運営者Side(高橋サブプログラマー視点):必要な処置と意図的な流出
(これで修正作業は完了…ですが、嫌な役回りでしたね)
会社のF D Cでログインしていた私は付随する修正作業を終えてから息を吐くのですが、例の2人……キリアとユリエルのデータは本社預かりのままなのでサイバースペースから干渉する事が出来ないのですよね。
なのでゲーム用のアカウントでログインした後に自然な形でフェードアウトをする手伝いをしてきたのですが、持ち込みが許されたオービットは本来の性能を1%も発揮する事が出来ないポンコツで……世界観を壊さない為にというもっともらしいお題目が掲げられていたのですが、現場の人間がアタフタしているのを見ながら愉悦しているだけのような気がしてなりません。
(本当に…急な仕様変更は勘弁して欲しいですね)
これもサラリーの内と諦めるしかないのかもしれませんが、ただでさえ現代のプログラムは軌道エレベーターに例えられるほどの複雑怪奇な多重構造になっていて……これが国家の一大プロジェクトであればマンパワー全開の人海戦術で塗り潰していけるのですが、少数精鋭が求められるゲーム会社などの場合は如何に補助AIやチェックAIを手足のように使いこなしてプログラムを作り上げるかというのがプログラマーの腕の見せ所でした。
なので重要な場所以外は規定されているチェック用のAIを通して異常が無ければ「良し」としなければいけないのですが、小規模なバグはこれらのチェックAIをすり抜けてしまい……ゲームに影響を与えないのなら放置しておいても良いのですが、塵も積もればなんとやらというように積み重なっていくと色々な不具合が出てきますし、放置しすぎると想定もしていなかったような問題が出て来るのでその都度修正する必要があります。
(本社の動きも不可解なのですが…ここまで放置していたのなら最後まで見守ってあげても良いと思うのですが?)
テイミングによるデータの書き換えを嫌ったのかもしれませんが、私の目から見てもあの2人は特殊な関係を築いていて……こちらの打ち込んだ停止命令を振り切り動き出した時は本当に驚きました。
(ああいう事も…あるのですね)
生の感情をぶつけられるという経験をほとんどしてこなかった私としてはあのような殺意に曝されるという経験が乏しくて……奇跡的な確率でテイミングできる条件が揃っていたのならやらせてあげてもと思わなくもないのですが、本社や提携会社からの指示ではどうしてあげる事もできません。
(たしかデータの提供元は…『E F E』でしたよね?)
正式名称は『Europe Fleur Électronique』というフランスにある宇宙やロボット関連の先端技術の研究をしている会社からの委託業務なのですが、『EFE』は国家事業の隠れ蓑にされているのではないかと言う噂があるような怪しい企業なのですよね。
当然フランスに本社を置いているHCP社ともズブズブの関係ですし、そういう関係性があるのでバグまみれのキリアに手が出せずに放置をしていた訳なのですが……キリアがデファルセントに飲み込まれて消滅するかもしれないという状況に陥り手のひら返しを受ける事になりました。
(それだけキリアというデータが重要だった…という事なのかもしれませんが)
元から死亡するか運用実績を作った後に消えていくようにプログラミングされていたキャラですし、いなくなってもゲームの進行には問題がなくて……ただ消去後だとデータをサルベージする手間がかかってしまいますし、万が一という可能性がありますからね、本社としてはデファルセントと共に消えてしまう前に確保しておこうという魂胆だったのでしょう。
(だったら権限をこちらに戻しておいて欲しかったのですが)
権限があればサイバースペースからの干渉が可能だったのですが、急遽決まった事なので穏便に処理できるタイミングで介入する必要があって……。
(とにかくこの作業は終わりましたし、あちらの方も…山場は越えたようですし、そろそろ休憩を取りましょうか)
色々とバタつき夜勤に入っていたのですが、エネルギーの供給源が消滅した事でデファルセントも何とかなりそうだったので監視用のAIに任せて休憩をとろうとF D Cから出て……いきなり後ろから抱きつかれてしまいました。
「ポルトーさん…日本ではこういうのをセクハラと言うのですが?」
ゾワゾワとした感触に産毛が逆立ち叫び声の一つも上げたくなるのですが、背中に当たるプニョンとした感覚とポルトーさんがつけている香水の匂いで誰が抱きついて来たのかがわかりましたし……流石に会う度に抱きつかれていたら慣れてしまうものですね。
「NOセクハラ、YESスキンシップ…デス、けど…う~ん、ドキドキしている今ならイケると思いマシタが…駄目デした?ゲームでスリリングな体験をしたアトだとドキドキの吊り橋コーカ?」
自分で言っておきながら自信なさげに首を傾げるポルトーさんは相変わらずなのですが、あっけらかんとした好意を向けながら抱きつかれると満更でもない気持ちになってしまい……。
「だから…その、暑苦しいので離れてもらってもいいですか?」
流石にこれ以上は冗談ではすまなくなると押し退けると引いてくれたのですが、心臓に悪いので過度なスキンシップは止めて欲しいですね。
