めてしまうような気がするという板挟みにあってログインする勇気が出ませんでした。
(どう…しましょう?)
色々な感情が渦巻きモチベーションが低下してしまった私は溜まっていた用事をこなしたり他のゲームをしたりしながらも未練がましくキリアちゃんがリスポーンしている可能性を探っていたのですが、調べれば調べる程キリアちゃんが関連していたと思われるイベントやクエストが取り消されていっているという事実を知ってしまって……私は調べるのを止めました。
そんな事を思い悩んでいる間に始まったイベント……メタ的に言うと攻略速度が早すぎてプレイヤーの平均レベルが低いままですからね、このまま第三エリアに向かうのは危険だからという事でテコ入れが入ったのだと思いますが、第三エリアに向かう為の橋を再建するという名目で足止めを受けているプレイヤー達に向けてのイベントがあるのだそうです。
(『呪芽の除草作戦』…ですか)
ブレイクヒーローズを続けるのなら稼ぎ時ですし、何も言わずにログアウトして来たのでグレースさんやまふかさん達にも事情を説明しないといけないのですが……。
「典子サン、小包が届いていマス」
「ありがとうございます…これは?」
そんな事を考えながらベッドの上でゴロゴロしていると、1人暮らしをするならと実家から連れて来る事になったお手伝いロボットの銀子さん……私が生まれる前から稼働している年季の入ったロボットから渡されたのは有名な黒猫のマークが入った30センチ程度の小包だったのですが、このタイミングで届くような物を買った記憶が無かったので首を傾げる事になりました。
そして旧式に該当する銀子さんには細かな質疑応答をする機能がなくて、小包を手渡した後は残っている家事をこなすために離れて行ったのですが……。
(宇宙便…ですね?誰から…差出人の名前はHCP社なのですが、住所の方はフランス語ですし…本社の方でしょうか?)
宇宙港経由で送られて来る最速便……流石に細かな住所まで憶えていなかったのですが、書かれている住所や連絡先に間違いが無い事を確認して……念のためにHCP社のサポートセンターに問い合わせてみると、『実験が上手くいったのでそのお礼だそうです』との事で、対応をしてくれた日本支社の方もよくわかっていないのかあやふやな返事なのですよね。
「それは…はい、ありがとうございます?」
とにかく小包の送り状番号も間違いがなかったので詐欺や悪戯という可能性も消えてしまい……フランスにあるというゲーム会社の方に連絡を入れたら詳細がわかるのかもしれませんが、日本運営が『送った』と言っている以上中身を確認してみた方が手っ取り早いのかもしれません。
(妙に厳重な気がしますが…何が入っているのでしょう?)
軽く振ってみるとタユンタユンとした緩衝材が入っているような感じで……その割には持ち上げてみた感触が硬く重量があるのですが、箱の中に硬質な箱が収められているという二重構造になっているのでしょうか?
とにかくやたらと厳重に封がされている箱を開けてみると、保護材に覆われた20センチ程度の伏せたおわん型の金属が入っていて……どうやらアンドロイド用の電子頭脳で、EFE社製の欧州標準規格品のようですね。
(これ…は?)
歴史の授業か何かで習う事になるアンドロイドのパーツを見た瞬間、直感じみた感覚に息が詰まってしまうのですが……電脳なんていう精密機器を乱暴に扱う訳にもいきませんし、ドキドキしている心臓を落ち着かせる為にも一緒に入っていた手紙を読んでみる事にしました。
『この少女はおそらく貴女のために人を殺す事を恐れていません。そんなアンドロイドを作るのは不可能なので、試験運用は民間人に任せて提供します。大切にしてください』
どんな機械翻訳を使っているのだろうという独特な日本語で書かれた手紙には無理やり翻訳されたような日本語が書かれていたのですが、試験運用という形での贈与を行うという書類やボディーを作る際の仕様書が同封されていて、つまりこれは……。
「キリア…ちゃん?」
意を決して持ち上げた金属の塊はヒンヤリとした感触だったのですが、あるべき刻印や製造番号もない電脳の側面には小さく『KIRIAーX0』という型番だけが薄く彫られていました。
※絶対に忘れられていると思うユリエルの本名は『九条・U・典子』となります。
※宇宙便 = 正式名称は各社それぞれの呼び方があるのですが、宇宙港を経由した郵便物の事を大雑把な括りで『宇宙便』と呼び、現在の宇宙開発はこういう運送業を基盤に発展して行っている側面もあるので全世界翌日配送をうたっているところもあります。
通常郵便ではなく宇宙便が使われたのは「なるはや」で届けてあげようというHCP社の親切心で、ユリエルという面白おかしいキャラが引退しないように打った手のうちの一つです。
※あるべき刻印や製造番号もない = どれだけ安全なプログラムを組んだとしても気に入った人間の為ならそれ以外の人間を容赦なく殺せるというAIを搭載したアンドロイドなんていう危険な物を作る訳にもいかないという事で、このAIを搭載したアンドロイドは公的な記録では存在しない事になっています。
ではこのAI技術がどういう風に利用されたかというと、プログラム外の想定を提示し他のAIが合理的に判断する事によって未知の事柄に対する精度を上げるための補助システムとして組み込まれる事になり、想定外の返答ばかりするので『天邪鬼システム』なんて言われる事になります。
正式名称では『キリア・システム』と言い、量子コンピューターから導き出される第六感にも近い彼女の言葉のおかげで助かったという人も多いですし、不条理を内包したもっとも人間らしいプログラムと呼ばれる事になる彼女の事が好きだという愛好家も多く、将来的には外宇宙探索などの未知の危険領域に赴く宇宙船には必ず組み込まれるというレベルの必須技術となり、宇宙開拓史においては危険宙域の探索及び発展に寄与する事になります。
因みにAIの可能性を探るためのテスト機が製造されたのでは?という噂がまことしやかに囁かれていた時期があり、『キリア・システム』が普及した後に莫大な懸賞金が懸かったオリジナル探しが行われたのですが、EFE社が口を噤んだ(危険AIの贈与を堂々と行っていた事を公言できない)事によって0番台の『キリア・システム』が見つかる事はありませんでした。とはいえ噂の出所となったオリジナルはちゃんと存在していますし、とある女性が寿命を迎えた際に自らの全機能を停止させてその生涯を終える事になります。
※少しだけ修正しました(2/8)。