「それ、で…ポルトーさんにはイベントの準備をお願いしていた筈ですよね?何かわからない所がありましたか?」
若干の気まずさと共にデバイスの位置を調整しながら進捗を確認するのですが、いつまでもお客様では不味いとポルトーさんにはゲームの進行度を調整する為のイベントの準備をお願いしていて……。
「あーそっちの方は大丈夫デス!本社の方で作っていたカら手直しするだけデスし、後はシュニンの許可待ちですネ!」
「そ、そう…ですか」
それなりのデータ量だったと思うのですが、スキンシップが多い事を除けば本当に優秀なプログラマーなのですよね。
「ソレ…デ、ソッチは良いとシて…顧客情報について問い合わせが来ていたのデスが、どこに置いているのか知りマセンか?」
「…?そんなの会社のサイバースペースに潜って検索を…」
ごくごく普通の相談事のように聞かれて答えそうになったのですが、個人情報に関しては色々と取り扱いが難しくて……本社から出向してきている人が産業スパイだったという可能性は低いと思うのですが、話が剣呑な方向に向かいそうですね。
「個人情報を業務以外に使用する事と不当に入手しようとする行為は業務違反になるという事は知っていますよね?」
「大丈夫デスよ、ちゃんと本社から正式な指示だかラ!正確にハ『EFE』からの要請なんだけド…今ハこういうのに五月蝿いシ?」
剣呑な雰囲気になった空気をかき混ぜるようにカラカラと笑ったポルトーさんは「本当に盗む気があるならわからないようにする」とでも言いたげに指を動かすのですが、その動作で転送されて来た本社からの指示書を確認しながら偽造されていないかとプログラムを走らせて……。
(本物…ですね)
主任に確認すると「何の事だ?」と言われて焦ったのですが、本社に確認してみると正式な指示書である事がわかって……顧客のデータなんて何に使うのだろうと首を傾げてしまいました。
「確認がとれました…が、ログは取らせてもらいますね?」
何故主任ではなくポルトーさんを経由したのかがわからないのですが、個人のデータが私的な理由で利用されるような気がしますし、こんな訳の分からない事で前科者にはなりたくないので最低限の自衛はさせてもらいましょう。
「ン~…チヅルちゃんのそういう真面目なところも好キー!」
「ちょ、ちょっと、ここをどこだと…離してください!?それよりそんな物を使ってどうするつもりですか?不正の片棒なら担ぐ気はありませんよ?」
「大丈夫~その辺りは利用規約通りトいうカ?懸賞やら何やらの補填がある場合には使いますとかなんちゃらみたいナ?」
私の腰に手を回して頬っぺたにキスをしようとしてくるポルトーさんはよくわからない事を言っているのですが、このタイミングで送らなければいけない物ってありましたっけ?
「送るって…何をですか?」
何かしらの補填があるとしてもよほどの事が無ければゲーム内の課金アイテムやチケットの配布で十分なのですが、胡散臭げに見つめる私に対してニコニコと笑っていたポルトーさんは指をクルクルと回しながらよくわからない事を言いました。
「ワタシ達が提携会社から預かり運用しているデータはそのまま市販される訳ではアリません…デスよね?」
「まあ…そうですね、それが…え、ちょっと待ってください、それって…?」
私達が運用しているのはα版といいますか、実際に動かしてみて何かしらの不具合がないかという事を確認したりゲーム内の商品として並べてプレイヤーの反応を見たりするという市場調査が大半です。
そうして集められたデータをもとに改良された物が市販されるというのが良くある流れなのですが、改良されて流通するという事は当然試作されたオリジナル版ともいうべき物がある訳で……。
「つまり…そういう事みたいデス、癖が強すぎてそのままジャ使えナイので最大の功労者に送り付けるのだそうデス」
さも当然のように言い切るポルトーさんなのですが、その内容は一個人に対する補填とは言えないレベルで……HCP社というのはそういう訳のわからない事をする会社なのだという事を再認識して頭が痛くなってきてしまいました。
※オービットは本来の性能を1%も発揮する事が出来ないポンコツ = オリジナルは最低でも機関銃の乱射を防げる反応速度と対弾性能を持っており、携帯火器として運用可能なロケット砲やビーム兵器への対応能力もあります。
その上で秒間1万発のフルオート射撃が可能で、銃身が焼きつく事を厭わなければ更に発射速度を上げるという芸当が可能なのですが、これを単発発射の防御兵器として運用しているので全然性能を生かし切れていません。
因みに開発経緯としてはナチュラリスト紛争という大規模な非正規戦を経験した事が関係しているのですが、その辺りは本筋とは関係ないので割愛させてもらいます。
※技術開発云々 = 人類が月面移住を終えて火星に向かおうという時期で各国が鎬を削っている状況なのですが、中には技術進歩の為と非人道的な研究をおこなっている国がありました。
そういうのを防ぐために色々なルールが設けられたのですが、規制があればあるほど掻い潜ろうとする人達も居るという感じです。そしてそのルールを馬鹿正直に守っているのは日本を含めて数か国くらいで、大体どの国も裏では色々な事をやっています。
※誤字報告ありがとうございます(4/30)訂正しました。




